AL逆行itsbetween1and0/28 AL長編/it's between 1and0 2012年08月20日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第28話・アッシュ編07「アッシュが2人いれば」です。 今回はアッシュ編です。 it's between 1 and 0 第28話 ※※※ ルークから接触があり、俺はチャネリングを行った。 ヤツの話の内容は、俺を驚かせ、狼狽えさせるに充分なものだった。 (……俺、今さ、神託の盾本部のお前の部屋にいる) 最初は、その言葉の意味が分からなかった。 ルークはダアトにある神託の盾(オラクル)本部に、俺つまりアッシュ特務副師団長として、いるらしい。 話を聞いた時、何らかのアクシデントで、成り行き上、そうなってしまったのかと推測した。 だが、違った。ルークはルークの意思で、ダアトに行ったと言う。 訳が分からず理由を問えば、 (俺が奪ってしまってた居場所、お前に返したいんだ) 長い沈黙の後に、ルークは淡々と答えた。 俺は『前』に、あいつに向けて喚き散らしていた、 ガキっぽい八つ当たりの言葉を、思い出した。 『俺はお前に存在を喰われたんだ!』 『出来損ないのレプリカなんかに、俺は居場所を奪われた!』 10才の時、繰り返される超振動の実験に嫌気が差し、ヴァンの誘拐に乗って、俺はバチカルを逃げ出した。そして、俺のレプリカを造られた。 『前』に俺は、ロクに歩けもしない赤子同然のレプリカと、ヤツを囲んで微笑む両親とナタリアやガイ達を盗み見て、絶望を感じた。出来損ないのレプリカなんかに、陽だまりのようだった俺の居場所を奪われたと感じた。 自分の勝手で、バチカルから逃げ出しておきながら! 『俺の居場所を奪った』なんて言葉は、ただの八つ当たりだ。 赤子同然のレプリカが、自らの意思で『奪った』事実などないと、分かっていた。 ヴァンは、今でも、俺に言葉を与える。 『私には、お前が必要なのだ』 『この世界を共に変えよう』 『預言に殺されるお前を助けたいのだ』 『愚かなレプリカなど、お前の足元にも及ばない』 『私にお前の力を貸してくれ』 『前』には自尊心をくすぐられた言葉達を、何度も。 『前』の俺は、ヴァンの言葉を疑わず、鵜呑みにしたまま、ルークを殺したいほど憎んだ。 アクゼリュスで俺の代わりにルークが死ぬ事は聞かされていた。だが、レプリカを哀れだとは思わなかった。愚かで出来損ないの劣化レプリカは、俺の居場所を奪い7年間も安穏と暮らした報いを受ければ良い。そんな風に、半ば、ヤツの死を心待にさえしていた。 ヴァンの計画に疑問を持ち、ヤツを利用してヴァンを探ろうと思いついた時も、 『俺から造られたレプリカなら、少しくらい俺の役に立ってから死ねば良い』 …としか考えなかった。 レプリカは、俺にとっての道具だった。 そして、アクゼリュス崩落を阻止出来なかった時、己の不甲斐なさを棚上げにして、ルークを責めた。ヴァンの甘言に乗せられた事を罪というならば、俺も同罪だったにも関わらず。 そして、ヤツは一人で、アクゼリュス崩落という大量虐殺の罪を、背負った。 ヒト一人殺すのが怖いと言って震えていた、世間知らずで、無垢だったヤツが。 自分の犯した罪の大きさに絶望しながらも、見捨てられたくない、必要とされたいと切望しながら、ヤツは必死に足掻いた。そして、自分の事を『偽物』で『出来損ない』で、『いらない方のルーク』だと考えては、傷付いていた。 俺は、そんなヤツの事を、卑屈だと罵った。 そこまでヤツを追い詰めたのは、俺だったにも関わらず。 これは、俺の罪で、……罰なのか。 (…俺に、居場所を返したい……だと?) 俺が聞き返すと、暫く沈黙があった。 (……うん。今が、そのチャンスだと思うんだ) (余計なお節介だ。返して欲しいなんざ思っちゃいねぇよ) 俺はもう、居場所云々なんざ、言うつもりはねぇ。馬鹿げている。 (アッシュがどう思っててもさ、やっぱり、そこはお前の居場所だよ。お前がいるべきなんだ) (いるべきかどうかは、俺が決める。お前に言われ…) (アッシュが決める事じゃねぇんだよ!) ……何だと? (…アッシュが決める事じゃ…ない…んだ……。そこにいる、みんなは、アッシュを必要としてる。だから、いるべきなんだ。…俺じゃあ、ダメなんだ) まさか、偽物よりも本物の方が…なんて言うつもりじゃねぇだろうな? (みんな『ルーク』が記憶を取り戻す事を期待してる。でも、期待されたって、俺が思い出せる訳ねぇんだ。『ルーク』って呼ばれてる俺は、お前とは別人なんだ…。……俺が『ルーク』だと、みんなが幸せになれないんだ) みんなが幸せになれない…? (アッシュは、ダアトでも師匠に必要とされてる。ダアトもアッシュの居場所で、俺の居場所じゃない。でも、アッシュの代わりになれるよう頑張るよ。『前』より剣術も少しはマシだし、譜術も使えるし…。……バレないように上手くするから、さ…) ダアトも俺の居場所。バチカルも俺の居場所。 ならば、ルーク、お前の居場所はどこなんだ? どこにも居場所がないと思っているんじゃねぇだろうな? (馬鹿な事を言うな。すぐバレるに決まってるだろうが…) 動揺を隠して冷静に言えば、ルークが笑ったような気がした。 (…かもな。アッシュが2人いれば、良かったのにな…) そのルークの言葉を聞いて、俺は驚く。 ルークは俺の代用品じゃない。代わりなどいない、お互い、たった一人の人間。 その事を、俺もルークもはっきりと理解している。 理解しているからこそ、ルークが『アッシュが2人いれば』と呟く意味が分かる。 ……くだらねぇこと考えやがって!!! (いいか、ルーク!『前』は『前』だ!今の俺は、お前に居場所を奪われたなんざ思っちゃいねぇ!!ダアトにいるのは、ヴァンの計画を内部から潰す為だ!お前にダアトに居座られちゃ、俺が困るんだよ!だから、早くバチカルに帰って来い!!) もちろん、これは嘘ではない。嘘ではないが、全てでもない。 俺は、本当に俺が思っている事だけは、言えなかった。 (…アッシュ、我儘言ってごめん。でも、ありがと……) それは、まるで俺の本心を見透かされたような、一言。 それから、何度呼び掛けても、ルークは答えなかった。 ……これが、俺の罪なのか!!……罰という事なのか!! 中庭に出て、ベンチに腰掛ける。今日も天気が良く、陽射しは心地好かった。 「ルーク、もう起きても大丈夫なのか?」 ガイがいつものように無駄に爽やかに歩いてくる。 「どうだ?少しは気分が良くなったか?」 気分?……最悪に決まってんだろうが。 「今日は何を読んでるんだ?」 ガイは、俺が膝の上に広げている本に視線を落す。 「なんだ、日記を書いてたのか」 「…書いてねぇ。読んでたんだ」 「読んでた?」 ガイの表情が怪訝なものに変わる。 「……ガイ、座れ」 一瞬だけガイは眉を動かしたが、「はいはい」と言いながら、俺の目の前の地面に、胡座をかいて座った。 「そっちじゃねぇ。隣に座れって言ったんだ」 「…お前ね。他のヒトの目がある場所での同席は、さすがにマズいと言うか、無理だろ。お前はご主人様で、俺はただの使用人なんだから」 「隣に座れ。命令だ」 ガイは僅かに驚き、そして、俺は自嘲する。 「…そうだな。ルークは、どんなに我儘を言っても、本心から、お前に命令したりはしなかったよな…」 「…ルーク、お前、何言って……」 「……降参だ。俺はいつだってルークに勝てやしねぇ」 「は?」 「ま、勝ち負けの問題じゃねぇんだがな」 俺は日記帳に視線を落とす。 「…ガイ、前にルークとした賭けを覚えてるか?」 「賭け?お前、覚えてたのか?」 「剣舞を披露した日だっけか?ルークは勘違いしてるぜ。お前が言った『剣を捧げるに値する人物』って言葉だがな、ルークは『剣術の達人』くらいに思って、賭けに乗ってる。そう日記に書いてあるぜ。読むか?」 ガイは訳が分からないという顔をしながらも、俺が差し出した日記を受け取り、目で文字を追った。 ガイはルークと賭けをしていた。 ルークが剣を捧げるに値する人物になれるかどうか。 期限は、ルークの成人の儀の日。つまり20才の誕生日。 この時のルークには分からなかっただろうが、もし、ルークが剣を捧げるに値する人物に成長すれば、ガイは復讐心もガルディオス伯爵家も捨て、ルークに生涯の忠誠を誓い、ファブレ家の使用人として生きていくつもりだったのだろう。 「……ルークは、本当に馬鹿だな」 俺が呟くように言うと、ガイは動揺を隠せずに俺の表情を窺う。 「ルーク、…さっきから、お前は、何を、言ってるんだ?まるで……、まるで、お前は、ルークじゃないみたいな…」 俺は、ガイとルークの友情に、賭ける事にした。 「俺はルークじゃない、と言ったら?」 ガイが、ひゅ、と小さく息をのむ。 こいつは、ずっと、俺が記憶を取り戻した事を疑っていた。この数日間、ガイが必要以上に、俺に接触しなかった事が証拠だ。 日記に書かれたガイとは、まるで別人のような態度だった。 「今目の前にいるこの俺は別人で、お前と賭けをした、あのルークじゃない。そう言ったら、どうする?」 「……やっぱり、記憶が…?だが、それでも…」 「記憶も、考え方も、生き方も違う、別人。この5年間の事なんざ、日記を読まなきゃ分からない。俺がそんな別人だとしたら、お前は、どうする?」 「別人…だと、したら…?」 一瞬だけガイの目が見開かれ、恐怖に顔を染めた。 俺の無言を、どう受け止めたのかは、分からない。 ガイはルークの日記に視線を戻し、文字を指でなぞる。 癖のある決して綺麗とは言えない文字を、 この世に二つとない宝物のように、愛しそうに撫でる。 「…じゃあ、俺の知ってるルークは、あのルークは、どこに消えちまったんだ……?」 「……ダアトだ」 ガイは、面食らったような顔で、俺を見上げた。 『ダアト』というのは、予想外の言葉だったのだろう。 「ダアト?ローレライ教の…?何を言って…?」 「言っただろう。俺はルークじゃない。お前の知ってるルークは、別の場所にいるんだよ」 ガイは目を瞬かせながら、口を動かしていた。混乱しているのだろう。いや、こんな話を聞かされて、混乱しない方がおかしいが。 俺は立ち上がり、ガイを見下ろす。 「ガイ、立て。お前に協力して欲しい事がある」 ガイは首を傾げながらも、俺の前に立った。 俺を探るように、じっと俺の目を見つめる。 「お前の知ってるルークを、ダアトから連れ戻して欲しい」 ガイは目を細めた。今度は、驚かなかった。 揺れていた青い瞳が、澄み渡り、真っ直ぐな光を放つ。 「あのルークを取り戻す事が出来るんだな?」 俺は、賭けに、勝った。 「詳しい話は部屋でする。ついてこい」 ※※※続きます※※※ PR