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AL逆行itsbetween1and0/47



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第47話・アッシュ編11「俺はまたバチカルから逃げるのか?」です。





it's between 1 and 0 第47話


※※※


「…っ、うるせぇ…!屑、屑、言いやがって…っ!!」

涙に邪魔されながらも悪態をついたルークが、子供のように大声で泣き始めた。崩れ落ちないように支えながら抱き締めていると、ルークの高い体温を感じて、余計に力が籠ってしまう。

俺の『望み』のせいで、ルークは望まなかった苦しみを受けている。

ローレライと取引した時、俺は『望み』を叶える為なら、どんなリスクでも負う覚悟をした。

…にも関わらず、俺は、ルークの苦しみを代わって受ける事も出来ないでいる。


……くそっ。何が覚悟だ。


最初はただ泣いていたルークだったが、呼吸が苦しいらしく、喘ぐように空気を求め始めた。

「…ルーク、どうした?」

異変に気付いたガイが顔を青ざめさせながら、俺の方に視線を向けた。

「アッシュ、ルークを落ち着かせてやってくれ。肺を悪くしているんだ。興奮すると咳が始まって、呼吸困難になる事もあるから…」

肺を悪くしている…?
じゃあ、あの夢は…!

ガイが俺の表情に気付き、慌てて補足する。

「いや、薬を飲めば治るものなんだが、まだ完全じゃないから、まだ少し喀血する事もあって、さっきも少し吐いたようだったからな…」

あの酷い咳は、それのせいだったのか…。

俺はルークの背を擦ってやってから、手をのばしてきたガイに、ルークを預けた。
ガイは慣れた様子でルークをベッドに寝かしてやる。
呼吸が落ち着き始めたルークは、まだ涙に濡れた瞳で俺を見上げてきた。

「…ごめん、アッシュ。ホントは、俺、お前に、居場所、返したかった。でも、『前』とは違ってて、もう遅かった。…ごめん、ほんと、ごめんな…」

遅かった?何が?

「……父上は、俺が、レプリカ…って、知ってるから、もう、入れ代わっても…」

もう入れ代わっても、遅い……?

息を詰まらせながら喋るルークを心配しながらも、ガイでさえ、その言葉を止める事はしなかった。言葉を伝えようとする必死さを、無視は出来なかった。

「今、俺と、入れ代わ…ち、まったら、父上は、俺に、向ける…目で、アッシュ、のこと、見る。ほんとの、息子なのに、レプリカって……、…っぐ!」

酷い咳が始まって、ルークはシーツに顔を押し付けた。
ガイが甲斐甲斐しくルークの背を撫で始める。

ルークに向ける、憤怒を顕にした父上の視線。
その視線を思い出し、俺はルークの事が見ていられなくなって、顔を背けた。


居場所を返したいと言い張っていたルークが、あっさりバチカルに戻ってきた理由。
その本当の理由を知って、俺は居たたまれなくなった。

きっと、ルークは、俺達が入れ代われば、『記憶を取り戻した「ルーク」を見て誰もが喜ぶ』とでも最初は思っていたのだろう。だが、ルークは『前』とは違う『今』の現状を、知ってしまった。

父上が、ルークをレプリカと知っている上で、
いずれ殺す為に、屋敷に置いているという『今』の現状を。

ただ俺たちが入れ代わったとしても、父上が、俺を『記憶を取り戻した息子』と思う事などない。あくまで『息子の身代わり人形』として、俺を扱うだろう。
ルークはそう悟った。
だから『息子の身代わり人形』になる為、戻ってきたんだ。
俺を、あの冷たい視線から、逃がす為に…。


以前ルークが言っていた、
『アッシュの代わりに死ぬまで』『生きて役に立つ』という言葉が、ずっと引っ掛かっていた。

だが、そういう事だったんだ。


俺は拳を握り締めた。

父上はガイに仕官の話を持ちかけていた。ルークから引き離す為だ。公爵家子息としての振る舞いを強要する一方で、ただ殺す為だけのレプリカに、何も与えないつもりだ。

たった一人の親友と離れたくないと言うルークを、我儘だと断じ、虚弱体質を知りながらも、力で捩じ伏せ、人間らしい感情の発露を否定した。父上は、ルークを小さな鳥籠に閉じ込めて、何にも関心や執着を持たせないよう、少しずつ削ぐように、心を殺していく腹積もりだろう。

父上の意図は、確実に、ルークを蝕んでいる。その証拠に、たった一人の親友を諦めて、泣き叫びたい心を押し殺し、ルークは笑いやがった。


居場所を返したかったのにもう遅かった。
今は、そう言って俺に何度も謝りながら、こいつは望まなかった苦しみに喘いでいる…。


俺は、この屋敷が一番安全だと考えたからこそ、ルークをバチカルに連れ戻したかった。
確かに、安全なのは間違いない。怪我をする事もなければ、病気を恐れる事もない。

……だが、ここは、あまりにも…。


俺は、ルークをバチカルに残して、去る事が出来るのか?


俺はまたバチカルから逃げるのか?

かつて、度重なる超振動の実験が辛くて逃げる事しか出来なかった、
10才のガキと同じように…?


……ふざけるなっっ!!!


俺はクローゼットへ向かい、開けると、二重底に細工していた所から、剣を取り出した。

7人の詠師にしか与えられない、ローレライ詠師剣。

俺とルークが入れ代わった夜、剣士の俺から剣を奪う事など出来ないという理由から、ルークが危険を承知で残していった、俺の剣だ。


ガイが俺の行動に気付いて振り返り、ぎょっとする。

「アッシュ、剣を取り出して、何を…?」

「もう逃げるのは止めた。そう決めただけだ」

俺は鞘から剣を少し抜き、刃の鋭さを確かめる。
黒い刃は、血で濡れるのを待ち望んでいたかのように、鋭い光を放つ。

「今から、父上と話をつけてくる。…ガイ、俺が戻るまで、ルークをこの部屋から出すなよ」

ガイが息をのむ。だが、俺の考えを悟ったのか、すぐに無言で頷いた。



部屋から中庭に出ると、雨粒が頬に当たる。
星のない真っ暗な空を見上げ、湿った空気を感じた。

気象預言では、夜から強い雨が降るという。

預言通り、雨が強くなっていく。

預言を覆すという事は、
明日の天気を変えるのと同じくらい、途方もない事なのだと思い知らされる。


だが、俺は、望んだ。

俺の『望み』は、預言を覆した未来を、更に覆す事。
途方もない事の、更に向こう側。
ローレライは、それを『至難』と表現した。


……上等じゃねぇか。


俺は歩き始め、屋敷へ入る扉の前へと向かった。

扉を守っていた見張りの白光騎士が、俺の前で敬礼して姿勢を正す。
が、俺の持つ剣に気付き、探るような視線を向けてきた。

「ルーク様、その剣は…?」

「ダアトに行ってたガイが、土産に持って帰ってきた剣だ。なかなかの掘り出し物だから、父上にもお見せしたくてな」

「…そうでしたか」

「父上はどこだ?いつもの書斎か?」

「はい。そのように聞いておりますが」

「分かった」

白光騎士が道を開け、扉を開いて俺が通るのを待つ。俺は「ご苦労」とだけ声をかけ、堂々と屋敷の中へ入り、階上の書斎を目指した。廊下で見かけたメイドは頭を下げて俺が通りすぎるのを待ち、巡回中の白光騎士達も敬礼して、俺が通りすぎるのを見送る。

何事もなく書斎の前に到着し、俺は扉をノックした。

「父上、ルークです」

そう声をかけると、やや間があって、ラムダスが扉を開いて現れ、俺を書斎の中へ通す。
書斎机を前に腰かけていた父上が、俺の持つ剣に、ちらりと視線を移す。

「お前が書斎に来るとは珍しい事もあるものだな」

「父上に申し上げたい事があり、参りました。他の者の耳には入れたくはありません。父上、どうかラムダスを下がらせて下さい」

父上が険しい表情のまま、ぴくりと片眉を動かす。
ラムダスも異常事態だと気付いたのか、小さく息をのんでいた。

「どうせ、ガイの事であろう。ちょうど今、ラムダスと相談していた所だ。下がらせる必要など、」

「俺が誘拐される前、俺の10才の誕生日に、父上は、俺に哲学書を贈って下さいました。覚えておられますか?」

最初は疑問に思ったようだったが、俺が言いたかった事に気付いた父上は、俺を上から下まで確かめるように見た。その表情が、驚愕によって、塗り替えられていく。

「…お前は、まさか、ルーク……」

「父上、ラムダスを下がらせて下さい」

父上は慌ててラムダスの方へ顔を向けると、

「ラムダス、下がれ。他の者を書斎に近付けてはならん」

そう命令した。

困惑しながらも主人を心配していたラムダスだったが、父上の命令に従わない訳がない。

俺はラムダスが書斎を出て遠ざかって行くのを確認し、再び、父上の方へ視線を戻した。

「父上、まずは、長の不在をお許し下さい」

俺はまず頭を下げてから、顔を上げる。すると、驚きを隠せない父上と、目があった。

「本当に、ルーク、なのだな…?」

「誘拐されて後、ダアトに身を寄せておりました。今は、ローレライ教団、神託の盾騎士団に所属し、特務師団の師団長を務めております」

父上が「オラクルの特務師団に…」と驚きながらも呟く。

「ルーク、お前は、」

「今はアッシュと名乗っております。そうお呼び下さい。俺は、もう二度と『ルーク』を名乗るつもりはありません。その名は、俺のレプリカにこそ相応しいと考え、譲りました」

『レプリカ』と聞いた父上の表情が険しくなっていった。

「…お前は、いつ、レプリカと入れ代わっていた?」

「先程、父上が殴ったのは、俺のレプリカです。肺を悪くしているので喀血し、熱もあるようだった為、今は部屋で休ませております」

「喀血!?どういう事だ…!?」

「ルークの身体の事は、父上もよくご存じなのでは?免疫能力が劣化している事を知らず、薬を絶っていたせいで、肺を悪くしたようです。もう少し早く俺が気付いてやれば、あんな無理はさせなかったのですが…」

俺は喋ってしまってから、大きく息を吐き出す。

「俺は、今夜、屋敷を出て、ダアトに戻るつもりでした。…ですが、俺の代わりに死ぬと言っているあいつを、一人残して去る訳にはいかないという考えに至りました」

俺は、詠師剣を鞘から抜き、剣先を父上に向けた。

「どういうつもりだ…!」

父上が立ち上がるのを見て、俺の口許が醜く歪み、笑みを作っていく。


どういうつもり、だと?

……笑わせてくれる。

剣を抜いたなら、やる事は一つだろうが…!


「あいつを奪って逃げ出すのは容易いんだが、それじゃあ俺の腹の虫が収まらねぇって事だ。俺はもう、超振動の実験が嫌で逃げ出した時のような、ちっぽけなガキじゃねぇんだ…!!」

ひゅっ、と剣で風を斬り、壁にかけられた父上の愛剣を指し示す。


「だが、丸腰の相手を斬る趣味はねぇ!剣を取れっ!!」





※※※続きます※※※



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