AL逆行itsbetween1and0/38 AL長編/it's between 1and0 2012年09月10日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第38話・クリムゾン編02「名も持たぬ化物」です。 it's between 1 and 0 第38話 ※※※ あの子は18才まで生きられない。何と残酷なのだろうかと思った。 預言によって、最愛の妻を得た私は、 預言によって、ようやく愛し方を模索し始めた子供を失うのだ。 表向きには成人するまで、正確には預言の年まで、身柄の安全確保の為、あの子を公爵家に軟禁するという。その決定が、来週中には、議会の承認後、正式な王命として下される事を聞かされた。 預言の続きだけは、決して、妻には聞かせられぬ。 妻の顔も、子供の顔も、今は見たくなかった。 妻が眠る時間を待って、屋敷に戻ると、 普段なら眠っている筈の妻が、まだ起きて私を待っていた。 そして、子供が昼間に痛みを訴えて苦しんでいた事を聞かされた。誘拐から帰って来てすぐに身体検査をしたが、外傷などの身体的な異常はなかった筈だった。しかし、妻から話を聞いた時、真っ先に、我々が息子に強制していた超振動実験を思い出した。 誘拐犯が何か無理な実験をしたのではないかと、自分を棚上げにして、怒りが込み上げる。 「あの子にしていた実験の事、私は知っておりました。ですが、国の為と思い、あの子が耐えてくれる姿に甘え、…ずっと、ずっと、私は見ないフリをしていました。それが、こんな事になるなんて…!」 泣き崩れる妻を慰めながら、 「明日、再度の身体検査を行い、異常がないようなら、研究所の方でも検査させよう。身体に外傷などなくとも、フォンスロットなどに異常がある可能性も考えられる」 なるべく冷静に、妻と自分に言い聞かせるように、言った。 18才まで生きられぬ子供は、短い生を健やかに過ごす事も出来ぬのかと考えては、 居たたまれなくなった。 翌日、子供に睡眠薬を与えた後、医師の身体検査を受けさせた。 異常はなかった。 そして、研究所に連れて行き、極秘に検査させた結果、 子供が『レプリカ』である可能性があると聞かされた。 ベルケンドの第一音機関研究所に出資している身として、フォミクリー技術というものは、ある程度なら知っていた。だが、単純な無機物を複写する技術という程度の認識だった。しかも、複写された物体は見た目ばかり同じで、欠陥を持つ物や劣化した物が殆どだと、聞いていた。 人間も複写できるのかと研究員に問えば、マルクト軍の研究所では、数体の成功例があると答えた。それから『生体フォミクリー』と『レプリカ』について、様々な事を聞かされたが、正直、理解は出来ても、受け入れる事は出来なかった。 あの子供は、私の息子ではなかった。 それ所か『人間』ですらない『レプリカ』という化け物。 親らしい事が出来ると喜んでいる妻に、何と言えば良い? 誘拐された私の息子は何処に消えたのだ…? 私は混乱しながらも、屋敷に戻り、 「後遺症の疑いもあるらしいが、概ね異常はないそうだ」と妻に告げた。 血色の悪い妻の安堵する表情を見て、決して真実は告げぬと、固く固く心に誓った。 それから数日、私はまた屋敷に戻らぬ日々を過ごした。 あのレプリカにどう接すれば良いのか、本当の息子はどこにいるのか、私は悩み続けた。 誰かに相談する訳にはいかなかった。 『ルーク』は預言に詠まれた存在。軽々しく口には出来ぬ。 ヒトを使って息子の行方を調べさせる訳にもいかない。 時折、レプリカが無邪気に笑う姿を思い出し、寒気を覚えた。あんな得体の知れない化け物を、我が子として愛そうとしていたのかと考えては、恐ろしくなった。 暫くして『ルーク』を軟禁せよとの命令が下った。 私は屋敷に戻らなければならなくなった。 あの化け物の姿を見たくはなかったが、仕方がない。なるべく接触せぬよう注意し、ラムダスと騎士団長に指示を与え、屋敷を出れば良い。 私が屋敷に戻ると、ラムダス以下使用人達が出迎えた。妻は体調が優れぬらしく、今日は私室に籠っているという。 私はラムダス以外を下がらせ、書斎に向かいながら、軟禁の件を手短に説明した。おそらく命令の内容に疑問を感じただろうが、さすがにラムダスは、それを表情に出す事はない。 「私は書斎にいる。早急に、騎士団長を呼ぶように」 「畏まりました」 ラムダスが辞儀をした時だった。 「ちちうえっ!」 レプリカの化け物の声が聞こえてくる。 私が驚いて視線を向けると、こちらに向かってきていた。 嬉しそうに顔を綻ばせて何度も「ちちうえ」と私を呼ぶ。 その姿を見て、気持ち悪い、と私は嫌悪感を覚えた。 あれは人間ではない、複写技術で生まれた複製物、化け物なのだ。 「ちちうえ、おかえりなさい」 「これはこれは、坊っちゃま。お一人で大丈夫ですか?」 ラムダスが目を細めて声をかける姿を見て、ぞっとした。 妻だけでなく屋敷中の人間が、この化け物の外見に、すっかり騙されてしまっているのだ。 いつの間にか固く握りしめていた拳が、震える。 化け物が、無邪気な笑顔で、私の方へ両腕をのばした。 『抱き締めてくれると思っているのでしょう』 いつかの妻の言葉が、脳裏に甦る。 抱き締める? ………この化け物を!? 冗談ではない!! 瞬間、頭の中が真っ白になった。 「何だ、その手はっ!!」 のばされた手を払うと、化け物は呆気なく床に倒れる。 「…何故だっ!何故、お前がこのような所にいる!?」 「だ、旦那様、お気を確かに…」 「黙れ、ラムダス!!」 私は化け物の胸倉を掴み、無理矢理、引き起こす。 まるで怯えているような瞳が、私の顔を見上げる。 「お前にはここにいて良い理由などないのだ!!」 何故そのように怯える!?無力なフリをするのだ!? その姿で、屋敷中の『人間』を騙す『化け物』が…!! 「私の前に姿を現すな!!この、」 化け物め!と言いかけた時、 「なりません、旦那様っ!それだけは…っ!!」 いつの間にか振り上げていた拳を、ラムダスが抱え込む。 私は肩でしていた呼吸を落ち着かせ、冷静さを取り戻した。 これを化け物とは知らないラムダスから見れば、私が息子を殴ろうとしていたように見えたのだろう。私が息子を殴ったと知れば、妻は悲しむ。 化け物は顔を真っ青にしながら私に怯え、震える唇で、 「…ぁ、うぁ…、……ご…めん、なさい…」 情けない声を絞り出した。 「……去れ。私の前に姿を現すな」 私が手を離すと、暫く放心して動けないようだったが、 「さぁ、坊っちゃま、早く」 ラムダスに促されてようやく立ち上がると、私に背を向けて走り出した。 化け物は途中で何度も転びながら、廊下を曲がり、私の視界から消えた。 「申し訳ありません。差し出がましい真似を致しました」 ラムダスが頭を下げる。その時、 「ルーク!おいっ!お前、なんで走ってんだよ!?お前、走れたのか!?うわっ!そりゃ転ぶって!!大丈夫か!?怪我は!?」 廊下を曲がった先から、世話係の少年の声が聞こえてきた。 派手な音も聞こえてきたので、化け物はまた転んだのだろう。 「…あぁ、膝を擦り剥いちまって…。一人で歩く練習に行っちゃダメだって言っただろう?おい、ルーク?どうした?」 大声で泣き喚く化け物の声が続く。 「あぁ、ほら、泣きやめって。ほら、掴まって。おんぶして行ってやるからさ。今日のおやつはケーキだぞ。だから機嫌直せって」 少年の声が少しずつ遠ざかっていった。 「申し訳ありません、旦那様。世話係の者はまだ少年で、言葉遣いもままならず…。後でちゃんと言い聞かせます。ですから、どうか…」 ラムダスの言わんとしている所は分かったが、化け物に誰が不敬を働いた所で、私は一向に構わない。 「良い。あれの事は放っておけ。それよりも、早急に騎士団長を呼んでまいれ」 「…は、畏まりました」 私はラムダスと白光騎士団の騎士団長に指示を与え、屋敷を出た。 2週間後に屋敷へ戻って来た時、私はラムダスから奇妙な報告を受けた。 あの化け物が廊下で転び、作った擦り傷が、医者に見せ10日経っても塞がる気配を見せず、結局、治癒師を呼んで、治癒させたという報告だった。 擦り傷程度で大袈裟に騒ぎ立てる事はないとラムダスに応え、 化け物のくせに、屋敷の者に余計な手間をかけさせおってと考え、内心、舌打ちした。 「無闇に、医者や治癒師を屋敷に招いてはならん。外部の者を招けば、賊に隙を与える事になる。何かあれば、命令を下した国王陛下に申し訳が立たぬ」 「私が短慮でございました、申し訳ありません」 「以後、外部の者を招く際は、私の指示を仰ぐように」 「畏まりました」 これで化け物の為に屋敷の人間が振り回される事もない。 「私は明日からまたベルケンドへ向かう。次に戻ってくるのは2ヶ月後になると思う」 「畏まりました」 ラムダスはいつものように頭を下げた。 「今夜は屋敷で休む。今日はあれを部屋から出すな」 『あれ』と言えば、ラムダスは理解する。 あの日以来、私は、あの化け物の事を『あれ』と呼んでいた。 『化け物』などと呼んで、妻に真実を悟られても困る。 珍しくラムダスが一呼吸遅れて、「畏まりました」と返事をした。 私はベルケンドの自城へ行き、静かな時間を過ごす中で、これからの事を冷静に考えた。 本当の息子は、どこかで生きているという確信はあった。でなければ、誘拐などするまい。犯人の目的は、息子の持つ『超振動』だろう。屋敷にレプリカの方を戻したのは、レプリカは能力が劣化する事を知っての事なのだ。ならば、息子が危害を加えられる可能性も低い。 どこかで無事に生きていてくれれば良い。……いや、バチカルに戻って来てはならぬ。 バチカルに戻れば、国の繁栄の為、預言の生け贄にされる。18才より長くは生きられぬ。 非常に不快だが、あの化け物を屋敷に置く方が、息子の為になるのだ。あれは私の息子の代わりに軟禁され、死んでくれる。せめて、何不自由ない暮らしをさせてやろう。 どうせ名も持たぬ化け物だ。 墓碑に『ルーク・フォン・ファブレ』の名を刻める事を、感謝して貰いたいくらいだ。 私は、あの化け物をそのように受け入れる事と決めた。 そんなある日、同行させた執事が持ってきた書簡の中に、ラムダスからの物があった。 いつもの書簡とは違い、速達だったらしい。あの化け物が食べたくないと食事を拒否する回数が増えた為、医師の診察を受けさせたいという内容だった。 ※※※続きます※※※ PR