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AL逆行itsbetween1and0/15



アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0

第.15話・ガイ05編「みすみす手放すのはおしい」です。





第.15話・ガイ05編



「ごめんな、ガイ…」

珍しくルークが落ち込んだ様子で謝った。

「いや、謝るのは俺の方だろ。お前が庇ってくれなかったら、クビになる所だった。しかも、こんな事まで引き受けて…。こうなった時の為の対策を考えていなかった俺が悪かった。すまないな、ルーク…」

ルークの着替えを手伝いながら、俺は溜め息をつく。

「ガイは悪くねぇよ!将軍にチクったヤツが悪いんだ!」

裾の長い白のロングコートが、ルークの緋色の髪を引き立たせていた。
詰め襟のホックを留めると、ルークは窮屈そうに眉を寄せる。

「さ、これで良いぞ。…本当に大丈夫か?」

「……あぁ。ヘマしないよう祈っててくれ」

ルークは言うと、剣を手に取って背を向けた。


…ったく、なんでこんな事に……!これじゃあ、ルークが見世物みたいじゃないか!

俺は悔しさのあまり奥歯を噛み締めながら、ルークの背中を見つめる。




こんな事になったのは、夕食会での会話が原因だった。



夕食会に招待されたのは、グランツ謡将だけでなく、王国軍第一師団長ゴールドバーグ大将と、最近、その名を知られるようになったセシル少将だった。

公爵の方は、招待客と話を弾ませていたが、奥方とルークは、四人の話を聞きながら、特に無視するでもなく割って入るでもなく食事を進めていた。

俺はルークの後ろに控え、給仕を手伝っていた。セシル少将の名に思う所があり、ぼんやりとしていたので、その話になった時、少し反応が遅れてしまったのは確かだった。

「ルーク様は、剣舞を嗜まれるとか?」

程よくアルコールの回ったゴールドバーグ将軍が、機嫌良くルークに聞いてきた。

その話を振られて、ルークは首を傾げ、それからちょっとだけ俺の方に視線を投げ掛ける。
俺も眉をひそめて首を傾げた。

何故、ゴールドバーグ将軍が知ってるんだ?

「いずれ王国軍を率いるであろうルーク様が、武芸に秀でておられるという報せは、王国軍の指揮を高め、勝利を導く徴になるでしょうな」

将軍に悪気はない。と、思う。問題はその次だ。

「…ほう。私には剣舞を指導した覚えはありませんが…。そのような話は初めて聞きました。ルーク、今度、師の私にも披露してもらいたい所だな」

そのグランツ謡将の言葉を聞き、公爵や奥方、将軍二人が、目を点にした。

剣術指南役が指導しなくて、誰が教えたんだ?その疑問は尤もだった。

「ルーク、どういう事ですか?母も初めて聞きました。剣舞とは?危険なものではないのですか?」

心配性の奥方が、真っ先にルークに聞いた。

「…ぁ、あの、えぇと……」

「ルーク、きちんと説明しなさい」

公爵の眉間に寄った皺が、深くなっていく。

フォローしようにも、この場で発言できる筈のない俺は、困惑するルークに声をかける事すら出来なかった。

その時、公爵と目が合う。

「…そうか。ガイ・セシル、お前なのだな。少し剣の腕が立つからと言って、使用人の分際で、剣術指南役を差し置いて…!」

怒気を孕んだ声に、ルークがびくりと肩を震わせた。

「父上、ガイは悪くありません!俺が頼んだのです!本当は剣の手合わせをしてほしかったのですが、万が一にも俺に怪我をさせてはいけないと言って、それで代わりに…。俺が我儘を言ったから……」

ありがとな、ルーク。庇ってくれて。

「ガイ、そなたの剣術は独特だと聞いている。どの流派に属し、剣の師は誰なのか答えなさい」


その公爵の言葉を聞き、俺は覚悟を決めた。

俺には答える事が出来ない。シグムント流剣術は、ホドに伝わる独特の剣術。答えれば最後、敵国マルクト帝国のホド島出身であるとバレてしまう。

俺は両膝をつき、頭を垂れる。

「畏れながら、私はその質問に対する答えを持ちません。私は師につき剣術を習う事は許されませんでした。私の剣術は、アルバート流剣術を真似ただけの自己流。剣舞も、流派を持たぬ旅芸人のそれと同じです」

その答えを聞いて、公爵は激昂したようだった。

罪に問われる事になるのか…。あるいは、子供の遊びの延長として処理され、罪は問われないにしても、護衛剣士を解任され、屋敷から追い出されてしまうのか。

でも、これで良いのかもしれない。
これ以上、ルークの傍にいれば、今辛うじて残る復讐心を、すっかり殺がれてしまう。

「父上、ガイを責めないで下さい!ガイの剣舞は素晴らしいのです。剣舞を見て頂ければ、父上も、きっと気に入ると思います」

そういう問題ではないんだがなぁ…。
ま、ルークはルークなりに、俺を庇ってくれようとしているんだろう。

そう考えると、ちょっと泣きそうになった。急に、ルークの傍を離れる事が、惜しくなる。

「私も是非一度、その剣舞を拝見させて頂きたいものですな」

事の成り行きに驚きながらも静かに見守っていた将軍が、そんな事を言って、公爵の方に顔を向ける。

「ルーク様の剣舞を垣間見た者の話によれば、技と言いその姿と言い、大変に美しかったそうなのです」

ルークの目が点になり、それから顔を真っ赤にした。
多分、こいつは、『美しいってのは、女に使う言葉だろっ!』なんて事を、考えているんだろう。さすがに、ゴールドバーグ将軍の前では我慢しているが。偉いぞ、ルーク。

「まぁ、それは私も見てみたいですわ」

あぁ、奥方の天然が炸裂した…。

「よろしいではありませんの、あなた。剣舞が危険なものでないのなら、私は反対しません」

「そういう問題ではない」

そう、そういう問題じゃないんです、奥方…。庇ってくれるのは、嬉しいんですが…。

そこで、ふと、ずいぶん前に奥方が言った言葉を思い出す。
『ルークのお友達に』
多分、奥方は、俺が屋敷から追い出されると悟って、俺を庇う事にしたのだろう。俺がいなくなれば、ルークが淋しがるから…。

「あら、そういう問題ですわ、あなた。ルークは屋敷から出られず、暇を持て余しているのです。余暇にどのような時間を過ごしても、良い筈ですわ」

「し、しかし、公爵家子息として相応しくない教養など、毒にはなっても薬にはならんだろう…」

おーい、公爵も論点がズレてるぞー…。

「毒か薬かは、実際に見て判断すればよろしいでしょう。将軍が聞いたという話が本当ならば、私も見てみたいですわ」

そこで、今まで発言していなかったセシル少将が、ちらりと俺の方に目をやって、それから口を開く。

「公爵閣下、僭越ながら、私も剣の道を歩む一人として、ルーク様の剣舞に興味があります。それに、自己流とは言え、闘技場で準優勝までした剣士を、みすみす手放すのは惜しいように思われますが?」

「…うむ、それもそうだが……」

ヴァンがにこりとルークに微笑みかける。

「どうやら、皆、お前の剣舞を見たがっているようだな」

その言葉に勇気づけられたらしいルークが、公爵に顔を向けた。

「父上がお許し下さるなら、何でもします」




そんな成り行きで、ルークは剣舞を披露する事になった。

ルークはあれほど人目を惹く容姿をしているくせに、目立つ事を嫌う。わざと横柄な態度をとって、他人を遠ざけようとする。それは、多分、他人に怯えているからだろう。記憶をなくしたばかりの頃のように、あからさまに怯えたりはしない。だが、無意識の内に、怯えているのだと思う。

俺は知っている。
自分を傷付ける人間なのか、そうでないのか、いつもそんな目で、ルークが他人を観察している事を。傲慢な態度の内側に必死に隠そうとしている、強烈な劣等感を。

だから、こんな見世物になる状況は、ルークにとって、耐え難い事だろうと思う。


何故、こんな事になったのか?

俺は同じ疑問を繰り返し、不意に、思い至った。


ヴァンデスデルカ…?

……何故?

気のせいか…?

……だが、
あの時、『私には剣舞を指導した覚えはありませんが』などと言えば、
どんな状況を招くのか、ヴァンには分かっていた筈だ。


理由は分からない。が、静かな怒りを覚える。


「ルーク」

部屋を出ようとするルークを呼び止める。

「何だよ?」

「剣舞の型だが、鳳凰天舞の歌姫散華にしないか?」

「えっ?あれ!?でも、…あれはー……」

ルークが躊躇う。

以前、俺が『綺麗だな』とうっかり誉めてしまって、それ以来『女みてぇな舞い』とルークが認識しているせいだ。まぁ、その認識は、あながち間違いではない。だからこそ、今、披露する価値があるんだ。

「きっと、グランツ謡将がびっくりするぞ」

「師匠が?」

ヴァンが驚くと知って、ルークが断る筈がない。

「…んー……、…じゃあ、そうする」

「よし、決まりだな。きっと驚くぜ」

言って俺は笑う。


俺たちをハメた事、ヴァンデスデルカに後悔させてやろう。





※※※続きます※※※



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