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AL逆行itsbetween1and0/28



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”

第28話・アッシュ編07「アッシュが2人いれば」です。


今回はアッシュ編です。





it's between 1 and 0 第28話


※※※



ルークから接触があり、俺はチャネリングを行った。

ヤツの話の内容は、俺を驚かせ、狼狽えさせるに充分なものだった。


(……俺、今さ、神託の盾本部のお前の部屋にいる)

最初は、その言葉の意味が分からなかった。
ルークはダアトにある神託の盾(オラクル)本部に、俺つまりアッシュ特務副師団長として、いるらしい。
話を聞いた時、何らかのアクシデントで、成り行き上、そうなってしまったのかと推測した。
だが、違った。ルークはルークの意思で、ダアトに行ったと言う。

訳が分からず理由を問えば、


(俺が奪ってしまってた居場所、お前に返したいんだ)


長い沈黙の後に、ルークは淡々と答えた。


俺は『前』に、あいつに向けて喚き散らしていた、
ガキっぽい八つ当たりの言葉を、思い出した。

『俺はお前に存在を喰われたんだ!』
『出来損ないのレプリカなんかに、俺は居場所を奪われた!』


10才の時、繰り返される超振動の実験に嫌気が差し、ヴァンの誘拐に乗って、俺はバチカルを逃げ出した。そして、俺のレプリカを造られた。

『前』に俺は、ロクに歩けもしない赤子同然のレプリカと、ヤツを囲んで微笑む両親とナタリアやガイ達を盗み見て、絶望を感じた。出来損ないのレプリカなんかに、陽だまりのようだった俺の居場所を奪われたと感じた。

自分の勝手で、バチカルから逃げ出しておきながら!

『俺の居場所を奪った』なんて言葉は、ただの八つ当たりだ。
赤子同然のレプリカが、自らの意思で『奪った』事実などないと、分かっていた。


ヴァンは、今でも、俺に言葉を与える。

『私には、お前が必要なのだ』
『この世界を共に変えよう』
『預言に殺されるお前を助けたいのだ』
『愚かなレプリカなど、お前の足元にも及ばない』
『私にお前の力を貸してくれ』

『前』には自尊心をくすぐられた言葉達を、何度も。


『前』の俺は、ヴァンの言葉を疑わず、鵜呑みにしたまま、ルークを殺したいほど憎んだ。
アクゼリュスで俺の代わりにルークが死ぬ事は聞かされていた。だが、レプリカを哀れだとは思わなかった。愚かで出来損ないの劣化レプリカは、俺の居場所を奪い7年間も安穏と暮らした報いを受ければ良い。そんな風に、半ば、ヤツの死を心待にさえしていた。

ヴァンの計画に疑問を持ち、ヤツを利用してヴァンを探ろうと思いついた時も、
『俺から造られたレプリカなら、少しくらい俺の役に立ってから死ねば良い』
…としか考えなかった。

レプリカは、俺にとっての道具だった。


そして、アクゼリュス崩落を阻止出来なかった時、己の不甲斐なさを棚上げにして、ルークを責めた。ヴァンの甘言に乗せられた事を罪というならば、俺も同罪だったにも関わらず。

そして、ヤツは一人で、アクゼリュス崩落という大量虐殺の罪を、背負った。
ヒト一人殺すのが怖いと言って震えていた、世間知らずで、無垢だったヤツが。


自分の犯した罪の大きさに絶望しながらも、見捨てられたくない、必要とされたいと切望しながら、ヤツは必死に足掻いた。そして、自分の事を『偽物』で『出来損ない』で、『いらない方のルーク』だと考えては、傷付いていた。

俺は、そんなヤツの事を、卑屈だと罵った。

そこまでヤツを追い詰めたのは、俺だったにも関わらず。


これは、俺の罪で、……罰なのか。


(…俺に、居場所を返したい……だと?)

俺が聞き返すと、暫く沈黙があった。

(……うん。今が、そのチャンスだと思うんだ)

(余計なお節介だ。返して欲しいなんざ思っちゃいねぇよ)

俺はもう、居場所云々なんざ、言うつもりはねぇ。馬鹿げている。

(アッシュがどう思っててもさ、やっぱり、そこはお前の居場所だよ。お前がいるべきなんだ)

(いるべきかどうかは、俺が決める。お前に言われ…)

(アッシュが決める事じゃねぇんだよ!)

……何だと?

(…アッシュが決める事じゃ…ない…んだ……。そこにいる、みんなは、アッシュを必要としてる。だから、いるべきなんだ。…俺じゃあ、ダメなんだ)

まさか、偽物よりも本物の方が…なんて言うつもりじゃねぇだろうな?

(みんな『ルーク』が記憶を取り戻す事を期待してる。でも、期待されたって、俺が思い出せる訳ねぇんだ。『ルーク』って呼ばれてる俺は、お前とは別人なんだ…。……俺が『ルーク』だと、みんなが幸せになれないんだ)

みんなが幸せになれない…?

(アッシュは、ダアトでも師匠に必要とされてる。ダアトもアッシュの居場所で、俺の居場所じゃない。でも、アッシュの代わりになれるよう頑張るよ。『前』より剣術も少しはマシだし、譜術も使えるし…。……バレないように上手くするから、さ…)


ダアトも俺の居場所。バチカルも俺の居場所。

ならば、ルーク、お前の居場所はどこなんだ?

どこにも居場所がないと思っているんじゃねぇだろうな?


(馬鹿な事を言うな。すぐバレるに決まってるだろうが…)

動揺を隠して冷静に言えば、ルークが笑ったような気がした。

(…かもな。アッシュが2人いれば、良かったのにな…)

そのルークの言葉を聞いて、俺は驚く。

ルークは俺の代用品じゃない。代わりなどいない、お互い、たった一人の人間。
その事を、俺もルークもはっきりと理解している。
理解しているからこそ、ルークが『アッシュが2人いれば』と呟く意味が分かる。

……くだらねぇこと考えやがって!!!

(いいか、ルーク!『前』は『前』だ!今の俺は、お前に居場所を奪われたなんざ思っちゃいねぇ!!ダアトにいるのは、ヴァンの計画を内部から潰す為だ!お前にダアトに居座られちゃ、俺が困るんだよ!だから、早くバチカルに帰って来い!!)


もちろん、これは嘘ではない。嘘ではないが、全てでもない。


俺は、本当に俺が思っている事だけは、言えなかった。


(…アッシュ、我儘言ってごめん。でも、ありがと……)

それは、まるで俺の本心を見透かされたような、一言。


それから、何度呼び掛けても、ルークは答えなかった。



……これが、俺の罪なのか!!……罰という事なのか!!



中庭に出て、ベンチに腰掛ける。今日も天気が良く、陽射しは心地好かった。

「ルーク、もう起きても大丈夫なのか?」

ガイがいつものように無駄に爽やかに歩いてくる。

「どうだ?少しは気分が良くなったか?」

気分?……最悪に決まってんだろうが。

「今日は何を読んでるんだ?」

ガイは、俺が膝の上に広げている本に視線を落す。

「なんだ、日記を書いてたのか」

「…書いてねぇ。読んでたんだ」

「読んでた?」

ガイの表情が怪訝なものに変わる。

「……ガイ、座れ」

一瞬だけガイは眉を動かしたが、「はいはい」と言いながら、俺の目の前の地面に、胡座をかいて座った。

「そっちじゃねぇ。隣に座れって言ったんだ」

「…お前ね。他のヒトの目がある場所での同席は、さすがにマズいと言うか、無理だろ。お前はご主人様で、俺はただの使用人なんだから」

「隣に座れ。命令だ」

ガイは僅かに驚き、そして、俺は自嘲する。

「…そうだな。ルークは、どんなに我儘を言っても、本心から、お前に命令したりはしなかったよな…」

「…ルーク、お前、何言って……」

「……降参だ。俺はいつだってルークに勝てやしねぇ」

「は?」

「ま、勝ち負けの問題じゃねぇんだがな」

俺は日記帳に視線を落とす。

「…ガイ、前にルークとした賭けを覚えてるか?」

「賭け?お前、覚えてたのか?」

「剣舞を披露した日だっけか?ルークは勘違いしてるぜ。お前が言った『剣を捧げるに値する人物』って言葉だがな、ルークは『剣術の達人』くらいに思って、賭けに乗ってる。そう日記に書いてあるぜ。読むか?」

ガイは訳が分からないという顔をしながらも、俺が差し出した日記を受け取り、目で文字を追った。

ガイはルークと賭けをしていた。

ルークが剣を捧げるに値する人物になれるかどうか。
期限は、ルークの成人の儀の日。つまり20才の誕生日。

この時のルークには分からなかっただろうが、もし、ルークが剣を捧げるに値する人物に成長すれば、ガイは復讐心もガルディオス伯爵家も捨て、ルークに生涯の忠誠を誓い、ファブレ家の使用人として生きていくつもりだったのだろう。

「……ルークは、本当に馬鹿だな」

俺が呟くように言うと、ガイは動揺を隠せずに俺の表情を窺う。

「ルーク、…さっきから、お前は、何を、言ってるんだ?まるで……、まるで、お前は、ルークじゃないみたいな…」


俺は、ガイとルークの友情に、賭ける事にした。


「俺はルークじゃない、と言ったら?」

ガイが、ひゅ、と小さく息をのむ。
こいつは、ずっと、俺が記憶を取り戻した事を疑っていた。この数日間、ガイが必要以上に、俺に接触しなかった事が証拠だ。
日記に書かれたガイとは、まるで別人のような態度だった。

「今目の前にいるこの俺は別人で、お前と賭けをした、あのルークじゃない。そう言ったら、どうする?」

「……やっぱり、記憶が…?だが、それでも…」

「記憶も、考え方も、生き方も違う、別人。この5年間の事なんざ、日記を読まなきゃ分からない。俺がそんな別人だとしたら、お前は、どうする?」

「別人…だと、したら…?」

一瞬だけガイの目が見開かれ、恐怖に顔を染めた。
俺の無言を、どう受け止めたのかは、分からない。

ガイはルークの日記に視線を戻し、文字を指でなぞる。


癖のある決して綺麗とは言えない文字を、
この世に二つとない宝物のように、愛しそうに撫でる。


「…じゃあ、俺の知ってるルークは、あのルークは、どこに消えちまったんだ……?」

「……ダアトだ」

ガイは、面食らったような顔で、俺を見上げた。
『ダアト』というのは、予想外の言葉だったのだろう。

「ダアト?ローレライ教の…?何を言って…?」

「言っただろう。俺はルークじゃない。お前の知ってるルークは、別の場所にいるんだよ」

ガイは目を瞬かせながら、口を動かしていた。混乱しているのだろう。いや、こんな話を聞かされて、混乱しない方がおかしいが。

俺は立ち上がり、ガイを見下ろす。

「ガイ、立て。お前に協力して欲しい事がある」

ガイは首を傾げながらも、俺の前に立った。
俺を探るように、じっと俺の目を見つめる。

「お前の知ってるルークを、ダアトから連れ戻して欲しい」

ガイは目を細めた。今度は、驚かなかった。
揺れていた青い瞳が、澄み渡り、真っ直ぐな光を放つ。

「あのルークを取り戻す事が出来るんだな?」


俺は、賭けに、勝った。


「詳しい話は部屋でする。ついてこい」





※※※続きます※※※





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