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AL逆行itsbetween1and0/44



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”

第44話・アッシュ編10「優しくて、寂しい旋律」です。





it's between 1 and 0 第44話


※※※


俺が『小さなルーク』についていくと、
やがて、廊下の先に、父上とラムダスの姿が見えてきた。

『ちちうえ、おかえりなさい!』

『これはこれは、坊っちゃま。お一人で大丈夫ですか?』

嬉しそうな『小さなルーク』と、穏やかなラムダスの声。

柔らかな2人の雰囲気に、俺は自然と目を細めるが、父上の方へ視線を向けた瞬間、その険しい表情が目に飛び込んできて、戦慄した。

父上の視線は『小さなルーク』に注がれている。

何か汚れた物でも見るような、不快な表情。その不快さが限界に達し、怒りを以て排除しようとする表情。父上の顔は、そんな表情に支配されていた。

(ちちうえ、おれ、ひとりで、あるけたよっ!)

『小さなルーク』が嬉しそうに、父上に両手をのばす。

『何だ、その手はっ!!』

父上が『小さなルーク』の手を打ち払うと、細い身体の子供は、受け身も取れず、いや、受け身を取る方法など知らなかったのだろうが、鈍い音を伴って廊下に倒れた。

(……な…んで?ちちうえ…?…こわい、なんで……!?)

『小さなルーク』の感情は、痛みよりも、戸惑いと恐怖が大きかった。
俺はその感情の奔流に耐えられず、胸元の服を握り締める。

『何故だっ!何故、お前がこのような所にいる!?』

(…なんで?ちちうえ、こわい、おこってる…?なんで…?)

『だ、旦那様、お気を確かに…』

『黙れ、ラムダス!!』

胸倉を掴まれた『小さなルーク』の混乱は増すばかりだ。

(ちちうえ、おこってる。おれが、わるいこと、したから…?)

『お前がここにいて良い理由などないのだ!!』

(……おれ、ここにいちゃ、だめ……?)

『私の前に姿を現すな!!この、』

ラムダスが振り上げられた父上の腕にすがりつき、

『なりません、旦那様っ!それだけは…っ!!』と叫んで、言葉と拳を抑え込んでくれた。

父上が『この、』から続けようとした言葉は何だったのか。
俺には簡単に予想でき、拳を握り締めた。

『……ぁ、うぁ…、……ごめ…ん、なさい…』

混乱の中『小さなルーク』は請うように父上を見上げるが、

『……去れ。私の前に姿を現すな』

父上の冷たい視線にぶつかり、呆然とする。
再び『ごめんなさい』という言葉を紡ごうとするが、震える唇からは、空気しか漏れない。

見かねたラムダスに促され、『小さなルーク』は、ようやく歩けるようになった足で走り出した。何度も受け身を取れずに転ぶ。幾つか青あざを作ってしまっただろう。

駆け寄ってきたガイを見つけ、駆け寄ろうとして、また派手に転ぶ。
起き上がれないまま、大声で泣き喚いた。

(ちちうえ、おこってた!おれが、わるいこと、したから!ごめんなさい!わるいことして、ごめんなさい!ここにいて、ごめんなさい!ごめんなさい…っ!)

その心の叫びに耐えられなくなって、俺は目を閉じる。

しかし、


「……そっか。こんな事、すっかり忘れてたな…。あの時、父上はもう知ってたんだ。…だから、怒ったのか。俺がレプリカなのに、息子としてここにいたから…」


ルークの声が聞こえ、俺は驚いて、その方向に顔を向ける。

そこには、ルークが立っていた。
俺の存在に気付かないのか、考えながら言葉を続ける。

「…じゃあ、なんで、あんな事、言ってたんだろ?俺に『記憶を取り戻せば問題ない』なんて…。父上は、俺がレプリカだって知ってたのに…?」


その次の瞬間、


世界が、また真っ暗になった。



次に目を開けた時、

また何処か別の所へ移動したんだろうかと思ったが、俺はまだ、ファブレの屋敷の中にいた。

だが、場所は廊下ではない。エントランスだ。

時間は、夜。いつもより多くの白光騎士達が警備に立ち、数人のメイドが扉の前に並んで立って、控えている。応接間の扉が開かれ、数人の人物が何かを楽しげに話しながら出てきた。

父上とゴールドバーグ将軍、ヴァン、その後ろにセシル少将、見送りに来たのか母上とルークもいる。

後ろにいたルークは、今のルークとほぼ同じ姿。それほど昔の出来事ではないようだ。
長い燕尾のついた白のコートを着ているルークの顔色は、…あまり、良くない。

(…また頭痛か。でも、多分、コレは軽いヤツだ)

ルークの思考が回線を通じて流れ込んできた。
注意して見ていると、ルークが無意識の内に頭に手を伸ばしたが、母上の視線に気付き、何でもない様子を装って、掻くように動かしただけで、すぐに腕を下げる。

『今夜は、素晴らしいものを見せて頂きました』

ゴールドバーグ将軍が喜色満面で父上に言うと、

『そのように将軍に満足して頂けたならば、愚息も剣舞を披露する事が出来、喜んでいる事でしょう』

父上はそう応え、後ろのルークへ視線を向ける。

父上と将軍の視線を受け、ルークは僅かに身を強張らせたが、ヴァンの視線に気付いて笑顔を返した。

(師匠が誉めてくれたんだ。これ、喜んで、良いんだよな…!)

頭痛の痛みが急速に退いていき、喜びの感情が心に押し寄せ、満たしていく。

(父上が誉めてくれた事なんて、今まで、なかった…。俺、少しでも、記憶があった時みたいに出来てるかな…)

おずおずとルークは視線を父上へと戻した。

しかし、

『これで、記憶を取り戻せば問題ないのですが…』

父上はルークに背を向けながら、将軍にそう話しかける。将軍は『そう焦らせずとも…』などと応えながら苦笑し、父上に促されるまま、扉に向かって歩き始めた。

ルークは唇を噛んで俯く。

(……記憶…、記憶がない、から…。だから…!)

感情はぐちゃぐちゃと乱れ、嵐のように心を掻き乱し、見えない無数の傷を、心に刻みつける。時に古傷を引っ掻いて、余計な痛みまで増やしていた。

(……何だ、これ、気持ち悪ぃ…)

喉の奥に込み上げてきた苦いものに顔をしかめるが、それを母上やヴァンに悟られないよう、何でもない風を装う為、まだ、その場から逃げ出す事も出来ない。

父上が将軍達を見送った後すぐに、ルークは『失礼します』と呟くように言うと、中庭の方へ向かっていった。母上は何か言いたげにしていたが、ルークは気付いていない。


俺はルークを追いかけて行き、部屋に入った。


(…分かってたハズだろ!期待なんかして、俺は馬鹿だ…!)

ルークは吐き気を覚えながら詰めていた襟を開き、そのまま白いコートを床に脱ぎ捨てる。

『…くそっ!』

感情の乱れに流されるまま、コートを乱暴に踏みつけ、そのままベッドに突っ伏した。

『……気持ち悪ぃ…』

胃から這い上がってくる吐き気を我慢している内に、ルークは浅い眠りに落ちていったようだ。


そのベッド脇に、ふわりと、もう一人のルークが現れる。


ルークは、ベッドの傍にある棚から音盤を取り出すと、蓄音機にセットし、音量を調節してから、音楽を流した。

「……馬鹿だなぁ、俺、レプリカで、記憶なんてないのに…。父上の本当の息子じゃなかったのに、いつかは、って、俺、どっかで期待してたんだもんなぁ…」

崩れるように床に座り込み、抱えた膝に顔を埋める。


子守唄のような優しい歌が流れ続けた。

どこか譜歌を思い出させるような、優しくて、寂しい旋律。


俺は、悔しさから、拳を握り締める。

父上が『記憶を取り戻せば』の言葉を聞かせたかった相手は、ルークじゃない。自分の周りにいる将軍や母上達だったんだろう。
周囲に、ルークを『記憶を失った息子』と認識させる為、その言葉をあえて言っているのではないか、と思う。僅かでも『誘拐前とは別人』などという疑惑を持たれれば、預言の成就が危うくなるからだ。

父上にとって『息子』は、預言成就の為の道具って訳か…!
やってる事が、ヴァンと同じじゃねぇか…!!

ヴァンは、レプリカであるルークを人間扱いしなかったが、預言の時に利用する為、甘い言葉を与え、手懐け、ルークに『記憶を取り戻せ』とは一度も言わなかった。

父上は、ルークをレプリカと知っていたにも関わらず、預言成就の為に、表向きには息子として扱い、屋敷に閉じ込め、ルークに『記憶を取り戻せ』と何度も言い続けた。

どっちが酷い仕打ちなのか、考えるまでもない。


どっちも最悪だ……!!!


不意に、ルークが顔を上げた。
苦しみで顔を歪めたまま、胸元を押さえる。呼吸が次第に早く浅くなる。

どうしたのかと声をかけようとした瞬間、


目の前が、真っ白になった。



次の瞬間、目に飛び込んできた景色は、どこなのか分からなかった。

どこだここは、と喋ったつもりだったが、声が出ない。
どうやら、天幕の中のようだ。騎士団が野営時に張る天幕と同じ物のように見える。

誰かが咳き込む音がして、ベッドの方に視線を向けた。

丸まったシーツの中に誰かが隠れて、咳をしている。シーツのせいでくぐもった音になっているが、随分と酷い咳だ。

肺でもやられているのだろうか、とぼんやり考える。

咳がようやく治まった後、シーツの下から現れた人物は、ルークだった。
俺の存在に気付いていないのか、寝惚けた目で、赤い血で染まった掌を眺めている。

どういう事だ…?
その血は何なんだ…?
あの酷い咳は一体…?

のろのろと動き出したルークが、枕元の剣に手を伸ばし、包み込むように抱き締める。
いつだったか、ヴァンから貰ったのだと嬉しそうに言ってやがった剣だ。

「…分かってる。俺、ちゃんと分かってる、から…!」

俯いた顔から大粒の涙が落ち、シーツに染みを作る。

「でも、剣しか取り柄ねぇのに、捨てるなんて絶対嫌だ…!剣を捨てたら、偽物の俺には何も残らねぇ…!」

どういう意味だ?と聞きたくても、声が出ない。
いや、声が出たとしても、聞く事など出来やしない。


初めてだった。ルークが泣く姿を見るのは。

今にも泣き出しそうな情けない顔なら、何度も見た事があるというのに…。

『今』と同じように『前』の時も、こいつは、こうやって、1人で泣いていたのかもしれない。


そんな風に考えて、俺も何故か泣きたくなった。

「ルーク、起きてる?」

天幕の入口の方から、声が聞こえてきた。
シンクの声だ。

ルークは慌てて目元を拭うと、顔を上げる。
その顔は、いつもの情けなく緩んだような笑顔だった。

「起きてるっつーの。すぐ準備するから先に行っててくれよ」

いつもの明るい声で言うと、ルークはベッドから抜け出して、ふらふらと歩き始める。
頭に軽く手を当てている所を見ると、頭痛があるようだ。
痛みを耐えてやり過ごすかのように目を閉じ、呟く。

「……大丈夫。大丈夫、だ。俺でも、まだ役に立てる…。アッシュの代わりに死ぬまで、絶対に生きて役に立つんだ」


アッシュの代わりに死ぬ…?
生きて役に立つ…?

どういう意味だ、それは!?

俺が声も出せないくせに叫ぶと、顔を上げたルークと、目が合ったような気がした。


その瞬間、


俺は、ファブレの屋敷の中庭、ベンチの上で目を覚ました。







※※※続きます※※※



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