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AL逆行itsbetween1and0/48



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第48話・クリムゾン編04「超振動実験を許可した」です。

(今回からクリムゾン編です)





it's between 1 and 0 第48話


※※※


ベルケンドへ出立する前日の事だった。

普段から、私はあの子供を視界に入れぬようにする為、中庭に面した窓には、極力、近付かぬようにしていた。
しかし、あの日、中庭のベンチに腰かけている妻の姿を見つけ、体調は悪くないのかと心配になり、窓の傍に寄って、妻の様子を確認しようとした。

中庭は暖かい陽射しに包まれていた。

妻は柔らかな笑みを湛えた顔でベンチに腰掛けており、
子供が剣術稽古に励む姿を眺めていた。

窓は開いており、声が聞こえてくる。

「ルーク様、今日はこのくらいにしませんか?」

世話係の青年が、子供に声をかけた。子供はその提案に不満があるのか口を尖らせる。

「えー?もう終わりかよ?」

「お疲れでしょう?少しは休みませんと」

「休憩なんていらねぇっつーの!!せっかく、隠れて練習しなくても良くなったってのに、これじゃあ意味ねぇーよ!なぁー、ガーイー!」

子供は剣舞を練習していたのだろう。片刃の剣を振りながら、不満を漏らしている。

「ルーク、ガイはあなたを心配して言ってくれているのです。それに、師匠の言葉には従うものではないのですか?」

シュザンヌが苦笑しながらたしなめると、子供は不貞腐れた表情のまま、その場に腰を下ろした。僅かに肩が上下している所を見る限り、剣舞の指導を許した世話係の判断は正しかったようだ。

我が息子から造られたレプリカというには、軟弱すぎる。劣化が酷いという話であるから、無理もない…が。預言の年に殺す為に生かしているが、預言など関係なくとも長く生きられる事はないだろう。

いつのまにか固く握り締めていた拳に気付き、私は苦笑した。


あの子供を見る度に、あの子供の死を考えさせられる。

それこそが、あの子供を見たくない理由なのだ。


「明日から、ガイはベルケンドに行っちまうんだろっ。だから、3週間分、今日は付き合ってもらうんだっ!」

「…ルーク様、3週間分は、さすがに俺でも無理です」

「我儘を言ってはなりませんよ、ルーク」

妻は、子供らしい我儘を可愛いとでも思っているのか、くすくすと楽しそうに笑っていた。
すると、子供は見上げる形で、妻の方へ顔を向ける。

「…けど、母上も来週は隣街へ出掛けられるのでしょう?ナタリアは公務でダアトに行ったまま、まだ帰らねぇし…」

続きの言葉を言いかけたが、子供は口をつぐんで視線を下げた。
続けたかった言葉は『寂しい』だろうか…。

「ルーク様、3週間分というのは無理ですが、少し休憩した後でしたら、ルーク様のお気の済むまで、今日はお付き合い致ししますよ」

「ほんとかっ!?」

「えぇ、もちろんです」

「その言葉、忘れるんじゃねぇーぞ」

子供は世話係を見上げると、無邪気な笑顔で手をのばす。


その瞬間、私は昔の事を思い出した。

あの子供の手を振り払った時の事を。子供の怯える瞳を。


世話係は当たり前のように子供の手を取り、立たせてやった。

身分を持たない使用人の分際で、王族に連なる者に軽々しく触れるなど、あってはならぬ事だ。妻がそれを黙認し、子供がそれを不思議に思わぬ事実が、腹立たしかった。あの子供は、レプリカではあるが、ファブレ家の者なのだ。


「ルーク、母はそろそろ部屋に戻ります。無理のないように、程々にするのですよ」

「はい、母上」

「ガイ、ルークをよろしく頼みましたよ」

ガイが「この身に代えましても」と答えると、妻は微笑み返してベンチから立ち上がり、侍女達を引き連れ、屋敷内へ戻っていった。

私もまた窓から離れ、書斎へと向かう。息子と同じ姿をしたレプリカが、使用人と対等の友人のように親しげにする姿など、これ以上、見たくはなかったからだ。

苛立ちを抑え込もうとして、中途になっていた明日の準備に取りかかる。

明日からのベルケンド行きは、特別だ。

念入りに準備し、誰にも知られる事のないよう、成功させなければならない。私は、一度、供の者とベルケンドの自城へ入り、内密にバチカルへと戻らねばならぬのだ。


あの子供が初めて受ける超振動実験を見届ける為に。


子供がレプリカであると判明した時、あの子が息子と音素振動数まで同じ稀有な存在である事も、明らかになった。音素振動数が同じであるならば、超振動に関しても問題ないという話だった。

ただ、身体的な劣化が酷いと明らかになって後、
超振動の制御や威力等が問題となった。

元より預言には『街と共に消滅』とあるのだから、制御の必要はない。外部から子供のフォンスロットに刺激を与えれば、超振動を発動させる事も、暴走させる事も可能だという。

だが、超振動の威力が劣弱に過ぎれば、預言は成就しない。

子供の超振動の威力が、どれ程に劣化しているのか、明らかにする必要があった。


超振動実験は、体力を酷く奪うという。フォミクリーに詳しい研究者は、長年、実験で子供が受ける身体的負担を懸念していた。預言成就までに死なれては困る為、これまで、私は超振動実験を先送りにしていた。


だが、頭痛の頻度が減少したという報告を受け、
身体的にも問題ないと考えた私は、超振動実験を許可した。


私がベルケンドで3週間ほど滞在する間、妻は隣街を治める伯爵家に嫁いだ幼馴染みを訪ねる為、1週間ほどバチカルを離れる事になっていた。

その1週間、バチカルの屋敷に残るのは、ラムダスとメイド長が信頼するごく少数の使用人達と、私が信頼を置く白光騎士達だ。


超振動実験は、決して、妻に悟られてはならぬ。



2週間後、私の計画は、実に上手く運んでいた。

ベルケンドに供の者を残し、数名の白光騎士を連れ、私はバチカルへと戻る。
事前に示し合わせた時間に、秘密裏に屋敷に戻れば、薬を飲まされ、半覚醒状態になっていた子供が、虚ろな目をしたまま、部屋のベッドで横たわっていた。

ラムダスが用意していた白のフード付きマントを子供に着せ、駕籠に乗せて屋敷から連れ出す。駕籠は、バチカル貴族がよくお忍びに使う移動手段だ。昇降機前で警護にあたるバチカル兵も、慣例に従い、お忍び駕籠には視線を向ける事などない。


研究所に到着し、子供は実験装置の寝台に寝かせられると、四肢を拘束され、計測用などの様々な音機関から延びるコードに、繋がれた。
ただの目隠しだと思っていたモノからもコードが延びている。聞けば、目は人体最大のフォンスロットである為に、発動させた超振動をこちらが制御するには、必要だという。


監視用のガラス窓の向こうに行けば、

音機関に囲まれた子供の身体が、より一層、小さく見えた。


「…っあ」

伝音管を通して、子供の声が聞こえてくる。

「どうした?覚醒したのか?」

私が聞くと、

「いえ、半覚醒状態を維持する為に、睡眠の兆候が現れれば、コードから刺激が与えられるように設定されているのです」

と研究者は当たり前のように答えた。

「閣下、準備が整いましたので、実験を開始致します。これより被験体のフォンスロットを開き、第七音素を送り込みます。超振動の発動と同時に計測し、フォンスロットを遮断して、超振動の発現を抑えます。実験は、ほんの数分で完了する予定です。実験終了まで、閣下は別室にてお待ち下さい」

「ほんの数分だろう。超振動実験には私も興味がある。せっかくの機会だ、今日は見学して行こう」

実際、超振動実験を見るのは、これが初めてだった。10才以前の息子は、何度も超振動実験を受けていたが、私は一度も見た事がなかった。

研究者は僅かに困惑したような表情を見せるが、

「私に構わず、始めなさい」

私が続けて言うと、他の研究者や助手達に合図を送る。

「第一から第三フォンスロット、解放します」

音機関の操作盤の前に座った研究者が、幾つかの調節ダイアルを回すと、コードに繋がれた子供の身体がびくりと跳ねた。

「解放を確認。成功です。異常ありません」

「第七音素凝縮液の注入を開始せよ」

「注入開始します」

子供の血管に繋がる数本のチューブが、淡い光を放ち始めた。
子供の身体が金色の光に包まれる。

実験室に溢れる金色の光を見て、私は場違いにも、あまりの美しさに恍惚となった。

あくまで冷静な研究者の言葉が続く。

「注入終了までのカウントを始めます。5・4…」


その瞬間、


「…っあぁ、ああぁああああぁぁあああああっっ!!!」


子供の絶叫が伝音管を通して、私の鼓膜を貫いた。

「何があった!?」

研究者が慌ただしく操作者に詰め寄る。

「分かりません!フォンスロットの異常を確認!解放されていた3ヶ所のフォンスロットが…、……閉じられようとしています…!」

「まさか!?被験体は半覚醒状態だぞ!?」

「ですが、これは、まるで本人が拒絶しているような…!」

「拒絶される前に全フォンスロットを解放するんだ!凝縮液は限界量まで再度注入!」

「は、はい!全フォンスロット、解放!注入再開します!」

操作盤の上を指が忙しく動く。

「あぁああああぁぁ…っっっ!!!いやだぁああっっ!!っみんな、…みんな、俺のせいで、死んじまう…っっ!!…っせ…んせ、やだ、ぉれ、もぉ…いやだ…っ!!!もういやなんだぁああぁああぁぁ!!!」

子供は意味の分からない言葉を喚きながら、いやいやをするように、激しく身体を揺すっていた。子供の身体を包む金色の光が、より一層、強くなる。

「超振動の発動を確認しました!」

「よし!計測開始!」

「計測開始します!……計測完了しました!!」

「全フォンスロット、緊急遮断!!」

「緊急遮断します!」

子供はびくりと身体を大きく弓なりに跳ねさせると、途端に静かになった。
金色の光は霧散し、実験室には、小さな子供だけが残される。

誰からともなく、安堵の溜め息が聞こえてきた。計測装置から、大量の計測結果が出力され続けている。非情な音機関の稼働音が響くのみで、多くの者がいるにも関わらず、部屋は静寂に満たされていた。

「……閣下、実験は成功しました」

その研究者の言葉で、ようやく重い沈黙が破られる。


成功…?

あれほど子供は苦しんでいたというのに?


「これは、成功、なのか?」

「は、はい…。予定外に全フォンスロットを解放し、凝縮液も限界量を注入しましたが、計測は成功です」


私は、その時、思い知った。


かつて、10才の息子に強制していた超振動実験が、
どれほど人の尊厳を傷付ける行為であったのか…を。


四肢を拘束され、コードに繋がれたルークを見る。

あの子にも、可哀想な事をしてしまった。


「…成功したならば、ルークを解放してやってほしい」


誘拐された息子は、今、幸福に日々を過ごしているだろうか?

今、目の前で眠る息子を幸福にするには、どうすれば良いか?


二人の息子の幸福を、何に祈れば良いのか?


私には、分からなかった。







※※※続きます※※※



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