AL逆行itsbetween1and0/51 AL長編/it's between 1and0 2012年10月14日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第51話・アッシュ編12「2人分の陽だまりに『今』は」です。 it's between 1 and 0 第51話 ※※※ ベッド脇に置いた椅子に腰掛け、本を読んでいた俺は、 ルークの呼吸が変わった事に気付き、本を閉じた。 覚醒したのだろうかと寝顔を観察すれば、朱色の睫が頼りなさげに震えている様子が分かる。 ゆっくりと瞼が上がり、焦点の定まらない視線は暫く天井を向いていたが、やがて再び閉じられた。 ルークは目を閉じたまま、もそもそと動き、シーツの中に潜り込んでいく。 「…おい、当たり前みてぇに二度寝すんじゃねぇよ」 俺が声をかけると、動きがぴたりと止まった。 漸く顔を出したかと思うと、 「…アッシュ?なんで?なんで、いんの?」 ルークはおどおどした表情で、俺を見上げる。 「いちゃ悪いか?」 「…わ、悪いなんて、言ってねぇだろっ!ただ、すぐにダアトへ行っちまうって、思ってたから…」 俺は肺の底から息を吐き出した。 「最初は、すぐダアトに戻るつもりだったんだがな…」 昨夜、ルークが倒れ、ガイによってベッドに運ばれた後、俺は、母上の誘導尋問に負け、幾つか白状させられた。現在、ローレライ教団の詠師職にあり、神託の盾騎士団では特務師団にいると説明した時は、さすがに母上も驚いていたが、最終的には全てを受け入れてくれたように思う。 ルークに関する事は、こいつが目覚めてから…という母上の言葉に、 俺は、この屋敷に留まる事になった。 これほど長くバチカルに留まるのは不本意だったが、俺を心配してくれる母上を見捨てるような気がして、一人勝手に立ち去る事など出来なかった。 …そう、今、俺がここにいる理由は、病弱な母上を気遣っての事だ。 少し熱のあるルークを心配していたからとか、きちんと父上と向き合って話す時間が欲しかったからとか、母上の脅迫じみた迫力ある笑みに負けたからとか、 …とにかく、そんな理由だとは思いたくない。 「…母上が、家族全員で話し合うべきだと言い出してな。てめぇが目覚めるのを、みんな待ってやってたんだ。…ったく。それを、二度寝しようとしやがるとは…!」 見ると、ルークは大きな瞳を更に大きくして、情けなくも口まで大きく開け放していた。 「…俺と同じ顔で間抜けな顔するんじゃねぇ」 苛立ちを隠さずに言ったつもりだったが、ルークは反応しない。 「…おい、どうしたってんだ?」 「なぁ、待ってた、って?俺を?家族全員って……俺も?」 その言葉に驚く。だが、次には、苦笑が漏れた。 「母上も、父上も、お前が目覚めるのを待ってる」 「…で、でも、俺、レプリカだから、っわ!」 俺が持っていた本でルークの額を叩くと、ヤツは恨めしそうに額を擦りながら俺を見上げる。 「なんで叩くんだよ…!」 「てめぇの卑屈根性を矯正してやる為だ。有り難く思え」 「卑屈じゃねぇー!事実だろーがっ!!」 「事実?あぁ、お前が俺のレプリカって事実か?だったら、事実通り、お前は俺の家族じゃねぇか」 「へ?」 「父上と母上の家族である俺のレプリカのお前は家族だろ」 ルークは訳が分からないといった顔で眉をひそめるが、 僅かに視線をさ迷わせ、それから、俺の方に視線を戻した。 「……俺、も、家族…で、良い、のか……?」 俺は『当たり前だろう』という言葉に代えて、ルークの頭をくしゃりと撫でる。 すると、ルークは顔を歪め、唇を固く結び、瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな表情になった。 そして慌ててシーツを引き寄せて頭から被ると、顔を隠す。 泣いているんだろうか。 シーツを握りしめる指が小さく震えていた。 つくづく思う。 こいつは、レプリカのくせに、本当に俺に似ていない。 俺には、ローレライと取引きし、全てを敵に回してでも、叶えたいと願った『望み』がある。 その俺の『望み』を知れば、俺とは考え方も生き方も違うルークは、どう思うだろうか? 「なぁ、ルーク、一つ聞いておきてぇ事がある」 シーツから溢れた朱色の髪を手に取り、口付ける。 ガイが手間暇かけて手入れしているという髪からは、バニラのような甘ったるい香りがした。 「…俺には『望み』がある」 魔が差した。…というヤツだろう。 「俺は、外郭大地を降下させ、障気問題を片付けて、ヴァンの計画を潰し、ローレライを解放する。…そんな面倒くせぇ事を俺がやろうとしているのは、全て、俺の『望み』を叶える為、だ」 ルークがシーツから顔を出して、目を瞬かせながら、俺を見上げた。 「…アッシュの『望み』って、何だ?」 俺は、嘘偽りなく、答える。 「俺の『望み』は『生きる』事だ」 「……『生きる』…?」 「ローレライの解放を遂げた先の未来で、生きる事」 一瞬、ルークは面食らったような顔をした。俺は構わず言葉を続ける。 「お前は、ローレライの解放を終えたら、どうしたい?」 「へ?俺…?」 「あの先の未来を生きる事が出来るなら、何をしたい?」 「俺は…」 ルークは視線をさ迷わせた。更に俺は構わず言葉を続ける。 「俺は色々考えてるぜ。神託の盾騎士団の元帥も悪かねぇし、ローレライ教団の次期導師の座を狙うのも、アリだな」 「元帥?導師?……バチカルには、帰んねぇの…?」 「それも考えた。キムラスカの国王ってのも選択肢の一つだ。上手くやればファブレ公爵家を継ぐ事も出来るだろうし、権力に興味がわかなけりゃ、ケセドニアで傭兵稼業ってのも、気ままで、俺の性に合ってる気がするな。案外、特務師団から動かずに、そのままって気がしなくもねぇ」 ルークはすっかり混乱している。 気持ちは分からなくもない。俺の言ってる事は滅茶苦茶だ。 「…まぁ、未来が手に入れば、どんな可能性もあるって事だ。…さぁ、俺は言ったぜ。ルーク、お前は一体何がしたい?」 「俺は…」 ルークは眉を寄せて、俺を見上げる。 「…アッシュ、笑わねぇ?」 「内容に依る。が、今なら我慢してやる」 本当は、こいつが何を望んでいるのか、俺は知っている。 「…あのさ、『前』に、考えた事あるんだ。…もしも、ローレライを解放して生き残れたら、何がしたいか、って。あの時は、レプリカとかプラネットストームの問題とか、しなくちゃいけない事が色々だったけど、でも、例えば、そういう問題がなくて、何でも出来るなら、…馬鹿な妄想だけど、…ただの妄想だけどさ、俺…」 俺はルークの『望み』を知っている。だが、こいつの口から、きちんと聞きたかった。 「小さい頃から、ずっとヴァン師匠みたいになりたいって憧れてたし、……だから、…それを、真面目に、具体的に、考えてみてさ、」 大爆発が完了し、俺は、こいつの記憶を得た。 そして、こいつの『望み』を知る事が出来、 だからこそ、俺は、望んだ。 「…俺は、ヴァン師匠みたいな剣術の先生になりたいな、って」 …あぁ、なんて、ささやかな『望み』だろう。 「剣ってさ、誰かの命を奪っちまうモノだけど、でも、逆にさ、誰かの命を守れるモノでもあるじゃん?……沢山の命を奪っちまった俺だから、…だから、誰かの命を守る術として、沢山の人に教えていけたらな、って」 敵対する二大国の手を結ばせ、世界を救った英雄が、 地位や財力、名誉にも恵まれたこいつが、 『贖罪』の名の下に、平凡とさえ言える『望み』を、恐る恐る口にするのか…。 ルークの顔が真っ赤になっていき、俺を睨んだ。 「…あー、くそっ!笑いたいなら、笑えよっ!どうーせ、てめぇのような屑が、ヒトにものを教えられると思うのかー!とか、思ってんだろっ!!真面目に答えたのにっっ!!」 ルークは喚くと、またシーツの中に隠れてしまい、 俺は、思わず、苦笑した。 「いいんじゃねぇか?剣の道は、お前に向いてる」 「へ…?ほん、と…?」 「てめぇが国王や公爵になるより、多少は現実的だ」 「うるせぇー!どうーせ俺は馬鹿で勉強できねぇーよ!!」 ルークが投げた枕を受け取り、投げ返すと、返されると思ってなかったのか、枕を顔で受けたルークは、顔を真っ赤にしたまま、悔しそうに俺を睨み返した。思わず、俺は苦笑を溢す。 預言を覆した未来を、更に覆し、その先の未来を生きる。 その先の未来へ、こいつも連れていく。 それが、俺の『望み』。 ……こいつには、絶対に言ってやらねぇがな。 コンコン、と控えめに響くノックの音を聞き、俺とルークはドアの方に顔を向ける。 ドアから顔を出したのは、ガイだ。 「アッシュ…、あぁ、ルーク!目が覚めていたのか!」 心底安心したような声でガイは喜び、ルークも安心したように「ん、目ぇ覚めた」と返している。 「おい、ガイ、こいつに何か食べる物を用意してやってくれ」 俺が言うと、 「あぁ、もちろん。すぐにルークの好物を用意するよ」 ガイは嬉しそうに答える。…とことんルークに甘いヤツだ。 「俺は、お前が目覚めた事、父上と母上に報告してくる。まだ本調子じゃねぇんだ。ベッドから出るんじゃねぇぞ」 「……二度寝すんなって言ったくせに」 「何か言ったか?」 「そんな睨むなよ!分かってるって!」 ルークの返事を聞いて、俺はガイと一緒に部屋を出た。 俺は部屋の前のステップを下りて中庭を進むが、 何故か、ガイは立ち止まったまま、歩き始めない。 不思議に思って振り返って見ると、ガイは何故か驚きを顕にした表情で、俺を見ている。 「…何だ、ガイ?」 「お前、本当に、あの誘拐されたルーク坊っちゃん、だよな?」 ……何を今更…。 「正真正銘、俺が被験者だ。てめぇ、一体何が言いたい?」 ガイは苦笑する。 「いや、ま、ちょっとした確認だ」 ……? 訳の分からない事をするヤツだ。…まぁ、いい。 「ガイ、先に言っておくが、俺は明日にはバチカルを出る。あの馬鹿は、すぐに無茶するからな。俺がいない間は、手綱でもつけて、こっから逃げ出さないよう躾ておけよ」 ガイが返事をしない。口をぽかんと開けたままだ。 …一体何だってんだ? こいつ、こんなに締まりのない顔をするヤツだったか…? 「おい、ガイ、聞いてんのか?」 はっとしてガイは我に返ったのか、後ろ頭を掻き始める。 「あ、あぁ、悪い悪い。…ははは、いやぁ、まさか、あのルーク坊っちゃんから、そんな言葉を聞けるとは…」 は?何の事だ? そんなってのは、どんな言葉だ? 「…ま、ルークの事は任せておいてくれ。無茶はさせないよ。お優しい俺の幼馴染み様の頼みとあれば、尚更…な」 ガイは妙に緩んだ顔で言うと、俺の傍に来て、ルークにするのと同じようにくしゃくしゃと頭を撫でた。 「おい、こら。ガキ扱いすんじぇねぇよ」 「いやぁ、つい、嬉しくってなぁ!」 何が嬉しいんだ。訳の分からないヤツだ。 と言うか、いい加減、頭を撫でるのは止めてくれ。 俺はガイを振り切ると、屋敷の方へ向かって、中庭を真っ直ぐに縦断する。 ふと空を見上げると、晴れ渡り澄みきった青に、温かい光を振り撒く太陽が見えた。 何故、『前』の俺は、この陽だまりを1人分だと思ったのだろう。 かつて奪い合った1人分の陽だまりに『今』は2人で居るのに。 俺達は、ここに居る。……2人で居る事が出来る。 その居心地は、 「…まぁ、悪かねぇな」 俺は呟いて、陽だまりの中を先へと進んだ。 ※※※続きます※※※ PR