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AL逆行itsbetween1and0/51



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第51話・アッシュ編12「2人分の陽だまりに『今』は」です。




it's between 1 and 0 第51話


※※※


ベッド脇に置いた椅子に腰掛け、本を読んでいた俺は、
ルークの呼吸が変わった事に気付き、本を閉じた。

覚醒したのだろうかと寝顔を観察すれば、朱色の睫が頼りなさげに震えている様子が分かる。

ゆっくりと瞼が上がり、焦点の定まらない視線は暫く天井を向いていたが、やがて再び閉じられた。
ルークは目を閉じたまま、もそもそと動き、シーツの中に潜り込んでいく。

「…おい、当たり前みてぇに二度寝すんじゃねぇよ」

俺が声をかけると、動きがぴたりと止まった。
漸く顔を出したかと思うと、

「…アッシュ?なんで?なんで、いんの?」

ルークはおどおどした表情で、俺を見上げる。

「いちゃ悪いか?」

「…わ、悪いなんて、言ってねぇだろっ!ただ、すぐにダアトへ行っちまうって、思ってたから…」

俺は肺の底から息を吐き出した。

「最初は、すぐダアトに戻るつもりだったんだがな…」


昨夜、ルークが倒れ、ガイによってベッドに運ばれた後、俺は、母上の誘導尋問に負け、幾つか白状させられた。現在、ローレライ教団の詠師職にあり、神託の盾騎士団では特務師団にいると説明した時は、さすがに母上も驚いていたが、最終的には全てを受け入れてくれたように思う。

ルークに関する事は、こいつが目覚めてから…という母上の言葉に、
俺は、この屋敷に留まる事になった。

これほど長くバチカルに留まるのは不本意だったが、俺を心配してくれる母上を見捨てるような気がして、一人勝手に立ち去る事など出来なかった。


…そう、今、俺がここにいる理由は、病弱な母上を気遣っての事だ。

少し熱のあるルークを心配していたからとか、きちんと父上と向き合って話す時間が欲しかったからとか、母上の脅迫じみた迫力ある笑みに負けたからとか、

…とにかく、そんな理由だとは思いたくない。


「…母上が、家族全員で話し合うべきだと言い出してな。てめぇが目覚めるのを、みんな待ってやってたんだ。…ったく。それを、二度寝しようとしやがるとは…!」

見ると、ルークは大きな瞳を更に大きくして、情けなくも口まで大きく開け放していた。

「…俺と同じ顔で間抜けな顔するんじゃねぇ」

苛立ちを隠さずに言ったつもりだったが、ルークは反応しない。

「…おい、どうしたってんだ?」

「なぁ、待ってた、って?俺を?家族全員って……俺も?」

その言葉に驚く。だが、次には、苦笑が漏れた。

「母上も、父上も、お前が目覚めるのを待ってる」

「…で、でも、俺、レプリカだから、っわ!」

俺が持っていた本でルークの額を叩くと、ヤツは恨めしそうに額を擦りながら俺を見上げる。

「なんで叩くんだよ…!」

「てめぇの卑屈根性を矯正してやる為だ。有り難く思え」

「卑屈じゃねぇー!事実だろーがっ!!」

「事実?あぁ、お前が俺のレプリカって事実か?だったら、事実通り、お前は俺の家族じゃねぇか」

「へ?」

「父上と母上の家族である俺のレプリカのお前は家族だろ」

ルークは訳が分からないといった顔で眉をひそめるが、
僅かに視線をさ迷わせ、それから、俺の方に視線を戻した。

「……俺、も、家族…で、良い、のか……?」

俺は『当たり前だろう』という言葉に代えて、ルークの頭をくしゃりと撫でる。

すると、ルークは顔を歪め、唇を固く結び、瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情になった。
そして慌ててシーツを引き寄せて頭から被ると、顔を隠す。

泣いているんだろうか。
シーツを握りしめる指が小さく震えていた。

つくづく思う。
こいつは、レプリカのくせに、本当に俺に似ていない。


俺には、ローレライと取引きし、全てを敵に回してでも、叶えたいと願った『望み』がある。


その俺の『望み』を知れば、俺とは考え方も生き方も違うルークは、どう思うだろうか?


「なぁ、ルーク、一つ聞いておきてぇ事がある」

シーツから溢れた朱色の髪を手に取り、口付ける。
ガイが手間暇かけて手入れしているという髪からは、バニラのような甘ったるい香りがした。


「…俺には『望み』がある」


魔が差した。…というヤツだろう。

「俺は、外郭大地を降下させ、障気問題を片付けて、ヴァンの計画を潰し、ローレライを解放する。…そんな面倒くせぇ事を俺がやろうとしているのは、全て、俺の『望み』を叶える為、だ」

ルークがシーツから顔を出して、目を瞬かせながら、俺を見上げた。

「…アッシュの『望み』って、何だ?」

俺は、嘘偽りなく、答える。

「俺の『望み』は『生きる』事だ」

「……『生きる』…?」

「ローレライの解放を遂げた先の未来で、生きる事」

一瞬、ルークは面食らったような顔をした。俺は構わず言葉を続ける。

「お前は、ローレライの解放を終えたら、どうしたい?」

「へ?俺…?」

「あの先の未来を生きる事が出来るなら、何をしたい?」

「俺は…」

ルークは視線をさ迷わせた。更に俺は構わず言葉を続ける。

「俺は色々考えてるぜ。神託の盾騎士団の元帥も悪かねぇし、ローレライ教団の次期導師の座を狙うのも、アリだな」

「元帥?導師?……バチカルには、帰んねぇの…?」

「それも考えた。キムラスカの国王ってのも選択肢の一つだ。上手くやればファブレ公爵家を継ぐ事も出来るだろうし、権力に興味がわかなけりゃ、ケセドニアで傭兵稼業ってのも、気ままで、俺の性に合ってる気がするな。案外、特務師団から動かずに、そのままって気がしなくもねぇ」

ルークはすっかり混乱している。
気持ちは分からなくもない。俺の言ってる事は滅茶苦茶だ。

「…まぁ、未来が手に入れば、どんな可能性もあるって事だ。…さぁ、俺は言ったぜ。ルーク、お前は一体何がしたい?」

「俺は…」

ルークは眉を寄せて、俺を見上げる。

「…アッシュ、笑わねぇ?」

「内容に依る。が、今なら我慢してやる」


本当は、こいつが何を望んでいるのか、俺は知っている。


「…あのさ、『前』に、考えた事あるんだ。…もしも、ローレライを解放して生き残れたら、何がしたいか、って。あの時は、レプリカとかプラネットストームの問題とか、しなくちゃいけない事が色々だったけど、でも、例えば、そういう問題がなくて、何でも出来るなら、…馬鹿な妄想だけど、…ただの妄想だけどさ、俺…」


俺はルークの『望み』を知っている。だが、こいつの口から、きちんと聞きたかった。


「小さい頃から、ずっとヴァン師匠みたいになりたいって憧れてたし、……だから、…それを、真面目に、具体的に、考えてみてさ、」


大爆発が完了し、俺は、こいつの記憶を得た。

そして、こいつの『望み』を知る事が出来、


だからこそ、俺は、望んだ。


「…俺は、ヴァン師匠みたいな剣術の先生になりたいな、って」


…あぁ、なんて、ささやかな『望み』だろう。


「剣ってさ、誰かの命を奪っちまうモノだけど、でも、逆にさ、誰かの命を守れるモノでもあるじゃん?……沢山の命を奪っちまった俺だから、…だから、誰かの命を守る術として、沢山の人に教えていけたらな、って」

敵対する二大国の手を結ばせ、世界を救った英雄が、
地位や財力、名誉にも恵まれたこいつが、
『贖罪』の名の下に、平凡とさえ言える『望み』を、恐る恐る口にするのか…。

ルークの顔が真っ赤になっていき、俺を睨んだ。

「…あー、くそっ!笑いたいなら、笑えよっ!どうーせ、てめぇのような屑が、ヒトにものを教えられると思うのかー!とか、思ってんだろっ!!真面目に答えたのにっっ!!」

ルークは喚くと、またシーツの中に隠れてしまい、
俺は、思わず、苦笑した。

「いいんじゃねぇか?剣の道は、お前に向いてる」

「へ…?ほん、と…?」

「てめぇが国王や公爵になるより、多少は現実的だ」

「うるせぇー!どうーせ俺は馬鹿で勉強できねぇーよ!!」

ルークが投げた枕を受け取り、投げ返すと、返されると思ってなかったのか、枕を顔で受けたルークは、顔を真っ赤にしたまま、悔しそうに俺を睨み返した。思わず、俺は苦笑を溢す。



預言を覆した未来を、更に覆し、その先の未来を生きる。

その先の未来へ、こいつも連れていく。


それが、俺の『望み』。


……こいつには、絶対に言ってやらねぇがな。



コンコン、と控えめに響くノックの音を聞き、俺とルークはドアの方に顔を向ける。
ドアから顔を出したのは、ガイだ。

「アッシュ…、あぁ、ルーク!目が覚めていたのか!」

心底安心したような声でガイは喜び、ルークも安心したように「ん、目ぇ覚めた」と返している。

「おい、ガイ、こいつに何か食べる物を用意してやってくれ」

俺が言うと、

「あぁ、もちろん。すぐにルークの好物を用意するよ」

ガイは嬉しそうに答える。…とことんルークに甘いヤツだ。

「俺は、お前が目覚めた事、父上と母上に報告してくる。まだ本調子じゃねぇんだ。ベッドから出るんじゃねぇぞ」

「……二度寝すんなって言ったくせに」

「何か言ったか?」

「そんな睨むなよ!分かってるって!」

ルークの返事を聞いて、俺はガイと一緒に部屋を出た。


俺は部屋の前のステップを下りて中庭を進むが、
何故か、ガイは立ち止まったまま、歩き始めない。

不思議に思って振り返って見ると、ガイは何故か驚きを顕にした表情で、俺を見ている。

「…何だ、ガイ?」

「お前、本当に、あの誘拐されたルーク坊っちゃん、だよな?」

……何を今更…。

「正真正銘、俺が被験者だ。てめぇ、一体何が言いたい?」

ガイは苦笑する。

「いや、ま、ちょっとした確認だ」

……?

訳の分からない事をするヤツだ。…まぁ、いい。

「ガイ、先に言っておくが、俺は明日にはバチカルを出る。あの馬鹿は、すぐに無茶するからな。俺がいない間は、手綱でもつけて、こっから逃げ出さないよう躾ておけよ」

ガイが返事をしない。口をぽかんと開けたままだ。

…一体何だってんだ?
こいつ、こんなに締まりのない顔をするヤツだったか…?

「おい、ガイ、聞いてんのか?」

はっとしてガイは我に返ったのか、後ろ頭を掻き始める。

「あ、あぁ、悪い悪い。…ははは、いやぁ、まさか、あのルーク坊っちゃんから、そんな言葉を聞けるとは…」

は?何の事だ?
そんなってのは、どんな言葉だ?

「…ま、ルークの事は任せておいてくれ。無茶はさせないよ。お優しい俺の幼馴染み様の頼みとあれば、尚更…な」

ガイは妙に緩んだ顔で言うと、俺の傍に来て、ルークにするのと同じようにくしゃくしゃと頭を撫でた。

「おい、こら。ガキ扱いすんじぇねぇよ」

「いやぁ、つい、嬉しくってなぁ!」

何が嬉しいんだ。訳の分からないヤツだ。
と言うか、いい加減、頭を撫でるのは止めてくれ。

俺はガイを振り切ると、屋敷の方へ向かって、中庭を真っ直ぐに縦断する。


ふと空を見上げると、晴れ渡り澄みきった青に、温かい光を振り撒く太陽が見えた。



何故、『前』の俺は、この陽だまりを1人分だと思ったのだろう。

かつて奪い合った1人分の陽だまりに『今』は2人で居るのに。


俺達は、ここに居る。……2人で居る事が出来る。


その居心地は、


「…まぁ、悪かねぇな」


俺は呟いて、陽だまりの中を先へと進んだ。





※※※続きます※※※

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