AL逆行itsbetween1and0/52 AL長編/it's between 1and0 2012年10月15日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第52話・公爵子息ルーク編03「幸せな1日の終わり」です。 it's between 1 and 0 第52話 ※※※ 目が覚めて、意識がはっきりしてくほど、頭の痛みもはっきりしてきて、うんざりしてしまう。 …あ。でも、これは、軽いヤツだな。 そう思ったら、だんだん痛みがひいてきて、楽になった。身体を起こして、窓の方に振り返ると、カーテンの隙間から、オレンジ色っぽい朝焼けの光が漏れてきてるのが見える。 今日は、レムデーカン・ノーム・22の日。 新暦2018年、『あの日』……の前日、だ。 「……ガイが起こしにくるまで、寝るか」 すっかり見慣れた居心地の良い部屋のベッド。 俺はシーツに潜り込んで、二度寝する事に決めた。 ゆっくり眠っていられるのも、今日までだ。 俺は、『あの日』になる明日、 屋敷に押し入ったティアからヴァン師匠を庇い、 超振動を起こして、タタル渓谷へと飛ぶ。 俺が『前』の記憶を取り戻してから2年間、 『前』とは違う事、そして同じ事も、本当に沢山あった。 2年前、 今では俺が『家族会議の日』と呼んでいる日、父上とアッシュは、母上にかなり絞られたらしい。俺は倒れて昼過ぎまで眠ってたから、実際は知らないけど、ガイは「あんなに頼もしい奥様を初めて見た」って言ってた。 話し合った結論から言うと、俺たち家族は、みんなちょっとずつ、お互いを誤解してた。 父上と母上が、「お前たち2人は私達の大切な息子」って言ってくれて、俺は恥ずかしいくらい泣いてしまって、しばらくの間、家族会議を中断させてしまったけど。 父上は、アッシュに強制してた実験の事を謝っていた。 その後で、俺にも謝った。俺も知らない間に実験を受けた事があるらしい。 覚えてねぇから謝られても困るんだけどなーって思ってたら、 アッシュがチャネリングで、 (てめぇの記憶が戻ったのは、実験のショックのせいかもな) って言ったから、 (じゃあ、父上に感謝しなきゃだな!) って俺が応えたら、すげぇ微妙な顔をされた。何だっつーの。 それから、アッシュが父上たちに説明してくれた。 秘預言の事、外郭大地の事、俺たちがしようとしてる事。 母上はすっげぇ心配してたけど、俺も一緒に沢山話して、最後には納得してくれた。アッシュと父上は更に何か話し合ってたみたいだけど、俺は疲れて眠ってしまってたから、詳しくは知らない。 家族会議があってから、ダアトに戻ったアッシュが、たまに帰って来るようになった。 母上に「1ヶ月に1度は顔を見せに帰る事」を約束させられ、さすがのアッシュも、母上を無視できなかったからだ。 アッシュがシンクを連れて来た時は、すっげぇ嬉しかった。俺がシンクを母上に紹介すると、母上もすげぇシンクの事を気に入ってくれた。でも「とても可愛らしいお嬢さんね」と言われた時のシンクは、何つーか、ちょっと可哀想だったかな。 ジェイドとは、父上には内緒で、手紙のやり取りをしている。 あのジェイドがどんな顔して俺宛ての手紙を書いてんだろ?って想像しただけで、ちょっと怖いけど、内容は普通だ。もちろん、ジェイドの普通って意味での普通だけど。 ヴァン師匠とは、きちんと話が出来ないまま、明日を迎える事になってしまった。 師匠の子供の頃の話や、故郷の話、家族の話とか、きっかけになるような話を聞こうとすると、ヴァン師匠は、困ったような顔で微笑んで、いつも誤魔化す。 俺はそれが悲しくて、でも、どうしようもなくて、俺に隠し事してる師匠が憎たらしくて、でも、いつも優しい師匠を、やっぱり嫌いになれなかった。 『前』と同じように、最近は忙しいみたいで、4週間前に稽古をつけに来てくれて以来、会えてない。最後に会った時、屋敷に3日も滞在してくれる予定だったのに、初日に稽古を受けた翌日、俺が熱を出して寝込んでしまって、貴重な時間を無駄にしてしまった。何やってんだ俺ぇー!! 「おーい、ルーク、朝だぞー」 いつものガイの声が聞こえてきて、俺は身体を起こす。 まだ眠いけど、今日は三度寝なんてしたくない。 「お、素直に起きたか。珍しいじゃないか?」 「うるせー。ムカつくから珍しいとか言うな」 「はいはい」 「なぁ、ガイ。朝食終わったら、剣舞しよーぜ」 「朝っぱらからか?まぁ、俺は別に構わないが…」 明日から暫くは、ガイと剣舞が出来なくなる。だから、今日はとことん付き合ってもらいたかった。 じゃあ決まりだな!って言おうとした時、 「あっ!すまん、ルーク。昨夜、ペールに約束してたんだ。昼すぎまでに、壊れた芝刈り機を修理しておくってな」 ガイにいきなり言われて、俺は「あ」と声を漏らす。 思い出した。『前』も芝刈り機をガイが修理する事になって、でも、俺がそれを邪魔しちまったせいで、芝刈り機の修理は、夕方まで終わらなかったんだ。 ちぇっ、と舌打ちすると、ガイは「なるべく早く終わらせるからさ」って言ってくれた。 まぁ、俺が邪魔しなけりゃ、昼過ぎには終わるだろ。 「仕方ねぇーな。ペールに免じて、待っててやる」 だから『前』と同じ失敗はしねぇ。 ガイが修理を終えるまで、何をして過ごそうか…? 朝の用意を済ませ、本を戻しに行こうと図書室へ向かう途中、考える。 裏庭で筋力トレーニングでもするか…? そんな事を考えながら、ふと窓の方へ視線を向ける。 窓ガラスに映った自分の姿を見て、溜め息をつきたくなった。 『前』と同じ長い燕尾のついた白のコート。動きやすいゆったりめのズボン。でも『今』は、何気に自慢だった腕も腹筋も、服の下だ。『前』とは違って、筋肉があんまつかなかったせいだ…! 返せ!!俺の逞しかった腕を!!腹筋美を!! これがローレライのせいっつーなら、解放した後、ぶっとばしてやるからなっっ!! ほんとは、腹に力を入れて、良い角度から見れば、割れてない事もないんだ。筋力トレーニングはしてるし。ただ、腹筋を確認してた時、ガイのヤツに「お前の腹、つるんとしてるなー」とか言われて、腹を撫でられたのが、すげぇショックで…。『前』に言われた「はったり筋肉」よりショックだった…。 コートの袖が長いのは、母上に「転んで擦り剥いたらどうするのです」って言われて、半袖禁止になっただけだ。まぁ、半袖にはあんま拘りねぇし。 一つ溜め息。 「よし、午前は筋力トレーニングに決まりだな!」 やる事が決まった。 「ルーク、そんな所で、何をしているのだ?」 背後から父上の声が聞こえてきて、俺は慌てて振り返る。 眉間の皺はそのままだけど、目も声もすっげぇ優しい父上が、廊下の先にいた。 「父上、おはようございます!」 俺が駆け寄って飛び付くと、いつものように父上に受け止められて、頭を撫でられる。 頭を撫でてくれる手が、くすぐったくて、心地いい。 ガイが言うには、世間一般の父子は、こんな風にベタベタしない。…らしい。でも、世間一般なんて関係ねぇと思う。こうやって抱き締められてると、大事にされてるんだなって実感がして、心があったかくなる。 「ルーク、少し痩せたか?朝食はちゃんと食べたのか?」 こうやって毎日聞いてくるのは正直うぜぇけど、本当に心配してくれてるんだと分かるから、喉まで出かかった「うぜぇなー」を頑張って飲み込む。 「毎日ちゃんと食べてます」 いつものように答えると「そうか」と言って微笑んでくれた。 「そういえば、昨夜、言い忘れていたのだが、今日はナタリア王女がいらっしゃるそうだ」 「ナタリアが?」 そういえば、確か『前』にも、ナタリアが訪ねてきたっけ? どうか今日はケーキを持って来ませんように。 俺は心の中で祈る。 趣味のケーキ作りは俺の為だったらしいから、本当は感謝したい所だけど、 ……やっぱ、無理なものは無理だ。俺だって命は惜しい。 俺は、来襲したナタリアを見上げながら、ナタリアが今日は何をしに来たのかが分かった。 ワルツのレッスンだ。 ナタリアがダンス用の高いヒールの靴を履くと、殆ど身長が変わらない俺は、ナタリアを見上げる形になる。 『前』より身長が1センチ低いのは、最近の俺の悩みだ。アッシュは『前』より2センチも背が高くなったらしく、俺に同情したから、思いっきり頭を殴ってやった。 あいつの背なんか縮んでしまえばいい!ちくしょー!!まぁ、俺は成長期だから、ちょっと出遅れただけで、いずれアッシュに追い付く……と思う。……思いたい。 「ルーク、いずれ、社交界に出る時には必要ですのよ。それに、剣術よりも適度で良い運動になると思いますの」 にっこり微笑んで自信たっぷりにナタリアは言う。続けて、うっとりしながら話し始めたのは、ナタリアが勝手に妄想してる、俺の社交界デビューの事だ。 ……にしても、剣術よりも適度で良い、か…。 ナタリアは、俺に剣術稽古を止めさせたいらしい。俺の事を気遣ってくれてるのは分かるし、アッシュの事を隠してて、騙してるから後ろめたくて、つい「ごめんな、ナタリア」って言ってしまいそうになるけど、言ってしまったら、きっと質問攻めにされる。だから、とにかく言わないように、なんとか言葉を飲み込む。質問攻めにされたら、ぜってぇボロが出ちまうし。 「ルーク、あなた、わたくしの話を聞いていまして?」 「はいはい、聞いてるっつーの」 そもそも、社交界になんて俺は出る気ねぇし。それに『いずれ』の頃には、きっとアッシュがファブレ家に帰ってる筈だ。社交界なんて、俺には関係ねぇ。 ナタリアの後ろで、侍女が蓄音機に音盤をセットした。ワルツの曲が流れ始める。 「さぁ、ルーク。始めませんこと?」 ナタリアが手をのばしてきたので、俺は、全力で逃げ……ようとして止めた。 明日から、ナタリアには心配をかけちまう。 罪滅ぼしってワケじゃねぇけど、今日くらいは、ちゃんと付き合おうと思ったからだ。 「仕方ねぇーな。今日はレッスンを受けてやるよ」 「まぁ、ルーク…」 ナタリアは顔を近付けて、俺の目を覗き込む。 「あなた、熱でもありますの?」 「ねぇよ!!」 やっぱナタリアうぜぇー!! 「ふふふ、冗談ですわ。さぁ、踊りましょう」 あれ?俺って遊ばれてねぇか? ……まぁ、いいか。 無事に芝刈り機の修理を終えたガイと、昼過ぎには、中庭で剣舞の練習をした。 ガイが無駄に爽やかで、笑顔を振り撒くから、屋敷の中から覗き見してたメイド達が、きゃあきゃあ騒いで、正直うざかったけど、いつもの事なので無視した。 お茶の時間には、ナタリアが母上を誘ったので、3人でテーブルを囲い、今ナタリアが考えてる新たな公共事業の計画について、半分眠りながらだったけど、聞いてやった。 ……そして。夜、眠る前には、日記を書いた。 (……アッシュ、おやすみ) 俺が届くように願って声を送ると、 (…あぁ、おやすみ、ルーク) アッシュがいつものように答えてくれた。 特別じゃないけど、退屈じゃない、幸せな1日の終わり。 『おやすみ』とアッシュに声をかけるのは、日記と同じように習慣になってしまった、俺の日課。 部屋の灯りを消して、太陽の匂いがするシーツに潜り込む。 本当は『あの日』を迎えるのが怖い。失敗は出来ない。 そう考えると、緊張で手が震えた。 でも。 明日には、ティアの譜歌が聴けると思うと、幸せが1つ増えるような気がする。 俺は、ティアの優しい歌声を思い出しながら、眠りに落ちた。 ※※※続きます※※※ PR