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AL逆行itsbetween1and0/29



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”

第29話・ジェイド編01「限りない郷愁と、身を焼かれるような」です。


今回からジェイド編です。




it's between 1 and 0 第29話


※※※



「よぉ、可愛くない方のジェーイドッ!」

はて?幻聴が聞こえたような気もしたが…。
しかも、畏れ多くもピオニー陛下の声に似ているとは。

目の前のデスクに積まれた書類の山を睨む。

……やれやれ。
最近は書類関係が多いせいで疲れが溜まっていたという事か。

眼鏡のブリッジを押し上げ、立ち上がると、何やら挙動不審の副官マルコと秘書官に、向き直る。

「マルコ、どうやら私は体調が優れないようです。今日は大事を取って、早退する事にします」

「はっ。し、しかし…」

普段のマルコらしくなく、きょろきょろと落ち着きがない。
秘書官などは、だらしくなく口を開けたままだ。

「どうした、ジェイド?鬼の撹乱ってヤツか?」

「陛下の声の幻聴が聞こえてくるとは…。私にもそろそろ、第一線から退く時期が近付いてきたという事でしょうねぇ」

「はっはっは。まだまだ隠居には早いぞぉ?」

あぁ、また陛下の声の幻聴が。ここは私の執務室で、陛下がいらっしゃる筈もないのに。

「では、後を頼みます」

マルコらにそう言って、退室しようとすると、

「ちょ、ちょっと待てっ、ジェイド!無視するなっ!」

視界の端で、妙に存在感のある人影が動く。しかも、畏れ多くも、ピオニー陛下似の人影とは…。

「なぁ、マルコ!お前からも言ってくれ!頼むっ!!」

ははは。いやいや、まさか陛下の筈はないでしょう。偉大なるマルクト帝国の皇帝、ピオニー九世陛下が、たかが一師団の副官マルコに『頼む』などとは言わない筈。

しかも、あの人影が何処から出現したか。

床に敷いたラグが捲れ、その下に掘られたらしい穴から、とは。

「カーティス大佐、あの、失礼ながら…」

「あれは気にするな。上官命令だ」

「「はっ!」」

「あれとは何だっ、あれとはっ!不敬罪ものだぞっ!!」

私が不敬罪なら、あなたは軍本部への侵入罪ですよ。

「…はー……やれやれ…」

軍靴の踵を鳴らして姿勢を正し、右の拳を胸元に当て、片膝をつき頭を垂れる。

「我らが偉大なピオニー九世陛下におかれましては、」

「あーあー、ここで、かたっくるしい挨拶はやめろ、ジェイド。立て、立て。顔が見えなきゃ話してる気がせんからな」

…ふむ。

1年前にマルクト皇帝に即位されたばかりのピオニー・ウパラ・マルクト九世陛下は、認め難いとは言え、曲がりなりにも、幼馴染みの一人。こうして『堅苦しい挨拶』を止めろと仰っては、私を困らせるのが趣味らしい。

そして、毎度の如く、厄介事を持ち込んでくる。

「もうすぐ命令書が届くと思うがな、快く引き受けろよ」

引き受けるも何も、命令なのでしょう?と言いたいのは山々ですが。快く、ねぇ…。

「内容をお聞きしても?」

「それは命令書を読め」

ふむ。

「マクガヴァンじーさんがな、お前と話したいんだと」

「元帥が?」

「もと元帥が、な。で、お前を指名したってワケだ」

どうにも話が見えませんねぇ…。どうやら、セントビナーへ行く事にはなりそうですが。

「だから、快く引き受けろよ。それだけだ。じゃあな」

それだけ言うと、陛下はくるりと背を向け、当たり前のように、床に空いた穴に入っていく。

「いいか、快く、だぞー!」

反響を伴って地下から響く声。


こほん、と咳払い。


「マルコ、第三師団から適当な人員を見繕って、即刻、地下道の埋め立て作業に取り掛かって下さい」

「はっ」

敬礼してマルコが退室し、入れ代わりに、伝令官が入室した。

「第三師団、師団長、ジェイド・カーティス大佐。陛下の勅命であります。お目通しを」

礼に礼で応じ、命令書を受け取る。
文書を広げ、目を通し、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。

あぁ、悪い癖だ。


「……慎んで拝命致します」


……成程。確かに、これは『快く』引き受けるには難しい。



………ブウサギ警護の任務、とは。



事の始まりは、マクガヴァンもと元帥が、退役の際に、珍しい宝剣を陛下に献上した事らしい。その際に、返礼として、陛下のペットであるブウサギが繁殖期であった為、生まれたブウサギを下賜する事と決めたらしい。
宝剣の返礼がブウサギとは……、いや、陛下のペットならば、価値はあるという事か。
……何とも微妙な心持ちではありますがねぇ。
そして、元々魔物であるブウサギのしつけも終わり、マクガヴァンもと元帥へブウサギが送られる事となり、その警護役が私に回ってきた…と。

……全く。このジェイド・カーティスに、ブウサギ警護の任務をお与えになるとは……。
キムラスカとの国境付近の現状を、ピオニー陛下は楽観視されておられるらしい。



もちろん、『快く』引き受けた証明に、陛下がお開きになった地下トンネルは、譜業爆弾でも亀裂一つ造らない強化セメントで、念入りに塞がせて頂きました、が。




「ジェイド坊やにブウサギの警護をお任せになるとは、さすがはピオニー様と言うべきか…」

私が命令書を受け取ってから5日後のこと、
マクガヴァンもと元帥は、楽しそうに笑って言った。

何事もなく城塞都市セントビナーに到着した私は、陛下の名代として、ブウサギの引き渡しを終えていた。晩餐会も終わり、今は、マクガヴァンもと元帥のお招きに甘え、彼の私室にて、旧交を温めている。

「ところで、元帥、」

「もと元帥じゃよ」

長く豊かな白髭を撫でながら、現役の頃から変わらぬ暖かな笑みで顔を満たす。
戦場では鬼神の如く戦われた譜術士と聞いてはいたが、残念ながら、私がもと元帥と初めてお会いした頃には、既に第一線から退かれていて、その勇姿を目にした事がない。

「…失礼致しました。マクガヴァン様」

眼鏡のブリッジを指で押し上げ、ずれた眼鏡を元に戻す。

「出立前に皇帝陛下からお聞きしたのですが、何やら、私にお話ししたい事があるとか?書簡では伝えられないような内容であると推察致しましたが、どのようなご用件か、今ここでお聞きしても構いませんか?」

「うむ。儂もその事でお前さんを招いたのじゃが、な…」


妙に間を置く。
僅かに隻眼周辺の皮膚が痙攣しているようにも見える。

「お前さん、来月、シルバーナ大陸に行くのであろう?」


シルバーナ大陸。

純白の雪に包まれた、静かで、美しい大陸。
その情景を思い出す度、私の胸の内に甦るのは、


限りない郷愁と、身を焼かれるような罪の意識。


あの大陸での出来事を過去と認識出来るようになったのは、
より楽に生きていく為に覚えた狡さ故か、幼馴染みに容赦なく与えられた有り難い叱咤故か…。

「マクガヴァン様は首都を離れても、情報が早いですね」

ここ数ヵ月、シルバーナ大陸では、魔物の被害が多数報告されている。

ケテルブルク近郊の村が魔物に襲撃され、あわや壊滅寸前となるような事件まで起こっていた。その村を救ったのは、預言(スコア)を受けて駐留していた、神託の盾(オラクル)騎士団。

……マルクトの軍人としては…情けない話ではありますがね。

出没していた魔物を調査すると、ロニール雪山の奥地に棲息する強力な魔物であった事が判明。そこで、軍事訓練も兼ね、ロニール雪山奥地への大々的な魔物討伐が計画された。
しかも、神託の盾騎士団との合同作戦。

政治的な意味合いなど考える気はない。一介の佐官が愚考を巡らす理由もない。先代マルクト皇帝ほど預言を重視しない新皇帝を擁護……するつもりもありませんしねぇ…。

「老いぼれても、まだまだ耳の聞こえは良くてのぅ」

ほっほっほ、と笑う姿は、古狸という渾名が似合う。…古狸などとは失礼にあたるだろうが。

「聞く所によると、ローレライ教団の大詠師自ら、被害にあった村や修道院を慰問するらしいの?」

「まぁ、慰問は、ついで、のようですが。陣頭指揮を執って、騎士団に大きな影響力がある事を内外に知らしめたいのでしょう?」

慰問と魔物討伐の為、大詠師に随行するのは、神託の盾騎士団の特務師団。特殊任務を遂行する為、実力者だけが名を連ねる師団だ。特務師団長も大詠師派とは聞いていたが…。

「今回の作戦には、珍しく特務師団が動くと聞いての…」

おや?

「まぁ、確かに、あまり良い噂は聞きませんが…」

「お前さんも知っての通り、ロニール雪山の奥地には、マルクト軍が封鎖した立入禁止区域がある」


22年前の譜術士連続死傷事件。それは、マクガヴァンもと元帥から片目を奪った事件だ。軍が封鎖しているのは、その犯人とも言うべき魔物を封じている場所。

ロニール雪山の奥地『大氷壁』。


「えぇ、大氷壁ですね。それが何か?」

「…オラクルの騎士どもを、そこに近付けてはならんぞ」

何と…?

「……封印されている魔物とオラクルには、何か関係が…?」

「退役した身とは言え、それは軍の機密に関わるでの。そもそも、ただの杞憂に終わるやもしれぬ」

マルクト軍の機密…。
そう言われては、引き下がるしかない。いえ、むしろ、そのような事に関わるのは御免ですね。

「…分かりました。オラクル騎士は警戒しましょう。マルクト軍も無闇に近付く事がないよう取り計らいます」

そもそも私は、ロニール雪山自体に近付きたくもありませんでしたし。

「うむ。よろしく頼んだぞ」

微笑みを返答に変える。
手に持つグラスを傾けると、氷がカランと音を立てた。



ロニール雪山。


かつて敬愛したネビリム先生が、いつも寂しげな眼差しで見詰めていた、白銀の山脈。




それから数週間後、
私は第三師団を率い、シルバーナ大陸に到着した。
雪が舞うケテルブルク港は、記憶にない建物も増え、かつての頃より賑やかだった。


ケテルブルクの副知事と、駐屯兵達に出迎えられ、軍艦から港へ降り立つ。
道々、副知事から、慰問中の大詠師モースと、神託の盾騎士団の特務師団の話を聞いていたが、記憶にはない名前が出て、眉を顰める事となった。

「…失礼。私の記憶では、特務師団長のお名前は…」

「えぇ、新任の方のお名前です。アッシュ特務師団長。アッシュ殿は以前、副師団長をされていたそうですが、直前に辞令が出たらしく、今任務から師団長だそうです」

ふむ?

副師団長への就任さえ最近の事ではなかったか?

……人物評を思い出せない。いや、確か、噂にもならなかったか…。

「まだ15才だというのに、大した慧眼の持ち主で…」

副知事の大袈裟な賛辞を他所に、内心溜め息をつきながら、これからの事を考える。


今回の任務は、魔物討伐と子守りか、と。





※※※続きます※※※
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