AL逆行itsbetween1and0/47 AL長編/it's between 1and0 2012年10月01日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第47話・アッシュ編11「俺はまたバチカルから逃げるのか?」です。 it's between 1 and 0 第47話 ※※※ 「…っ、うるせぇ…!屑、屑、言いやがって…っ!!」 涙に邪魔されながらも悪態をついたルークが、子供のように大声で泣き始めた。崩れ落ちないように支えながら抱き締めていると、ルークの高い体温を感じて、余計に力が籠ってしまう。 俺の『望み』のせいで、ルークは望まなかった苦しみを受けている。 ローレライと取引した時、俺は『望み』を叶える為なら、どんなリスクでも負う覚悟をした。 …にも関わらず、俺は、ルークの苦しみを代わって受ける事も出来ないでいる。 ……くそっ。何が覚悟だ。 最初はただ泣いていたルークだったが、呼吸が苦しいらしく、喘ぐように空気を求め始めた。 「…ルーク、どうした?」 異変に気付いたガイが顔を青ざめさせながら、俺の方に視線を向けた。 「アッシュ、ルークを落ち着かせてやってくれ。肺を悪くしているんだ。興奮すると咳が始まって、呼吸困難になる事もあるから…」 肺を悪くしている…? じゃあ、あの夢は…! ガイが俺の表情に気付き、慌てて補足する。 「いや、薬を飲めば治るものなんだが、まだ完全じゃないから、まだ少し喀血する事もあって、さっきも少し吐いたようだったからな…」 あの酷い咳は、それのせいだったのか…。 俺はルークの背を擦ってやってから、手をのばしてきたガイに、ルークを預けた。 ガイは慣れた様子でルークをベッドに寝かしてやる。 呼吸が落ち着き始めたルークは、まだ涙に濡れた瞳で俺を見上げてきた。 「…ごめん、アッシュ。ホントは、俺、お前に、居場所、返したかった。でも、『前』とは違ってて、もう遅かった。…ごめん、ほんと、ごめんな…」 遅かった?何が? 「……父上は、俺が、レプリカ…って、知ってるから、もう、入れ代わっても…」 もう入れ代わっても、遅い……? 息を詰まらせながら喋るルークを心配しながらも、ガイでさえ、その言葉を止める事はしなかった。言葉を伝えようとする必死さを、無視は出来なかった。 「今、俺と、入れ代わ…ち、まったら、父上は、俺に、向ける…目で、アッシュ、のこと、見る。ほんとの、息子なのに、レプリカって……、…っぐ!」 酷い咳が始まって、ルークはシーツに顔を押し付けた。 ガイが甲斐甲斐しくルークの背を撫で始める。 ルークに向ける、憤怒を顕にした父上の視線。 その視線を思い出し、俺はルークの事が見ていられなくなって、顔を背けた。 居場所を返したいと言い張っていたルークが、あっさりバチカルに戻ってきた理由。 その本当の理由を知って、俺は居たたまれなくなった。 きっと、ルークは、俺達が入れ代われば、『記憶を取り戻した「ルーク」を見て誰もが喜ぶ』とでも最初は思っていたのだろう。だが、ルークは『前』とは違う『今』の現状を、知ってしまった。 父上が、ルークをレプリカと知っている上で、 いずれ殺す為に、屋敷に置いているという『今』の現状を。 ただ俺たちが入れ代わったとしても、父上が、俺を『記憶を取り戻した息子』と思う事などない。あくまで『息子の身代わり人形』として、俺を扱うだろう。 ルークはそう悟った。 だから『息子の身代わり人形』になる為、戻ってきたんだ。 俺を、あの冷たい視線から、逃がす為に…。 以前ルークが言っていた、 『アッシュの代わりに死ぬまで』『生きて役に立つ』という言葉が、ずっと引っ掛かっていた。 だが、そういう事だったんだ。 俺は拳を握り締めた。 父上はガイに仕官の話を持ちかけていた。ルークから引き離す為だ。公爵家子息としての振る舞いを強要する一方で、ただ殺す為だけのレプリカに、何も与えないつもりだ。 たった一人の親友と離れたくないと言うルークを、我儘だと断じ、虚弱体質を知りながらも、力で捩じ伏せ、人間らしい感情の発露を否定した。父上は、ルークを小さな鳥籠に閉じ込めて、何にも関心や執着を持たせないよう、少しずつ削ぐように、心を殺していく腹積もりだろう。 父上の意図は、確実に、ルークを蝕んでいる。その証拠に、たった一人の親友を諦めて、泣き叫びたい心を押し殺し、ルークは笑いやがった。 居場所を返したかったのにもう遅かった。 今は、そう言って俺に何度も謝りながら、こいつは望まなかった苦しみに喘いでいる…。 俺は、この屋敷が一番安全だと考えたからこそ、ルークをバチカルに連れ戻したかった。 確かに、安全なのは間違いない。怪我をする事もなければ、病気を恐れる事もない。 ……だが、ここは、あまりにも…。 俺は、ルークをバチカルに残して、去る事が出来るのか? 俺はまたバチカルから逃げるのか? かつて、度重なる超振動の実験が辛くて逃げる事しか出来なかった、 10才のガキと同じように…? ……ふざけるなっっ!!! 俺はクローゼットへ向かい、開けると、二重底に細工していた所から、剣を取り出した。 7人の詠師にしか与えられない、ローレライ詠師剣。 俺とルークが入れ代わった夜、剣士の俺から剣を奪う事など出来ないという理由から、ルークが危険を承知で残していった、俺の剣だ。 ガイが俺の行動に気付いて振り返り、ぎょっとする。 「アッシュ、剣を取り出して、何を…?」 「もう逃げるのは止めた。そう決めただけだ」 俺は鞘から剣を少し抜き、刃の鋭さを確かめる。 黒い刃は、血で濡れるのを待ち望んでいたかのように、鋭い光を放つ。 「今から、父上と話をつけてくる。…ガイ、俺が戻るまで、ルークをこの部屋から出すなよ」 ガイが息をのむ。だが、俺の考えを悟ったのか、すぐに無言で頷いた。 部屋から中庭に出ると、雨粒が頬に当たる。 星のない真っ暗な空を見上げ、湿った空気を感じた。 気象預言では、夜から強い雨が降るという。 預言通り、雨が強くなっていく。 預言を覆すという事は、 明日の天気を変えるのと同じくらい、途方もない事なのだと思い知らされる。 だが、俺は、望んだ。 俺の『望み』は、預言を覆した未来を、更に覆す事。 途方もない事の、更に向こう側。 ローレライは、それを『至難』と表現した。 ……上等じゃねぇか。 俺は歩き始め、屋敷へ入る扉の前へと向かった。 扉を守っていた見張りの白光騎士が、俺の前で敬礼して姿勢を正す。 が、俺の持つ剣に気付き、探るような視線を向けてきた。 「ルーク様、その剣は…?」 「ダアトに行ってたガイが、土産に持って帰ってきた剣だ。なかなかの掘り出し物だから、父上にもお見せしたくてな」 「…そうでしたか」 「父上はどこだ?いつもの書斎か?」 「はい。そのように聞いておりますが」 「分かった」 白光騎士が道を開け、扉を開いて俺が通るのを待つ。俺は「ご苦労」とだけ声をかけ、堂々と屋敷の中へ入り、階上の書斎を目指した。廊下で見かけたメイドは頭を下げて俺が通りすぎるのを待ち、巡回中の白光騎士達も敬礼して、俺が通りすぎるのを見送る。 何事もなく書斎の前に到着し、俺は扉をノックした。 「父上、ルークです」 そう声をかけると、やや間があって、ラムダスが扉を開いて現れ、俺を書斎の中へ通す。 書斎机を前に腰かけていた父上が、俺の持つ剣に、ちらりと視線を移す。 「お前が書斎に来るとは珍しい事もあるものだな」 「父上に申し上げたい事があり、参りました。他の者の耳には入れたくはありません。父上、どうかラムダスを下がらせて下さい」 父上が険しい表情のまま、ぴくりと片眉を動かす。 ラムダスも異常事態だと気付いたのか、小さく息をのんでいた。 「どうせ、ガイの事であろう。ちょうど今、ラムダスと相談していた所だ。下がらせる必要など、」 「俺が誘拐される前、俺の10才の誕生日に、父上は、俺に哲学書を贈って下さいました。覚えておられますか?」 最初は疑問に思ったようだったが、俺が言いたかった事に気付いた父上は、俺を上から下まで確かめるように見た。その表情が、驚愕によって、塗り替えられていく。 「…お前は、まさか、ルーク……」 「父上、ラムダスを下がらせて下さい」 父上は慌ててラムダスの方へ顔を向けると、 「ラムダス、下がれ。他の者を書斎に近付けてはならん」 そう命令した。 困惑しながらも主人を心配していたラムダスだったが、父上の命令に従わない訳がない。 俺はラムダスが書斎を出て遠ざかって行くのを確認し、再び、父上の方へ視線を戻した。 「父上、まずは、長の不在をお許し下さい」 俺はまず頭を下げてから、顔を上げる。すると、驚きを隠せない父上と、目があった。 「本当に、ルーク、なのだな…?」 「誘拐されて後、ダアトに身を寄せておりました。今は、ローレライ教団、神託の盾騎士団に所属し、特務師団の師団長を務めております」 父上が「オラクルの特務師団に…」と驚きながらも呟く。 「ルーク、お前は、」 「今はアッシュと名乗っております。そうお呼び下さい。俺は、もう二度と『ルーク』を名乗るつもりはありません。その名は、俺のレプリカにこそ相応しいと考え、譲りました」 『レプリカ』と聞いた父上の表情が険しくなっていった。 「…お前は、いつ、レプリカと入れ代わっていた?」 「先程、父上が殴ったのは、俺のレプリカです。肺を悪くしているので喀血し、熱もあるようだった為、今は部屋で休ませております」 「喀血!?どういう事だ…!?」 「ルークの身体の事は、父上もよくご存じなのでは?免疫能力が劣化している事を知らず、薬を絶っていたせいで、肺を悪くしたようです。もう少し早く俺が気付いてやれば、あんな無理はさせなかったのですが…」 俺は喋ってしまってから、大きく息を吐き出す。 「俺は、今夜、屋敷を出て、ダアトに戻るつもりでした。…ですが、俺の代わりに死ぬと言っているあいつを、一人残して去る訳にはいかないという考えに至りました」 俺は、詠師剣を鞘から抜き、剣先を父上に向けた。 「どういうつもりだ…!」 父上が立ち上がるのを見て、俺の口許が醜く歪み、笑みを作っていく。 どういうつもり、だと? ……笑わせてくれる。 剣を抜いたなら、やる事は一つだろうが…! 「あいつを奪って逃げ出すのは容易いんだが、それじゃあ俺の腹の虫が収まらねぇって事だ。俺はもう、超振動の実験が嫌で逃げ出した時のような、ちっぽけなガキじゃねぇんだ…!!」 ひゅっ、と剣で風を斬り、壁にかけられた父上の愛剣を指し示す。 「だが、丸腰の相手を斬る趣味はねぇ!剣を取れっ!!」 ※※※続きます※※※ PR