AL逆行itsbetween1and0/25 AL長編/it's between 1and0 2012年08月14日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第25話・シンク編05「でも、は受け付けない」です。 it's between 1 and 0 第25話 ※※※ 夜になると、空には星が瞬いた。風が少し冷たくなって、肌寒さを感じて震える。 ボクは荷馬車の馭者台にいて、手綱を握っていた。 「………ん…ん…」 車輪の音に混ざって、微かな声が聞こえてくる。幌がかかった荷台の方へ視線を送ると、ルークが目元を押さえながら、ゆっくりと起き上がっていた。 「ようやく目が覚めたようだね」 「……シンク…?」 ルークは自分の横で眠っているフローリアンを見て、ちょっと安心したように、情けない表情で、微笑んだ。 それから、すぐに、馭者台へ出て来て、当然のようにボクの隣に座る。 まぁ、いいけどね。 「この荷馬車って、もしかして…?」 「そうだよ。奪ってやったのさ」 「一人で?」 「相手がたった二人だったからね。楽勝だよ」 ルークはちょっと驚き、それから肩を落とした。 「…悪ぃ、シンク。あんな時に気ぃ失っちまって…」 「全くだね。それで、もう身体の方は大丈夫なの?」 「ん、大丈夫。心配かけたな」 そう言って、ルークは、ふにゃ、と表情筋を弛めて笑う。 …全く。気の抜けた笑い方しないでよ。 「ところで、ダアト港に向かってる所だけど良かったよね?」 「あぁ。…つーか、シンクって、ダアト港の位置、知ってたのか?」 「刷り込まれた知識の中に、地理も入ってたからね。ダアト港は、ザレッホ火山から北西の位置だろ?方角さえ分かって、街道に出れば、誰でも辿り着くさ」 「すげぇな…。俺なんてさぁ、初めて外に出た時、バチカルに戻ろうとして馬車に乗ったら、間違ってエンゲーブに行ったのに」 どうやったら、そんな間違い方が出来るのさ…。 街道の先、遠くの方に、町の灯りが見え始めた。ダアト港だ。 「ダアト港に着いたら、どうするつもり?」 「アッシュの隠れ家があるんだ。とりあえず、そこに…」 「アッシュって、アンタの被験者だったっけ?」 確か、バチカルにおいてきたって言ってたっけ? 「そう。…あっ。アッシュに連絡しねぇと」 「港から鳩でも飛ばすの?それとも手紙?」 「いや、チャネリングで」 チャネリング? 「俺もどうなってんのかは、よく知らねぇんだけど、同調フォンスロットってヤツが開いてるから、どこにいても、頭ん中でアッシュと会話できるんだ」 ……はぁ?! 同調フォンスロットが開いてて、頭の中で会話?! 「……何ソレ…?」 「だから、俺にも詳しくは分からねぇーんだって。俺がアッシュの完全同位体だから、出来るってさ」 ………完全同位体。音素振動数まで同じレプリカ…。 「…でも、それって、まだ、理論上の存在じゃないの?」 「そういえば、本にも、そんな風に書いてたなぁ…」 ルークって、ほんと暢気だ。 けれど、ちょっと納得した。ルークが『劣化が酷いのに貴重な代用品』の理由。 「その完全同位体の被験者が、ボク達の事を、ルークに教えてくれたって言ってたっけ?」 「あ…うー…ん?…まぁ、そんなとこ」 何だ?ハッキリしない返事だな? ……それにしても『アッシュ』か。 どこかで聞いた事もあるような気がするけど、気のせいか…? ボクは、ずっと、以前ルークが言った言葉を考えていた。 ルークは『ルーク』の名前を、被験者から貰ったと言っていたからだ。 「ルークってさ、『ルーク・フォン・ファブレ』?」 「っえ!?なんで知って…?」 ルークが驚いてボクを見る。 「なんでも何も、その赤い髪を見て気付かないなんて、国際情勢に疎いヤツくらいだよ」 「へ?そうなのか?」 どうやら、ルークは国際情勢に疎いヤツらしい。 ボクは、導師に必要な知識として、歴史や世界情勢、王公貴族の情報も刷り込まれている。 赤い髪は、キムラスカ王族の特徴。もう一つの特徴である翡翠色の瞳よりも貴ばれる、王位継承権の優先順位にも関わる色だ。 赤は劣性遺伝なのか、王家の血を引いているからと言って必ず現れる色じゃない。その為キムラスカ王族は、親族間の婚姻を繰り返している。それでも、赤い髪を持つ王族は、数が限られているのが現状。 赤い髪を持つキムラスカ王族。年齢は10代。それは、世界でも、たった一人しかない。 ファブレ公爵子息『ルーク・フォン・ファブレ』。 キムラスカ・ランバルディア王国の第三王位継承者。 しかも、第三位と言いながら、実質的には時期国王。 そんなヤツが単身ダアトに乗り込んでくるなんて、 本当に、全く、有り得なさすぎて、信じられないけれど。 ルークは『ルーク・フォン・ファブレ』のレプリカ。 「アンタを造ったのは、ヴァン・グランツ謡将だよね?」 「……そうだよ」 ルークが肯定した。聞くまでもなく確信はあったけれど、ボクは納得する。 「ねぇ、ヴァン・グランツの目的って、何?」 ボクが聞くと、ルークが息をのんだ。一瞬だけど、怯えの為に身体を強張らせた。 ……その様子を見て、ボクは答えを得た。 やっぱりだ。間違いない。 イオンレプリカの作製だって、表面上だけ見れば、首謀者である導師イオンと大詠師モースに、ヴァンが力を貸したように見える。けど、実際は逆だとボクは考えていた。 ヴァンが導師イオンや大詠師モースを利用して、イオンレプリカ作製を行った。ヴァンが隠している何かの目的の為に。 あの冷えきったヴァンの目を見た時から、ボクは確信していた。 黒幕は、ヴァン・グランツ。 そこまで分かってはいても、まだ疑問は残っていた。 何の目的で、ヴァンはルークレプリカを造ったのか? それは大いに疑問だった。 何故なら、導師イオンとは違い、被験者は生きてるんだ。 被験者が死ぬからレプリカを造るでもなく、レプリカを造って被験者を殺したでもなく、被験者とレプリカが、同時に生きている。しかも、レプリカが『ルーク・フォン・ファブレ』を名乗り、被験者が『アッシュ』として生きているなんて…。 ……歪だ。 歪ゆえに、明確な意図が裏にある事を、確信させられる。 「その様子だと、アンタは目的を知ってるようだね?」 「う…。でも…、それは……」 ボクには言えないって? まぁ、いいさ。 ボクが本当に知りたい事は、ヴァンの目的なんかじゃあない。 「ルーク、アンタはヴァンの味方?それとも敵?」 ルークはちょっとだけ目をさ迷わせて、けれど、すぐに、はっきりとした口調で答える。 「俺は、ヴァン師匠の計画を阻止したいと思ってる」 ボクは、ヴァンの『味方』か『敵』かと聞いたのに。 しかも『師匠』とはね。……なかなか複雑そうじゃないか。 ボクは一つ息を吐く。 「アンタの『味方』は、被験者だけ?」 「アッシュは…。……協力してくれると思う」 ……あぁ、またか。微妙な言い回しだね。ルークは被験者を信用してないの? 「ねぇ、ヴァンの計画を阻止するって言ってたけど、具体的な作戦は何かあるの?」 「…まだ、ない…けど、……」 そうだろうと思ったよ。 確かな計画があるなら、危険を承知の上で、ボク達を助ける為だけに、ダアトには乗り込まない。尤も、後でボク達を利用する為に救出しに来たたなら、計画的であるとも言える。けれど、ルークは、本当に助ける為だけに、来た。それだけは確信がある。 だから、ルークには作戦なんて何もないと、予測できた。 「ねぇ、ボクにも一枚噛ませてよ?」 「え?噛ませるって?」 「アンタに協力するって言ってんの」 「えぇっ!?…え、えと、ちょっと、それは、でも、」 狼狽えるルークを見て、ボクは堪えきれず笑う。 「前に言ったよね。でも、は受け付けない」 ボクがそう言うと、「シンクには敵わねぇなぁ…」とルークがぶつぶつ言った。 ヴァンの目的が何だろうが、被験者が敵だろうが味方だろうが、ボクには関係ない。 ボクは、ルークの味方につくと決めていた。 ルークが何を望んでいたとしても。 仮に、ヴァンがルークの味方なら、ボクはヴァンに味方しても良いとさえ思っていた。 「本当は、巻き込むつもりじゃなかったのに…」なんてルークはまだぶつぶつ言ってるけど、ボクは生まれた時から、既にヴァンの計画に巻き込まれてる。今更だよ。 「…まぁ、シンクが味方だと、心強いけどさぁ……」 そんな声が聞こえてきて。ボクは顔が火照るのを感じて、慌てて顔を背けた。 …あぁ、今が夜で良かった。顔色を知られないで済む…。 「…んー、とりあえず、アッシュに連絡してみるか。ちょっと待っててくれるか」 ルークはそう言うと、目を閉じた。 チャネリングだっけ? 「…………」 あ。今、ルークが嬉しそうだ。 「…………」 ルークがいきなり両手で耳を塞いだ。 もしかして、大声でも出されたのか?頭の中で会話してるのに、それ関係あるの? 「………!!」 ルークの表情がどんどん険しくなっていく。 …よく分からないけど、もしかして、怒ってる? この百面相、見てると面白いんだけど…。 他のヒトの前ではしないように、後で忠告しとこう。 「アッシュのバカヤロー!!もうお前とは絶交だー!!」 ボクは驚いて咄嗟に身を引く。 ルークは肩で息をしていたけど、呼吸を整えてから、ボクの方に顔を向けた。 「アッシュは敵!俺の敵だから!あいつなんか無視だ!」 「喧嘩でもした?」 ルークは答えずに、不機嫌そうに頬杖をつく。 「一人でも味方は多い方が良いと思うけどね。理由は分からないけど、仲直りした方が、」 「仲直り!?ふざけんな!あいつ、お前達をみごろ…」 言いかけてルークが口を閉ざし、そっぽ向いた。 「見殺しにしようとした?助けに来る方がおかしいんだよ」 ボクが言うと、ルークは驚いてボクの方に顔を向ける。 「ま、助けてもらったボクが言う事じゃないけどね。助けてくれた事には、感謝してるし」 ルークは何か言いたいようだったけど、無視。 ちょうど、ダアト港の入り口が見えてくる。 「近くの森に馬車を捨ててから、港に入るよ。話の続きは、アンタの隠れ家に着いてからにしよう。ルーク、フローリアンを起こしてくれる?」 「……分かった」 荷台へ戻ろうとしたルークが、途中で振り返る。 「…シンク、今、フローリアンって……」 「何?悪い?」 ボクが睨むと、ルークは慌てて首を横に振る。 「ほら、ぼけっとしてないで、早く起こしてくれる?アンタのマントもあるから、羽織るの忘れないでよね」 「うん。ありがとう、シンク」 そう言ってルークは、顔いっぱいに笑みを満たした。 ……あぁ、もう…。やめてくれないかな…。そういう顔するの反則だよ。 ルークが荷台の方へ戻ったのを見届けてから、 ボクは手綱を引き、街道から反れて、森に入った。 ※※※続きます※※※ PR