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AL逆行itsbetween1and0/24



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”

第24話・シンク編04「今日、ボクは知った」です。





it's between 1 and 0 第24話

※※※

ボクたちは、山頂の出口に向かって歩いていた。

既に、火口近くの気温とは違い、呼吸が楽になっている。

「…っく、ひっく、…っふ、……っく…」

さっきから『3番目』が泣き止まない。
…あぁ、煩いな。苛々するから止めてほしいんだけどね…。


ボクは前方に視線を向ける。
ルークは『5番目』を背負って、先を急いでいた。

『5番目』の身体が、淡い光を帯びている。乖離していく第七音素の光だ。


レプリカは、死んだら、何一つ残らない。

音素が乖離して、光が消えるように、消滅してしまうから。
血の一滴、髪の毛一筋、残さず消える。

何も残らない。残せない。……それが、レプリカの死。

「……めん、ごめんな…、ごめ……」

ルークがもう何度目か分からない謝罪の言葉を繰り返した。

外から吹き込んできた風に、ボクは目を細める。

「……着いたぞ。外だ」

ルークの言葉を聞き、隣を歩く『3番目』が顔を上げた。

ボク達は、外へ出た。

生まれて初めて見る、外の世界に。


けれど、もうすぐ『5番目』は消えてしまう。



オラクル騎士達が襲って来た時、
ルークが応戦し、ボク達は逃げようとした。

けれど『5番目』がルークを庇う為、剣の前に飛び出た。赤い血が、飛び散った。

ボクは混乱した。多分、錯乱に近い状態だった。ルークに「殺すな!」と叫ばれるまで、ボクは無我夢中で、暴れてしまっていた。騎士達は、ボクの目の前に、無様に転がっていた。

振り返って見ると、ルークが『5番目』を抱え、高度な治癒術を唱えていた。けれど、血は止まらなかった。乱れた呼吸も、落ち着く事はなかった。治癒術では間に合わないほどに『5番目』は傷付いていた。

「……行き、ま…せ、んか……、外の、世…界…」

途切れ途切れに『5番目』は言った。

音素乖離が始まり、身体が淡い光を帯び始めていた。

ルークは「そうだな、行こう」と応え、『5番目』を背負って、出口に向かって歩き始めた。
ボクは泣く『3番目』の手を引いて、後に続いた。



初めて見る外の世界は、赤く染まっていた。

溶岩の赤とも、血の赤とも違う、……美しい夕陽の赤。

「あぁ、夕暮れだ…」

ルークが呟く。
そのルークの長い髪が、風に靡き、同じ色の夕暮れ空に溶けていってるようだった。

「……夕…暮れ…?」

小さく弱々しい声を聞き、
ルークは『5番目』を背から下ろすと、そっと地面に座らせ、その背中を支える。

「風とか、太陽とか、感じるか?」

ルークが聞くと、『5番目』は青ざめた顔のまま、それでも微笑んだ。

「……えぇ、外の、世界…は、優しい……です、ね…」

優しい?外の世界が?

ボクは『5番目』の傍にしゃがむ。同じ目線で、もう一度、空を見上げ、目を閉じた。


ずっと、くだらないと思っていた世界は、力強くて、綺麗だけど、……痛ましくて、悲しかった。


この世界のどこに、優しさなんてあるんだろう。


「…ごめんな、助ける、って、言ったのに……」

アンタが謝る必要ないよ。ボクはそう言おうとして、ルークを見る。

ずっとマントの下に隠されてたルークの姿は、想像していた以上に、華奢だった。
肌は白いし、あの剣技を繰り出していた腕も細い。

ボクは、ずっと、勘違いしていた。
ルークは、歴戦の勇士なんて言葉からは、程遠い存在。ボク達と大差ない、子供だった。

顔を歪めて、ルークは幼子のように声を震わせる。

「…庇って、くれて、ありがとな……」

ボクは、その瞬間、なんとなく、思った。


夕暮れ色の空は似ている。力強くて綺麗で、痛ましくて悲しくて、優しいヒトに。

目が見えない『5番目』はその事さえ知る事も出来ず、消えてしまう……?


どうして…?


世界なんてくだらない興味ないと言ってたボクが知り得て、
ずっと外の世界を見たいと憧れ続けた『5番目』が、……どうして、見る事さえ出来ないんだ?


風が吹いて、ルークの長い髪が『5番目』の頬に触れた。『5番目』は柔らかな感触に、手をのばす。目が見えていないから、何か分からないようだった。

「それはルークの髪だよ。赤い髪。毛先はちょっと金色。すごく、あったかい色だよ。見えれば、良かったのに…」

「…シ…ンク……」

その声は、殆ど風に掻き消されそうな音でしかなくて。

…あぁ、時間がない。もうすぐ消えてしまう…。
まだ『5番目』は、あれほど憧れてた外の世界を、殆ど何も知らないのに…。

「今、世界は、あったかくて、優しい色に包まれてるんだ。夕陽が優しい色なんだ。ルークの髪の色と同じ赤色なんだ」

ボクが言うと『5番目』は微笑んだ。口だけが「赤」「やっぱり」と言うように微かに動く。

身体を包む第七音素の光が、強くなる。『5番目』が、消えてしまう…。


どうして…?


どうして、こいつが消えなくちゃいけないんだ…!?

こいつは、まだ外の世界に来たばかりなのに…!!

これからなんだ!!

もっとたくさん色んなことを、こいつは経験していく事が出来るはずなのに…!!

どうして、こいつが死ななくちゃいけないんだ!!!

「…ダメだ!死ぬのはダメだ!!絶対ダメだ!!まだ外の世界に来たばかりじゃないか!目が見えないなら、ボクが話して教えてあげるよ!!…だから、だ…から…っっ!!」

ボクは無我夢中で『5番目』の手を握る。
一瞬、『5番目』が、ボクの手を、握り返した。
冷たくて弱々しかったけど、意思のこもった手。

「……あ…り……が、とう…」

最後に強い光を放って、『5番目』は消滅した。



風が吹いていた。

その事をようやく思い出して、ボクは立ち上がる。


…あぁ、煩いな。まだ『3番目』は泣いているのか…。

けれど、不思議と、苛立ちは感じなかった。あんな風に泣ける『3番目』が羨ましかった。

ボクは『5番目』が生きていた痕跡を探して、周囲に視線を巡らせ、自嘲した。
レプリカは、死んだら血の一滴さえ残さず、消える。
もう『5番目』は、ボク達の記憶の中にしか残っていない。

ボクは薄情だ。生まれてからずっと近くにいたのに、何度も話しかけてくれたのに、
『夕陽色』に染まる『世界』を『優しい』と言った、『5番目』の『優しさ』くらいしか、ボクは思い出せない。

「……ごめんな、シンク…」

ルークはその場から動けないまま、ぽつりと呟いた。

「なんでボクに謝るのさ。謝る必要なんてないよ」

「…俺、お前達をみんなちゃんと助けたかったんだ。どんな風に生まれたとしても、今生きてるって事が、どんなに凄くて良い事なのか…、伝えたかったんだ」

どんな風に生まれたとしても…。

…あぁ、そうだね。ボク達は愚かしい理由で、生を受けた。
そして、身勝手な理由で、殺されそうになった。
ボク達が生まれた理由なんて、何もないに等しかった。


じゃあ、今生きてる理由は…?


「…じゃあさ、教えてよ。今生きてる事って、アンタが言うように、そんなに凄くて良い事なの?」

ルークは何かを言おうとして顔を上げたけど、顔を苦しそうに歪めただけで、何も言えずに俯いた。ぎゅっと拳を握り締めて、肩を小さく震わせる。ボクは、意地悪な質問をしてしまったと、後悔した。

「…悪かったよ。こんな時に、こんな事聞いて」

「……ごめんな。俺、ほんと情けなくて…。伝えたいって思ってたのに、何も言えなくて、…助ける事すら出来なくて……」

「もう言わないでよ。アンタを責めたかったワケじゃない」

「……でも…!」

「アンタは、ボク達に外の世界を見せてくれた。あいつに、世界が優しいって事、教えてくれた。今は、それで充分だ。……充分すぎるくらいだ」

ボクは、ルークを傷付けてしまった罪悪感から、ルークを見ている事が出来なくて、背を向けた。

今生きてるのがボクじゃなく『5番目』だったら、きっと、ルークを傷付ける事なんて、なかった筈なのに。


どうして、ここにいるのが『5番目』じゃないんだろう?

世界なんてくだらないと思うような、くだらない自我なんかに目覚めたボクが、

どうして、今生きてるんだろう…?


風に乗って、微かに、異質な音が聞こえてくる。

ルークも気付いたらしく、すぐに立ち上がった。ボクも音のする方向、山道の先を睨む。

嫌な予感がする。何の音だ…?

「……馬車の音だ…!なんでこんな所に…!?」

ルークが驚きながら呟いた。

馬車だって?!

瞬時に、ボクの頭は働き始めた。
秘密裏に行われていたレプリカ計画。火山内部へ到る二つ道。眠っていたフィアブロンク。ひと気もないのに殆ど遭遇しなかった魔物。そして、この山道…。この道は、研究所へ物資を運ぶ運搬路なんだ。まだ見えなくても分かる。今向かってきている馬車は荷馬車。研究所から運び出された荷物を運ぶ為の迎えだ。

まずい。撤収作業が進んでいない事がバレる。

出口付近で倒れているオラクル騎士達が見つかれば、すぐに追手がかかる。

「シンク、とりあえず隠れよう!」

ルークは『3番目』の方へ駆け寄ろうとした。けれど、足がもつれたのか転ぶ。

何やってんのさ。間抜け。
そう言おうとして、ボクは言葉を飲み込んだ。

ルークが起き上がれずに、呻き声を上げたからだ。

「るーくっ!!」

驚いて『3番目』がルークに駆け寄る。馬車の音が更に近付いてくる。

「ルークを運ぶよ!茂みに隠れるんだ!!」

ボクが言うと『3番目』は怯えながらも頷いて、一緒にルークを運び、茂みの中に入った。

ルークは自分の身体に手を回して、震える身体を必死に押さえようとしていた。

「……悪ぃ、こん、な時、に…っ」

「一体どうしたのさ?まさか劣化の影響?」

「……分か…ん、ねぇ…っ。…か…らだ、い、てぇ…!」

また『3番目』が泣きそうになっていたから、ボクは『3番目』の口許を手で押さえる。

「泣くなよ。ルークに迷惑かけたくないだろ」

ボクが言うと『3番目』はぎゅっと目を瞑り我慢した。

「……っぐ…、っっ!!」

「ルーク!?」

ルークは気を失ったようだった。
『3番目』は涙目になりながらルークにしがみつき、小さく「るーくもきえちゃうの?」と言っている。

「ルークは大丈夫。気を失っただけさ」

ボクは前にルークがしたように『3番目』の頭を撫でた。


馬車が目視できる位置まで近付いてきていた。
冷静に状況を判断して、最善の道を導き出さなきゃいけない。生き残る為に。


今生きてる事が凄くて良い事なのか、ボクにはまだ分からない。


けれど。


もう二度と、あんな風に失いたくはない。


このくだらない世界には、失いたくないモノがある事を、今日、ボクは知った。





※※※続きます※※※



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