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AL逆行itsbetween1and0/49



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第49話・クリムゾン編05「これは、避けられぬ戦い」です。





it's between 1 and 0 第49話


※※※


超振動実験の後、ルークを屋敷へ送り届けた私は、蒼白色の顔でぐったりと眠るルークから離れ難かったが、その足で、ベルケンドへと戻った。

ベルケンドでの残された日々を過ごしながら、これからの事を考える。


私は、ルークの父親として、やり直したいと考えていた。
あの子に対する、これまでの酷い仕打ちを、どうにかして償いたいと思った。

あの子が私を見て怯えなければ良い。
以前のように、無邪気に笑って、手をのばしてくれると良い。


今まで、私は、あの子を見ないように避けてきた。
あの子の死を考え、心が掻き乱されるからだ。

だが、これほど心を掻き乱されるのは、心のどこかで、あの子を愛しいと思っていたからなのだ。

四肢を切り落とそうとした時、あの子が私を『父上』と呼んでくれる事なく意識を失い、私は落胆した。あの時に、私は、己の気持ちに気付くべきだった。
私は、あの子に、父親として慕われたかったのだ。


あの子は預言の年を越えられぬ。預言は覆らぬ。
そして、結局の所、私は繁栄を望む周囲を裏切る事も出来ぬのだ。


ならば。せめて。

その時まで、何かに憂う事のない、穏やかな日々を過ごさせてやりたい。
両親に愛され、何不自由ない人生だったと、思わせてやりたい。



そんな事を考えている内に、バチカルへ戻る予定の日になり、私は屋敷へと帰った。


ラムダスの報告によれば、ルークは朝目覚めてはすぐ眠りに落ちるという生活を、実験の後1週間ほど、送っていたらしい。妻が帰る頃には回復したらしいが、息子の体調の変化に気付いた妻はかなり心配したと聞いた。

ルークは睡眠中に何度もうなされていたらしいが、研究者の言った通り、実験の記憶は残っていないらしい。それをラムダスから聞いて、私は安堵した。あのように酷い記憶は、ない方がルークの為だ。


明日から、どうルークに接すれば良いのか。

隣で眠る妻の穏やかな寝息を聞きながら、私は考えていた。

そんな時、戦場では耳慣れた、しかし、バチカルでは異質な音が、遠くから聞こえてくる。
白光騎士達が慌ただしく動く気配がし、寝室をノックする音が聞こえ、既にガウンを羽織りベッドから出ていた私は、報告に来た白光騎士を迎え、報告を受ける。

屋敷に賊が侵入し、ルークが負傷したと聞き、息を飲んだ。
私は中庭に出て、賊の捜索を急がせた。

だが、治癒術で回復した息子は、部屋から出てくるなり、
「一切の捜索を打ち切って下さい」と言葉に凄みを利かせて、申し出てきた。

息子の瞳に、怯えの色はなかった。
それどころか、視線を合わせれば、百戦錬磨の騎士ように眼光を鋭くさせる。

私はルークの変化に戸惑っている内に、捜索の打ちきりを約束していた。

息子の意図が分からないと最初は不思議に思ったが、「他の者への処分は、何卒ご容赦願います」という言葉を思い出し、ようやく理解した。
賊の侵入を赦し、護衛対象に怪我を負わせたのだ。当夜、任務中の白光騎士はもとより、護衛剣士であるガイ・セシルの解任は必至。ルークは、それを回避したかったのだ。

私を前にすれば、いつも怯えたような目をし、私が視線を合わせれば、いつも居心地悪そうに俯く息子が、反抗するような目で、私を睨み返したのだ。

使用人ガイ・セシルを庇う為に。

剣舞の問題が起こった時も、同じだった。
あの時は、怯えながらも必死に請うだけだったが、あれも反抗の意志の現れだったのだろう。

そういえば、と以前には聞き流したラムダスの報告を思い出す。

その報告は、最近、ルークの言葉遣いの乱れが顕著になっている。…というものだった。
ラムダスやメイド長に教育されたメイド達はもとより、良家の子息でもある白光騎士の言葉遣いを真似たものでもない。原因は明らかであり、私は迷わず、ある答えに辿り着いた。

ガイ・セシルが、ルークに悪い影響を及ぼしている。

賊の侵入があった日以来、私は、ガイ・セシルをどうにかしなければならないと考え、悩むようになった。だが、その私の悩みとは裏腹に、何故か、ルークとガイ・セシルは、主従らしい一定の距離を保って、接するようになっていた。


私は息子の考えが分からなくなった。

ガイ・セシルの問題は保留のままにしておくべきか。


そう考え始めたが、私は、ガイ・セシルに背負われるルークを見て、保留にするべきではなかったと、後悔した。ルークが私に反抗するようになって以来、私はずっと欺かれていたのだ。
私の見ていない所では、2人は長年の親友あるいは兄弟のように親しくしていたのだ。


やり直したいと考え始めた私に、
あの無邪気な子供が反抗的な態度を取るようになったのは、ガイ・セシルのせいなのだ。


他に同年代の子供が屋敷にはいなかった為、今まで見逃していた。

が、やはり、長く側に置きすぎたのだ。2人は離しておくべきだ。

それが、ルークの為だ。



私はそう考え、ガイ・セシルに仕官の話を持ちかけた。

だが、ルークは怯えながらも、私に反抗した。

「ガイに会えなくなるなんて嫌です!!」

何故、あれがお前には良くないものだと気付かないのか?
何故、私の親心がルークには分からないのか?
何故、歩み寄ろうと考えている私に、反抗するのか?

私には分からなかった。

「お願いです!ガイは友達なんです!!だから、」

何が友達だ!!
父親の私よりも大事なものなのか!?

私は怒りにかられ、いつのまにか、ルークを殴っていた。
ルークは殴られるとは思っていなかったのだろう。まともに拳を食らい、受身も取れずに廊下に倒れた。背を打ったのか、酷い咳を繰り返す。もう一人の息子とは違う、情けない姿。反抗の意志はあっても、踏み留まる事も出来ぬ身体。

私は、脆弱な息子を、手加減なしで殴ってしまった。
これからやり直していきたいと考えていた筈の息子を。

握り締めていた拳が痛んだ。

「ガイ・セシル、ルークを部屋まで運びなさい」

「…いえ、大丈夫です。一人で歩けます」

ようやく咳が治まった息子は、立ち上がる。

私に向けた瞳にあるのは、怯えでも、敵意でもなかった。


諦め、だった。


「我儘を言って、申し訳ありませんでした。失礼致します」



私は後悔した。

息子にあんな顔をさせるつもりはなかった。


あの子の為にはならないと分かっていても、
友達と言い切ったガイ・セシルを引き離す事は、あの子を不幸せにするのだろうか?


書斎に戻り、ガイ・セシルの処遇について話していると、
ノックの音が聞こえ、
続いて「父上、ルークです」という懍とした声が、扉の向こうから聞こえてきた。


初めて書斎に入ってきたルークは、左手に、鞘に入ったままの剣を持っていた。その瞳には、明らかに、私に対する敵意が現れている。ラムダスもそれに気付いているのだろう。ルークが人払いを私に頼んだ時、ただ事ではないと考え、伺うように私に視線を送っていた。

「俺が誘拐される前、10才の誕生日に、父上は、俺に哲学書を贈って下さいました。覚えておられますか?」

最初は、そのルークの言葉の意味が分からなかった。

私が手離した息子の事を、忘れる筈もない。だが、ルークがそれを覚えている筈もない。10才だった息子は、今目の前にいるルークではなかったのだ。それを覚えているとすれば…。

私は息子の意図に気付き、そして、驚愕した。


今、目の前にいて、私に反抗的な視線を向けるのは、行方不明中の息子なのだ。

被験者とレプリカは瓜二つというが、同じ服に身を包んでいても、よく見れば、別人だと分かる。
どこかで鍛えていたのだろうか、脆弱なあの子よりも、肩幅が広く、体格は良い。

私は慌ててラムダスを下がらせると、改めて確認するように、息子に問いかけた。
息子は『アッシュ』と名乗り、今は、神託の盾騎士団の特務師団に属していると語った。
いつから入れ代わっていたのかと問えば、私が先程殴ってしまったのは、レプリカの方だと答える。その答えに、私は納得した。


私に敵意を含んだ視線で反抗するのは、アッシュと名乗る子。
怯えながらも反抗し、最後は諦めたのが、あの子なのだ。


「肺を悪くしているので喀血し、熱もあるようだった為、今は部屋で休ませております」

「喀血!?どういう事だ…!?」

ルークが!?

「ルークの身体の事は、父上もよくご存じなのでは?免疫能力が劣化している事を知らず、薬を絶っていたせいで、肺を悪くしたようです。もう少し早く、俺が気付いてやれば、あんな無理はさせなかったのですが…」

薬を絶っていた?!
では、先程の酷い咳は…!

可哀想な事をしてしまったと、私は後悔する。


私があの子を大事にしたいと思う時には、いつも、既に酷い仕打ちをしてしまった後なのだ。


「俺は、今夜、屋敷を出て、ダアトに戻るつもりでした」

アッシュと名乗った息子の言葉を聞き、私は、目の前にいる息子の方へ意識を向ける。

「…ですが、俺の代わりに死ぬと言っているあいつを、一人残して去る訳にはいかないという考えに至りました」


息子の纏う雰囲気が、一瞬で変わった。

すらりと黒剣を抜いたかと思えば、私に剣先を向ける。


「どういうつもりだ…!」

問えば、息子は笑っていた。だが、瞳が笑ってはいない。
怒りに染まりながらも、どこか冷静さを残した瞳だった。

「あいつを奪って、逃げ出すのは容易いんだが、それじゃあ、俺の腹の虫が収まらねぇって事だ」


この子は、知っている。

今まで私が、あの子にした酷い仕打ちの数々を。


「俺はもう、超振動の実験が嫌で逃げ出した時のような、ちっぽけなガキじゃねぇんだ…!!」

この子は、あの子の為に、怒っている…。
誰かの為に怒り、剣を手にする一人前の男になったのだな。

「だが、丸腰の相手を斬る趣味はねぇ!剣を取れっ!!」


対等な決闘を、父親に申し出る、か…。

……知らぬ内に、本当に、逞しくなったものだ。


「レプリカの為に、私と戦おうと言うのだな?」

「あいつをレプリカと呼んで良いのは俺だけだ!二度と物みてぇにレプリカとか言うんじゃねぇ!」

「……ルークは、この事を知っているのか?」

「俺が勝手にやっている事だ。知る必要なんざねぇ。俺はただ単に、あんたをぶちのめしてやりてぇだけだ。ぐずぐずしてねぇで、さっさと剣を取れ!」


目の前にいるのは、息子ではない。一人の剣士なのだ。
守りたい者を守ろうとする、一人の男だ。

私もまた騎士として応じなければ、男とは言えぬだろう。


これは、避けられぬ戦いだ。


私は覚悟を決めて目を閉じ、息を吐き出した。息子の決闘に応じようと、椅子から立ち上がる。


その時、

書斎の扉が乱暴に開け放たれた。


「アッシュ!!お前、何やってんだ!?止めろよ!!」

肩で息をしている息子が、私を庇うように、もう一人の息子の前に飛び出てきた。






※※※続きます※※※



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