AL逆行itsbetween1and0/17 AL長編/it's between 1and0 2012年08月01日 アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0 第.17話・アッシュ05編「空と同じ色の海」です。 第.17話・アッシュ05編 「何するんだ…っ!」 「お前は譜術を使う時、左手は使わない」 ガイの顔からは、笑みが消えていた。 俺は認識を改める。ガイ・セシルは、最も危険な人物だ。 俺の『望み』にとって。最大の障害になるかもしれない。 左手を掴まれたまま、俺はガイと睨み合う。 よくよく考えれば、左利きで左に剣を持つルークが、戦闘中に譜術を使うとすれば、右手を使う事になる。その為、普段から、右手で譜術を使っていたのだろう。 俺はもともと左利きだが、右を使うように矯正された。 …というか、慣習で、普通は矯正する。何故、あいつは矯正されず左手で剣を持ち、右手で譜術を使うのか、俺には全く理解できない…!いや、まぁ、今はそんな事など、どうでもいい。 問題は、どうやって今を切り抜けるか、だ。 自然な理由を答えなければならない。説得力がありルークらしい理由だ。考えろ。 ……考えるんだ! ここで俺とルークが入れ代わったとバレる訳にはいかねぇ…! 「…べ、別に、どっちの手を使っても良いだろっ」 …あぁ、ダメだ。 様々な理由を考えたが、最終的にルークらしさを考慮すると、こんな馬鹿で単純な言い訳しか言えない…。……自分で言ってて、情けなくなる。 「…ま、そりゃそだな」 ガイは納得して、俺の手を離した。本当に納得したかどうかは、さておき、だが。 「記憶を失ってから、左利きになっちまったから、てっきり記憶を取り戻したんじゃないかと思ったんだが…。俺の早とちりだった」 ガイはそう言って、からからと爽やかに笑う。 無駄に爽やかなのは、昔から変わっていないんだな…。 しかし…。 「ガイは、俺に記憶を取り戻して欲しい、のか?」 聞きたかった事を聞いてみる。 『前』のガイは、ルークに心酔していた。一族の復讐を諦めても良いと、誓えるほどに。 ただ、今現在、こいつがどのくらいルークに傾倒しているのか、俺は知る必要があった。ガイの答えによっては、俺は態度を改める必要がある。 ガイは「そうだなぁ…」と言いながら後ろ頭を掻く。「記憶が戻らなくても、ルークはルークだしな。記憶を失う前のお前はあまり可愛げなかったから、俺は、今のお前の方が気楽で良いよ」 可愛げなかった…って……。…いや、可愛げがあったと言われるのも複雑だが。 「……気楽、ねぇ…」 俺は呟きながら息を吐く。 ガイとルークの間にある友情ってヤツは、どうにも理解不能だ。 「あ。でも、逆はなー…」 「逆?」 「そう。馬鹿馬鹿しいくらいあり得ない『もしも』の話だが、逆に、お前が10才までの記憶を取り戻して、これまで5年間の記憶を失ってしまったと、仮定する」 「あぁ、逆に、か。もし、そうなら、どうする?」 「もちろん、俺の知ってるルークを返せ!って怒るだろな」 ガイは冗談っぽく言って笑った。 ……あぁ、やっぱり、こいつらの友情は理解不能だ。 「もう眠るだろ?邪魔したな」 ガイはそう言うと、入ってきた窓の方へと向かう。 「あぁ、そういえば」 窓枠に足をかけた所で、ガイが振り返った。 「あれ、ラムダスさんから受け取った。ありがとな」 『あれ』?何の話だ?……まぁ、どうでもいいか。適当に話を合わせておこう。 「礼を言われる程の事じゃねぇよ」 「二日前に、頼んでくれたんだって?」 「あ、あぁ、まぁ…」 「食べてみたら、すっげぇ美味かったぜ、あれ」 「…そうか、そりゃ良かった」 俺が応えると、ガイは微笑んでから、ひらりと窓を越える。 「じゃあ、おやすみ。明日は二度寝するなよ」 「うるせー」 ガイは手を振って、消えていった。 そこで、ようやく一息。 俺は疲れていた。 ガイが予想以上にあっさりと引いてくれたおかげで、誤魔化せたようなものだった。 いつか、適当に話を合わせるのも限界が来るかもしれない。 今の内にルークに話を聞く必要があるな。 (…おい、ルーク。…ルーク?…おい、劣化野郎!) 回線が繋がらない…? ……あの馬鹿、もう眠りやがったのか…! チャネリング時の頭痛があれば、痛みで起きただろうが…。 ……仕方ない。俺ももう寝るか。 ……はぁ、もう疲れた…。 翌日、朝早くから目が覚めた俺は、ベッドの上であぐらをかき、チャネリングを開始した。 本当はさっさと身支度を済ませたかったが、ガイが起こしに来るまで寝ているのがルークの作法だ。 チャネリングをすると、感心にも、ルークは既に起きていて、朝一番のダアト行きの連絡船に向かっている所らしい。 同調を深くし、ルークの目を通して景色を見る。 早朝というのに、いや、早朝だからか、朝のバチカル港は漁師や船員たちでごった返している。 (チケットは、俺の荷物の中にあっただろ?) (あぁ…。つーかさ、一等船室じゃねぇか。贅沢だなぁ) (隠密行動の時は違うが、今回は表向きの任務だったからな。特務師団の副師団長ならば当然だ) (ふーん…。あれ?副って?) (今の俺はまだ『副』師団長だ。『前』と同じなら、俺の前任が、マルクトでの任務でくたばり、もうすぐ俺に師団長の座が回ってくる…と思うが) (じゃあ、まだ六神将じゃないんだ?) (まだ『前』のような六神将は存在しねぇよ) (…ふーん、そっか。…そうだよな、シンクも……) シンク、か。 イオンレプリカの一人。烈風のシンク。 知謀に長け、譜術も使うが、格闘術を得意としていた。『前』は、神託の盾騎士団の参謀総長だったガキ。自分が生まれた事そのものを恨んだまま死んでいった。生きてる時はいけすかねぇ野郎だったが、あいつは…。 急にルークが静かになった事に気付く。 (ルーク、何を考えてる?) (シンクたちを助けたいな、って) (シンクねぇ…。まぁ、ヤツだけは大丈夫だろ。『前』と同じなら、ヴァンのヤツが拾う筈だ) (それじゃあ、大丈夫じゃねぇんだよ!全員ちゃんと助けたいんだ!シンクもな!) ちゃんと助けたい、か。 悪いが、そのお前の望みを叶えてやるつもりはねぇ。 脅威になる前にシンクを殺すって話なら別だったが。 連絡船の搭乗口に到着したルークは、そこにいた船員にチケットを見せ、階段を上っていく。 船室に向かうかと思ったが、目の前の景色が違う。 (おい、どこに行く?) (甲板!) ………甲板? (…何かあるのか?) (海が見えるだろ!) ……はぁ?! 甲板に到着したルークは走り出したらしく、景色が揺れる。 ルークの姿は見えないが、はしゃいでいる事くらい分かった。 (おいっ!お前はガキかっっ!はしゃぐんじゃねぇ!!) (海だぜ?!はしゃがずにいられるかっての!!) 俺は頭を抱えた。 『前』の時も、確かにルークは馬鹿だと思っていた。 だが、こんなに子供っぽい事で喜ぶようなヤツだったか? (俺さ、『前』に初めて海を見た時は、夜だったんだ。月明かりを反射してて、そりゃあ静かで綺麗だったけどさ、俺は、空と同じ色の海の方が好きだったなー…) 初めて見た海、か…。 『前』に、ルークが初めて外の世界に出た時、その目で見るモノは、殆ど全て初めて見るモノだった。ルークは世間知らずだと馬鹿にされるのが嫌で、初めて見るモノへの感動を極端に押さえ、興味がない、あるいは、無感動なフリをしていた。 『前』のルークはそんなヤツだった。だが、感情を抑制しない今のルークが、本当の…。 (アルビオールから海を見るのも好きだったなー…。今度の初めての海は夜じゃなくてラッキーだったかも!) などと、ルークの言葉は続く。 (ぅあ!でも朝日が眩しすぎて、まだあんま青くねぇや!) ルークの見る海が、見えた。 水平線に朝日が昇ろうとしている。海は太陽の光を反射し、いつもよりも眩しく見えた。 (俺、思うんだけど、朝日ってさー、空の真ん中が切れて、そっから太陽が零れてきてるみたいだよなぁ……) 太陽が零れる? 朝日をどう見れば、そんな表現になるのか理解不能だ。 だが、ルークの瞳を通して見る海は、こんなに綺麗なのか……。 (ははは、悪ぃ。はしゃぎすぎた。もう船室に戻るわ) (…いや、こういうのも、たまには悪くない) (え?…そ、そうか?) (あぁ) (そっか…、うん、そっか、そうだな…) ルークは何かを納得したのか、動かなかった。 出航の知らせが届くまで、甲板から黙って海を見ていた。 俺は自分の言葉を反芻する。 『こういうのも、たまには悪くない』 そう思える『今』の自分、『前』とは違う自分に、俺は俺自身でも驚きながら、 それでも何故か、少しマシになれたと思えた。 (そういえばさ、何か用事だったんじゃねーの?) そうルークに問われるまで、俺はすっかり忘れていた。……不覚だ。 (俺は、この屋敷で、お前を演じなきゃならない。だが、周りの人間…特に、ガイを騙すのは難しい。それで、現在のお前の状況を聞いておこうと思っただけだ) (現在の状況っつってもなー…。お前、演技できんの?もー開き直って、記憶取り戻しマシタで良いんじゃね?) (良い訳あるかボケがッッ!) (……じゃー、部屋に引き込もってりゃ良いじゃん) (お前が帰ってくるまでの間とは言え、それだけでは無理だ) ルークの返事がない。 (おい、ルーク?…ルーク!!) (へっ?あ、あぁ、悪ぃ。…まぁ、そうだよなー…) (ところで、昨夜、ガイに言われたんだが) (ガイに?) (ラムダスから何か受け取ったと言っていたな。礼を言われたぞ。お前が2…3日前に頼んだとか。一体何の事だ?) (……3日前?っっあーーーーっ!!!!!) 俺は驚いて耳を塞いだ。いや、耳を塞いだ所で意味はないが。 (うわぁ!アッシュ、ごめん!俺、すっかり忘れてた!!もう必要なかったから、ガイにあげといてって言ったんだ!よく考えたら、俺、すっげー変な事しちまったかも!!) (…落ち着け。一体何をガイに渡したんだ?) (音機関の部品だよ!) ………何だと? 昨夜、ガイは言わなかったか…? 『食べてみたら、すっげぇ美味かったぜ』と。 ……あの野郎、俺をハメやがったのか…!!! 俺は、ガイに怒りを覚えた直後、自分の間抜けさを知り、自己嫌悪に陥った。 ※※※続きます※※※ ※ PR