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AL短編/敗北者の行方は、



※ご注意※

TOVS設定。未プレイの方でも読める内容です。多分。
アシュナタと見せかけてアシュルク。赤毛のナタリア=長髪ルーク(女体)です。



『敗北者の行先は、』






※※※


ニーズホッグの皇族の多くが埋葬される墓所にある、小さな碑。
透き通るような青い空に、風に揺れる小さな花々。

吹き抜ける風が肩先を掠め、一瞬だけ、あいつの声に似た音を耳が拾う。
あいつの姿を探して視線が彷徨ってしまった後で、俺は自嘲した。


1年に1度、あいつの命日には、どんな危険を冒してでも花を手向けに俺は訪れる。

あいつが生きている間には、花の一輪も贈る事はなかったというのに。
色気も何もない約束の言葉くらいしか、贈ってやれなかったというのに。


あの約束を交わす事になった直前、

『父様がこっそり教えてくれたんだ。おれが生まれる前、女の子だったら「ナタリア」、男の子だったら「ルーク」って名前にしようって決めてたんだ、ってさ。…おれ、「ナタリア」よりも「ルーク」って名前の方が良かったな……』


朱から毛先に向かって色が抜けて金色に輝く髪を揺らし、あいつは俺に打ち明けた。


同い年の俺とあいつは、10才くらいになるまで、まるで兄妹…どころか、双子のようだと言われる程に似ていた。それは無理もない話だったと思う。俺とあいつは従兄妹同士ではあるが、ニーズホッグの皇族は歴史的に親族間での婚姻を繰り返していた為、世間一般の兄妹以上に濃い血の繋がりがあったからだ。

しかも、当時のあいつは、いつも俺の真似をしたがって、俺と同じであろうとしていた。

俺が剣を習えばあいつも剣を習い始め、俺がスカートを穿かないから自分もスカートを穿かないと言い張り、俺が『俺』と言うので、あいつも『おれ』と言っていた。ニーズホッグの皇女にも関わらず、だ。

俺の髪が短いので、自分も髪を切るとあいつが言い始めた時は、思い直すよう言い聞かす事に周囲は苦労したものだ。結局、俺が『俺はこれから髪をのばそうと考えていた所だが、お前は切ってしまうのか?』と言った事で、あいつは断髪を取りやめにしたようだった。尤も、俺はそれから髪をのばすハメになってしまったのだが。

長い髪が鬱陶しく馬鹿げていると思っても、あれから髪を切る事が出来なかったのは、あいつの為ではなく、自分の為。あの夕陽よりも美しい朱金色の髪を、ずっと傍で見ていたいと思っていた自分の為だった。


今ではもう、記憶の中でしか見る事が叶わない色彩は、
しかし、どんなに時を経ようとも、狂おしい程に色褪せる事はなかった。

今でも、目を閉じて耳を澄ませば、
あいつの姿が瞼の裏に、あいつの声が耳の奥に、蘇る。


あの日のあいつは、いつもの明るい笑顔ではなく、沈んだ表情で打ち明け話を続けていた。

『昨日さ、大きくなったらアッシュと一緒にユグドラシルバトルに参加するんだって言ったら、父様に反対されたんだ。皇族のユグドラシルバトル参加は、男の皇位継承者の通過儀礼だから、女は継承権を放棄する意志を表明する為にも、参加しちゃダメなんだって…』

「ユグドラシルバトルに参加」という言葉を聞いて、その時の俺は驚きで言葉を失った。

ダイランティアで3年に1度行われる『ユグドラシルバトル』は、4大国から選ばれた代表選手シグルス達によって行われる『武闘大会』という名目の『代理戦争』だ。今までどんな我儘も許してきた愛娘を思う父ならば、皇位継承云々に関係なく、反対するのも道理だろう。

『…前回のユグドラシルバトルでさ、ニーズホッグはまた「大いなる実り」を得られなかっただろ』

声の調子を落として、あいつは言葉を続ける。

『マナに頼らない機械があっても、「大いなる実り」がなかったら、やっぱりダメなんだ。天候は荒れてばかりだし、作物はなかなか実らないし、だから貴族は奪い合って、搾り取って、みんな貧しい思いをして、帝国のあちこちで争いが起こって、沢山の血が流れてしまう…』

あいつの言葉を隣で聞きながら、俺は頷いた。

『大いなる実り』を得られれば己の国土全体を潤すほどの力を得られるが、
逆に得られなければ国土全体が枯れてしまう。

それが、世界の理。

ニーズホッグは過去3度のユグドラシルバトルで敗れ、国土の荒廃は進む一方だった。しかし、『世界樹協定』の隙間を縫うように、『大いなる実り』を得た周辺国の領土を奪う事で、貴族は潤い、貧富の差を広げ、帝国は斜陽を臨みながらも肥大し続けていた。

そんな帝国の向かう未来が袋小路になっている事くらい、少し冷静になれば誰でも理解できるというのに、腐った上層部は歩みを止められないようだった。

『…でも、帝国が「大いなる実り」を得れば、他の国が枯れてしまうだろ。そうしたら、世界のどこかで、また争いが起こって、沢山の血が流れるかもしれない…。…おれ、そんなの嫌なんだ』

あいつは、いつも理想を見上げて、綺麗ごとを口にするような甘いヤツで、

『誰かが幸せになる一方で、必ず誰かが不幸になる…そんな事の繰り返しは、もう嫌だと思ったんだ。だから、おれもユグドラシルバトルに参加して、おれの願いを叶えたかった。「得られる恵みの一つ一つが小さくなっても構わないから、これから先は『大いなる実り』を皆に平等に分配して下さい」って』

そして、底抜けに優しかった。

「大いなる実り」を手にした者は、一つだけどんな願いでも叶えられる。殆どの者が己自身の為あるいは己の愛する者の為に願うものだ。しかし、あいつが口にした願いは、世界の為だった。

『…おれが男の子に生まれていれば、「ルーク」だったら、良かったのにな。そうしたら、アッシュと一緒にユグドラシルバトルに参加できたのに……』

『…もし、お前が「ルーク」だったら、確かに一緒に戦えただろう。だが、』

『え?』

『そうなると、俺たちは婚約者同士ではなかっただろうな』

俺が冗談半分に言うと、あいつは反射的に『あっ』と声を漏らし、ひどく情けない顔になって、

『やだっ!アッシュのお嫁さんになれねぇのは絶対やだっ!!』

勢いで言った後、真っ赤になってしまった顔を俺から反らして、俯いた。
そんな可愛い婚約者の手を取って、そっと握る。

『…馬鹿だな、お前は。せっかく手に入れた「大いなる実り」を「分配してくれ」なんて願えば、国民の顰蹙を買うに決まっている。いくら皇女でもタダでは済まないだろう。ヘタを打てば、皇族に恨みのある者たちが決起して、内戦状態になる事も考えられる。貴族だけが潤い、貴族以外の者が貧しい思いに苦しむこの国の在り方では』

『……でも…』

『他にも方法がある筈だ。2人でなら、きっとその方法も見つけられる』

『2人で…』

顔を上げたあいつと目が合い、俺は微笑みかけた。

『……いつか俺たちが大人になったら、この国を変えよう。貴族以外の人も貧しい思いをしないように。争いが起こらないように。死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう』

僅かに力を籠めて握り締めれば、あいつが握り返してきた。

『…うん。ずっと一緒にいよう、約束だ』

そう応えてくれた時のあいつの笑顔は、夕陽に溶けてしまいそうだった。


約束は嫌いだった。決められた未来というものが嫌いだった。
それでも、あいつとの約束だけは特別だった。

あの約束は、暗闇に灯った温かな焔のように、俺を導いてくれるものだった。


俺は14才でシグルスに選ばれ、ユグドラシルバトル参加の為に旅立った。
あの約束に一歩近付けたと思えた。その矢先だった。


あいつが慰問先で亡くなったと知らされたのは。


そして、その年のユグドラシルバトルでは異例の出来事があり、誰も『大いなる実り』を得られず、俺はその混乱に乗じて行方を眩ませた。あいつの死の原因を調べる為に。

表向きには、あいつは、近年になって活発になっていた反帝国派によるテロに巻き込まれたて、命を落としたという話だった。しかし、調べを進めると、そのテロには、帝国上層部の一部の者による手引きがあった事が判明した。一部の貴族にとって、貧困層や中流層そして下院からの指示を集めるあいつの存在は、邪魔だったのだ。その調査の途中で、ユグドラシルバトルでの事故に見せかけた俺の暗殺計画があった事も明らかになった。

そして、突如として現れた俺の弟だという『ルーク・フォン・ファブレ』。
表向きには、病弱だった為に生まれた時からファブレ家より離れた地で育ったという話だったが、そいつは、俺の情報をもとに造られたレプリカだった。


俺は絶望した。

帝国にとって必要だったのは、玉座に腰掛け、言われるままに従う人形。
俺でなくても良かった。あいつでなくても良かった。

……俺たちは、不要と判断され、見捨てられた存在だったんだ。


あいつの死に関わった者を始末しても、…いや、始末した後だからこそ、俺は胸の内を焼くような憤りをどこにぶつければ良いのか、分からなくなった。その憤りは、レプリカへの憎しみに変わり、帝国への憎しみに変わり、世界への憎しみに変わった。憎んでも恨んでも仕方のないものばかりに、俺は剣を向けようとした。

そして、ユグドラシルバトルを、…いや、世界樹そのものを、壊そうと考えた。


結局、憎しみに駆られただけの俺の行動は、
明確な意志と理想を持つ程に成長したレプリカによって、挫かれて終わった。


勝利したレプリカは、ユグドラシルバトル後、帝国へ帰還した。優秀な側近に囲まれたそいつは、ユグドラシルバトルの在り方そのものを問う為、親善大使となって各国を遊説して回っているらしい。皮肉な話だ。『ルーク』と名付けられたそいつは、『ルーク』と名付けられなかったあいつと、今では同じ理想を抱いているのだから。


そして、敗北した俺には、たった一つの思いを残して、もう他には何も残ってはいなかった。

身を焼く程に感じていた憎しみなど、もう胸の内にはない。ただ、『あいつの命日には、どんな危険を冒してでも、あいつの墓碑を訪れて花を手向ける』という習慣だけが、帝国からの追手を振り切る力に変わり、俺をこの場所に導いた。


墓碑の前にしゃがみ、花を供える。


あいつがどんな花を好むのか、俺は知らない。だが、いつだったか、あいつが図鑑を見ながら『キレイな花だな』と呟いた横顔が印象的で、毎年のように俺はこの白い花を用意する。

「…何が婚約者だ。好きな花一つ知らねぇんだからな」

立ち上がり、黒剣を抜くと、俺は首筋に刃を当てた。


この日、この場所で、と決めていた。


「…今の俺を見たら、お前は幻滅するだろう。お前を守ってやる事も出来ず、気付いた時には帝国に見捨てられ、憎しみに駆られて戯言みてぇに世界を恨み、追手に命を狙われ、子どもの頃の約束はお前と一緒に死んだとガキみてぇに不貞腐れている今の俺を見たら…」

これで最後だと、目を閉じる。

せめて最期くらい、あいつの姿を見つめていたかった。

「情けねぇと罵るなら、好きなだけ罵って構わねぇ。…それでも、お前に会いてぇ気持ちしか、もう俺の中には残されてねぇんだよ」

心に残った唯一つの思いは、あいつに会いたいという単純な気持ちだった。
会いに行きたいという思いだけだった。

柄を握る手に力を込める。


「ほんと、情けねぇヤツ!!」


あいつの幻聴が聞こえてきて、思わず手が弛緩し、口元も弛んでしまう。
例え幻聴でも、最後にあいつの声を聞く事が出来るなんて、思いもしなかった。

想像していたよりも、死ってヤツは悪くねぇかもしれねぇ。

「って、わーっ!!ばかっっ!!今のナシ!!やめてくれって、アッシュ!!」

「………は?」

目を開くと同時に何かがぶつかり、いきなり剣を奪われ、その反動で俺は尻餅をついてしまう。

驚いて見上げた場所には、肩を上下させて息を切らせながら俺の剣を持つ、あいつの姿。

「……お前、……」

情けない事に、それ以上の言葉が出てこなかった。

死んだと思っていたヤツが生きて目の前にいるのだから、無理もない…と思う。
しかも、何故かあいつは髪を短く切って男装しているのだから、余計に訳が分からない。

昔は俺に似ていると思っていたが、どちらかと言えば、レプリカの方に似ているかもしれない。
そんな事を冷静ではない頭でぼんやり考えていると、

「ばかやろうっ!今、お前、何しようとしてたんだよっ!!」

涙目で喚かれて、ようやく俺は正気に戻る。

「……てめぇは死んだと、聞かされた…。だいたい、今まで、どこに…」

「マルクト侯が匿ってくれてたんだ。テロに巻き込まれちまって、大怪我してさ、この前まで動く事が出来なかったんだよ」

「マルクト侯が…」

確か、レプリカを支持する貴族の一人だった筈だ。

「あのテロで死んだのは、侍女のメリルだ」と言って、あいつは哀しそうに顔を歪め、「おれを庇って、死んじまったって…。『アッシュ様とお幸せになって下さい』って言い残したって…」まるで自分の罪であるかのように告げる。

「そうだったのか…」

「つーか、何が『そうだったのか』だっつーの!!話を反らすんじゃねぇーよ!!お前が、ここに来るかもしれねぇっつー情報をアテにして来てみれば、ヒトの墓の前で何しようとしてやがる!!」

「…その言葉遣い、どうにかならねぇのか?」

「いいんだよ!おれは今、男って事になってんだからな!!」

「はぁ?」

「皇女『ナタリア』は死んだ事になってるだろ、だから、今のおれは『ナタリア』じゃなくて、『ルーク』って事になってんだよ。怪しまれたら悪ぃから、男って事にしてるしさ」

思わず頭を抱えてしまう。……こいつのやる事なす事、全部めちゃくちゃだ。

「あっ!また話を反らしたな!答えろよ、剣なんか抜いて何するつもりだったんだ!!」

目を三角にするこいつを前に、俺は思わず苦笑し、正直に答える。

「…俺は、お前に会いに行くつもりだった」

「……!!」

「まぁ、こんな情けねぇ俺に、お前が会ってくれるかどうかは、分からなかったんだが、な…」

「ど、どういう意味だよ、それ…?」

眉を顰めるこいつを見ていられなくて、俺は目を伏せた。

「…見りゃ分かるだろうが。帝国に捨てられ、世界の在り方を逆恨みし、あっけなく自分のレプリカに敗北して、今は国の追手から逃げ隠れするような情けねぇ俺だ。約束を破ったと罵られ、二度と会いたくねぇとお前に言われても、文句は言えねぇよ」

「……アッシュは、約束、破ってねぇじゃん」

その言葉に驚いて顔を上げれば、ルークは苦笑する。

「破ったって言うなら、おれも同じ。でも、破ったのはまだ半分だけだ。アッシュも、おれも」

「半分…?」

「っじ、自分で言っといて、忘れたのか!?アッシュが言ったんだぞ!!『死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう』って!!」

「…だから、」

「だから、まだ半分は残ってるだろ!『死ぬまで一緒に』って部分が!!」

勢いで喚いた後、ルークは顔を真っ赤にして顔を反らしてしまった。

「半分って、お前…」

「おれだって、『国を変えよう』って約束は、もう守れないと思う。『ナタリア』を名乗って帝国に戻ったら、今頑張って世界を変えようとしてる親善大使のヤツの邪魔になっちまうしさ。それに、マルクト侯爵にも言われたんだ。『これから先は、帝国には関わらず、好きなように生きていけ』って」

まだ顔は真っ赤なままだったが、ちらりと視線を寄越してルークは続ける。

「…好きなように生きていけって言われた時、おれは、アッシュに会いたいって思った。だから、ここに来たんだよ」

俺は立ち上がり、服の埃を払う。
剣を返して貰おうとして手を差し出したのだが、それはルークに拒否された。

「もう馬鹿な真似はしねぇよ。お前に会う事が出来たんだ」

疑うような目を向けられたが、微笑みかけると、ルークはぐっと息を詰まらせて口を尖らせる。

「…そ、そういう事なら、返してやってもいい。…いいけど、一つ約束しろ」

「何だ?」

「残った約束の半分、守ってくれ」

一瞬だけ俺は返す言葉を見失う。


残った約束の半分は………『死ぬまで一緒に』。


「…そんな約束をして良いのか?」

「え…?」

「あの約束をした相手は、もう帝国の皇位継承者でもなければ、ユグドラシルバトルを勝ち抜いた英雄でもない、今はただ追われる身の敗北者だぞ」

自虐が過ぎたかと思いつつも、そう言えば、ルークは何故か必死な様子で首を横に振った。

「アッシュじゃなきゃ嫌だ!そんな事を言ったら、おれだってもう皇女じゃねぇよ!いつか変えたいと思った国も捨てなきゃならねぇし、アッシュが綺麗だって言ってくれた髪も切っちまったし!」

それから、不安そうに瞳を揺らして、

「…それとも、おれみたいなヤツとの約束を守るのは、嫌か?」

可愛らしい事を聞いてきた。少し卑屈な言い方だった気がしたのは……気のせいだろう。

一つだけ息を吐いて、それからルークの方に向き直る。

「俺と生きてくれるのか?」

「あぁ、死ぬまで一緒に!」

他に言いたい事も聞きたい事もあった筈なのだが、
嬉しそうに顔を輝かせるルークを見て、全てが吹き飛んでしまった。

手を差し出せば剣を返してくれたので、鞘に納める。
それから、もう一度、手を差し出せば、ルークはきょとんとした顔で首を傾げた。

「え?まだ何かある?おれ、もう何も取ってねぇけど?」

「…馬鹿がっ」

顔が熱くなってしまったので、赤くなってしまったのかもしれない。
驚くルークに構わず、俺はルークの手を取って、強引に引っ張るようにして歩き始めた。

「へへっ、アッシュから手を繋いでくれたの、あの約束の時以来だよな」

後ろから嬉しそうな声が聞こえてきたのだが、恥ずかしさの余り無視してしまう。
すると、ルークは細い指にきゅっと力を込めて、握り返してきた。

「なぁ、アッシュ、これからどこに行くんだ?」

「…それは、」


2人で生きていく未来に決まっている。





※※※おわり※※※



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