AL逆行itsbetween1and0/31 AL長編/it's between 1and0 2012年08月25日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第31話・ジェイド編03「純白の大地に、紅い染みが広がり」です。 it's between 1 and 0 第31話 ※※※ 翌早朝、作戦会議の為、司令本部と定めた天幕へ向かう。 天幕の前で待っていると、特務師団長が従卒や部隊長達を引き連れてやってきた。 「会議の前にお話ししたい事があるのですが」 と言えば、特務師団長は、部隊長達に先に天幕へ入るようにと促した。一人残った従卒に気付き、視線で尋ねられたので、私は「構いません」とだけ答える。 進軍経路の変更を会議で提案する事を話すと、特務師団長は理由を尋ねただけで、「私に異議はありません」とだけ応えた。新しいルートは『大氷壁』の方向から外れる事になるが、彼は全く意に介していない様子だ。これが演技と言うならば、大した役者だろう。 「ところで、カーティス師団長殿、」と彼が言いかけたので、 「このように正式な場でなければ、どうぞ、私の事はジェイドとお呼び下さい」 機先を制し、笑顔付きで言った。 「へ?いや、でも…」 仮面で表情は見えないが、動揺している事が分かる。 私は、昨夜彼が私をジェイドと呼んだ真意を、知りたかった。 「昨夜、私をジェイドと呼んで下さったでしょう?」 どうやら昨夜の事を思い出したのか、動揺が大きくなる。 従卒は訝しげに特務師団長の様子を窺っているだけだ。 「…っ、その、それは、勢いっつーか……」 「ファミリーネームはあまり馴染みがないものですから、そう呼んで頂ければ、私としても助かります」 「……あ、…うん、そっか。分かった、じゃなくて、分かり、ました…」 「言葉遣いも、そう改まる必要ありませんよ。昨夜のように自然に話して頂いて構いませんから」 「…いいのか?まぁ、こっちの方が、楽で良いけどさ…」 後ろ頭を掻きながら、照れたように言葉を続ける。 従卒は驚いているのか、私達を交互に見ていた。 特務師団長は、何か良い事でも思い付いたかのように、勢いをつけて顔を上げる。 「じゃあさ、ジェイド!俺の事は、ー…」 喜色を表すような声で言いかけたが、彼は言葉を止める。仮面の奥にある翡翠色の瞳が、僅かに揺れて見えた。 「…アッシュ、と呼んでくれるか?」 「もちろん、喜んで」 「待たせちゃ悪いから、もう入ろうぜ」 声の調子を落とし、アッシュは天幕へと向かっていく。 「アッシュ、私に何か話があったのでは?」 「急ぎの用じゃねぇから、また今度で良いよ」 振り返らずに応え、天幕の中へと入っていった。 …ふむ。そう簡単には、真意を掴ませてはくれないようですね。 事前に特務師団長に提案の事を話していたおかげで、数名のオラクル騎士は眉を顰めたが、特務師団長の一声で、あっさりと進軍ルートの変更は、受け入れられた。 2日目の作戦が開始された。 昨日よりも更に奥地へと進軍し、野営予定地に到着。第2の討伐作戦予定地へ向かい、譜術トラップと譜業爆弾を設置。魔物誘因剤を撒き、斥候からの合図を待つ。合図を見てタイミングを計り、誘因剤に引き寄せられた魔物達を、討伐していく。 昨日とは比べものにならない数の魔物。強さも段違いだ。 2日目という事もあり、兵達の体力の消耗も早い。 予定時間より少し早いが、中和剤で誘因剤の効力を消すべきかもしれない。 伝令兵に向き直る。 「作戦を終了する。終了の合図を送れ」 合図のラッパが鳴らされれば、中和剤と忌避剤が撒かれ、新たな魔物がやってくる事はなくなる。 兵達の誰もが、その合図の意味を知っていて、 合図のラッパが響き渡った時、疲労した兵達の間に、安堵する空気が流れた。 それが、一瞬の隙を作った。 「ぎゃああああぁああっ!!」 マルクト軍側の前線から、幾つかの悲鳴が上がり始め、兵達の間にパニックの伝染が始まる。 「隊列を乱すな!!何があった!?」 「前線にいきなり数体のロックワームが現れました!!」 ロックワームだと!? 鎧のように硬い甲殻を持ち、地中を自由に動き回る魔物。 地中を進んで近付いた為、斥候が見逃したか…! 「数は!?」 「地中を這い回っている為、正確な数が把握できません!」 譜術士の多いマルクト軍にとって、後衛が控える場所に突如として現れるロックワームは、最も苦手とする相手だ。しかし、ロックワームが棲息する場所は、もっと奥地だった筈だ。いや、今はそんな事を考えても意味はないが。 「隊列を維持し、対応せよ!中和剤の散布が優先だ!」 今この状態で、他の魔物に襲われては厄介だ。 こちらから少し離れた位置にいたオラクル側から、中和剤と忌避剤散布終了の合図が聞こえてくる。 マルクト側の散布班からは、まだ合図が聞こえてこない。こちらの前線はかなり混乱しているようだ。 「援護しろ!私も前線に出る!」 「はっ!」 前線へ向かって駆け出した時、 「ロックブレイク!!」 地属性の中級譜術が、ロックワームに炸裂した。 大地から突き出た槍のように鋭い岩々が、ロックワームを串刺しにし、動きを封じたようだ。 「大丈夫か!?」 譜術を使用したのは、アッシュ特務師団長だった。 「怪我人を隊から外し、隊列を組み直すんだ!早く!!」 指示を飛ばし、串刺しにしたロックワームに向かって走り始め、 「魔王地顎陣っっ!!」 大地から巨大な炎を噴き上げさせ、ロックワームに追い撃ちをかけていく。 マルクト軍側も隊列を立て直し、残りのロックワームに向け、譜術を展開させ始めた。 アッシュの姿を見て、兵達は冷静さを取り戻したようだ。 広範囲で暴れるロックワームは、報告通り、何体いるのか確認が難しかった。 マルクト側の中和剤と忌避剤散布終了の合図が届く。 それと同時に、斥候から新たな合図が届いた。 新たな魔物が接近している。 『ライガス』『10体』 「全く、こんな時に…!」 私は、上級譜術メテオスォームの詠唱を始めた。 詠唱時間は長いが、広範囲の敵に攻撃が届き、一気に殲滅できる。 アッシュと目が合った。 彼は、私の意図に気付いたのか、譜術の詠唱を中止し、剣を握り直して援護に回る。 彼は、勘が良い。……感心する程に。 しかし、その勘の良さが、仇になった。 「……ジェイドッ!」 突如、私の目の前に出現したロックワームに向かって、雷を纏う剣を投げた。 ロックワームは横に吹き飛ばされ、私の詠唱は守られた。 次の瞬間、 アッシュは、ライガスが剥いた牙に襲われ、地面に押し倒される。 「烈破掌!」 という声と共にライガスを吹き飛ばすが、脇腹を負傷したらしく、立ち上がろうとするも膝をついた。 純白の大地に、紅い染みが広がり始める。 名前を呼んで駆け付けたい衝動を抑え、 「メテオスォーム!!!」 最後の鍵となる言葉を放ち、空から火を纏う星を降らせた。 ロックワーム4体とライガス10体を片付け、 私は確認を済ませた後、衛生兵によって運ばれたアッシュのもとへ駆けつけた。 私が駆け付けた時、アッシュは簡易診察台の上で、上体を起こしていた。 第七音譜術士の治癒術によって傷はすぐに塞がったが、かなりの量を失血したらしいと聞かされた。 治癒術で傷は塞がっても、失った血は取り戻せない。暫くは戦闘など無理だろう。 「…悪ぃ、ジェイド。ちょっと、油断した」 アッシュは苦笑しながら診察台から出ようとしたが、目眩を起こしたのか、身体が傾いた。 「謝る必要はありませんよ。私こそ礼を言わねばなりません。詠唱を守って頂けたおかげで、早く片がつきました」 傾く身体を支えながら言うと、アッシュは照れたように笑う。 「これから野営地に戻りますが、担架が必要ですね」 「えっ?…た、担架で運ばれるのは、ちょっと…」 おや? 「では、私があなたを抱いて運んでもよろしいので?」 「それはもっとハズかしいっつーの!!…じゃなくてさ、その、そーゆー姿を他のヤツらに見せたら、やっぱ、不安がるんじゃねーの?明日からの作戦もあるしさ…」 これは、これは…。自分の立場というものをよく理解しているようですねぇ。 「それに、俺さ、戦闘くらいでしか役に立たねぇし、明日は役に立つのか?…なんて不安に思われるのはさ…」 アッシュは続けて苦笑した。 どうやら彼は自分の価値を見誤っているようだ。…が、私には関係のない事か。 「まぁ、いいでしょう。しかし、本当に歩けますか?辛ければ、従卒の方にでも言うのですよ?」 これでは、まるで子供に言い聞かせているようだ。 対等な立場の師団長相手に言うべき内容ではなかった。 そんな風に考えていると、 「ジェイドって、たまに保護者みてぇだよな」 何やら嬉しそうに言われたので、逆に戸惑ってしまう。 条件反射的に眼鏡のブリッジを押し上げてしまい、また悪い癖が出てしまったと、自分に呆れた。 「そういえば、あなたの剣を回収しておきました」 剣を返すと、彼は「ありがと」と嬉しそうに受け取る。 ロックワームを倒した剣は、滅多にお目にかかれないような名剣だった。 刃さえ潰されていなければの話だが。 「その剣、何故、刃を潰してあるのです?」 問うと、アッシュは少しだけ間を置いて、答える。 「最初は、刃があると危ないからって事だったんだ。でも、今これを持ってる意味は、全然違う。俺なんかが、誰かの命を無闇に奪ったりしないように…。本当なら、魔物だって…」 しゃか、と鞘に剣を収めた。精彩を欠いたような音だった。 そこに、アッシュの従卒がやって来た。手には携行用のカップがあり、従卒が蓋を開ければ、温かな湯気が上がった。 「アッシュ様、薬をお持ちしましたので、どうぞ」 アッシュは「ありがとう」とだけ応えて受け取る。 従卒が迎えに来たならば、もう私は必要ないだろう。 私が「では、失礼しますよ」とアッシュと従卒に言い、背を向けた時、 後ろで、どさっという音が聞こえてくる。 不審に思って振り返ると、アッシュが意識を失い、診察台の上に倒れていた。 「まさか、今の薬は…」 驚いて従卒を見ると、彼は手に持つカップに蓋をしながら「フン」と鼻を鳴らす。 「いちいち、このバカの意思を尊重してたら、こいつなんか、すぐに無茶して、死んでしまうよ。…全く、騎士団もマルクト軍も役立たずなんだから」 青い髪の従卒は、不敵な笑みを私に向けた。 「……あなたは、一体…?」 「アンタが気にする程の者じゃないよ。でも一つ忠告。アンタは、いずれ、ボク達の存在を無視できなくなる。覚悟しておいてよね、バルフォア博士?」 何と…? 私が驚きで言葉を返せない内に、担架を持ってきたオラクル騎士達がやって来る。 「では、失礼致します、カーティス師団長様」 普段の柔和な笑みを取り戻した従卒は、担架で運ばれていくアッシュに従って行ってしまった。 ※※※続きます※※※ PR