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AL逆行itsbetween1and0/35



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”

第35話・ジェイド編05「しなやかに、強かに、命を」です。


今回はジェイド編です。





it's between 1 and 0 第35話


※※※



ND2019
キムラスカ・ランバルディアの陣営は、ルグニカ平野を北上するだろう。
軍は近隣の村を蹂躙し、要塞の都市を囲む。
やがて半月を要してこれを陥落したキムラスカ軍は、
玉座を最後の皇帝の血で汚し、高々と勝利の雄叫びを上げるだろう。

ND2020
要塞の街はうずたかく死体が積まれ、死臭と疫病に包まれる。
ここで発する病は新たな毒を生み、人々はことごとく死に至るだろう。
これこそが、マルクトの最後なり。
以後数十年に渡り栄光に包まれるキムラスカであるが、マルクトの病は勢いを増し、
やがて、一人の男によって国内に持ち込まれるであろう。

…かくしてオールドラントは障気によって破壊され、塵と化すであろう。
これがオールドラントの最期である。



「ND2018に始まった戦争がきっかけで、皇帝は死に、マルクト帝国が滅ぶ事になっている」

消滅預言を諳じたシンクが、最後に付け加えた。

マルクト帝国が滅ぶ。

今目の前にいるシンクが、導師イオンと同じ姿でなければ、私は何かの冗談だと笑って無視も出来ただろう。其れ程に、信じ難い内容だった。昨夜シンクは「その為にもボクは来た」と言っていたが、成程、このような内容に信憑性を与えるには、導師イオンの姿こそが、最も効果的だったと言える。
これを指示したであろうアッシュには、感心させられた。


夜になって、ルークの天幕を訪ねた私は、始祖ユリアが遺した『第七譜石』の消滅預言について、シンクから聞かされていた。
ルークはもちろん知っているようで、紅茶の入ったカップを両手で包み込むようにして持ち、黙って耳を傾けている。

「戦争と疫病、ですか…。ND2018に戦争がね…。確かに、現在の国境付近では小競り合いが頻発し、いつ大規模な戦闘に発展するか分からない状況ですが…」

まずは、戦争の回避、だろうか。

「預言に、戦争のきっかけは詠まれていないのですか?」

びくりとルークの肩が跳ねる。もともと血色の悪い顔が、更に血の気を失っていった。
シンクも心配してか、ルークの様子を窺う。

「…俺は大丈夫。ジェイドに伝えてくれ、シンク」

絞り出すようにルークが言うと、シンクは頷き、朗々と歌うように預言を諳じる。



ND2000
ローレライの力を継ぐ者、キムラスカに誕生す。
其は王族に連なる赤い髪の男児なり。名を『聖なる焔の光』と称す。
彼はキムラスカ・ランバルディアを新たな繁栄に導くだろう。

ND2018
ローレライの力を継ぐ若者、人々を引き連れ、鉱山の街へと向かう。
そこで若者は力を災いとし、キムラスカの武器となって街と共に消滅す。
しかる後に、ルグニカの大地は戦乱に包まれ、マルクトは領土を失うだろう。
結果、キムラスカ・ランバルディアは栄え、それが未曾有の繁栄の第一歩となる。



「…『聖なる焔の光』…『ルーク』とは……」

キムラスカの武器となる、ローレライの力を継ぐ若者。
王族に連なる赤い髪の男児とは…。

視線をずらすと、真っ青な顔で頷くルークが見えた。

「…俺だ。俺が、鉱山の街を、滅ぼす事になる」

苦痛に歪めた顔を伏せると、指先に譜術を展開させた。

ルークの周囲に光が発生した次の瞬間には、
彼の髪は、焔の光の名に相応しい、朱金の色に変化した。

「ルーク・フォン・ファブレが、戦争を引き起こす」

ルークは顔を上げないまま、呟くように言った。


『ルーク・フォン・ファブレ』の名については、一度だけ目にした事がある。
ピオニーが、キムラスカとの和平を模索し始め、キムラスカの王公貴族を調べていた時だ。少しでもマルクトに縁のある者を探していた所、ある貴族の項目を見ていたピオニーが、手を止めた。「どこでも同じだな」と、いつもとは違う調子で呟いたピオニーが印象的で、私は興味を引かれ、少年の項目を目でなぞった。

ファブレ公爵子息『ルーク・フォン・ファブレ』は、第3王位継承者しかも実質上の時期国王であるにも関わらず、10才の頃から、王城近くの公爵邸に軟禁されており、表舞台には一切出た事がないという事だった。

その時、ピオニーは我が身の事を思い出していたのだろう。
幼少時代の彼も、軟禁されていたのだから。


「では、ルーク、あなたはその…」

「俺はその『ルーク・フォン・ファブレ』のレプリカだ。鉱山の街で死ぬ筈だった被験者を生かす為に、造られた」

私は目を伏せながら、嘆息する。


私が発案した禁忌の術は、過去の罪は、封印し、私の手を離れてなお、罪を重ね続けるのか。

技術を封印した所で、ネビリム先生を諦めた所で、私が犯した罪の重さは変わらない。

そんな事など理解しているつもりでいたが、


実際、目の前にすると、これ程までに受け入れ難いとは…。


「あなたは、鉱山の街で見殺しにされる為に、造られた。その自覚があるようですね…」

私が聞くと、ルークは小さく頷く。

「フォミクリー技術を生み出した私が、憎いでしょう?」

突然、ルークが顔を上げた。
まるで懇願するような必死の表情に、私は目を見張る。

「俺、憎んだりとかしてない!逆だよ!感謝してる!!」


……感謝とは…。


「ルークって変だろ。ボクは、最初、恨んだけどね。こんなふざけた技術のせいで、無駄に造られたからさ」

シンクは言って、不機嫌そうに腕組みをした。

「……最初という事は…、では、今は恨んでないと?」

「造られた理由がどうあれ、生きたい理由はあるからね。恨んじゃいないけど、アンタの性格がいけ好かないとか、たまに思うくらいかな」

一つ息を吐く。


私が犯した罪から生み出された彼らは、しなやかに、強かに、命を享受している。

シンクは『ボク達の存在を無視できなくなる』と言ったが、
成程、確かに、これでは無視できる筈もない。

此れ程に命というものが力強いと、示してくれるのならば。


「話して下さって、ありがとうございます、ルーク。あなたにとって、これは辛い話だったでしょう…」

思わず、柄にもない言葉をかけてしまい、内心、自分自身に驚いていると、

「…ジェイドが優しいのって、なんか変な感じだな」

ルークはそう言って、照れ臭そうに笑った。

……やれやれ。


それから、ルークは、これまでの経緯を私に話した。

被験者が10才でダアトに亡命し、アッシュと名を変えた事。
アッシュこそが、神託の盾騎士団の特務師団長である事。
首謀者であるヴァン・グランツ謡将の動向を探っていた事。
そのアッシュとルークは出会い、
アッシュを本物のルークとしてバチカルに残し、
ルークがダアトへ赴き、立場を入れ換えたという事。

立場を入れ換えた事は、アッシュの作戦などではなく、ルークの個人的感情によるものだと、シンクが補足する。それに関しては、ルークは隠しておきたい事だったらしく、「それは言う必要ないっつーの」と不機嫌になっている。


…ふむ。

「あなたがアッシュの代わりに動いている事を、アッシュは反対しているでしょう?」

「最初は、な。でも、今は納得してくれて、協力してくれてるぜ。今回の事も協力してくれたし」


はてさて、本当に納得しているのやら…。
話に聞いて推察できるアッシュ像は、自ら前面に立って動く事を良しとする人物だ。


テーブルの上にある、布巾をかけられた皿を見る。布巾の下には確かな質量があるらしい。

昨夜のシンクの言動を思い出してしまう。

「あなたの健康に関して気になる事があるのですが、簡単な診察をさせて頂いても?」

「えっ…」

顔を引きつらせて、僅かに身を引くルーク。やはり、隠し事は出来ないタイプらしい。

「あなたの扱うアルバート流剣術は、力の剣でしょう。その細い手首を見る限り、アルバート流剣術は、身体にかなりの負担を強いている筈です」

「筋力トレーニングは、毎日してるっつーの」

「血肉を作る食事をしない上でのトレーニングは、身体を痛めるだけです。知らないのですか?」

「誰だって、食べたくない時くらいあるだろ」

「あなた程の年齢で、毎日これだけの運動をすれば、自然と空腹を感じ、食欲も湧いてくるものなのですよ。ルーク、あなたは『食べたくない』のではなく、本当は『食べられない』のではありませんか?」

真実を突かれたらしく、ルークは息を飲んだ。

私はルークの左手を上げさせ、その腕を掴む。

「あなたが剣士ならば、私の手を振り払ってみなさい。私も軍人ですから一般人より筋力はあります。ですが、所詮譜術士ですから、剣士の力には敵わない筈」

ルークは私を睨み付け、手を振り払おうとした。
だが、その力は想像以上に弱い。
振り払えない所か、私の腕を動かす事も出来ず、身体を捩るばかりだ。

その様子には、シンクも驚いているようだった。

一つ息を吐く。

「あなたは、剣を捨てるべきです。向いていない」

「嫌だっ!剣は捨てねぇ!『前』は出来たんだ!体力にだって自信があった!役立たずなんて嫌だ!剣技でだけなら、アッシュと互角に戦えたんだ!!」

私の手を振り払おうとするルークは、駄々を捏ねて暴れる子供のようだった。


被験者アッシュと、レプリカのルーク。まだ15才の成長途中である故に気付き難いだろうが、あと1年もすれば、2人はレプリカでありながら、ひと目見て見分けられる程に、体格差を生じさせる筈だ。

その事を説明すれば、ルークは信じられないと言うように、首を横に振る。


「もう一度、言います。剣を捨てなさい」

呆然としてルークは動きを止めた。
掴んでいた腕を離し、袖を捲ってみると、白く細い腕に、赤い跡が残ってしまっていた。

「すみません、跡が残ってしまいましたね」

ルークは自分の腕を見やって後、項垂れる。

「……向いてなくても、剣は捨てねぇ」

やれやれ。これだけ言い聞かせても、言い張るとは…。

「聞き分けの悪い子は嫌いですよ。剣術が好きなら、趣味程度に止めておきなさい」

「……っ!」

……涙目で睨まれても、怖くはないのですがねぇ…。

「後でちゃんとした診察を受けて頂きますよ、ルーク」

「誰が…っ!」

……やれやれ。

「さて、この話は、ここまでにしておきましょう。もう少し建設的なお話をする事にしましょうか?」

そう促すと、ルークは私を睨み付けたままだったが、シンクが代わりに応じた。



それから聞かされた話は、私の予想を遥かに超えたものだった。





※※※続きます※※※



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