AL逆行itsbetween1and0/21 AL長編/it's between 1and0 2012年08月10日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第21話・シンク編01「廃棄処分される日」です。 今回からシンク編です。 it's between 1 and 0 第21話 ※※※ ボクは、このくだらない世界で、それ以上にくだらない自我なんてものに目覚めてしまった。 ボクは、導師イオンの代用品の候補の一つとして造られた、複製人間(レプリカ)というバカバカしい存在だ。ボクらを造った科学者達は、ボクの事を『6番目』と呼んだ。つまり、ボクは『6番目』の『ゴミ』という事だ。 ボクはくだらないと思いつつも、科学者達が無遠慮に喋る会話の内容を、いつも聞いていた。 導師イオンは12才で死ぬという預言を受け、その代用品を造る為、レプリカ作製を始めたらしい。 その指揮を執ったのは、大詠師モースと、グランツ謡将。 大詠師モースは、ローレライ教団最大保守派閥の筆頭。グランツ謡将は、神託の盾(オラクル)騎士団の首席総長。どうやら、導師イオンは、自分のレプリカ作製の為に、グランツ謡将に、首席総長の座を与えたらしい。 一度だけ、大詠師モースとグランツ謡将を見た事がある。 どっちが食わせ者か、一目で分かった。 ヴァン・グランツ。 あいつの目は、他の誰よりも、冷めていた。 世界なんてくだらないと思ってるボクと同じ目だと思った。 導師イオンのレプリカは、7体造られた。 『1番目』は、すぐに音素解離を起こして消滅したらしい。 レプリカ作製時の無理が祟った、と聞いた。導師イオンの代用品には、様々な条件を求められた。譜術の才能だけでなく、知能や知識も求めたらしい。だけど、レプリカは被験者の記憶を持たない。それを補う為、作製時に、知識などの刷り込みを行った。 で、失敗。 科学者達の話では『1番目』の作製は実験だったって話。どのくらい脳をいじっても大丈夫かどうか、まずは試してみたって言ってたっけ。それを笑いながら話すんだから、あいつら良い神経してるよ。 次の『2番目』は、ちょっと自信作だったらしい。でも、本物の導師イオンは、お気に召さなかった。 で、導師自ら譜術で吹き飛ばして、木っ端微塵に。 あーあー怖い怖い。 『3番目』は、今、ボクの目の前にある檻に入ってるバカ。 譜術強化の実験台として作製されたけど、結局、能力が劣化。知能は高いらしいけど、知識を刷り込まれなかったから、何も分かっちゃいない無知なガキだ。 『4番目』は、今までの失敗を踏まえて作製されたらしいけど、譜術能力の強化と知識の刷り込みを行って造られた結果、息をしてるだけの肉の塊になった。 で、暫く色んなデータを取られてたけど、科学者達が、火口に捨てると言いながら連れて行った。 ゴミはゴミらしく、焼却処分って訳だ。芸がないにも程があるね。 『5番目』については、あまり話したくない。ボクの隣の檻に入ってるって事以外は、認識したくない。 『6番目』がボク。 今までの失敗作と何一つ変わらない『ゴミ』だ。取り立てて説明する程の事は何もない。 最後は『7番目』…いや、アイツは『導師イオン』様か。 ちょっと前に、檻から出されて、連れて行かれた。 アイツは、ボクと同じ、自我が目覚めたクチだ。最初はそうだと分からなかったけど、『4番目』が火口に捨てられると聞いて、怯えていた。それからは大人しくなったけど、一度目覚めた自我は、なくなる訳じゃない。多分、怯えるとか悲しむとかを止めてしまっただけだろうね。 被験者イオンとレプリカイオンの入れ替えは、ダアト港にある別荘で行われるって言ってたっけ。 導師としての知識はあるけど、被験者としての記憶はないから、入れ代わった事がバレないように、被験者イオンの親衛隊だった導師守護役は、全員解任。前代未聞だって聞いた。ちょっとした騒ぎもあったらしい。 やっぱ、全員解任は、ちょっと強引だったんじゃない? ま、ボクには関係ない事だけどさ。 『7番目』が選ばれたのに、ボクたちは生かされていて、まだ幾つかの実験が続けられていた。 作製後に劣化した能力を強化できるかとか、科学者達が話しているのを聞いて、ホントうんざりした。 『7番目』を生かす為に、ボクたちは生かされている訳だ。 そういえば、『7番目』が造られる少し前に、ちょっと面白い事を聞いた。 作製直後に認められなかった劣化が、時間の経過と共に、どの程度、人体に影響を及ぼすのか。 ある一人の科学者が、そんな事を熱心に調べていた時期があった。 知識の刷り込みを行わなかった『あるレプリカ』が、頭部に痛みを訴えていたらしいけど、それが近年になって、余計に酷くなっていってるらしい。貴重なレプリカらしくて、原因究明の為に、ボク達を使って幾つか実験もしていた。結局、原因は分からなかったみたいだけど。 その後、それを調べていた科学者は姿を消した。消える前日に、グランツ謡将に報告に行くとか言ってたっけ。ま、あの科学者がどうなったのか、興味ないけどさ。 でも『あるレプリカ』ってのには興味引かれたかな。 劣化品のくせに貴重な代用品だなんて、妙だったしね。 レプリカは、劣化が酷くて『代用品』になれなければ、ただの『ゴミ』。良くて『実験動物』だ。 あの科学者が言ってた『あるレプリカ』ってのは、一体誰の『代用品』になっているんだろう。 ローレライ教団の導師くらい重要人物なんだろうけど。 コンコン、と金属を叩く音がする。 「うるさいんだけど。いい加減、静かにしてくれない?」 ボクの隣の檻に入ってる『5番目』は、耳障りなヤツだ。 目の前の檻に入ってる『3番目』はバカで目障りだけど、『5番目』ほどイライラさせられない。 こいつは、ボクを話し相手だと思ってるフシがある。 ホントうんざりだ。『ゴミ』には、話し相手なんて必要ないってのに。 『5番目』が隣の檻に入ってるのは、不幸中の幸い。おかげで、耳障りなヤツの姿を見なくて済む。ま、姿なんて、どうせボクと同じなんだけど。 「今日の彼ら、ちょっと様子が変ですよね?」 こいつの言う『彼ら』というのは、科学者達の事だ。 「だから、どうしたって言うのさ。興味ないね」 興味はないけど、原因は知っている。 最近、科学者たちが話しているのを聞いたからだ。 この研究所に撤収命令が出るかもしれない。そんな事をひそひそと話していたっけ。 ボクには興味ない。この研究所を撤収するという事は、あの日が来るって事だ。 ボクら『ゴミ』が、廃棄処分される日。 一人の科学者が外から戻って来ると、科学者達が騒ぎ始めた。 「撤収命令が出た。データ回収後に移動する」 「そう。機材はどうするの?」 「ここに封印するんだよ。あっちにも同じモノがあるしね」 「あの『7番目』は?」 「アレは問題なく執務をこなしているらしいですよ」 「体力の劣化が心配されたが…」 「データはある。壊れたらまた造れば良い」 「残りのレプリカは?」 「閣下の命令で、廃棄処分だ」 「実験動物としては勿体ない気もするが…」 「実験にマウスじゃなくてバケモノを使いたいならご自由に」 「冗談はやめてちょうだい。あんなバケモノ、手に余るわ」 バケモノ、ね。確かに、能力が劣化してるとは言え、導師イオンのレプリカ。その辺の被験者様より、手に余るだろうさ。 研究所内が、一気に騒がしくなった。 科学者たちは自分の研究資料をまとめるだけで大忙しだ。 そこへ、一人の女がやってきた。 強い意志を宿した藍色の瞳。長い栗色の髪は、高い位置に結い上げている。その歩く姿を見れば、彼女の進路を妨げてはならないような迫力を感じる。神託の盾騎士団の首席総長付副官であり、第四師団の師団長、グランツ謡将の右腕と名高い、魔弾のリグレットだ。 「5時間以内に撤収作業を終了せよ。研究所を封印する」 リグレットは研究所を見回す。だけど、ボクとは目すら合わなかった。 「ここは任せる。撤収作業終了次第、報告せよ」 部下のオラクル騎士に言うと、リグレットは出ていった。他のオラクル騎士たちがやって来て、科学者たちを手伝いながら、荷物を運び出していく。 コンコン、とまた隣から音がする。 「僕たちはどうなると思いますか?」 「廃棄処分だろ。分かりきった事、聞かないでくれる?」 その分かりきった事をわざわざ言うボクも、どうかしてるのかもしれない。 「せめて、あなた達だけでも、生き残れないでしょうか?」 「何バカなこと言ってんの」 ボクは呆れて一つ息を吐く。 「あのさぁ、仮にボクがここを脱出する気があっても、ここを脱出して生き残るなんて、不可能だ。檻の中にいる上、譜術制御の手枷に、逃走防止の足枷。脱出する隙なんて1ミリもないんだよ」 「…今日は、たくさん喋ってくれるんですね」 はぁ!? 何言ってんの。こいつの頭、おかしいじゃない? 「アンタさぁ、ついに頭が壊れちゃったんじゃない?」 「…ふふふ、そうかもしれませんね。こんな時ですし」 「自分が廃棄処分されるってのに、笑う余裕あるんだ。ボクは、こんなくだらない世界になんて興味ないけど、アンタはいっつも言ってたじゃないか。外の世界がどんなものなのか、自分の目で見てみたいって」 「…えぇ、僕は、ずっと憧れていました。外の世界に」 なんで過去形なの?…あぁ、そっか、死ぬ覚悟ができたってヤツ? 「ボクには理解できないね」 「この世界に興味がないなんて、もったいないと思いますよ」 「はぁ?何言ってんの?」 「空とか海とか森とか、見てみたいとは思いませんか?」 「興味ないね。そもそも、既に知ってるし」 「それはただの知識でしょう。実際に見た訳ではありません」 ……あぁ、ホント、イライラさせられる。 「もう黙っててよ。最後くらい、」 言いかけて、ボクは驚きで言葉を失った。 「…良かった、間に合った……!!」 喜びを滲ませた声が、聞こえてきたからだ。 ※※※続きます※※※ PR