AL逆行itsbetween1and0/32 AL長編/it's between 1and0 2012年08月26日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第32話・ジェイド編04「彼らのように自我を持って、生き生きと」です。 it's between 1 and 0 第32話 ※※※ 『バルフォア博士』 アッシュの従卒は、そう私を呼んだ。今や、その名を知る者は、故郷の知己でない限り、あの過去の過ちから生まれた研究を知る者だけだ。 『フォミクリー発案者、ジェイド・バルフォア博士』 私はその名を買われ、軍の名門カーティス家の養子に入り、ジェイド・カーティスと名を改め、マルクト軍の研究所で、フォミクリー研究を続けた。 フォミクリーとは同位体複写技術。レプリカを造る技術だ。 そのフォミクリー技術の中でも、私は、長年、生体フォミクリーに拘り続けていた。 敬愛していたネビリム先生を、復活させたい一心で。 変わってほしくない、かけがえのない幸せだった時間を取り戻したい一心で。 私の身を案じたピオニーに止められるまで、 私は、命を命とも思わない実験を、ひたすら繰り返した。 レプリカは、被験者の記憶を持たない。被験者とは違う、全く別の命。別人だ。 それを真の意味で理解した訳ではなかったが、レプリカを造った所で、かつてのネビリム先生が生き返る訳ではないのだと、…そう自分に言い聞かせたのだ。 私は生体フォミクリーを禁忌とし、その技術を封印した。 当時まだ皇太子だったピオニーの協力もあり、生体フォミクリーに関する書物は、禁書に指定され、一般人が知る事は出来ないものになった筈だ。 アッシュの従卒は言った。 『アンタは、いずれ、ボク達の存在を無視できなくなる』 その言葉の真意を知りたかった。 夜になり、私はアッシュの天幕を訪ねた。 迎え入れてくれたのは、あの青い髪の従卒だった。 「何の用?あいつなら、まだ眠ってるけど?」 面白いほど態度が違う従卒に、内心、私は苦笑する。 「あなたは、私を『バルフォア博士』と呼びましたね?」 「そうだよ。アンタの名前だろ?」 「何故、その名を?」 「……今は、答えたくない」 そう言って、従卒は顔を背けた。 長い前髪に隠れ、大きなゴーグルをしている為、顔はよく見えない。が、よくよく観察して見れば、まだ子供だと分かる。 「そういえば、あなたのお名前をお聞きしていませんでした」 「………答えたくないね」 その時、 「…シンク……?」 微かな声がベッドの方から聞こえてきた。 シンクと呼ばれた従卒は、ベッドの方へ駆け寄る。 「目が覚めた?」 「…ん。ここ、…やえーち?」 「そうだよ。倒れたアンタを担架で運んで戻って来たのさ」 「たんか…。ぅあ、さぃあく……」 舌足らずな言葉でアッシュは呟くように不満を漏らしていた。 アッシュの様子を見ると、目の上で両腕を交差させるようにして、顔を隠している。 「アッシュ、お邪魔していますよ」 私が声をかけると、彼はびくりと反応して腕をほどいた。 最初は定まらなかった焦点が、ようやく私の前で固定する。 「…ジェイド、来てたのか」 「えぇ、シンク殿とお話がしたくて訪ねた所です」 「話?シンクと?」 アッシュが上体を起こすのを見て、シンクが甲斐甲斐しく背に手を回して手伝った。 「シンク殿が私の『バルフォア』の名をご存じでしてね」 鎌をかけるつもりで言うと、 「…シンク、まだ俺は何も言ってねぇのに…」 アッシュは呆れながら、シンクを見上げた。 ……成程。アッシュも知っていたという事か。 「アンタのやる事はもどかしくて、見てられなかったのさ。どうせ、こいつがどんな理由で何を言っても、最終的には、こいつも仲間に引き込むつもりなんだろ?」 仲間に引き込む? 「ちょっと黙れって、シンク。ちゃんと説明しねぇと、いくらジェイドでも訳分かんねぇーって」 「それよりさぁ、ルークに説明なんて出来るの?ボクの知ってる範囲は、ボクから説明しようか?それとも、また回線でアッシュに手伝ってもらう?」 「アッシュがいないと何も出来ねぇみたいに言うなっつーの」 …ふむ。 シンクがアッシュを『ルーク』と呼び、アッシュは自身ではない誰かを『アッシュ』と呼んでいる。 私がいつもの癖で眼鏡のブリッジを押し上げる様子を見て、何やら気付いたらしく、アッシュが私の方に向き直った。 「…あ、ごめんな、ジェイド。何つーか、いきなりで…。でも、どこから説明すれば良いかな…」 暫く逡巡した後、アッシュは翡翠色の瞳で、真っ直ぐに私を見上げる。 そして、意を決したように、言葉を紡いだ。 「俺の名前は、ルーク。……『レプリカ』なんだ」 初めの数秒、一体何を言われたのか、理解が追い付かなかった。 『レプリカ』というものはよく知っていたが、私の知るそれと目の前の彼が、上手く結び付かなかったのだ。私が実験で繰り返し造り出していたレプリカは、彼らのように自我を持って、生き生きと動く事はなかった。 「ついでに、ボクもレプリカなんだけどね」 シンクはあっさり言い放つと、近くのテーブルに置いてあったポットから紅茶を注ぎ、 「カーティス師団長、紅茶は?あんまり美味しくないけど」 何気なく飲み物を勧めてきた。 「…いえ、結構」 そう応えた自分の声が、予想以上に掠れていて内心苦笑する。 シンクはカップに角砂糖を2つ落としてルークに渡すと、皿を手にし、かけてあった布巾を取り払う。 「このくらいは食べてもらわないと困るからね」と言ってルークの前にチキンサンドを突き出す様子は、『レプリカ』の話題からは程遠いものに思われた。 「…シンクって、相変わらず何つーか……」 その様子にはルークも呆れているようだ。 「相変わらずで悪かったね。じゃあ、何?ボクに、泣いて悲壮感でも漂わせろって言うワケ?」 「いや、そーゆー訳じゃねぇけど…」 そう言いながらも、ルークはチキンサンドを口に運ぶ。 ……やれやれ。私はからかわれているのでしょうか…? 「あなた達は、私をからかっているのですか?」 眼鏡のブリッジを押し上げながら尋ねると、ルークは過剰に怯えて「まさか!本当だって!」と喚く。 はて? そんなに怯えさせるつもりはなかったのですがねぇ…。 「私を『バルフォア博士』だと知っているのなら、レプリカがどんなモノかご存じでしょう?レプリカは、あなた方のような自我を持ちません」 シンクは一つ息を吐いた。 「アンタが研究してた頃より、技術は進歩してるんだ。ボクは、知識の刷り込みをされて造られた。自我に関しては、いつ目覚めたか覚えちゃいないけどね。造られてから1年近くは経過してる筈だよ」 そう言うと、どこから取り出したのか小さなナイフで、シンクは自らの髪をひと房ほど切る。白いシーツの上に放り出された青い髪は、次第に第七音素の光を放ち始め、空気に溶けるように消えた。 「……音素乖離…!」 第七音素だけで構成されたレプリカならではの現象。 それだけで、彼が確かにレプリカである事が理解できる。 「一体誰があなたを…?」 「造ったか、って?」 シンクは答えずただ「フン」と鼻を鳴らした。 ようやく一つ目のチキンサンドを嚥下し終えたルークが、血色の良くない顔を上げる。 「とりあえず、レプリカの問題は後で良いんだけど」 「…と言いますと?」 「ジェイドと取引したいんだ」 ……取引、とは…。 「始祖ユリアが遺した第七譜石には世界の消滅預言が詠まれ、教団が隠し持つ第六譜石の秘預言には、マルクト皇帝の死と帝国の滅亡が詠まれている」 何…!? 「俺達の目的の一つは、第七譜石の消滅預言の回避。ジェイドが全面的に協力してくれるなら、俺達が持っている情報は、全て提示すると約束する」 彼らは一体何を言っている…? 『第七譜石』が発見された事など初耳だ。 そして『消滅預言』(ラストジャッジメントスコア)? ローレライ教団員が、預言(スコア)の回避? しかも、マルクト帝国の滅亡に、皇帝…ピオニーの死? 「へぇ、ルークにしちゃ上手く言えたじゃないか」 「あのな、俺だって、これくらい言えるっつーの」 私の驚きを他所に、シンクが冗談を言い、ルークが不機嫌そうに口を尖らす。 私は眼鏡のブリッジを押し上げながら、考えを巡らせた。 「アッシュ…ではなく、ルーク、と言いましたね?」 「う、うんっ」 何が嬉しいのか、瞳を輝かせて私を見上げる。 「あなたの言った第六譜石の秘預言と、第七譜石の消滅預言の存在を証明できますか?」 聞くと、シンクが「その為にもボクは来た」と言い、譜陣を展開させ、髪の色を変化させると、ゴーグルを外して前髪を上げる。 「…あなたは、導師イオン…!!」 ピオニーの即位式典で見た、あの導師イオンと同じ顔。 柔らかな若草色の髪と瞳。少女のような幼い容貌。 「驚いた?ボクは、そのレプリカさ」 「…しかし、導師イオンのレプリカが何故…?」 シンクは不敵に笑う。 「ここから先はアンタが取引に応じてから話す。1日だけ考える猶予をあげるよ。よく考えてよね?」 ふむ。 なかなか手の内を晒さない所を見るに、どうやらシンクの方が、ルークより手強いようだ…。 ……では、矛先を変えるしかない。 「ところで、ルーク」 「うん、何だ?」 いちいち嬉しそうな反応をされると調子が狂いますねぇ…。 ……私は、子供に好かれるようなタイプではないのですが。 「私に取引を持ちかけろと指示したのは、アッシュですね?」 「へ?なんで、そんな事…」 「アッシュはあなたの被験者で、彼が主導権を握っている?」 ルークが驚いて目を丸くする。 その反応を見ただけで、答えを得たようなものだったが、 「ジェイドって、やっぱ何でもお見通しなのか…?」 などとご丁寧にもルークは言葉を返した。 「ちょっと考えれば、誰にでも分かりますよ。そのアッシュとお話しする事は可能ですか?」 「…ごめん。今は、無理。でも、協力してくれたら、きっと、…きっと、ちゃんと、出会えるから」 ルークはその先を言いかけて、言葉を飲み込む。 一瞬だけ瞳が揺らいで見えたが、…理由は分からなかった。 私は一つだけ息を吐く。 「……分かりました。1日猶予を頂けるという事ですし、折角なので、その猶予を満喫する事にしましょう」 ふと、チキンサンドの載った皿が目についた。 違和感が残る。 まだひと切れしか手がつけられていない。 「明日からの作戦もありますし、今日の所は、失礼させて頂きますよ。あなたもゆっくり休んで下さい」 「うん、おやすみ」 「おやすみなさい」 微笑み返して天幕を出ようとすると、「お送りします」と従卒らしい口調と姿に戻ったシンクが続いて出てきた。 天幕の垂れ幕を閉じると、シンクは私を見上げる。必死な眼差しにぶつかり、息を飲みそうになったが、冷静に見つめ返すと、やがてシンクは深々と頭を下げた。 「…あいつ、劣化が酷くて、見てられないんだ。ボクは、研究者のアンタの協力が、どうしても欲しい。…だから、……お願いします」 昨夜のルークの姿を思い出し、溜め息をつく。 レプリカは被験者より能力が劣化する。もちろん能力劣化だけでなく、希に身体機能の異常も…。 本当なら、私に頭など下げたくはないのだろうが…。……やれやれ。 「前向きに検討させて頂きますよ」 私はそう言うと、自身の天幕に向かって歩き始めた。 ※※※続きます※※※ PR