AL逆行itsbetween1and0/16 AL長編/it's between 1and0 2012年07月31日 アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0 第.16話・ガイ06編「賭けをしないか?」です。 第.16話・ガイ06編 円形の中庭は、淡く光る音素灯で、ライトアップされていた。 公爵と奥方、将軍二人にヴァンが、ベンチに腰掛けて、ルークが出てくるのを待っている。 屋敷の使用人たちにも話が広がっていたらしく、窓から覗き見する者も多い。 俺は、中庭に戻ると、ヴァンの顔が見える場所に立った。 ヴァンの驚く顔が見たかったからだ。 リャンッ、と鈴の音が響く。 中庭の中央に出てきたルークが、剣を差し上げた。 ルークの白いロングコートが、音素灯の光を反射し、淡い光を帯びているように見える。 赤い髪は、焔のように風に揺らめき、 翡翠色の瞳は、硬質な光を秘め、静寂をもたらしていた。 ルークの剣には、長い絹が結びつけられている。 その薄い絹の両端には、小さな鈴が幾つも縫い付けられていた。 俺はヴァンの顔を窺い見る。 その顔は驚愕に支配され、言葉を紡ぐ事を忘れていた。 ヴァンは気付いたんだ。最初の構えと、ルークの出で立ちを見ただけで。 この剣舞が、鳳凰天舞の歌姫散華である事を。 俺の姉マリィベルが、最も愛し得意とした剣舞である事を。 ルークの剣舞は、完璧だった。 剣は風を斬り、風を生んだ。 薄い羽衣が、まるで風に乗って散る花びらのように舞う。 鈴は軽やかに空気を震わせ、音楽を奏でる。 赤い焔の色をした髪が揺れれば、その姿は、より幻想的に朧気になっていく。 舞いに目と心を奪われ、自分の存在さえ忘れそうになる。 一瞬、この世界に生きて動いている生命が、ルーク唯一人であるかのような錯覚を覚える。 剣舞が終わった時、 ヴァン以外の全員が、素直な感動と感謝を込めて、ルークに拍手を送った。 奥方は感動と喜びで目に涙を溜めて、ルークの傍に寄る。公爵や将軍二人も、ルークに賛辞を送り始めた。窓から覗き見していた使用人たちの表情も似たようなものだ。 ルーク本人は、恥ずかしさのあまり、後ろ頭を掻く手が止まらない。 それを見て、俺は、気分が良くなった。 剣舞に驚いていたヴァンが、ようやく我に反り、俺の方に顔を向けた。 「……あなたも、お人が悪い…」 小声で話しかけられ、俺は微笑み返す。 俺は知っていた。 姉上が剣舞を舞う時、あんたが姉上に送っていた眼差しを。 ルークの剣舞は、二つの意味で完璧なんだ。 一つは完成度という意味での完璧。 もう一つは、姉上の癖を全て再現した完璧。 ルークに剣舞を教える事になった時、 俺は、姉上の剣舞をまた見たいという衝動に駆られた。 その完璧さを求めた結果、ルークは予想以上に応えてくれた。ルークの剣舞を見る度に、俺は大好きだった姉上を思い出せた。 「俺もあんたも、あの舞いが好きだった。驚いたろ?」 ヴァンを驚かせる事が出来て、俺は満足だった。子供っぽい仕返しなのは分かっている。それでも、冷静沈着で全てを見透かしたようなヴァンの表情を、少しでも歪める事が出来た。 「…驚きました。まさか、あれほど完璧に……」 言いかけて、ヴァンは目を閉じる。姉上の事を思い出しているんだろうか。 「しかし、私を驚かせる為に、ルークを利用されるとは…」 俺は驚いて硬直した。 ルークを利用…だって? 「記憶もなく、赤子同然だったルークを見たあの時は、この先どうなるかと思案に暮れたものですが…。…いや、なかなか美しい人形に育っているようです」 『人形』? 「あなたが育てた歌姫散華を舞う人形、楽しませて頂きました」 俺が驚いている事に気付かないヴァンは、ルークを労う為に、俺に背を向けて、歩き始める。 「ルーク、ここまで出来るとは、驚かされたぞ」 「ホントですか!?師匠にそう言ってもらえると、すっげぇ嬉しいです!」 ヴァンとルークの声が聞こえてきたが、俺は、その場から動く事が出来なくなっていた。 公爵が俺の傍を通り過ぎる時、「想像以上だった。この件については不問とする」と言っていたが、俺は曖昧に返答する事しか出来なかった。 ………俺は、ルークを利用したのか。 招待客が帰り、俺はぼんやりしながら片付けを手伝った。 結果的にルークを利用したという事実が、ショックだった。 ルークの部屋を訪ねたのは、少し遅い時間になってからだった。 ルークはロングコートを床に投げたまま、ベッドに俯せになって、音楽を聴いていた。 ロングコートを拾う。真っ白なコートに、靴の跡がついていた。 床に投げた後、間違って踏んでしまったのだろうか。後で、ランドリーメイドに文句言われるだろうな。俺が。そんな事をわざとらしく考えながら、俺は、なるべくルークの方を見ないようにした。ルークを見る事が出来なかった。 「なぁ、ガイ」 突然、声をかけられ、俺の心臓が跳ね上がった。 驚きを悟られないように、なるべく平静に声をかける。 「どうした、ルーク?」 「あの剣舞、みんな誉めてくれた。ありがとな」 俺は、息が詰まりそうになった。 感謝される事なんて、俺は何一つしていない。自分の満足の為に、俺はルークを利用してしまったんだ。ルークは道具なんかではないのに。 「俺に感謝する必要ないさ。お前の実力だろ」 冗談っぽい響きを加えて応える。今、俺が本当に思っている事は言えなかった。嘘の笑顔で嘘を言う。いつもの事なのに、辛くて、逃げ出したかった。 「あの後、父上たちが話してるのを聞いてさ…」 ……え? 「記憶さえ取り戻せば問題ないのに、って話してた」 俺は驚いてルークを見た。 ルークは枕に顔を突っ伏したままだ。 記憶さえ戻れば問題ないという事は、 記憶が戻らないルークは、どんな努力をしても問題ありだという事なのか? 俺は気付いて、白のロングコートを見る。 くっきりついた靴跡は、誰にもぶつけられなかった、本音なんだろうか。 誰もが過去のルークを望んでいて、今のルークは、どんなに努力しても認められない。 誰もが、過去に囚われている。 記憶を取り戻してほしいとルークに願う公爵も奥方も、 復讐の為にルークを利用しようとしているヴァンも俺も。 誰一人、今のルークを望んでいない。 だから、ルークは独りぼっちで音楽を聞いて、今も、こうしてベッドで俯せになっている…。 俺自身の満足の為に教えた剣舞は、ルークを傷付けた。後悔しても遅かった。謝りたいのに、どう謝って良いのか分からなかった。 罪悪感の為に言葉を返せないでいると、突然ルークが起き上がり、俺の顔を見て、笑った。 「まぁ、今に始まった事じゃねぇけどな!」 ルークは続けて「ホントうぜぇよなー」と言いながら笑う。 ここは笑う所じゃないだろ。 悲しんで良いんだぞ? どうして、そんな風に笑えるんだよ? あんな風に自分を否定されて、それが分かっているのに、 どうして一言『辛い』と言ってくれないんだよ? 「ルーク、」 「何だよ?」 「お前、記憶なくて辛くないか?」 ルークは僅かに驚いたらしく、俺を凝視した後、 困ったような表情で、それでも、微笑む。 「記憶が戻らなくて、みんな心配させちまってるけどさ。でも、過去ばっか見てても、前に進めねぇし…」 ……過去ばかり見てても、前に進めない…。今の俺そのものじゃないか…。 「だから、過去なんていらねぇや」 ルークはそう言って、顔いっぱいに笑ってみせた。それが、精一杯の虚勢だったとしても。 その言葉は、俺の背中を押し、一歩前へ進めてくれる気が、した。 復讐ではない、別の未来へ。 「なぁ、ルーク。俺と賭けをしないか?」 俺はルークとある賭けをした。ルークは、何故そんな賭けをするのか分からないという顔をしつつも、「いいぜ」と答えて楽しそうに笑った。 あの様子では、賭けをした事など、数日後には忘れてるだろう。 それでも構わなかった。 賭けと言いつつも、その賭けの勝者がどちらになるのか、俺には分かっていたからだ。 それから数ヵ月後、俺は公爵の護衛の一人として、共にベルケンドへ旅立った。 三週間ぶりに屋敷に戻ってみれば、ルークの様子が変だった。 図書室でルークが意識を失って倒れたと聞いた。俺以外の前で。あれほど注意していたというのに。絶対にベルケンドの事を聞きたがると思っていたのに、その話題を避けているかのように振る舞う。 しかも、ヴァンに声をかけられた途端、泣き喚く。何度も『ごめんなさい』と繰り返しながら。 「一体どうしたんだ?」と聞いてみれば、「師匠の為に何も出来なかったから」とルークは言う。訳の分からない事ばかりだった。 そして『アレ』の事も、不可解としか言いようがない。 屋敷に賊が侵入したと聞き、 ルークが倒れているのを見つけた時は、心臓が潰れそうになった。 けれど、何かが引っ掛かり、違和感が残る。 その違和感が、はっきりと確信に変わったのは、ルークが中庭で譜術を使った瞬間。 あいつが、左手で、譜術を使った瞬間だった。 ※※※続きます※※※ 次回はもとの時間軸に戻ります。 次回は「アッシュ編」です。 ※ PR