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AL逆行itsbetween1and0/34



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”

第34話・ナタリア編01「いつもとは違う意味で、可愛らしい」です。


今回はナタリア編です。





it's between 1 and 0 第34話


※※※


ルークの世話係であるガイ・セシルが、シュザンヌ叔母様の快気祈願の為に、ダアトへ向かって一週間。そのダアト行きはルークが願った事らしく、屋敷から出られない自分の代わりに祈願するよう、命じたとのこと。

やはり、ルークも叔母様の事が心配でしたのね。あんなに離れるのを嫌がっていたガイを行かせるなんて、余程の思いがあったのでしょう。ご自分の体調も、あまりよろしくないと言うのに…。

そこで、
わたくし、ルークを元気付けようと思い、再びケーキを手ずから焼く事に致しましたの。ガイがいなくて寂しい思いをしていらっしゃるでしょうし、わたくしがお話相手になれれば、素敵ですわ。

今回のケーキは、特に自信作。

いつもは黒にしかならない色が、今回は鮮やかな虹色。

完璧としか言いようがありませんわね。

その虹色のケーキを前にしたルークの表情…、何故か、引きつっているようですけれど、初めて見る虹色のケーキに、驚いているのでしょう。そのお気持ち、よく分かりますわ。わたくしも初めて見た時は、本当に驚きましたもの。


それにしても、今日はなんて素晴らしい日なのでしょう。

サンルームは、暖かい陽の光に満たされていて、テーブルの上には、虹色のケーキと、美味しい紅茶。華美すぎない上品な食器達。その向こうには、わたくしの愛を捧げた婚約者の笑顔。

ちょっと引きつった笑顔ですが、贅沢など言いませんわ。


「……ナタリア」

「はい」

「今日も、凄いケーキだな。折角だけど、今は食欲がないから、ケーキは後で食べるな?」

「まぁ、食欲がないとは?体調が優れなくて?」

「…いや、さっき食べ過ぎた、から」

「そうでしたの。では、後で食べて下さいましね」

「あ、あぁ、ありがとう、ナタリア」

まぁ!!『ありがとう』だなんて!!感激ですわ!!

「ルーク、あなたにそんな風に言って頂けるなんて、わたくし感激ですわ。これからもケーキ作りに精進し、」

「ナタリア!」

「な、何ですの、突然?」

「…その、お前は、キムラスカの王女なんだ。お前が自分でケーキを作る必要はないだろう?」

「まぁ、どうしてそのような事を仰いますの?王女としてではなく、一人の女、未来の妻として、婚約者のあなたを喜ばせて差し上げたいと思うのは、いけない事ですの?」

「…う。まぁ、その気持ちは有り難いが……」

あら、珍しい。照れていらっしゃるわ。
そんな風に照れる姿を見ると、なんだかわたくしも…。あぁ、わたくしったら、はしたない!

こほん、と咳払い。

「ルークはケーキがお好きで、食欲がない時でも、ケーキだけはお召し上がりになると聞いております。ですから、ケーキ作りこそが、婚約者であるわたくしの使命だと思っておりますの」

「…ルークの為……?」

「えぇ、そうですわ。叔母様から聞いておりますのよ。わたくしに隠していたって無駄ですわ」

どうしたのかしら…?
ルークが黙って、考え込んでしまいましたわ。

「ナタリア、一つ聞いても良いか?」

「何ですの?」

「…例えば、の話なんだが、」

妙にもったいぶって、どうされたのかしら?

「昔、読んだ小説の話だ。深く考えずに聞いてほしい」

わたくしが頷くと、ルークも頷いて下さいます。


今日のルークはいつもと雰囲気が違っていて、視線の動かし方や、カップを持つ指などの一つ一つから、何故か、目を離し難く…。…まるで、別人のように、心を揺さぶられるような…。


「俺が10才の頃、誘拐事件があっただろう?」

「え、えぇ…」

あの頃を思い出して、思わず目を伏せてしまいました。

ルークが誘拐され、バチカルに帰還した後、わたくしは半年ほどルークに会う事を許されませんでした。あの半年間、何故ルークに会わせてくれないのかと、お父様をひどく詰ったものですわ。

ですが、半年後、
ようやくルークに会う事が出来て、お父様がお許し下さらなかった理由を、知りました。

わたくしは、ルークの様子を見て絶望し、涙しました。

そして、そんな風に絶望した我が身を振り返り、更に絶望したものです。


誘拐のショックで記憶を失ったルークを、何故、愛する事が出来ないのか、と。
ルークがルークである事は、変わりないというのに。


「昔読んだ小説に、かつて生き別れた双子の兄弟が、途中でお互いを知り、入れ代わって活躍する…という冒険小説があった」

ルークの言葉を聞いて、現実に引き戻されました。

目の前には、いつもと違って、真剣な眼差しのルーク。

「ま、まぁ、面白そうな内容ですわね」

ルークの視線に緊張して、思わず目を反らしてしまいます。

「例えばの話だが、その冒険小説と同じように、あの誘拐の時、ルークが、別のルークと入れ代わり、バチカルに戻ってきたのだとしたら、どうする?」

え?

それは、つまり…?

「お話の内容が見えませんわ、ルーク。つまり…?」

「つまり、今の俺が、別人のルークだとしたら、お前はどうするのかと聞きたいんだ」

「…ルーク、あなた、小説の読みすぎではないこと?」

「っう、うるさいっ。…と、とにかく、答えてくれ」

「難しいですわね…」

……とても難しい問題ですわ。だって…。

「ルーク、教えて下さいませんこと?その場合、以前のルークは、何処へ行ってしまったというのです?」

「お前が知らないような、遠い所だ」

「もう帰って来ては下さいませんの?」

「帰る予定はない」

「では、連れ戻しに行きます」

そう言うと、ルークは困ったような表情で微笑みました。
そして、とてもとても悲しそうに、目を伏せてしまうのです。

「…すまない、変な事を聞いた。忘れてくれ」

ルークは紅茶に口を付けて、カップを戻します。

……何故かしら?こんな話を聞いてしまった後だからかしら?
まるで、ルークが別人のように見えるのです。

あの約束をした日、わたくしを見つめて下さった眼差し。

今、何故かその眼差しを思い出しました。

「ねぇ、ルーク、あの約束の言葉、思い出しまして?」

「……いや、まだ何も。悪いな」


『死ぬまで一緒にいて、この国を変えよう』

……それが、わたくし達の約束。


「わたくし、あなたに記憶を取り戻して欲しいと、ずっと願っております。ですが、それは、決して、今のあなたを否定している訳ではありませんのよ」

驚いた顔で、ルークがわたくしを凝視します。

「何と言えば、良いのかしら…。上手く言えませんが、もう一度、わたくしは、あなたに恋をしたいのですわ」

ルークが訳が分からないと言うように、片眉を上げました。

あら。
眉間に皺を寄せるお顔は、シュザンヌ叔母様と言うより、公爵様に似ているような…。

「意味が分からないんだが?」

あぁ、そうでした。わたくしはお話の途中でしたわね。

わたくしは、真っ直ぐに、ルークを見つめました。
目を反らして言って良い言葉ではありませんから。

「あの約束の言葉を頂いた時、あの瞬間、わたくしは、確かに、あなたに恋をしたのです」

あら、まぁ。ルークのお顔がどんどん真っ赤に…。
今日のルークは、いつもとは違う意味で、とても可愛らしいから、ちょっと不思議ですわね。

「あなたが記憶を失ってからは、あなたを支えたいと考えるようになりましたわ。でも、この気持ちは、あの時に感じた恋とは、ほんの少し違う気持ちなのです。ですから…」

「も、もういい、ナタリア。その、分かったから…」

片手で顔を覆って、もう片方の手を振るルーク。
そんな姿を見せられてしまっては、もっと弄ってみたくなるではありませんの。

「冒険小説の例え話ならば、以前のルークは恋の相手。今のルークは、家族のように大切な相手…ですわね。ルークが2人ならば、わたくしは不実な女という事に、なるのでしょうか…?とても難しい問題ですわね…」

わたくしから顔を反らしたまま、ルークは紅茶に口を付けましたが、咳き込んでしまいます。

「まぁ、ルーク、本当に大丈夫なのですか?」

「だ、大丈夫だっ。むせただけだっっ」

「そうですか?」

あらあら。本当に今日のルークはどうしたのかしら?

でも、今日はお顔の色が良さそうで、とても安心しました。
ここ数ヵ月、ルークの『食べたくない時』が多くなったと、叔母様から聞いておりましたから。

本当は、剣術の稽古なんてお止めになってほしいのに、一番熱心に取り組んでいらっしゃるから言うに言えません。言った所で「うぜぇ、ナタリア」で終わるでしょうけれど。何か良い方法はないものかしら…?

落ち着いたらしいルークは、「それにしても、虹色のケーキには驚かされた」と言って、お顔を真っ赤にしたまま話を反らそうとなさいます。本当に可愛らしいお方ですわね。

「今日は何のケーキだ?」

「これは、ザッハトルテですのよ」

「……何故、黒くない…?」

「あら、ケーキとして完成した時は、黒でしたわ」

ぴくり、とルークの眉が動きます。

あら?わたくし、何か妙な事を言いましたかしら?

「…ケーキとして完成した時、というのは?」

「ですから、そのままの意味ですわ、ルーク。ケーキとして完成させた後、治癒術をかけました」

「はぁ!?治癒術!!???」

「わたくしのケーキを菓子職人が作る物と同じだと、勘違いされているのではありませんこと?」

胸を張って、わたくしは言えます。

「わたくしの作るケーキは、ルークの為に創作した、世界で唯一の超強化かつ超回復ケーキなのです。ケーキの材料の他に、数本分のウィークボトルの液や、レッドセージにレッドベルベーヌ、レッドバジル。スペシャルグミも、惜しみ無く入れておりますわ。隠し味には、もちろん、ライフボトルの液。そして、最後の仕上げに、治癒術をかけていますのよ。今回の治癒術は、エンジェルブレスを試した所、このような素敵な虹色に染まり、満足しておりますの」

あら?ルークが机に突っ伏して、震えていますわ。
わたくしの言葉に、感動なさっているのかしら?

本当に照れ屋さんですのね。

「……き、気持ちは、本当に、有り難い、が、普通のケーキで良いんだ、本当に、普通の……」

「いいえ、普通のケーキでは、あなたの為になりません」

わたくしの愛にかけて、あなたの為、特製ケーキを作り続ける事を誓ったのですから!

「ですから、このケーキ、必ず後で食べて下さいましね」







※※※続きます※※※



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