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AL逆行itsbetween1and0/46



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第46話・公爵子息ルーク編01「我儘で、情けなくて」です。





it's between 1 and 0 第46話


※※※


ガイに背負われて、見慣れた内装の廊下を進んでいると、
バチカルの屋敷に戻って来たんだなって実感が、湧いてきた。


ケテルブルクでシンクと別れた時、実は、ちょっと泣きそうになってた事を思い出す。でもシンクが「たまに会いに行くよ」って言ってくれて、あんまり嬉しくて、抱きついてしまってた。

『前』と同じならシンクは騎士団の参謀総長になる筈だ。だから、バチカルに来る暇なんてなくなると思う。そんな風に思ったけど、ああ言ってくれたシンクの気持ちが嬉しくて仕方なかった。……でも、やっぱ、2年後なんて言わずに、また会いたいよなぁ。

マルクト帝国の軍人のジェイドには、まぁ、間違いなく、2年後まで会えないだろうけど。

…うーん、でも、ケテルブルクで別れる前に、『ところで、大氷壁について、何やらご存知のようですが…』って言われた時は、どう答えて良いのかホントに困った。連絡船に乗る直前だったから、何とか誤魔化した、けど…。


つーか、なんで、大氷壁について俺が知ってるって、ジェイドは分かったんだ?
…あんま考えないようにしとこ。とにかく怖ぇし。


気付くと、廊下の向こうから、メイドがやってきてた。

何度か見かけた事のあるメイドだったけど、ガイに向ける表情は、初めて見るものだ。何か声をかけようとしてたけど、俺がいる事に気付いたら無表情になって、道を空ける為に廊下の端に寄って、頭を下げた。

いつも、メイドやフットマン達が俺に向ける顔は、無表情。

昔から俺は、表情のない顔を見るのが怖くて、だから、ガイやペール以外の使用人は苦手だった。でも、本当の表情は、違うんだ。


ガイが進んでいくと、扉の前に白光騎士が立っているのが見えた。
あの扉は、主人と使用人が使用する棟を分ける扉だ。

今なら、分かる。

屋敷中を警備巡回する騎士たちが、何の為にいるのか。

本当なら、屋敷の奥のこんな所に、外敵を警戒する見張りなんて、必要ない。白光騎士たちが屋敷中を見張るのは、俺…『ルーク』が逃げ出さないようにする為なんだ。


アッシュに悪い事したよな…。こんな見張りばっかりの所に、無理矢理、閉じ込めて…。
それでも、最初は、俺がダアトにいる事を認めてくれて、色々助けてくれて…。


「どうした?帰ってきたんだぞ?」

扉を越えて静かな廊下に出てきた時、ガイが聞いてきた。

確かに、生まれてからずっといた場所に、帰ってきた。でも、今まで感じた事のなかった息苦しさを感じて、胃とか肺の辺りが気持ち悪くなってきてた。

「うん…、でも、な…」


俺が本物のルークじゃなくて、偽物のレプリカだから?

母上や使用人たちや騎士たちを騙してるから?

ここにいる資格なんて、本当はないから?


急に、心細く、なった。


「ガイは、俺の傍にいてくれるだろ?」

「もちろん」

いつもの調子で応えてくれたガイの言葉が、俺は嬉しいのに、信じられなかった訳じゃないのに、俺はまた確認したくなる。確証が欲しくなる。

「使用人じゃなくて、友達として、…だよな?」

「お前が望むなら、友達でも、使用人でも、護衛剣士でも。お前の傍にいて、お前を守る事が出来るなら、肩書きなんて何でも良い。だから、もう二度と、…何も言わずに、俺の前からいなくなるなよ?」

俺の不安が背中から伝わったのかもしれない。ガイは、ゆっくりと、言葉を与えてくれる。

俺は泣きたくなった。

『前』は伯爵家を継ぐ為にマルクトに帰っちまったけど、『今』は傍にいるって言ってくれる。ガイだって、復讐したいくらい嫌いなファブレ家にいるなんて、きっと苦しいと思う。嫌な思いする事なんて沢山あると思う。


でも、今は、ガイに離れてほしくない。


息苦しくて寂しい場所で、レプリカなのに本物のフリして生きていくのは、
一人で皆を騙して生きてくのは、耐えられない。

一人でいるのは辛いから、ガイを巻き込もうとしてるんだ。


「…うん。もうしねぇから。ごめんな、ガイ」


俺、我儘で、情けなくて、ごめんな。卑怯で、ごめんな。
ガイがいないと何も出来ないヤツで、ごめんな。

いっぱい謝りたいのに、声を出すと泣いてしまいそうになるから、言えなかった。


もうすぐ中庭へ出る扉の前に到着する。
中庭に出れば、部屋が見える。

アッシュがダアトへ行ってしまったら、
前と同じ退屈な毎日、
でも、俺の中ではすっかり意味が変わってしまった毎日が、始まるんだ。


「旦那様…」


……え?

旦那様って…?


ガイの声を聞いて、俺は驚いて顔を上げた。

廊下の先には、険しい表情の父上が立っている。
父上の視線が怖くて、俺は、身体が震えそうになった。


父上にとって、俺は、息子のルークじゃない。
『アッシュの代わりに生かしてるだけのレプリカ』

だから、あんな厳しい視線で、いつも俺を見るんだ。


「このままで、御前を失礼致します」

ガイが少しだけ頭を動かして礼をする。
俺を背負ってるから、膝をつけて挨拶できないんだ。

「ルーク、何をしている?」

父上の声があんまり冷たくて、身体が震える。

「使用人の背に背負われるなど、恥ずかしくはないのか?」


父上は、俺がレプリカだって知ってる。
俺が、母上やみんなを騙してるって事、知ってる。
本当はガイに甘える資格なんてない事も知ってる。

「ガイ、下ろしてくれ」ってガイに聞こえるように言うと、俺を背中から下ろしてくれた。
ちょっと足元がふわふわするけど、立って歩けない訳じゃねぇ。

「申し訳ありません。以後、気を付けます」

頭を下げたけど、また父上の顔を見るのが怖くて、顔を上げるのを躊躇ってしまう。


俺がここにいない間、父上は、こんなに冷たい目と声で、俺の代わりを演じてたアッシュに接してたんだろうか…?本当の息子なのに、レプリカと思って冷たくしたんだろうか?

…俺、アッシュにも父上にも、ほんとに悪い事したよな…。


「…どうやら、長く側に置きすぎたようだな」


置きすぎた?何の事だ…?

そう疑問に思って顔を上げて見ると、
父上の視線は、片膝をついて俺の傍に控えてたガイに向けられてる。

「ガイ・セシル、ゴールドバーグ将軍を覚えているか?」

「はい」

何の話が始まったんだ?

「あれ以来、将軍はお前の事を大変気に入っていたのだが、将軍旗下の王国軍第一師団に、仕官する気はないか?」

え?

「ルークの世話で、その剣の腕を錆び付かせる事もない。身分を持たないお前には、仕官は身に余る栄誉だろう。断る理由などないな?」


仕官?何だそれ…?

それって一体どういう…?


「…旦那様、それは確かに身に余るお話ですが、私はルーク様の護衛剣士としての役目を、」

「それは必要ない。元よりその役目は白光騎士団のものだ。2、3日中に荷物をまとめなさい」


……訳分かんねぇ…。

なんで?こんな仕官の話なんて『前』はなかったのに。
荷物をまとめる…って、ガイが屋敷から出ていくって事だろ?

会えなくなる?

ガイに…?

「父上、ガイが出ていくなんて、嫌、です…」

普通に喋りたかったのに、声が震えて上ずる。

「ルーク、我儘を言うな。公爵家子息のお前としても、側仕えの者の出世は、喜ぶべき事だろう?」


公爵家子息として?喜ぶべき?
アッシュなら、本物のルークなら、喜ぶ所なのか…?


…でも、嫌、だ……。


……俺は、嫌だ!!


「父上、俺は嫌です!ガイに会えなくなるなんて嫌です!!」

父上の表情が険しくなった。凄ぇ怒ってる。
……でも、怖いなんて言ってられねぇ。
ここで引き下がったら、ホントにガイが出て行っちまう。
俺は父上に気圧されないよう、前に進み出る。

「お願いです!ガイは俺の友達なんです!だから、」

「我儘を言うな!何が友達だ…っ!」


え…っ?


父上が腕を振り上げたと思った瞬間、衝撃で、目の前が真っ白になった。


頬を打たれたと分かったのは、衝撃に耐える事ができず、床に倒れた後の事だった。頭がくらくらして、目の前に花火が散ってて、喉が詰りそうになって、胸が苦しくて、咳が出た。

「ルーク様っ!!」

ガイが心配してくれて、背中を擦ってくれる。
早く咳を止めて『大丈夫』って言いたいけど出来ない。

「…情けないものだな。打たれて踏み留まる事も出来ぬとは」

父上の言う通りだ。ホント、情けねぇ…。

咳が止まって、吐いた血を拭おうとして口元を擦ると、唇の端が切れてて、痛んだ。

「ガイ・セシル、ルークを部屋まで運びなさい」

「…いえ、大丈夫です。一人で歩けます」

俺は言って立ち上がり、頭を下げる。

「我儘を言って、申し訳ありませんでした。失礼します」

急いで父上の横を通り過ぎて、中庭へ続く扉を開けて出る。


夜の少し冷たい風が、叩かれて疼く頬と、悔しさとか情けなさとかで熱くなってた目に、気持ち良い。歩く振動は気持ち悪かったけど、今は構っていられなかった。


早く部屋に戻って、なるべく早く、アッシュを逃がしてやらなきゃいけない。
レプリカの俺に向ける筈の視線を、アッシュに向けるなんて、そんな事、父上にさせちゃいけない。本当の息子に、あんな視線を向けさせちゃいけない。


俺は部屋のドアを開けようとしたけど、ガイが追い付いた事に気付いて、振り返る。

「さっきは、情けないとこ見せちまったな。仕官の話だけど、ガイの立場が悪くならねぇようにして良いからさ」

俺が笑って言うと、ガイは…何つーか…微妙な顔をする。

…そんな顔するなよ。俺の事なんて、気にしなくていいからさ。


俺が部屋に入ると、窓際に座って待っていたアッシュが、立ち上がった。


部屋には、譜歌にちょっとだけ似た優しい音楽が流れていた。


あれ?久々に見たアッシュの顔、眉間のシワが増えてるような…。

「よぉ、アッシュ。いつもチャネリングしてるから、なんか久しぶりって感じしないけど、久しぶりだな」

無言で俺の前に進んでくる。

顔が怖いっつーの。…やっぱ、なんか怒ってる?なんで?

…いや、怒ってて当たり前か。

烈破掌を当てて倒して、我儘言ってダアトに行って、その挙げ句、役に立てないまま帰ってきちまって…。お前は何がしたかったんだ!って言われそうだよなぁ…。

「…えーと、アッシュ、やっぱ、怒ってる、よな。ごめんな、俺としてはさ、もうちょっと役に立てると、」

「回線を通して、見ていた」

……え?見ていたって、もしかして、父上に叩かれた所…?

「……勝手に見んなっつっただろ」

…アッシュには、見られたくなかったのになぁ…。

「情けねぇだろ、俺。つーか、父上ってやっぱ軍人なんだな。あんな腕力あるなんて知らなかった。すっげぇ痛かったぜ」

俺が笑って言うと、


「…へらへら笑いやがって、この屑が……!」


凄い形相で罵りながら、アッシュが腕を上げた。


……殴られる…!


衝撃に備えて目を閉じた瞬間、

いきなりアッシュに引き寄せられて、
殴られると思って身構えてたからバランス崩して、アッシュにもたれ掛かってしまった。


「……俺の前で無理して笑う必要なんざねぇんだ…!」


俺の背中に回ったアッシュの腕が痛くて、
ようやく、アッシュに抱き締められたんだと理解する。


…くそっ!せっかく、我慢できてたのに…っ!


「…っ、うるせぇ…!屑、屑、言いやがって…っ!!」

俺はもう溢れ始めた涙を止められなくなって、声を上げて泣いてしまった。






※※※続きます※※※



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