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AL逆行itsbetween1and0/53



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第53話・ティア編01「これが夢だったら」です。



it's between 1 and 0 第53話


※※※


……どうしよう…。…まさか、こんな事になるなんて……。

白銀色の光を反射して、幻想的に輝くセレニアの花々。
あんまり美しくて、まるで夢の中のよう…。

私は、煌々と輝く月を見上げながら、何とかして冷静に戻ろうと、深呼吸した。


……今日、私は、兄さんを殺して、自分も死ぬつもりだった。


光の都と呼ばれるバチカルの最上層、王城の傍に屋敷を構える大貴族ファブレ公爵家に侵入し、後少しで、兄さんに刃が届くと思った瞬間。


「ヴァン師匠に何するんだよっ!!」

目の前に、赤い炎が広がったような気がした。


途端、第七音素(セブンスフォニム)が急速に収束し、共鳴を感じた。
危険を感じて何とか収めようとしたけれど、間に合わなくて、結局、超振動を起こしてしまった。プラネットストームに巻き込まれたかと思うくらい飛ばされたようだったけれど、どうやら、無事にどこかに辿り着いたみたい…。

もちろん、今、私一人ならば、こんなに戸惑ったりしない。
私一人が超振動で飛ばされたなら、
きっと、今頃、次の暗殺の機会を窺う為、行動を起こしてる筈。

でも、今、私は一人じゃない。

……巻き込んで、しまった。


セレニアの花々に囲まれて横たわる、男の子。


「……綺麗な赤い髪…」

この男の子が、ルーク・フォン・ファブレなのね。兄さんが剣術指南をしているという、公爵家子息。屋敷に軟禁されているとは聞いていたけれど、才のある第七音譜術師だという話は、聞いた事もなかったわ。

凝ったデザインの金糸で縁取られた白い上衣。釦にかかっているプラチナのチェーンは懐中時計かしら?華美すぎないけれど目を惹くチャームにはスターエメラルド。剣を持っていたから剣術稽古の途中だと思っていたけれど、装飾品をつけたまま稽古していたのかしら…?
……貴族の男の子って、よく分からないわ…。


…だめよ、ティア。現実逃避して、そんな事を考えてる場合じゃないわ。

落ち着いて、今すべき事を、冷静に考えなきゃ。


彼を巻き込んでしまったのは、私の責任。ここが何処なのかは分からないけれど、無事に彼をバチカルまで送り届けなきゃ。こんな事になったと分かれば、きっと、彼は混乱する筈よ。

「ルーク!ねぇ、ルーク…、起きて、ルーク!」

「…っ、んん……」

長い睫毛がふるふると揺れた後、ゆっくり瞼が上げられた。
現れたのは、宝石のように輝く翡翠色の瞳。

「………きみ、は…」

ルークは頭を押さえながら、上体をゆっくりと起こした。
最初に確認してはいたけれど、ルークの身体の動きを見ながら、異常はないか再度確認する。

「よかった……。無事みたいね」

「…ん、ここは……」

ルークがゆっくりと周りを見回した。少しずつ見開かれ、はっきりしてきた瞳の色。
……驚くのも無理はないわ。

「ごめんなさい。私にも、ここが何処だか分からないの。かなりの勢いで飛ばされたみたいだけど、プラネットストームに巻き込まれたかと思ったくらい…」

「っあ!俺…っいてて!」

「待って、急に動かないで。どこか痛むのね?見せて」

私が診ようとすると、「大丈夫だって!」と言ってルークは慌てて私から離れる。

すごく警戒されているみたい…。……当然、よね。

「…えぇと、とりあえず、状況を整理させてくれ。俺たちの間で超振動が起こって、ここに飛ばされた。…で、間違いないよ、な?」

「そうよ」

よく分かってるみたいね。それに冷静そうだし。……話が早くて、助かるわ。

「あなたを巻き込んでしまって、申し訳ないと思ってるわ。だから、責任を持って、あなたを屋敷まで送り届けるから」

「……やっぱ、ティアって、責任感強すぎ…」

眉尻を下げて、困ったような顔で笑うルーク。

「…まぁ、あんま気にすんなよ。超振動が起こったのは、いきなり飛び出した俺のせいでもあるんだしさ。のんびり行こうぜ?」


え?

…もしかして、私を元気付けようとしてくれてる…?

……変なヒト。ここは怒っても良い所なのに…。


ルークは傍に落ちていた自分の剣を拾い、シャンッと涼しげな音をさせながら、鞘に戻す。

その時、

「あれっ!?俺、髪がほどけてるじゃねぇーか!?」

突然、後ろ頭に手をやって、慌て始めた。周囲を見回し、背の高い草を掻き分ける。

何か探してるのかしら…?

「どうしたの?」

「この辺に髪留め落ちてなかったか!?」

髪留め?

「さぁ…見てないけれど…。どんな髪留めなの?」

「金色で緑の石が入ってるヤツなんだけどさ…」

ルークの胸元で揺れるプラチナのチェーンを見る。
金色って、つまり、本物のゴールドって事かしら…?すごく高価そう…。

「なんでねぇんだよ!?あー、くそっ。大事な物なのに…!」

「大事な物…?」

もしかして、誰か大切なヒトから貰った物とか…?

私と目が合うと、何故かルークは気まずそうに目を反らす。

「…あー、まぁ、その、そういう意味での大事じゃねぇから、ティアは気にしなくて良いって。だいたい、あれは…」

ルークは入れ物とか馬車とかぶつぶつ言いながらも、周囲の草を掻き分け、髪留めを探し続けていた。私は、戸惑いながらも、この原因を作ったのは私だと考えて、一緒に探し始める。

でも『そういう意味での大事じゃない』って、一体どういう意味かしら…?

「…あーあ。これだけ探してもねぇなら、仕方ねぇーか。もぉ、いいや。さっさと行こうぜ」

「いいの?大事な物じゃなかったの?」

「もぉいいって。一つ無くした所で母上は気にしねぇーし」


っえ?

母上…って、母親から貰った物だったの!?


「…ちぇっ、旅の資金にするつもりだったのになー…」

ルークは「ない物は仕方ねぇー」と口を尖らせて言いながら、さっさとセレニアの花畑から抜け出す。私はちょっと混乱した後、すぐに、怒りが沸き上がってくるのを感じた。


大事って、お金って意味での大事だったのね!?
母親から貰った物を、旅の資金にするなんて!!
なんてヒトなの!?
貴族って皆こんな感じなの!?

……信じられない!!


「おーい、ティア、早く行こうぜー」

私の怒りを余所に、ルークはどんどん渓谷を下っていく。
川沿いから離れないようにしている所を見ると、こういう時の対処法は、心得ているようだった。


周囲から虫達の鳴く声が響く。
それは、まるで一つの音楽を奏でているよう…。ユリアシティから殆ど出た事のなかった私は、ささやかだけど力強い生命を感じさせる虫達の合唱が珍しくて、つい聞き入ってしまいそうになる。

たまに魔物と遭遇するけれど、先を進むルークが、何事もなかったかのように倒していった。
貴族のお坊っちゃんだと思っていたけれど、ルークは凄く腕が立つ。
魔物の反り血さえ余裕で避けていた。

責任を持って屋敷まで送り届ける…と言ったのに、
これじゃあ、どっちが守られているんだか分からない。


そもそも、ルークは私の事をどう思っているのかしら…?

自分の屋敷を襲撃した犯人を、咎めるでもなく、
『ティアって、責任感強すぎ』なんて言って笑って、
『あんま気にすんなよ』と私を気を遣ってくれて…。

私が兄さんの暗殺を企てた事、ルークも気付いてない訳じゃない筈だし…。


……え?

ちょっと待って。


私、ルークに、自分の名前を名乗ったかしら…?


私がそう疑問に思った時、

「ティア、出口に着いたみたいだぜ!」

ルークが無邪気な笑顔で振り返って言うから、何故か、私の怒りや疑問は霧散してしまった。

…って油断してる場合じゃないわ!

「油断しないで。まだ人里は遠いみたいだから」

「わぁーってるよ!」

ガサガサ、と微かに繁みが揺れる音。その先には、人影。

「誰か来るわ」

「うわっ!あんた達、まさか漆黒の翼か!?」

明らかに怯えている人影。…どうやら民間人のようね。それにしても…、

「漆黒の翼…?」

「盗賊団だよ、この辺を荒らしてる。男女3人組で…って、あんた達は2人連れか……」

「ははは、ヒト違いだっつーの」

ルークが苦笑しながら答える。

繁みの影から出てきたのは、善良そうな青年。

「私達は道に迷ってここに来ました。…あなたは?」

「俺は辻馬車の馭者だよ。この近くで馬車の車輪が、いかれちまってね。修理ついでに近くで夜営してるんだ。水瓶も壊れて飲み水がなくなったんで、汲みに来た所さ」

辻馬車…!

「その馬車は首都にも行きますか?」

「あぁ、終点は首都だよ」

こんな偶然ってあるのかしら?
それとも、始祖ユリア様のお導き…?

「首都行きの馬車かぁ!助かったぜ!乗せてってくれよ!」

わざとらしい言い方…。……気のせいかしら?

「おっさん、首都までいくら?」

ルークが聞くと、馭者がルークを値踏みするように眺める。

「首都までなら、1人3万ガルドだよ」

「3万ガルド!?」

辻馬車を利用した事はないけれど、いくら何でも、その馬車賃は高すぎると私でも分かる。
ルークの身形を見た馭者が、これくらいは払えると思って、ふっかけたのね…?
……私達、ほぼ無一文なのに…。

「馬車賃って2万ガルドくらいじゃなかったか!?」

ルークが驚くのを見て、馭者も驚いている。
多分、ルークの言った金額の方が、相場みたい。2万ガルドでも、充分に高すぎるけれど…。

「後払いは出来ねぇ…よな?」

「あぁ、うちは前払い以外は受け付けなくてね」

そっと溜め息をつく。

母さんの形見のペンダントなら、そのくらいの価値はある筈。
お金に代えるなんて、本当はしたくない。
でも、彼を巻き込んだのは私なんだから、馬車賃をもつのは、私の役目。

私はペンダントの止め金を外そうとして、首に手を回す。

その時、

「なぁ、これって、馬車賃代わりになんねぇかな?」

ルークがプラチナのチェーンを引っ張り出すと、
ルビーを散りばめた細かい装飾の懐中時計が出てきた。

「ただの入れ物なんだけど、宝石とか付いてるしさ。値段は知んねぇから、足りるかどうか分かんねぇけど…」

ルークが蓋を開けて、何かを掌の上に出すと、何かをポケットの中に突っ込みながら、馭者に手渡す。受け取った馭者は、息を飲んでいた。やっぱり、すごく高価な物だったみたい…。

でも、懐中時計じゃなくて……『入れ物』って?

「なかなか良いものだ。じゃあ、馬車に乗っていきな」

「良かった!ティア、馬車に乗れるって!」


良かった……じゃないわ。


「ルーク、ちょっと待って。馬車賃なら私が、」

「それはダメだ」

真っ直ぐに見つめられて、私は思わず息を飲む。

「……だ、だめ、って…!」

「ま、何でもいーじゃん。馬車に乗れるんだからさ。靴を汚さないで済むし。さっさと夜営してる所に行こうぜ。俺はもう眠ぃよ」

馭者の「夜営してる所はあっちだよ」という言葉を聞き、さっさとルークは歩き始める。

「ルーク!私の責任なんだから、馬車賃は、」

「だーっ!もうっ!うぜぇなー!もう黙れっつーの!!この話はこれで終わりだ!!いいな!?」


『うぜぇ』!?それに『黙れ』!?
何を怒ってるの!?もうっ!一体何なのよ!?

訳が分からないし、これじゃあ納得できないわ!!


「待って、ルーク!!」

私は再び怒りが沸き上がるのを感じながら、ルークを追いかけて行った。


どうして、こんな事になってしまったのかしら?

…あぁ、これが夢だったら良かったのに。






※※※おわり(続編に続きます)※※※
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