AL逆行itsbetween1and0/37 AL長編/it's between 1and0 2012年09月09日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第37話・クリムゾン編01「戸惑いは大きいものの、確かに、」です。 今回から、クリムゾン編です。 it's between 1 and 0 第37話 ※※※ ND2000 ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。其は王族に連なる赤い髪の男児なり。 名を『聖なる焔の光』と称す。彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。 ND2018 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ、鉱山の街へと向かう。そこで、 キムラスカ・ランバルディア王国の領土に降った、第六譜石の欠片に記されていた預言は、そこまでだった。 ND2000に誕生した私の息子は、切望されていた、王族特有の赤い髪を持っていた。 そして、第六譜石の預言から、名は『ルーク』と決められた。 私の息子が、キムラスカを繁栄に導く王となる。私も国王もそう確信し、生まれて間もない息子を、ナタリア王女殿下と婚約させた。預言に恥じない立派な王となるよう、厳しく教育した。息子は私の期待に応え、時には、末恐ろしいと感じる程に、その才を発揮した。 ある者達から世辞で『神童』などと呼ばれていたが、成程、的を射た表現だと、私は感じていた。 息子は『ローレライの力を継ぐ者』と、預言に記されていたのだから。 その為、帝王学を修めさせる一方で、預言に記された『ローレライの力』の研究も進めていた。 『ローレライの力』とは『超振動』というものらしい。 兵器としての超振動発生装置の開発を進めていた国にとって、息子の誕生は、新たな兵器を手に入れた事と同義だった。 ベルケンドの研究者数名をバチカルに招き、息子をバチカルの研究所へ連れ出し、実験を行っていた。 時に、大がかりな実験を行う事もあり、息子をベルケンド視察に同行させるという名目で、ベルケンドの第一音機関研究所へ連れ出しもしたが。 だが、今から考えれば、ベルケンドのような人目につく所に出したのがいけなかった。 10才の年に、私の息子は、誘拐された。 王国軍と、ファブレ家の私兵である白光騎士団が、大規模な捜索を行った。 そして、預言遵守の大義名分の下、ローレライ教団の神託の盾騎士団からも捜索隊が組まれた。 その甲斐あってか、一ヶ月後、息子は帰還した。 かつて『神童』とまで呼ばれた息子は、重度の記憶障害を患い、殆ど全ての記憶を失っていた。 私も妻も、絶望した。 ただ、預言に記された輝かしい未来だけが、救いだった。 息子は必ず記憶を取り戻し、いずれ、キムラスカを繁栄に導く立派な王となる。 私も、そして妻も、縋るように預言を信じた。 ……いや、預言を信じるしかなかった。獣のように泣き喚いて暴れる子供が己の息子だと、王国を繁栄に導く未来の王になるのだと信じ続けるには、預言しか拠り所がなかったのだ。 しかし、一ヶ月も経たぬ内に、私も妻も疲れ始めた。 記憶が戻るまでとは言え、獣を屋敷に置いておくのも、獣が多くの使用人の目に触れるのも、耐えられなかった。中庭に、見映えの良い部屋を造らせた。まるで鳥籠を模したような外装の部屋だ。檻に獣を閉じ込め、私の視界には入らぬようにした。 だが、私の疲れは増すばかりで、いつからか、屋敷に帰らぬ日の方が多くなった。 ベルケンドの城に一ヶ月ほど滞在し、久々に屋敷に戻った日、 執事のラムダスから、いつもの報告を受けた。 あの獣は、まだ記憶を取り戻していないという報告だ。 「…そうか」 失望する事に慣れてしまった私は、それしか言えなかった。 久々に妻の顔が見たかった。 息子が獣となってしまった今、妻の微笑みは悲哀を含むものとなってしまったが、それでも、私は妻の微笑みが好きだった。 憧れ続けたキムラスカの王女シュザンヌが、預言の下、ファブレ家に降嫁する事が決まった時、私はあの微笑みを守る騎士として選ばれたのだと喜び、ローレライと始祖ユリアに感謝を捧げたものだった。 「シュザンヌは私室か?」 「裏庭の方へ散歩に行かれたようです」 ラムダスは感情一つ現さずに直ぐさま応える。 散歩という事は、今日は体調が良いのだろう。僥倖だ。 「そうか。では、私も裏庭へ行くとしよう」 「旦那様、」 「…何だ?」 「い、いえ、何でもございません。ご案内致します」 ラムダスにしては妙な行動だった。 その行動の意味を、私は裏庭に到着した時、知らされる事となった。 裏庭には、妻だけでなく、赤い髪の獣もいたのだ。 暖かな陽射しの中、 柔らかな芝に腰を下ろした妻は、手を差し上げて、かつてのように優しく微笑んでいた。 「さぁ、ルーク、今度は、こちらですよ」 その妻のもとへ、覚束無い足取りで歩を進める子供は、妻が延ばした手をやっと掴み、腰を抜かしたように座り込む。 「ルーク、上手く立てるかしら?」 「はい、ははうえ」 ふらふらと両腕の力も使いながら立ち上がった子供は、 「ねぇ、ルーク、次はこちらにいらっしゃって」 向こう側にいた幼馴染みの姫の方へ振り返り、よろよろと歩いていく。 世話係の少年が「その辺りはお気をつけて」と声をかけた。 「あら、あなた。いつお帰りになられたのです?事前にお知らせ下されば、お出迎えしましたものを」 シュザンヌが私に気付いて立ち上がろうとしたが、 「いや、そのままで良い」と私は声をかけて制する。 「ベルケンドはいかがでございました?」 「うむ。ベルケンドの方は特に何の問題もなかった…が、シュザンヌ、これは、歩く練習でもしている所か?」 「えぇ、まだまだ一人で歩くのは難しいようですけど、ここなら芝が柔らかいですし、転んでも大丈夫かと…」 歩く練習、か。記憶さえ戻れば必要ないだろうが…。 「公爵様、お久しぶりでございますわ」 姫から声をかけられ、私は一礼して挨拶した。 視線を戻すと、姫の傍に座り込んだ子供が、不思議そうに私を見上げている。 「ルーク、あなたのお父上ですよ」 妻が言うと、子供は大きな目を更に大きくした。 「…ちちうえ、ははうえとおなじ、かぞく?」 子供が妻に尋ねると、妻は花が開くように顔を綻ばせる。 「えぇ、そうですよ、ルーク」 私は驚き、硬直していた。 このような笑顔を見る事が出来るとは、息子が獣のようになって帰って来た日以来、望めないと考えていたからだ。 「さぁ、ルーク、父と母のもとへいらっしゃい」 妻が言うと、子供は「はい、ははうえ」と笑って応え、よろよろと立ち上がり、 歩いて私のもとへやってくる。 そして、私の顔を見上げ、妻によく似た顔で微笑み、両手をいっぱいに伸ばした。 私はその行動の意味が分からず、妻に視線を向ける。 「ルークには、父上は母上と同じ家族、と教えているので、私と同じように抱き締めてくれると思っているのでしょう」 抱き締める? 私の戸惑いなどお構いなしに、「抱き締めて差し上げて下さい」と妻は微笑む。 私はどうして良いのか分からないながらも、柔らかな芝の上に、片膝をついた。 すると、子供は倒れかかるようにして、私にしがみつく。 「ちちうえっ」 私が父親であると確認するかのように、子供は声を出した。 子供の体温は温かく、髪からは太陽の匂いがする。 「ルーク、父上に『おかえりなさい』は?」と妻が聞くと、 「おかえりなさい、ちちうえ」と子供は満面の笑みで言う。 『家族』という言葉が、 何故か今、身体にかかる子供の体重と同じように、実感を伴って、ずしりと感じられた。 「ルーク、父上ばかりに抱きついていては、母はとても寂しいですわ。さぁ、いらっしゃい」 無邪気な子供は、私の手からさっそく離れ、妻のもとへ飛び込んだ。 「まぁ、叔母様ったら、ズルいですわ!さぁ、ルーク!わたくしのもとにもいらっしゃって!」 姫が子供らしくささやかな嫉妬を感じたのか、子供を手招く。 「いってらっしゃい」と妻に促されると、子供は両足に力を込めて、一歩一歩確かに歩いていった。 「ねぇ、あなた」 同じ目線にいる妻に声をかけられ、私は視線を向ける。 妻の真剣な眼差しにぶつかり、私ははっと息を飲んだ。 「あの子は、記憶はないけれど、私達の大切な子供。それでよろしいではありませんこと。きっと、私達に親らしい事をさせる機会を与える為に、あの子は赤ん坊に戻って、帰って来たのですわ」 ふふ、と微笑む妻は、かつてよりも幸せそうに見えた。 「……親らしい事、か…」 妻の言う通り、親らしい事など、今までした事がなかった。 王者になる為に相応しい教育を上から押し付け、 体力を酷く奪うという超振動の実験を強制し、 誕生日にも、子供が喜びそうな物を与える事はなかった。 「奥様、お茶の準備が整いました」 メイドから声をかけられ、妻は立ち上がる。 「ルーク、ナタリア殿下、お茶に致しましょう。美味しいケーキも用意させましたのよ」 妻が声をかけると「けーき!」と子供がはしゃぎ始めた。 だが、喜んだ拍子に、足をもつれさせて転んでしまう。 「…全く、手のかかる子供になってしまったものだ」 私は子供に近寄ると、まだ小さな身体を抱き上げた。 最初、子供は驚いて身体を強張らせたが、やがて顔を綻ばせ、私にその体重をあずけてくる。 驚く妻と目が合い、私は苦笑した。 「そなたの言う通りかもしれぬな、シュザンヌ」 妻が瞳に涙を溜めながらも、顔を笑みで満たす。 その笑顔を見て、家族をやり直すというのも、良いかもしれない。などと漠然と考え始めていた。 ようやく、ぎこちないながらも歯車は回り始め、 戸惑いは大きいものの、確かに、私は幸せ、だった。 そんな風に考え始めた頃だった。 その日、インゴベルト国王陛下の呼び出しを受けて登城すると、私は、国王の私室へと通された。そこには、国王陛下と、ローレライ教団の大詠師モースがいた。 挨拶も底々に、国王陛下は、 「……クリムゾン、冷静に聞いてもらいたい」 沈痛な面持ちで話を切り出した。 「大詠師モース殿が、第六譜石に記された預言の続き、…ローレライ教団の秘預言を、余に明かして下さったのだ。そなたの耳にも入れるべきだと考え、呼び出した」 第六譜石に記された預言の続き? 私が視線を向けると、大詠師モースは、背筋が寒くなる程に清々しい表情で、口を開いた。 「公爵殿のご子息に関する秘預言です。お聞き下さい」 ND2018 ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ、鉱山の街へと向かう。そこで、 若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。 しかる後にルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。 結果キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる。 私はある一行に衝撃を受け、上手く思考が働かず、後半の方は殆ど理解できなかった。 「……『街と共に消滅』だと…!?」 …あの子、が……? 「お喜び下さい、ファブレ公爵殿。あなたのご子息は、始祖ユリア様の預言に身を捧げ、世界を未曾有の大繁栄へと導く、英雄となられるのです」 ※※※続きます※※※ PR