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AL逆行itsbetween1and0/37



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”

第37話・クリムゾン編01「戸惑いは大きいものの、確かに、」です。


今回から、クリムゾン編です。





it's between 1 and 0 第37話


※※※



ND2000
ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。
名を『聖なる焔の光』と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。

ND2018
ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ、鉱山の街へと向かう。そこで、



キムラスカ・ランバルディア王国の領土に降った、第六譜石の欠片に記されていた預言は、そこまでだった。


ND2000に誕生した私の息子は、切望されていた、王族特有の赤い髪を持っていた。
そして、第六譜石の預言から、名は『ルーク』と決められた。

私の息子が、キムラスカを繁栄に導く王となる。私も国王もそう確信し、生まれて間もない息子を、ナタリア王女殿下と婚約させた。預言に恥じない立派な王となるよう、厳しく教育した。息子は私の期待に応え、時には、末恐ろしいと感じる程に、その才を発揮した。

ある者達から世辞で『神童』などと呼ばれていたが、成程、的を射た表現だと、私は感じていた。
息子は『ローレライの力を継ぐ者』と、預言に記されていたのだから。

その為、帝王学を修めさせる一方で、預言に記された『ローレライの力』の研究も進めていた。

『ローレライの力』とは『超振動』というものらしい。
兵器としての超振動発生装置の開発を進めていた国にとって、息子の誕生は、新たな兵器を手に入れた事と同義だった。

ベルケンドの研究者数名をバチカルに招き、息子をバチカルの研究所へ連れ出し、実験を行っていた。
時に、大がかりな実験を行う事もあり、息子をベルケンド視察に同行させるという名目で、ベルケンドの第一音機関研究所へ連れ出しもしたが。


だが、今から考えれば、ベルケンドのような人目につく所に出したのがいけなかった。


10才の年に、私の息子は、誘拐された。


王国軍と、ファブレ家の私兵である白光騎士団が、大規模な捜索を行った。
そして、預言遵守の大義名分の下、ローレライ教団の神託の盾騎士団からも捜索隊が組まれた。

その甲斐あってか、一ヶ月後、息子は帰還した。


かつて『神童』とまで呼ばれた息子は、重度の記憶障害を患い、殆ど全ての記憶を失っていた。


私も妻も、絶望した。


ただ、預言に記された輝かしい未来だけが、救いだった。


息子は必ず記憶を取り戻し、いずれ、キムラスカを繁栄に導く立派な王となる。

私も、そして妻も、縋るように預言を信じた。

……いや、預言を信じるしかなかった。獣のように泣き喚いて暴れる子供が己の息子だと、王国を繁栄に導く未来の王になるのだと信じ続けるには、預言しか拠り所がなかったのだ。


しかし、一ヶ月も経たぬ内に、私も妻も疲れ始めた。

記憶が戻るまでとは言え、獣を屋敷に置いておくのも、獣が多くの使用人の目に触れるのも、耐えられなかった。中庭に、見映えの良い部屋を造らせた。まるで鳥籠を模したような外装の部屋だ。檻に獣を閉じ込め、私の視界には入らぬようにした。

だが、私の疲れは増すばかりで、いつからか、屋敷に帰らぬ日の方が多くなった。


ベルケンドの城に一ヶ月ほど滞在し、久々に屋敷に戻った日、
執事のラムダスから、いつもの報告を受けた。

あの獣は、まだ記憶を取り戻していないという報告だ。

「…そうか」

失望する事に慣れてしまった私は、それしか言えなかった。

久々に妻の顔が見たかった。
息子が獣となってしまった今、妻の微笑みは悲哀を含むものとなってしまったが、それでも、私は妻の微笑みが好きだった。

憧れ続けたキムラスカの王女シュザンヌが、預言の下、ファブレ家に降嫁する事が決まった時、私はあの微笑みを守る騎士として選ばれたのだと喜び、ローレライと始祖ユリアに感謝を捧げたものだった。

「シュザンヌは私室か?」

「裏庭の方へ散歩に行かれたようです」

ラムダスは感情一つ現さずに直ぐさま応える。
散歩という事は、今日は体調が良いのだろう。僥倖だ。

「そうか。では、私も裏庭へ行くとしよう」

「旦那様、」

「…何だ?」

「い、いえ、何でもございません。ご案内致します」

ラムダスにしては妙な行動だった。


その行動の意味を、私は裏庭に到着した時、知らされる事となった。

裏庭には、妻だけでなく、赤い髪の獣もいたのだ。


暖かな陽射しの中、
柔らかな芝に腰を下ろした妻は、手を差し上げて、かつてのように優しく微笑んでいた。

「さぁ、ルーク、今度は、こちらですよ」

その妻のもとへ、覚束無い足取りで歩を進める子供は、妻が延ばした手をやっと掴み、腰を抜かしたように座り込む。

「ルーク、上手く立てるかしら?」

「はい、ははうえ」

ふらふらと両腕の力も使いながら立ち上がった子供は、

「ねぇ、ルーク、次はこちらにいらっしゃって」

向こう側にいた幼馴染みの姫の方へ振り返り、よろよろと歩いていく。
世話係の少年が「その辺りはお気をつけて」と声をかけた。

「あら、あなた。いつお帰りになられたのです?事前にお知らせ下されば、お出迎えしましたものを」

シュザンヌが私に気付いて立ち上がろうとしたが、
「いや、そのままで良い」と私は声をかけて制する。

「ベルケンドはいかがでございました?」

「うむ。ベルケンドの方は特に何の問題もなかった…が、シュザンヌ、これは、歩く練習でもしている所か?」

「えぇ、まだまだ一人で歩くのは難しいようですけど、ここなら芝が柔らかいですし、転んでも大丈夫かと…」

歩く練習、か。記憶さえ戻れば必要ないだろうが…。

「公爵様、お久しぶりでございますわ」

姫から声をかけられ、私は一礼して挨拶した。

視線を戻すと、姫の傍に座り込んだ子供が、不思議そうに私を見上げている。

「ルーク、あなたのお父上ですよ」

妻が言うと、子供は大きな目を更に大きくした。

「…ちちうえ、ははうえとおなじ、かぞく?」

子供が妻に尋ねると、妻は花が開くように顔を綻ばせる。

「えぇ、そうですよ、ルーク」

私は驚き、硬直していた。

このような笑顔を見る事が出来るとは、息子が獣のようになって帰って来た日以来、望めないと考えていたからだ。

「さぁ、ルーク、父と母のもとへいらっしゃい」

妻が言うと、子供は「はい、ははうえ」と笑って応え、よろよろと立ち上がり、
歩いて私のもとへやってくる。

そして、私の顔を見上げ、妻によく似た顔で微笑み、両手をいっぱいに伸ばした。

私はその行動の意味が分からず、妻に視線を向ける。

「ルークには、父上は母上と同じ家族、と教えているので、私と同じように抱き締めてくれると思っているのでしょう」


抱き締める?


私の戸惑いなどお構いなしに、「抱き締めて差し上げて下さい」と妻は微笑む。
私はどうして良いのか分からないながらも、柔らかな芝の上に、片膝をついた。

すると、子供は倒れかかるようにして、私にしがみつく。

「ちちうえっ」

私が父親であると確認するかのように、子供は声を出した。

子供の体温は温かく、髪からは太陽の匂いがする。

「ルーク、父上に『おかえりなさい』は?」と妻が聞くと、
「おかえりなさい、ちちうえ」と子供は満面の笑みで言う。


『家族』という言葉が、

何故か今、身体にかかる子供の体重と同じように、実感を伴って、ずしりと感じられた。


「ルーク、父上ばかりに抱きついていては、母はとても寂しいですわ。さぁ、いらっしゃい」

無邪気な子供は、私の手からさっそく離れ、妻のもとへ飛び込んだ。

「まぁ、叔母様ったら、ズルいですわ!さぁ、ルーク!わたくしのもとにもいらっしゃって!」

姫が子供らしくささやかな嫉妬を感じたのか、子供を手招く。

「いってらっしゃい」と妻に促されると、子供は両足に力を込めて、一歩一歩確かに歩いていった。


「ねぇ、あなた」

同じ目線にいる妻に声をかけられ、私は視線を向ける。
妻の真剣な眼差しにぶつかり、私ははっと息を飲んだ。

「あの子は、記憶はないけれど、私達の大切な子供。それでよろしいではありませんこと。きっと、私達に親らしい事をさせる機会を与える為に、あの子は赤ん坊に戻って、帰って来たのですわ」

ふふ、と微笑む妻は、かつてよりも幸せそうに見えた。

「……親らしい事、か…」

妻の言う通り、親らしい事など、今までした事がなかった。


王者になる為に相応しい教育を上から押し付け、
体力を酷く奪うという超振動の実験を強制し、
誕生日にも、子供が喜びそうな物を与える事はなかった。


「奥様、お茶の準備が整いました」

メイドから声をかけられ、妻は立ち上がる。

「ルーク、ナタリア殿下、お茶に致しましょう。美味しいケーキも用意させましたのよ」

妻が声をかけると「けーき!」と子供がはしゃぎ始めた。
だが、喜んだ拍子に、足をもつれさせて転んでしまう。

「…全く、手のかかる子供になってしまったものだ」

私は子供に近寄ると、まだ小さな身体を抱き上げた。

最初、子供は驚いて身体を強張らせたが、やがて顔を綻ばせ、私にその体重をあずけてくる。

驚く妻と目が合い、私は苦笑した。

「そなたの言う通りかもしれぬな、シュザンヌ」

妻が瞳に涙を溜めながらも、顔を笑みで満たす。


その笑顔を見て、家族をやり直すというのも、良いかもしれない。などと漠然と考え始めていた。


ようやく、ぎこちないながらも歯車は回り始め、


戸惑いは大きいものの、確かに、私は幸せ、だった。



そんな風に考え始めた頃だった。

その日、インゴベルト国王陛下の呼び出しを受けて登城すると、私は、国王の私室へと通された。そこには、国王陛下と、ローレライ教団の大詠師モースがいた。

挨拶も底々に、国王陛下は、

「……クリムゾン、冷静に聞いてもらいたい」

沈痛な面持ちで話を切り出した。

「大詠師モース殿が、第六譜石に記された預言の続き、…ローレライ教団の秘預言を、余に明かして下さったのだ。そなたの耳にも入れるべきだと考え、呼び出した」


第六譜石に記された預言の続き?


私が視線を向けると、大詠師モースは、背筋が寒くなる程に清々しい表情で、口を開いた。

「公爵殿のご子息に関する秘預言です。お聞き下さい」



ND2018
ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ、鉱山の街へと向かう。そこで、

若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。
しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。
結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる。



私はある一行に衝撃を受け、上手く思考が働かず、後半の方は殆ど理解できなかった。

「……『街と共に消滅』だと…!?」


…あの子、が……?


「お喜び下さい、ファブレ公爵殿。あなたのご子息は、始祖ユリア様の預言に身を捧げ、世界を未曾有の大繁栄へと導く、英雄となられるのです」






※※※続きます※※※



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