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AL逆行itsbetween1and0/16


アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0

第.16話・ガイ06編「賭けをしないか?」です。






第.16話・ガイ06編


円形の中庭は、淡く光る音素灯で、ライトアップされていた。

公爵と奥方、将軍二人にヴァンが、ベンチに腰掛けて、ルークが出てくるのを待っている。
屋敷の使用人たちにも話が広がっていたらしく、窓から覗き見する者も多い。

俺は、中庭に戻ると、ヴァンの顔が見える場所に立った。

ヴァンの驚く顔が見たかったからだ。


リャンッ、と鈴の音が響く。

中庭の中央に出てきたルークが、剣を差し上げた。

ルークの白いロングコートが、音素灯の光を反射し、淡い光を帯びているように見える。

赤い髪は、焔のように風に揺らめき、
翡翠色の瞳は、硬質な光を秘め、静寂をもたらしていた。

ルークの剣には、長い絹が結びつけられている。
その薄い絹の両端には、小さな鈴が幾つも縫い付けられていた。

俺はヴァンの顔を窺い見る。
その顔は驚愕に支配され、言葉を紡ぐ事を忘れていた。

ヴァンは気付いたんだ。最初の構えと、ルークの出で立ちを見ただけで。

この剣舞が、鳳凰天舞の歌姫散華である事を。


俺の姉マリィベルが、最も愛し得意とした剣舞である事を。


ルークの剣舞は、完璧だった。

剣は風を斬り、風を生んだ。
薄い羽衣が、まるで風に乗って散る花びらのように舞う。
鈴は軽やかに空気を震わせ、音楽を奏でる。
赤い焔の色をした髪が揺れれば、その姿は、より幻想的に朧気になっていく。


舞いに目と心を奪われ、自分の存在さえ忘れそうになる。
一瞬、この世界に生きて動いている生命が、ルーク唯一人であるかのような錯覚を覚える。


剣舞が終わった時、

ヴァン以外の全員が、素直な感動と感謝を込めて、ルークに拍手を送った。

奥方は感動と喜びで目に涙を溜めて、ルークの傍に寄る。公爵や将軍二人も、ルークに賛辞を送り始めた。窓から覗き見していた使用人たちの表情も似たようなものだ。
ルーク本人は、恥ずかしさのあまり、後ろ頭を掻く手が止まらない。

それを見て、俺は、気分が良くなった。


剣舞に驚いていたヴァンが、ようやく我に反り、俺の方に顔を向けた。

「……あなたも、お人が悪い…」

小声で話しかけられ、俺は微笑み返す。

俺は知っていた。
姉上が剣舞を舞う時、あんたが姉上に送っていた眼差しを。


ルークの剣舞は、二つの意味で完璧なんだ。

一つは完成度という意味での完璧。
もう一つは、姉上の癖を全て再現した完璧。


ルークに剣舞を教える事になった時、
俺は、姉上の剣舞をまた見たいという衝動に駆られた。
その完璧さを求めた結果、ルークは予想以上に応えてくれた。ルークの剣舞を見る度に、俺は大好きだった姉上を思い出せた。

「俺もあんたも、あの舞いが好きだった。驚いたろ?」

ヴァンを驚かせる事が出来て、俺は満足だった。子供っぽい仕返しなのは分かっている。それでも、冷静沈着で全てを見透かしたようなヴァンの表情を、少しでも歪める事が出来た。

「…驚きました。まさか、あれほど完璧に……」

言いかけて、ヴァンは目を閉じる。姉上の事を思い出しているんだろうか。

「しかし、私を驚かせる為に、ルークを利用されるとは…」

俺は驚いて硬直した。


ルークを利用…だって?


「記憶もなく、赤子同然だったルークを見たあの時は、この先どうなるかと思案に暮れたものですが…。…いや、なかなか美しい人形に育っているようです」


『人形』?


「あなたが育てた歌姫散華を舞う人形、楽しませて頂きました」

俺が驚いている事に気付かないヴァンは、ルークを労う為に、俺に背を向けて、歩き始める。

「ルーク、ここまで出来るとは、驚かされたぞ」

「ホントですか!?師匠にそう言ってもらえると、すっげぇ嬉しいです!」

ヴァンとルークの声が聞こえてきたが、俺は、その場から動く事が出来なくなっていた。

公爵が俺の傍を通り過ぎる時、「想像以上だった。この件については不問とする」と言っていたが、俺は曖昧に返答する事しか出来なかった。


………俺は、ルークを利用したのか。




招待客が帰り、俺はぼんやりしながら片付けを手伝った。

結果的にルークを利用したという事実が、ショックだった。


ルークの部屋を訪ねたのは、少し遅い時間になってからだった。

ルークはロングコートを床に投げたまま、ベッドに俯せになって、音楽を聴いていた。

ロングコートを拾う。真っ白なコートに、靴の跡がついていた。
床に投げた後、間違って踏んでしまったのだろうか。後で、ランドリーメイドに文句言われるだろうな。俺が。そんな事をわざとらしく考えながら、俺は、なるべくルークの方を見ないようにした。ルークを見る事が出来なかった。

「なぁ、ガイ」

突然、声をかけられ、俺の心臓が跳ね上がった。
驚きを悟られないように、なるべく平静に声をかける。

「どうした、ルーク?」

「あの剣舞、みんな誉めてくれた。ありがとな」

俺は、息が詰まりそうになった。

感謝される事なんて、俺は何一つしていない。自分の満足の為に、俺はルークを利用してしまったんだ。ルークは道具なんかではないのに。

「俺に感謝する必要ないさ。お前の実力だろ」

冗談っぽい響きを加えて応える。今、俺が本当に思っている事は言えなかった。嘘の笑顔で嘘を言う。いつもの事なのに、辛くて、逃げ出したかった。

「あの後、父上たちが話してるのを聞いてさ…」

……え?

「記憶さえ取り戻せば問題ないのに、って話してた」

俺は驚いてルークを見た。
ルークは枕に顔を突っ伏したままだ。

記憶さえ戻れば問題ないという事は、
記憶が戻らないルークは、どんな努力をしても問題ありだという事なのか?

俺は気付いて、白のロングコートを見る。
くっきりついた靴跡は、誰にもぶつけられなかった、本音なんだろうか。

誰もが過去のルークを望んでいて、今のルークは、どんなに努力しても認められない。
誰もが、過去に囚われている。
記憶を取り戻してほしいとルークに願う公爵も奥方も、
復讐の為にルークを利用しようとしているヴァンも俺も。

誰一人、今のルークを望んでいない。

だから、ルークは独りぼっちで音楽を聞いて、今も、こうしてベッドで俯せになっている…。

俺自身の満足の為に教えた剣舞は、ルークを傷付けた。後悔しても遅かった。謝りたいのに、どう謝って良いのか分からなかった。


罪悪感の為に言葉を返せないでいると、突然ルークが起き上がり、俺の顔を見て、笑った。

「まぁ、今に始まった事じゃねぇけどな!」

ルークは続けて「ホントうぜぇよなー」と言いながら笑う。

ここは笑う所じゃないだろ。
悲しんで良いんだぞ?
どうして、そんな風に笑えるんだよ?
あんな風に自分を否定されて、それが分かっているのに、
どうして一言『辛い』と言ってくれないんだよ?

「ルーク、」

「何だよ?」

「お前、記憶なくて辛くないか?」

ルークは僅かに驚いたらしく、俺を凝視した後、
困ったような表情で、それでも、微笑む。

「記憶が戻らなくて、みんな心配させちまってるけどさ。でも、過去ばっか見てても、前に進めねぇし…」

……過去ばかり見てても、前に進めない…。今の俺そのものじゃないか…。


「だから、過去なんていらねぇや」


ルークはそう言って、顔いっぱいに笑ってみせた。それが、精一杯の虚勢だったとしても。

その言葉は、俺の背中を押し、一歩前へ進めてくれる気が、した。


復讐ではない、別の未来へ。


「なぁ、ルーク。俺と賭けをしないか?」


俺はルークとある賭けをした。ルークは、何故そんな賭けをするのか分からないという顔をしつつも、「いいぜ」と答えて楽しそうに笑った。
あの様子では、賭けをした事など、数日後には忘れてるだろう。

それでも構わなかった。
賭けと言いつつも、その賭けの勝者がどちらになるのか、俺には分かっていたからだ。




それから数ヵ月後、俺は公爵の護衛の一人として、共にベルケンドへ旅立った。


三週間ぶりに屋敷に戻ってみれば、ルークの様子が変だった。

図書室でルークが意識を失って倒れたと聞いた。俺以外の前で。あれほど注意していたというのに。絶対にベルケンドの事を聞きたがると思っていたのに、その話題を避けているかのように振る舞う。

しかも、ヴァンに声をかけられた途端、泣き喚く。何度も『ごめんなさい』と繰り返しながら。
「一体どうしたんだ?」と聞いてみれば、「師匠の為に何も出来なかったから」とルークは言う。訳の分からない事ばかりだった。

そして『アレ』の事も、不可解としか言いようがない。

屋敷に賊が侵入したと聞き、
ルークが倒れているのを見つけた時は、心臓が潰れそうになった。
けれど、何かが引っ掛かり、違和感が残る。


その違和感が、はっきりと確信に変わったのは、ルークが中庭で譜術を使った瞬間。


あいつが、左手で、譜術を使った瞬間だった。





※※※続きます※※※

次回はもとの時間軸に戻ります。
次回は「アッシュ編」です。



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