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AL逆行itsbetween1and0/25



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”

第25話・シンク編05「でも、は受け付けない」です。





it's between 1 and 0 第25話

※※※



夜になると、空には星が瞬いた。風が少し冷たくなって、肌寒さを感じて震える。
ボクは荷馬車の馭者台にいて、手綱を握っていた。

「………ん…ん…」

車輪の音に混ざって、微かな声が聞こえてくる。幌がかかった荷台の方へ視線を送ると、ルークが目元を押さえながら、ゆっくりと起き上がっていた。

「ようやく目が覚めたようだね」

「……シンク…?」

ルークは自分の横で眠っているフローリアンを見て、ちょっと安心したように、情けない表情で、微笑んだ。
それから、すぐに、馭者台へ出て来て、当然のようにボクの隣に座る。

まぁ、いいけどね。

「この荷馬車って、もしかして…?」

「そうだよ。奪ってやったのさ」

「一人で?」

「相手がたった二人だったからね。楽勝だよ」

ルークはちょっと驚き、それから肩を落とした。

「…悪ぃ、シンク。あんな時に気ぃ失っちまって…」

「全くだね。それで、もう身体の方は大丈夫なの?」

「ん、大丈夫。心配かけたな」

そう言って、ルークは、ふにゃ、と表情筋を弛めて笑う。
…全く。気の抜けた笑い方しないでよ。

「ところで、ダアト港に向かってる所だけど良かったよね?」

「あぁ。…つーか、シンクって、ダアト港の位置、知ってたのか?」

「刷り込まれた知識の中に、地理も入ってたからね。ダアト港は、ザレッホ火山から北西の位置だろ?方角さえ分かって、街道に出れば、誰でも辿り着くさ」

「すげぇな…。俺なんてさぁ、初めて外に出た時、バチカルに戻ろうとして馬車に乗ったら、間違ってエンゲーブに行ったのに」

どうやったら、そんな間違い方が出来るのさ…。

街道の先、遠くの方に、町の灯りが見え始めた。ダアト港だ。

「ダアト港に着いたら、どうするつもり?」

「アッシュの隠れ家があるんだ。とりあえず、そこに…」

「アッシュって、アンタの被験者だったっけ?」

確か、バチカルにおいてきたって言ってたっけ?

「そう。…あっ。アッシュに連絡しねぇと」

「港から鳩でも飛ばすの?それとも手紙?」

「いや、チャネリングで」

チャネリング?

「俺もどうなってんのかは、よく知らねぇんだけど、同調フォンスロットってヤツが開いてるから、どこにいても、頭ん中でアッシュと会話できるんだ」

……はぁ?!
同調フォンスロットが開いてて、頭の中で会話?!

「……何ソレ…?」

「だから、俺にも詳しくは分からねぇーんだって。俺がアッシュの完全同位体だから、出来るってさ」

………完全同位体。音素振動数まで同じレプリカ…。

「…でも、それって、まだ、理論上の存在じゃないの?」

「そういえば、本にも、そんな風に書いてたなぁ…」

ルークって、ほんと暢気だ。
けれど、ちょっと納得した。ルークが『劣化が酷いのに貴重な代用品』の理由。

「その完全同位体の被験者が、ボク達の事を、ルークに教えてくれたって言ってたっけ?」

「あ…うー…ん?…まぁ、そんなとこ」

何だ?ハッキリしない返事だな?

……それにしても『アッシュ』か。
どこかで聞いた事もあるような気がするけど、気のせいか…?

ボクは、ずっと、以前ルークが言った言葉を考えていた。
ルークは『ルーク』の名前を、被験者から貰ったと言っていたからだ。

「ルークってさ、『ルーク・フォン・ファブレ』?」

「っえ!?なんで知って…?」

ルークが驚いてボクを見る。

「なんでも何も、その赤い髪を見て気付かないなんて、国際情勢に疎いヤツくらいだよ」

「へ?そうなのか?」

どうやら、ルークは国際情勢に疎いヤツらしい。

ボクは、導師に必要な知識として、歴史や世界情勢、王公貴族の情報も刷り込まれている。
赤い髪は、キムラスカ王族の特徴。もう一つの特徴である翡翠色の瞳よりも貴ばれる、王位継承権の優先順位にも関わる色だ。
赤は劣性遺伝なのか、王家の血を引いているからと言って必ず現れる色じゃない。その為キムラスカ王族は、親族間の婚姻を繰り返している。それでも、赤い髪を持つ王族は、数が限られているのが現状。

赤い髪を持つキムラスカ王族。年齢は10代。それは、世界でも、たった一人しかない。
ファブレ公爵子息『ルーク・フォン・ファブレ』。
キムラスカ・ランバルディア王国の第三王位継承者。
しかも、第三位と言いながら、実質的には時期国王。

そんなヤツが単身ダアトに乗り込んでくるなんて、
本当に、全く、有り得なさすぎて、信じられないけれど。

ルークは『ルーク・フォン・ファブレ』のレプリカ。

「アンタを造ったのは、ヴァン・グランツ謡将だよね?」

「……そうだよ」

ルークが肯定した。聞くまでもなく確信はあったけれど、ボクは納得する。

「ねぇ、ヴァン・グランツの目的って、何?」

ボクが聞くと、ルークが息をのんだ。一瞬だけど、怯えの為に身体を強張らせた。

……その様子を見て、ボクは答えを得た。

やっぱりだ。間違いない。
イオンレプリカの作製だって、表面上だけ見れば、首謀者である導師イオンと大詠師モースに、ヴァンが力を貸したように見える。けど、実際は逆だとボクは考えていた。
ヴァンが導師イオンや大詠師モースを利用して、イオンレプリカ作製を行った。ヴァンが隠している何かの目的の為に。
あの冷えきったヴァンの目を見た時から、ボクは確信していた。

黒幕は、ヴァン・グランツ。

そこまで分かってはいても、まだ疑問は残っていた。
何の目的で、ヴァンはルークレプリカを造ったのか?

それは大いに疑問だった。

何故なら、導師イオンとは違い、被験者は生きてるんだ。
被験者が死ぬからレプリカを造るでもなく、レプリカを造って被験者を殺したでもなく、被験者とレプリカが、同時に生きている。しかも、レプリカが『ルーク・フォン・ファブレ』を名乗り、被験者が『アッシュ』として生きているなんて…。

……歪だ。

歪ゆえに、明確な意図が裏にある事を、確信させられる。

「その様子だと、アンタは目的を知ってるようだね?」

「う…。でも…、それは……」

ボクには言えないって?
まぁ、いいさ。
ボクが本当に知りたい事は、ヴァンの目的なんかじゃあない。

「ルーク、アンタはヴァンの味方?それとも敵?」

ルークはちょっとだけ目をさ迷わせて、けれど、すぐに、はっきりとした口調で答える。

「俺は、ヴァン師匠の計画を阻止したいと思ってる」

ボクは、ヴァンの『味方』か『敵』かと聞いたのに。
しかも『師匠』とはね。……なかなか複雑そうじゃないか。

ボクは一つ息を吐く。

「アンタの『味方』は、被験者だけ?」

「アッシュは…。……協力してくれると思う」

……あぁ、またか。微妙な言い回しだね。ルークは被験者を信用してないの?

「ねぇ、ヴァンの計画を阻止するって言ってたけど、具体的な作戦は何かあるの?」

「…まだ、ない…けど、……」

そうだろうと思ったよ。
確かな計画があるなら、危険を承知の上で、ボク達を助ける為だけに、ダアトには乗り込まない。尤も、後でボク達を利用する為に救出しに来たたなら、計画的であるとも言える。けれど、ルークは、本当に助ける為だけに、来た。それだけは確信がある。
だから、ルークには作戦なんて何もないと、予測できた。

「ねぇ、ボクにも一枚噛ませてよ?」

「え?噛ませるって?」

「アンタに協力するって言ってんの」

「えぇっ!?…え、えと、ちょっと、それは、でも、」

狼狽えるルークを見て、ボクは堪えきれず笑う。

「前に言ったよね。でも、は受け付けない」

ボクがそう言うと、「シンクには敵わねぇなぁ…」とルークがぶつぶつ言った。

ヴァンの目的が何だろうが、被験者が敵だろうが味方だろうが、ボクには関係ない。

ボクは、ルークの味方につくと決めていた。

ルークが何を望んでいたとしても。

仮に、ヴァンがルークの味方なら、ボクはヴァンに味方しても良いとさえ思っていた。

「本当は、巻き込むつもりじゃなかったのに…」なんてルークはまだぶつぶつ言ってるけど、ボクは生まれた時から、既にヴァンの計画に巻き込まれてる。今更だよ。

「…まぁ、シンクが味方だと、心強いけどさぁ……」

そんな声が聞こえてきて。ボクは顔が火照るのを感じて、慌てて顔を背けた。

…あぁ、今が夜で良かった。顔色を知られないで済む…。

「…んー、とりあえず、アッシュに連絡してみるか。ちょっと待っててくれるか」

ルークはそう言うと、目を閉じた。
チャネリングだっけ?

「…………」

あ。今、ルークが嬉しそうだ。

「…………」

ルークがいきなり両手で耳を塞いだ。
もしかして、大声でも出されたのか?頭の中で会話してるのに、それ関係あるの?

「………!!」

ルークの表情がどんどん険しくなっていく。

…よく分からないけど、もしかして、怒ってる?
この百面相、見てると面白いんだけど…。
他のヒトの前ではしないように、後で忠告しとこう。

「アッシュのバカヤロー!!もうお前とは絶交だー!!」

ボクは驚いて咄嗟に身を引く。
ルークは肩で息をしていたけど、呼吸を整えてから、ボクの方に顔を向けた。

「アッシュは敵!俺の敵だから!あいつなんか無視だ!」

「喧嘩でもした?」

ルークは答えずに、不機嫌そうに頬杖をつく。

「一人でも味方は多い方が良いと思うけどね。理由は分からないけど、仲直りした方が、」

「仲直り!?ふざけんな!あいつ、お前達をみごろ…」

言いかけてルークが口を閉ざし、そっぽ向いた。

「見殺しにしようとした?助けに来る方がおかしいんだよ」

ボクが言うと、ルークは驚いてボクの方に顔を向ける。

「ま、助けてもらったボクが言う事じゃないけどね。助けてくれた事には、感謝してるし」

ルークは何か言いたいようだったけど、無視。

ちょうど、ダアト港の入り口が見えてくる。

「近くの森に馬車を捨ててから、港に入るよ。話の続きは、アンタの隠れ家に着いてからにしよう。ルーク、フローリアンを起こしてくれる?」

「……分かった」

荷台へ戻ろうとしたルークが、途中で振り返る。

「…シンク、今、フローリアンって……」

「何?悪い?」

ボクが睨むと、ルークは慌てて首を横に振る。

「ほら、ぼけっとしてないで、早く起こしてくれる?アンタのマントもあるから、羽織るの忘れないでよね」

「うん。ありがとう、シンク」

そう言ってルークは、顔いっぱいに笑みを満たした。

……あぁ、もう…。やめてくれないかな…。そういう顔するの反則だよ。

ルークが荷台の方へ戻ったのを見届けてから、
ボクは手綱を引き、街道から反れて、森に入った。






※※※続きます※※※



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