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AL逆行itsbetween1and0/43



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第43話・アッシュ編09「一人の剣士として、一人の剣士に」です。





it's between 1 and 0 第43話


※※※


(アッシュ、俺、バチカルに戻る事にしたから。今までいっぱい迷惑かけたよな。ほんと、ごめん…)

チャネリングでルークはそう言った。
俺は待ち望んでいた言葉をようやく得て、安堵する。

(謝る必要なんざねぇから、早く戻って来い)

(…うん。今日、討伐作戦が終わったから、予定通りなら、明後日にはケテルブルクに着く。バチカルに着く前には、また連絡するから)

今まで、あれほど帰らないと言い張っていたのに、やけに大人しいじゃねぇか。

…いや、大人しすぎる?

(今日はやけに大人しいな。何かあったか?)

(…あ、あのさ、アッシュ、俺…)

何を考えているのか、ルークはそれきり黙ってしまう。

(どうした?言いたい事があるならハッキリ言いやがれ)

(…ぁ、う…、ごめん……)

またルークは黙ってしまった。

妙に苛々する気持ちを、俺は抑えられなくなり始めた。


あいつは『前』に自分がレプリカだと卑屈に考えていた時、言いたい事があるにも関わらず、俺の前では萎縮し、言葉に詰まり、戸惑い、いつも視線をさ迷わせていた。

この苛立ちは、その時のルークを思い出してしまったせいだ。


(何なんだ!ごめんじゃ分からねぇだろうが…!)

(そ、そうだよな…。ごめん、何でもねぇから…)

もっと同調を深くすれば、ルークの感情を読み取る事が出来る。『前』にしたように、身体の自由を奪って操る事も可能だ。ただ、それはしないと心に決めていた。俺なりの線引きだ。

しかし、今、無理矢理にでも同調を深くして、ルークの感情を読み取りたい衝動に駆られていた。

このままチャネリングを続けるのはマズイと理性が訴え、
踏み止まれた俺は、何の先触れもせずに回線を切る。

ルークがすぐに接触してくるかもしれないと思ったが、予想に反して、ルークからの接触はなかった。



その翌日の午前中、俺は中庭のベンチで、昼寝する事にした。

ルークのフリをする為でもあったが、胸の奥に痼のように残った苛立ちを解消する為でもあった。


ベンチに寝転んだ時、

(……あっしゅ、)

ルークに名前を呼ばれたような気がした。

苛立ちは治まっていなかったが、いつもとは違う妙な感覚が気になり、チャネリングを試みる。



「……何だ、これは?」

俺は驚いて目を見開く。

目の前には、真っ白な世界が広がっていた。


真っ白な世界…、いや、この場所は…、


「…まさか、エルドラント、か……?」


ホド島のレプリカ、栄光の大地・エルドラントだった。

立っているというのに、大地を踏みしめる感覚は曖昧だ。

「夢を見ているのか…?」

これは、ルークの夢、か。

そう確信し、周囲を見回す。

見覚えのある場所だ。俺の記憶が定かなら、この場所で、俺はルークと存在をかけて戦った。


『ここを出る方法はないのか?』

ルークの声が背後から聞こえてきて、俺は振り返る。


『前のルーク』と『前の俺』が、そこにいた。

『前の俺』が、部屋の中央にある譜陣に力を送り込み、出口の扉を開いて見せる。
だが、すぐに扉は閉まっていった。

『……どちらか一人は、ここに残るって訳だ』

『前の俺』がそう告げると、『前のルーク』が、赤いローレライの宝珠を差し出す。

『……何の真似だ?』

『どちらか一人しかここを出られないなら、お前が行くべきだ。ローレライの鍵で、ローレライを解放して……』

『いい加減にしろ!!お前は…俺を馬鹿にしてやがるのか!』

『そうじゃない。俺はレプリカで超振動でお前に劣る。剣の腕が互角なら、他の部分で有利な奴が行くべきだろう』


剣の腕が互角。


いつも被験者の俺に遠慮し、肝心な所で卑屈だったルークが、
剣の腕だけは、俺と対等だと言い切った。


『前の俺』はそれが腹立たしく、同時に、嬉しかった。

そんな感情を悟られまいとして、『前の俺』は、『前のルーク』に背を向ける。

『…ただの卑屈じゃなくなった分、余計にタチが悪いんだよ!』

『アッシュ…』

『他の部分で有利だ?何も知らないくせに、どうしてそう言える?お前と俺、どちらが有利かなんて分からねぇだろうが!』

『だけど俺はどうせ…』

『黙れ!!』


この時、『前の俺』は勘違いしていた。
ルークの『どうせ俺は』に続く言葉は『レプリカ』だと思い、苛立ちで遮ってしまった。

だが、今は知っている。
本当の続きは『もうすぐ音素乖離で消滅する』だという事を。


『前の俺』は剣を抜き、『前のルーク』に剣先を突き付ける。

『アッシュ!何を……』

『どうせこの仕掛けは、どちらか一人しか出られない。だったら、より強い方が、ヴァンをぶっ潰す!超振動だとかレプリカだとか、そんな事じゃねぇ』

腹底に溜まった苛立ちを吐き出しながら、動揺する『前のルーク』を睨み付けた。

剣の腕が互角。
そう言いきった一人の剣士と、雌雄を決したい。その衝動が『前の俺』を突き動かしていた。

『ヴァンから剣を学んだ者同士、どちらが強いか…。どちらが本物の「ルーク」なのか、存在をかけた勝負だ』


いつか決着を着けなければならない事なら、対等な場所で決着を着けたいと思っていた。
互角と言い切った剣での決着ならば、話は早い。
いや、剣でこそ、互いを偽らずに語れると悟った。

『どっちも本物だろ。俺とお前は違うんだ!!』


この時『前の俺』が感じていた事は、ルークが剣を抜かないという単純な焦りだった。

今から考えれば、馬鹿馬鹿しい事だが、『前の俺』は勘違いしていた。
大爆発で存在を喰われるのは、被験者である俺の方だ、と。
俺には時間がないと焦っていた。ルークと決着を着けられるのは今しかない、と。


『黙れ!理屈じゃねぇんだよ……。過去も未来も奪われた俺の気持ちが、お前に分かってたまるか!俺には今しかないんだよ!!』


だから剣を抜け!この時の俺はそう喚きたかった。
このままルークが剣を抜かなければ、大爆発の事を持ち出して、情けなく喚き散らしていただろう。


『……俺だって、今しかねぇよ』

『前の俺』は自分の気持ちに手一杯で、そのルークの言葉を理解しようともしなかった。


『前のルーク』が、横一文字に佩いた剣を引き抜く。

その流れるような所作の美しさに、俺は思わず目を細めた。


『奪われるだけの過去もない。それでも、俺は俺であると決めたんだ。お前がどう思ったとしても、俺はここにいる』


…あぁ、ルーク、お前は本当に強いんだな。音素乖離で死を実感しながらも、大爆発の怖さから喚き散らした俺とは違って、お前は、真っ直ぐに、気持ちを剣に乗せられるのか。

『それがお前の言う強さに繋がるなら、俺は負けない』

『前のルーク』が、真っ直ぐに『前の俺』を見据える。
その視線に内心気圧されながらも、俺は負けまいとして虚勢を張った。

『……よく言った。そのへらず口、二度と利けないようにしてやるぜ。行くぞ!劣化レプリカ!!』


……今でも、この時の記憶は、鮮やかだ。

ルークと剣を撃ち合う毎に、気持ちが凪ぎ、研ぎ澄まされた。
過去も未来も関係なく、現在、目の前に迫る白刃が、俺に生きている実感を与えた。

結果、『前の俺』は、この戦いに破れた。

一人の剣士として、一人の剣士に負けた。敗北したというのに、いっそ清々しかった。

俺は負けて初めて、俺もルークも、お互いにたった一人の本物だと思い知らされた。
そして、潔い程に真っ直ぐなルークの太刀筋を、好きだと思った。


そんな事を思い出しながら、俺は『前のルーク』と『前の俺』の方へ視線を戻す。

「……っな!?どういう事だ、これは…!」

『前の俺』の剣が、『前のルーク』を貫いていた。

『…フン、劣化レプリカなら、所詮この程度という事か』

冷徹に言い放った『前の俺』は、『前のルーク』の腹から、血に濡れた剣を乱暴に引き抜く。


事実と違う!と俺は叫びそうになった。
ここはルークの夢の中だ。何故、ルークは、自分が負ける夢を見ている…?

『前のルーク』が、青ざめ引きつった顔で呟く。

「……ごめん、アッシュの力に、なりたかった、のに、…俺、剣は向いてねぇ、って…。『前』とは違うって…。…役立たず、で、ごめん…な……」

ルークが激しく咳き込み、大量の血を吐いた。



目の前が、真っ暗になった。



柔らかな光を感じて、俺は周囲を見回す。

「……ここは、ファブレの屋敷か」

暖かい陽が差し込む廊下。見慣れた意匠を凝らされた内装。


急に、夢の場面が変わった。

何が起こったのかと最初は戸惑ったが、これは夢の中なのだから、と自分を納得させる。


視界の端で、柔らかな朱色をした頭が揺れている。


『前のルーク』でも『今のルーク』でもない、『小さなルーク』が、廊下の向こうから聞こえてくるメイドの声に、顔を輝かせた。

(ちちうえが、かえってきた!)

一瞬チャネリングかと思ったが、これは『小さなルーク』の心の声だと考えて納得する。
父親が帰ってきた事を聞き、純粋に喜んでいるようだ。

(おかえりなさいって、いわなきゃ!)

その瞬間、『小さなルーク』の感情が流れ込んできた。
父親に抱き締められた時の記憶が、喜びの感情と共に、胸の内側で膨れ上がる。

「…ルーク、お前は父親をこんな風に慕っていたんだな」

俺は苦々しい気持ちを吐き出すように、呟いた。

『小さなルーク』はぎくしゃくと壁際を歩き始める。時折ふらついて、壁に手をついたりもしたが、一人で長く歩けているという喜びと自信が『小さなルーク』の心の中で、少しずつ芽生えていた。

10才の姿で造られたルークは、歩く事から始めて、7年で、ヴァンに匹敵する剣士となった。

その事実を実際に目の当たりにし、俺は驚嘆した。

剣の腕が互角。あの時、そう言いきったルークの自信は、歩くという最初の努力から培われた確かなものだったんだろう。


「じゃあ、さっきの『夢』は何だったんだ…?」


一騎討ちで俺に負ける、卑屈としか言い様のねぇ夢は?

剣は向いてねぇ?
『前』とは違う?

どういう意味だ…?


考えてみたが、分からない。

俺は答えを知りたい一心で、『小さなルーク』の後をついていった。







※※※続きます※※※



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