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AL逆行itsbetween1and0/45



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第45話・ガイ編08「肩書きなんて何でもいい。だから、」です。





it's between 1 and 0 第45話


※※※



バチカルへの道中、ルークは、思ったよりも、元気だった。

ケテルブルクで受けた精密検査では、他に異常は発見されず、俺はとにかく安心した。免疫力が戻ってきたのか2日ほど熱を出して寝込んだが、それ以来、食欲も戻ってきたのか、途中、乗り継ぎの為に寄ったケセドニアでは、屋敷では出なかった珍しい料理に、舌鼓を打っていた。

もちろん、あまり無理は出来ないようだったし、薬の副作用か夜には微熱も出したりしたが、ルーク本人が楽しそうだったので、俺は安心していた。



明日の夜にはバチカル港に到着するという時になって、

ルークは就寝前の薬を飲みながら、何故か感心したような声色で、俺を見上げながら言った。

「ガイ、お前、よくアッシュと手を組んだよなぁ…」

「……今更、それを言うのか、お前は」

俺は呆れながら応えた。

すると、ルークは申し訳なさそうな顔をして言葉を続ける。

「…あのさ、気ぃ悪くしたら、ごめんな?お前、復讐とか、もうしなくていいのか?」

俺はその言葉に、一瞬、思考が追い付かず、ぽかんとした。


……復讐しなくて良いのか、って、お前、そりゃ…、

「ルーク、お前、今更それも聞くのか…?」

「っだ、だって、ガイにとっては大事な事だろっ!!」


自分が復讐のターゲットだったというのに、
それを俺の『大事な事』だと言って尊重してくれるのか…?


俺は力が抜け、その場に座り込んでしまう。

「ガイ、どうしたんだっ?」

視線を上にずらすと、駆け寄ってきたルークが心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

「悪い…。何と言うか、ちょっと毒気を抜かれたと言うか…」

ルークは訳が分からないと言うように首を傾げていた。
その様子を見て、俺は自分の罪深さを改めて思い知る。

……俺は、こんな子供を、手にかけようとしていたんだ…。

暫くルークは心配そうに俺の顔を覗き込んでいたが、やがて辛そうに表情を歪めて俯いた。

「…ごめんな。俺はレプリカで本当の家族なんていねぇから、ガイの辛い気持ちを、想像する事しか出来ねぇ。でも…」

ルークは顔を上げる。

「復讐を止めるなんて、そんな簡単な事じゃないんだろ?怒りとか、憤りとか、辛いモノが、いっぱい心にあるだろ?そりゃ、ガイが一応ファブレ家の俺を許してくれて、アッシュと友達になってくれたなら、俺はすげぇ嬉しい。でも…、…でもさ、本当に、お前、復讐はもういいのか…?」


最初から、お前を許す許さないの問題じゃないんだ。

俺は復讐の刃を、醜く歪んだ気持ちを、自分勝手にお前にぶつけて、自分勝手に悩んでただけだった。それに、ずっと前から、復讐の為にお前を利用するなんて、もう無理だと感じていた。


その事に改めて気付かされたのは…。

「前に、言っただろ。お前がアッシュと入れ代わった時、俺は、お前を失ったと勘違いしたって」

「あ、うん、聞いたけど…」

「その時、俺は、思い知らされちまったんだ。俺はまた大事なものを失っちまった、ってな。アッシュから、お前を取り戻せると聞いた時、ホド戦争で家族を失った時には何も出来なかったけど、お前はまだ取り戻せる、俺に出来る事がまだあると知って、俺は迷わなかった」

そう言いながらルークの頭を撫でると、ルークは「子供扱いすんじゃねぇー」と顔を真っ赤にした。
本当にこいつは可愛いなぁ…なんて場違いにも思ってしまう。

「まぁ、さすがに、アッシュから色んな話を聞いた後は、最初は信じられなくて混乱したり驚いたりしたが、な…」

「……その話、どこまで聞いたんだ…?」

その問いに答えず、俺はルークを見つめ返した。

「お前、ヴァンデスデルカを止めたいんだってな?」

ルークが意思の籠った目で頷く。

「師匠の計画はさ、沢山のヒトが悲しむし犠牲になっちまう。それに、師匠だって幸せにはなれねぇもん」


ヴァンデスデルカが幸せになれない。

確かに、そうかもしれないと、俺は思った。

復讐に捕らわれた心を抱えて生きていくのは、確かに辛い。
自分の色んなものを犠牲にして、時には、大事だと思えるものまで犠牲にして、復讐だけを考えて生きていかなければならない。それは、幸せとは程遠い。今までの俺が、そうだったように。


けれど。

復讐の為に自分を利用しようとしているヴァンデスデルカを、
被害者であるルークが思いやるなんて…。


「ルーク、ヴァンデスデルカに利用されてると知って、…それでも、ヤツを救いたいと思うのか?」

「当たり前じゃねぇか、師匠なんだから」

何が『当たり前』で、何が『だから』なのか、
そう問い質したかったけれど、ルークの真っ直ぐな目を見ると、馬鹿馬鹿しくなった。
こいつは、純粋に、ヴァンデスデルカの幸せを願ってるんだ。

「ヴァン師匠を止めるのは難しいかもしんねぇけどさ、でも、頑張って、足掻いて、いつか分かり合いたいんだ」


ふと、賭けの事を思い出す。

ルークが、剣を捧げるに値する人物になれるかどうか。

アッシュに協力し、復讐心を捨てようと思った時、
ルークが剣を捧げるに値するかどうかなんて、
……そんな難しい事なんて、考えた訳じゃなかった。


俺の剣で、こいつを守ってやりたいと、大事なものを二度と失いたくないと、単純に思っただけだ。


ロニール雪山でルークに再会し、苦しんでいる姿を見て、
その思いは、ますます強くなった気がする。

「…分かった。でもな、ルーク」

「何だよ?」

「もう一人で無茶をするなよ?苦しい時には俺に言えよ?ヴァンデスデルカの前に、お前自身が幸せにならなきゃな」

そう言って再び頭を撫でると、ルークは俯き、ぽつりと呟く。


「……俺は、別にいいよ」


え?

今、何て…?


「おい、ルーク…?」

「…何でもねぇ。薬飲んだからもう寝る」

そう言って笑うと、ルークはさっさとベッドへ潜り込んでしまった。

俺の聞き間違いだったのだろうか…?


シーツの下でルークが咳をしている事に気付き、俺はその背をいつものように擦る。
喀血を伴う酷い咳は殆どしなくなってきていたが、まだ無理はさせられないな、と考えた。



翌日の夕暮れ時、俺達はバチカル港に到着した。


ルークは少し微熱があるらしく、怠そうにしていたが、脚輪付きの大型トランクに隠れていてほしいと話したら、楽しそうにトランクの中に入ってくれた。
「これ、すっげぇ楽…」という声が、中から聞こえてくる。毛布に包まっているので、脚輪の振動も少ないだろうから、体調の悪いルークには、ちょうど良かったのかもしれない。

天空客車や昇降機に乗る時も、怪しまれる事はなかった。顔見知りのバチカル兵が、旅に出ていたのか、と声をかけてきたくらいだ。屋敷に戻り、使用人が利用する通用口を通る時も、メイドが「また音機関の部品?」と苦笑したくらいだった。


メイドや白光騎士に声をかけられながら、自分の部屋へ戻る。

ペールがいるかもしれないと思っていたが、いなかった。
早めの夕食を取りに食堂へ行ってるのかもしれない。

「ルーク、開けるぞ」

声をかけてからトランクを開けると、

「……あれ?がいのへや…?」

寝惚けた声で言いながらルークはぼんやりと周りを見る。

「トランクをルークの部屋に持ち込むのは怪しいし、屋敷内に入ったなら、もう姿を隠す必要もないからな」

「…ふぅん、そぉか……」

とろんとした目をしたまま、ルークはもぞもぞと動き始めた。
気付いて額に手を当てて確認すると、熱が少し上がっているようだ。

「ルーク、大丈夫か?」

「…大丈夫だっつーの。…えーと、とりあえず、今から部屋に戻るって、アッシュに連絡する…」

うざそうに俺の手を額から退かし、ルークは意識を集中させるように目を閉じた。

暫く間があって、

「…アッシュ、部屋にいるって。じゃあ、行くか」

ふらふらとルークが立ち上がろうとする。が、よろけたので、俺は慌てて支えた。

「お前、本調子じゃないんだろ。背負っていくよ」

「…っそ、そんな事されたら恥ずかしいだろっ!」

恥ずかしいとかそういう問題じゃないだろ。使用人として、そんな状態のご主人様を放ってはおけない。…と言ってもルークは納得しないだろうな。うん。

「お前が部屋に行く前にフラついて、それを誰かに見られたら、屋敷中大騒ぎになって、大変な事になるぞ?そうしたらアッシュが困る事になる…って分かるよな?」

「う…」

「けど、眠ってるお前を俺が運ぶのは日常的な事だから、怪しまれる事はない。まぁ、大人しく背負われとけって」

暫く口を尖らせて考えていたルークだったが、
「分かった。迷惑かけて、ごめんな」と小さく言った。

使用人の俺に対して『ごめん』はいらない。親友としてなら『ありがとう』だったら嬉しいが。そう言いたかったが、茶化して言う自信がなくて、ルークの頭をくしゃくしゃ撫でるだけにしておいた。


最近…いや、ロニール雪山で再会してから、ルークはよく謝るようになった……気がする。

原因は……分からない、が。よくない傾向だな、と思った。


俺はしゃがむと、おずおずと体重をかけてくるルークを待ってから立ち上がる。


部屋を出て廊下を進み、使用人たちが利用する棟を悠々と抜けていく。
ルークが背にいるおかげで、メイドや白光騎士達に声をかけられ止められる事もなかった。


主に使用人が利用する区画を抜けた途端、しん…と周囲が静まり返る。


背中のルークが身体を強張らせ、こくりと小さく息を飲んだ。

「どうした?帰ってきたんだぞ?」

「うん…、でも、な…」

ルークはそう言って苦笑していたが、緊張は解れていないらしく、身体を強張らせたままだった。
俺にしがみつく腕に力を込める。

「ガイは、俺の傍にいてくれるだろ?」

「もちろん」

「使用人じゃなくて、友達として、…だよな?」

「お前が望むなら、友達でも、使用人でも、護衛剣士でも。お前の傍にいて、お前を守る事が出来るなら、肩書きなんて何でも良い。だから、もう二度と、…何も言わずに、俺の前からいなくなるなよ?」

俺は一言一言を大事に言った。俺の思いが、少しでも伝わるように、願いながら。

ぎゅっとすがり付くようにルークが更に力を込める。

「…うん。もうしねぇから。ごめんな、ガイ」

嗚咽を我慢して揺れる声が、背中から聞こえてきた。


この謝る癖を何とかしてやらなきゃな。
以前のような我儘で本音垂れ流しのルークお坊っちゃんの事、実は結構気に入ってたんだ。


あの廊下の角を曲がれば、中庭へと出る扉が見えてくるだろう。

ルークを取り戻す事が出来た。

そんな実感が、今更ながら、湧いてくる。


だから、この先で、あんな事が起こるなんて、俺は想像すら出来ていなかった。







※※※続きます※※※



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