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AL逆行itsbetween1and0/32



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第32話・ジェイド編04「彼らのように自我を持って、生き生きと」です。






it's between 1 and 0 第32話


※※※



『バルフォア博士』

アッシュの従卒は、そう私を呼んだ。今や、その名を知る者は、故郷の知己でない限り、あの過去の過ちから生まれた研究を知る者だけだ。

『フォミクリー発案者、ジェイド・バルフォア博士』

私はその名を買われ、軍の名門カーティス家の養子に入り、ジェイド・カーティスと名を改め、マルクト軍の研究所で、フォミクリー研究を続けた。

フォミクリーとは同位体複写技術。レプリカを造る技術だ。

そのフォミクリー技術の中でも、私は、長年、生体フォミクリーに拘り続けていた。


敬愛していたネビリム先生を、復活させたい一心で。
変わってほしくない、かけがえのない幸せだった時間を取り戻したい一心で。


私の身を案じたピオニーに止められるまで、
私は、命を命とも思わない実験を、ひたすら繰り返した。

レプリカは、被験者の記憶を持たない。被験者とは違う、全く別の命。別人だ。

それを真の意味で理解した訳ではなかったが、レプリカを造った所で、かつてのネビリム先生が生き返る訳ではないのだと、…そう自分に言い聞かせたのだ。

私は生体フォミクリーを禁忌とし、その技術を封印した。
当時まだ皇太子だったピオニーの協力もあり、生体フォミクリーに関する書物は、禁書に指定され、一般人が知る事は出来ないものになった筈だ。


アッシュの従卒は言った。

『アンタは、いずれ、ボク達の存在を無視できなくなる』


その言葉の真意を知りたかった。



夜になり、私はアッシュの天幕を訪ねた。
迎え入れてくれたのは、あの青い髪の従卒だった。

「何の用?あいつなら、まだ眠ってるけど?」

面白いほど態度が違う従卒に、内心、私は苦笑する。

「あなたは、私を『バルフォア博士』と呼びましたね?」

「そうだよ。アンタの名前だろ?」

「何故、その名を?」

「……今は、答えたくない」

そう言って、従卒は顔を背けた。
長い前髪に隠れ、大きなゴーグルをしている為、顔はよく見えない。が、よくよく観察して見れば、まだ子供だと分かる。

「そういえば、あなたのお名前をお聞きしていませんでした」

「………答えたくないね」

その時、

「…シンク……?」

微かな声がベッドの方から聞こえてきた。
シンクと呼ばれた従卒は、ベッドの方へ駆け寄る。

「目が覚めた?」

「…ん。ここ、…やえーち?」

「そうだよ。倒れたアンタを担架で運んで戻って来たのさ」

「たんか…。ぅあ、さぃあく……」

舌足らずな言葉でアッシュは呟くように不満を漏らしていた。
アッシュの様子を見ると、目の上で両腕を交差させるようにして、顔を隠している。

「アッシュ、お邪魔していますよ」

私が声をかけると、彼はびくりと反応して腕をほどいた。
最初は定まらなかった焦点が、ようやく私の前で固定する。

「…ジェイド、来てたのか」

「えぇ、シンク殿とお話がしたくて訪ねた所です」

「話?シンクと?」

アッシュが上体を起こすのを見て、シンクが甲斐甲斐しく背に手を回して手伝った。

「シンク殿が私の『バルフォア』の名をご存じでしてね」

鎌をかけるつもりで言うと、

「…シンク、まだ俺は何も言ってねぇのに…」

アッシュは呆れながら、シンクを見上げた。

……成程。アッシュも知っていたという事か。

「アンタのやる事はもどかしくて、見てられなかったのさ。どうせ、こいつがどんな理由で何を言っても、最終的には、こいつも仲間に引き込むつもりなんだろ?」

仲間に引き込む?

「ちょっと黙れって、シンク。ちゃんと説明しねぇと、いくらジェイドでも訳分かんねぇーって」

「それよりさぁ、ルークに説明なんて出来るの?ボクの知ってる範囲は、ボクから説明しようか?それとも、また回線でアッシュに手伝ってもらう?」

「アッシュがいないと何も出来ねぇみたいに言うなっつーの」

…ふむ。
シンクがアッシュを『ルーク』と呼び、アッシュは自身ではない誰かを『アッシュ』と呼んでいる。

私がいつもの癖で眼鏡のブリッジを押し上げる様子を見て、何やら気付いたらしく、アッシュが私の方に向き直った。

「…あ、ごめんな、ジェイド。何つーか、いきなりで…。でも、どこから説明すれば良いかな…」

暫く逡巡した後、アッシュは翡翠色の瞳で、真っ直ぐに私を見上げる。

そして、意を決したように、言葉を紡いだ。


「俺の名前は、ルーク。……『レプリカ』なんだ」


初めの数秒、一体何を言われたのか、理解が追い付かなかった。

『レプリカ』というものはよく知っていたが、私の知るそれと目の前の彼が、上手く結び付かなかったのだ。私が実験で繰り返し造り出していたレプリカは、彼らのように自我を持って、生き生きと動く事はなかった。

「ついでに、ボクもレプリカなんだけどね」

シンクはあっさり言い放つと、近くのテーブルに置いてあったポットから紅茶を注ぎ、

「カーティス師団長、紅茶は?あんまり美味しくないけど」

何気なく飲み物を勧めてきた。

「…いえ、結構」

そう応えた自分の声が、予想以上に掠れていて内心苦笑する。

シンクはカップに角砂糖を2つ落としてルークに渡すと、皿を手にし、かけてあった布巾を取り払う。
「このくらいは食べてもらわないと困るからね」と言ってルークの前にチキンサンドを突き出す様子は、『レプリカ』の話題からは程遠いものに思われた。

「…シンクって、相変わらず何つーか……」

その様子にはルークも呆れているようだ。

「相変わらずで悪かったね。じゃあ、何?ボクに、泣いて悲壮感でも漂わせろって言うワケ?」

「いや、そーゆー訳じゃねぇけど…」

そう言いながらも、ルークはチキンサンドを口に運ぶ。

……やれやれ。私はからかわれているのでしょうか…?

「あなた達は、私をからかっているのですか?」

眼鏡のブリッジを押し上げながら尋ねると、ルークは過剰に怯えて「まさか!本当だって!」と喚く。

はて?
そんなに怯えさせるつもりはなかったのですがねぇ…。

「私を『バルフォア博士』だと知っているのなら、レプリカがどんなモノかご存じでしょう?レプリカは、あなた方のような自我を持ちません」

シンクは一つ息を吐いた。

「アンタが研究してた頃より、技術は進歩してるんだ。ボクは、知識の刷り込みをされて造られた。自我に関しては、いつ目覚めたか覚えちゃいないけどね。造られてから1年近くは経過してる筈だよ」

そう言うと、どこから取り出したのか小さなナイフで、シンクは自らの髪をひと房ほど切る。白いシーツの上に放り出された青い髪は、次第に第七音素の光を放ち始め、空気に溶けるように消えた。

「……音素乖離…!」

第七音素だけで構成されたレプリカならではの現象。
それだけで、彼が確かにレプリカである事が理解できる。

「一体誰があなたを…?」

「造ったか、って?」

シンクは答えずただ「フン」と鼻を鳴らした。
ようやく一つ目のチキンサンドを嚥下し終えたルークが、血色の良くない顔を上げる。

「とりあえず、レプリカの問題は後で良いんだけど」

「…と言いますと?」

「ジェイドと取引したいんだ」

……取引、とは…。

「始祖ユリアが遺した第七譜石には世界の消滅預言が詠まれ、教団が隠し持つ第六譜石の秘預言には、マルクト皇帝の死と帝国の滅亡が詠まれている」

何…!?

「俺達の目的の一つは、第七譜石の消滅預言の回避。ジェイドが全面的に協力してくれるなら、俺達が持っている情報は、全て提示すると約束する」


彼らは一体何を言っている…?

『第七譜石』が発見された事など初耳だ。
そして『消滅預言』(ラストジャッジメントスコア)?
ローレライ教団員が、預言(スコア)の回避?
しかも、マルクト帝国の滅亡に、皇帝…ピオニーの死?

「へぇ、ルークにしちゃ上手く言えたじゃないか」

「あのな、俺だって、これくらい言えるっつーの」

私の驚きを他所に、シンクが冗談を言い、ルークが不機嫌そうに口を尖らす。

私は眼鏡のブリッジを押し上げながら、考えを巡らせた。

「アッシュ…ではなく、ルーク、と言いましたね?」

「う、うんっ」

何が嬉しいのか、瞳を輝かせて私を見上げる。

「あなたの言った第六譜石の秘預言と、第七譜石の消滅預言の存在を証明できますか?」

聞くと、シンクが「その為にもボクは来た」と言い、譜陣を展開させ、髪の色を変化させると、ゴーグルを外して前髪を上げる。

「…あなたは、導師イオン…!!」

ピオニーの即位式典で見た、あの導師イオンと同じ顔。
柔らかな若草色の髪と瞳。少女のような幼い容貌。

「驚いた?ボクは、そのレプリカさ」

「…しかし、導師イオンのレプリカが何故…?」

シンクは不敵に笑う。

「ここから先はアンタが取引に応じてから話す。1日だけ考える猶予をあげるよ。よく考えてよね?」

ふむ。
なかなか手の内を晒さない所を見るに、どうやらシンクの方が、ルークより手強いようだ…。
……では、矛先を変えるしかない。

「ところで、ルーク」

「うん、何だ?」

いちいち嬉しそうな反応をされると調子が狂いますねぇ…。
……私は、子供に好かれるようなタイプではないのですが。

「私に取引を持ちかけろと指示したのは、アッシュですね?」

「へ?なんで、そんな事…」

「アッシュはあなたの被験者で、彼が主導権を握っている?」

ルークが驚いて目を丸くする。

その反応を見ただけで、答えを得たようなものだったが、

「ジェイドって、やっぱ何でもお見通しなのか…?」

などとご丁寧にもルークは言葉を返した。

「ちょっと考えれば、誰にでも分かりますよ。そのアッシュとお話しする事は可能ですか?」

「…ごめん。今は、無理。でも、協力してくれたら、きっと、…きっと、ちゃんと、出会えるから」

ルークはその先を言いかけて、言葉を飲み込む。
一瞬だけ瞳が揺らいで見えたが、…理由は分からなかった。

私は一つだけ息を吐く。

「……分かりました。1日猶予を頂けるという事ですし、折角なので、その猶予を満喫する事にしましょう」

ふと、チキンサンドの載った皿が目についた。
違和感が残る。
まだひと切れしか手がつけられていない。

「明日からの作戦もありますし、今日の所は、失礼させて頂きますよ。あなたもゆっくり休んで下さい」

「うん、おやすみ」

「おやすみなさい」

微笑み返して天幕を出ようとすると、「お送りします」と従卒らしい口調と姿に戻ったシンクが続いて出てきた。

天幕の垂れ幕を閉じると、シンクは私を見上げる。必死な眼差しにぶつかり、息を飲みそうになったが、冷静に見つめ返すと、やがてシンクは深々と頭を下げた。

「…あいつ、劣化が酷くて、見てられないんだ。ボクは、研究者のアンタの協力が、どうしても欲しい。…だから、……お願いします」

昨夜のルークの姿を思い出し、溜め息をつく。

レプリカは被験者より能力が劣化する。もちろん能力劣化だけでなく、希に身体機能の異常も…。

本当なら、私に頭など下げたくはないのだろうが…。……やれやれ。

「前向きに検討させて頂きますよ」

私はそう言うと、自身の天幕に向かって歩き始めた。




※※※続きます※※※

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