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AL逆行itsbetween1and0/36



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第36話・ジェイド編06「最も根が深い問題」です。






it's between 1 and 0 第36話


※※※



普段私が目にするこの世界は『外郭大地』と呼ばれるらしい。

外郭大地の下には『魔界(クリフォト)』という地下世界。
ただし魔界は、障気に包まれ、大地は液状化しているという。

伝説で、始祖ユリアは障気を地中に封じたと伝えられているが、
実際は、地表を上空に押し上げる事で、障気から逃れたという事だ。

その外郭大地を支えている柱…セフィロトツリー。
セフィロトツリーを制御する音機関…パッセージリング。

パッセージリングに訪れる、耐用年数の限界。その限界時期を早めた原因は、ホドに存在したセフィロト消失による負荷の増大と、障気汚染による音機関の機能不全。

障気を発生させている原因は、魔界の大地の液状化の原因でもある、地殻の振動。
その地殻の振動の原因は、永久惑星燃料機関…プラネットストーム。

そのプラネットストームこそ、遥か上空に留まる音符帯(フォンベルト)のエネルギー…音素(フォニム)を地上世界に供給するシステム。プラネットストームの停止は、世界中の音機関の停止…すなわち、パッセージリングの停止を招く。


シンクに聞いた消滅預言には、欠落箇所があった。
マルクトの新たな病がキムラスカにもたらされた後の箇所。

尤も、障気によってオールドラントは塵と化すと詠まれている為、消滅の原因は明らかだ。

障気汚染と過重負荷により全てのセフィロトが機能停止し、外郭大地は魔界に崩落。
液状化した魔界の大地に飲み込まれるといった所だろう。



「…やれやれ、途方もない話だ」

こんな途方もない話を、私が信じられないと思いつつも受け止められるのは、導師イオンのレプリカであるシンクの姿と、ルークの必死な眼差しだった。

我ながら、根拠の薄い話を信じる自分自身に最初は驚くが、考えれば考える程、ローレライ教団の行動に納得できる部分を発見する事が出来た。

各地に点在するローレライ教団領には大地のフォンスロット、つまりセフィロトがあり、そこに、パッセージリングが隠されているのだろう。ロニール雪山奥地の一部も、ローレライ教団領だ。ミスリルの採掘権が絡み、マルクトと一時期争っていたが、結局、預言の大義名分の下、ローレライ教団が勝ち取った。

今回の討伐軍も、マルクトは大氷壁に、ローレライ教団はパッセージリングに、お互いを近付かせたくはないのだ。


「まず、当面の問題としては『アクゼリュス』ですか。パッセージリング消滅の崩落でも、汚染での自然崩落でも、真っ先に崩落する危険性のある場所ですからね…」

預言に示された鉱山の街『アクゼリュス』。
マルクトとキムラスカが長年奪い合ってきた因縁の地。

その街が、次期キムラスカ国王候補と共に消滅すれば、マルクトの陰謀であると難癖をつけられるのは必至。預言成就を願うローレライ教団から承認が得られ、大規模な戦争へ発展する事も確定的だ。

「…『アクゼリュス』……」

ルークが『アクゼリュス』という名に酷く怯える。
自分が死ぬかもしれないという恐怖からくる怯えだろうか?
しかし、強力な魔物を前にしても怯まない彼が、これほど怯えるには、何か別の理由がある気がしてならない。

シンクも、ルークの怯えに気付いたのだろう。
青ざめたルークの方へ視線をずらして、息を吐く。

「アクゼリュスはもちろん崩落なんてさせないよ。あのヒゲの思惑が実現するなんて、考えただけで寒気がする」

それから、シンクは私の方に向き直った。

「カーティス師団長、アッシュがアンタに協力を求めたのは、障気の問題を解決する為でもある。アンタには、障気障害の治療法を探してほしい」

障気障害(インテルナルオーガン)ねぇ…。
…ふむ。そちらは専門ではないのですが。……まぁ、いいでしょう。

「しかし、私一人では手に余る問題ですね…。どこかの医療機関に協力要請をしても?」

「ベルケンドの第一音機関研究所だけはダメだよ。あそこには、グランツ謡将の息がかかっている。協力要請先は慎重に選んでよね?」

「…成程」

フォミクリー研究に関わっていた研究者数名が、ダアトではなくキムラスカに亡命したとは聞いていたが…。

とりあえず、今目の前にある問題で、解決に一番時間を要するのは、障気問題のようだ。
あの始祖ユリアでさえ、逃げるという手段しか講じなかった。
最も根が深い問題であるとさえ感じる。

「近年、地震による障気発生が問題視されています。マルクトでも障気障害の研究が盛んになっていますから、その辺りを探ってみましょう」

不意に気付いて、ルークの姿を見る。

今日の討伐作戦でも、彼は前線に立って戦い続けた。体調を心配したが、これほど不調でも誰よりも強いのだから、その実力は、計り知れない。ただ、疲労の為、初日から比べれば、明らかに精彩を欠いていたようだった。

「まだ顔色が悪いですね。今日はもう休みなさい。私はまだ話を整理できていない部分がありますから、明日また詳しい話を聞かせて下さい」

「あぁ、じゃあ、また明日の夜に、」

「ルーク、先程、後で診察すると言いましたが、」

「えっ?…なんだ、忘れた訳じゃなかったのかよ…」

「診察は後日という事で、よろしいですね?」

視線を合わせ、応えないルークの目を覗き込み、「よろしいですね?」と念を押せば、首振り人形のように、大袈裟に頭を縦に振った。

「でも、俺っ、剣は捨てねぇからなっ!」

「寿命を縮めたいならば、ご自由に」

冗談半分で言ったつもりだったが、ルークの肩が恐怖でびくりと大きく震えた。
彼も馬鹿ではない。自覚はあるのだろう。

テーブルに置かれたままの皿を見る。

「今日はまだ食事は摂っていないのですか?」

「へ?…いや、…あー、えーと…今から食べるとこ」

ルークが言うのを聞いて、シンクはにやりと笑う。

「じゃあ、食べなよ」

「…っう」

「今日は、アンタの好きなえびまよにぎりだよ」

「マジでっ!?」

ルークの目が子供のように輝き出した。刷り込みをされなかったと本人が言っているので、外見はともかく、中身は5才なのかもしれない。

「で、食べるなら、こっちも飲んで」

皿と同時に渡されたグラスを見て、ルークは驚いた。

グラスの中で、真っ赤な液体が揺れている。
ふわりと漂う独特の甘い香りの正体は…。

「これ、あのジュース!えっ?なんで知ってんの?」

「あのジュースって、どのジュース?」

「マジ!?すっげ!偶然!?これさ、バチカルにいた時、いっつもケーキと一緒に出てきてたジュースなんだ!すっげぇ甘いの!でも、えびまよにぎりと合うかな…?」

ルークはジュースを飲み干すと、僅かに逡巡した後、えびまよにぎりに手をのばした。

「うーん…、やっぱ、えびまよとは合わねぇ…」

などと文句を言いつつ、食欲を殺がれながらも咀嚼を始める。


しかし、あのジュースと言っていた液体…。


私が気付いてシンクに視線を向けると、シンクは人差し指を口許に当てて、目を細める。


…まさか。


「あなたは、よくケーキを食べていたのですか?」

「うん、レムとイフリートとシルフとノームの日は、お茶の時間がケーキって決まってるって聞いたけど?あとは、食べたくない時に、メシの代わりに出てた。え?ケーキってよく食べるモノじゃねぇの?」

やはり、定期的に摂取させられていたという事は…。

「それほど頻繁に食せるのは貴族だけでしょう」

「…ふーん、そっか。そういえば、ダアト来てからは、ケーキって食べてないかも…」

妙に納得したようにルークは呟く。
造られてからずっと軟禁されていたせいか、一般的な常識をあまり知らないようだ。

「そういう事でしたら、ケテルブルクに戻った折には、ケテルブルクホテルの2階にあるレストランにご案内しますよ。あそこのケーキは美味しいという評判を聞きますから」

「やった!約束だからな!」

子供のように喜ぶルークを見て、罪悪感を覚える。
また悪い癖で、私は眼鏡のブリッジを押し上げていた。

「では、私はこれで失礼しますよ」

「おう、おやすみ、ジェイド」

「はい、おやすみなさい」

私が出て行こうとすると、予想通りシンクが追いかけてきた。

「そこまで送るよ」


私が気付いた事に、シンクは気付いたのだ。


私が天幕から出ると、
シンクは「こっち来て」と言って、譜業兵器を保管している天幕へと私を案内した。


その天幕の中には、見張りのオラクル兵が一人。
オラクル兵が頭部を覆っていた兜を外すと、中から、秋の穂のように金色に輝く髪が零れ、グランコクマの海のように美しい青を持つ瞳が現れた。

「お初にお目にかかります、カーティス師団長様。私の名は、ガイ・セシル。ファブレ家の使用人です」

「ファブレ家の…。では、やはり、先程の…。いや、失礼。私はジェイド・カーティス大佐です」

私は眼鏡のブリッジを押さえ、ずれた眼鏡を元に戻す。

「ガイ・セシルは、昨夜、バチカルから到着したんだ。昨夜アンタと別れた後に合流してね。さっきのジュース、アンタは気付いたんだろ?」

「ジュースというより、シロップでしょう…」


赤いシロップの正体。

あの独特な甘い香りの正体は、身体の免疫力を高める薬草。

人間に投薬しても殆ど効果は出ないが、レプリカを構成する第七音素とは非常に相性が良いと分かり、研究者時代、被験者より免疫力の劣るレプリカに投薬し、データを取っていた時期があった。

ルークは、それを定期的に摂取させられていた。

その意味する所は幾つかある、が。


「…あれは、レプリカ用のものです。では、ファブレ公爵は、ルークがレプリカである事を、既に知っている…という事なのですね?」

「アッシュは、間違いないだろう、と」

ガイ・セシルの言葉を聞き、考えを巡らせる。


『ルーク』がアクゼリュスで死ぬという秘預言が存在し、それを公爵が知っているならば…。


「では、公爵は、ルークをレプリカと知っていながら、いずれ息子の代わりに殺す為、屋敷に置いていると…?」

シンクが「フン」と鼻を鳴らす。

「笑い話にもなりゃしないね。どいつもこいつも、ボクたちレプリカを利用する事しか、考えてないって事さ」

ガイ・セシルが無言のまま、拳を固く握り締めた。

「あのジュースの出所は調べましたか?」

「はい。バチカルにある音機関研究所から、定期的に送られてきていました。アッシュに指摘されるまで、俺も、あのジュースが『薬』だとは知らず…」

成程。使用人は誰も知らず、公爵に言われるまま…。

「アッシュに言われて、ここまで運んだのですね?」

「ルークがバチカルを出て、1ヶ月以上が過ぎています。きっと不調を隠しているだろうとアッシュが言って…」


週に4回も摂取していた薬を絶って、1ヶ月以上も?


しかも、今は毎日のように魔物と接触していると言うのに。魔物は病原菌の保菌者でもある。一般的な症状が出ないルークは、感染していたとしても、表面上は分からない。


「……これは早急に本格的な検査が必要ですね」





※※※続きます※※※



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