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AL逆行itsbetween1and0/13


アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0

第.13話・ガイ03編「模範解答」です。






第.13話・ガイ編03



奥方に「ルークのお友達になってほしい」と言われ、
その時は、かなり混乱してしまったが、何の事はない。

息子の信頼だけでなく奥方の信頼も得られた、という事。
より深く、敵の懐に入り込めた。復讐実現に向けて、一歩前進、という訳だ。


そう考える事にして落ち着いた。切り換えは早い方だ。

いつもの愛想笑いを浮かべて、復讐の機会を窺う。そんな日常が戻ってきた。


だが、ある日、いつものようにルークが頭痛で苦しみ、痛みが治まった後、
まだ苦痛に歪む顔を俺に向けた。

「ガイ、も、どこか痛い、のか?」

ルークが不思議な事を聞いてきたので、俺は首を傾げた。
痛がっていたのは、ルークの方だろうと思った。

我儘を言ったり、癇癪を起こして暴れる事はまだ多かったが、13才になったあたりから、頭痛の痛みが激しくても、ルークは泣かなくなっていた。声を押し殺して耐える姿の方が余計に痛々しかったが、俺は傍にいて、それを見守る事しか出来なかった。

「どうして、そう思うんだ、ルーク?」

俺が聞き返すと、

「だって、痛そうな顔、してる」

とルークが答えた。

痛そうな顔?
…いつもの演技で、俺は、ルークを心配している表情を作っていたんだろう。
俺の仮面は、無意識の内に、ここまで演じられるようになっていたのか。

「…そうか。ルークが苦しむ姿を見るのは、苦しいからな」

俺はいつものように模範回答を答えた。

「苦しい?」

「身体が痛んだり、心が痛んだりする事だ。ルークが頭が痛くて苦しむと、それを見ている人は、心が痛くなって苦しくなる。ルークの事が心配だからだ」

心が痛いっていうのは、この辺りが痛む事かな。と続けて教え、俺は胸の辺りを押さえた。
これも、何かの本で読んだ事のある、模範的な答え。
笑顔付きで優しく言い聞かせれば、完璧だ。

「痛い…。俺が痛いと、ガイは痛いのか…」

ルークは暫く考えた後、

「……分かった。ガイ、俺はもう痛くねぇからな」

そう言って、無理矢理に笑顔を作った。


その瞬間、軋んだ。

俺の身体とか心とか、復讐という信念とか、全てが。

軋んで、苦しくて、どうして良いのか分からなくなった。


俺はルークを殺す事が、本当に出来るのか?

そんな風に、はっきりと疑問を持つようになった。



そんな事があってから、俺は、長い間、むしゃくしゃしていた。

うさ晴らしに参加していた闘技場で、決勝戦まで進んでしまい、我に返って、目立つのはマズイと考え、決勝戦でわざと負けた。それでも、公爵家の使用人が準優勝したと噂になってしまい、俺は、ルークの世話係兼護衛剣士になった。

護衛剣士に相応しいようにお仕着せを与えられ、警護の為に、屋敷内での帯刀を許される。

腰には愛刀。

いつでも、俺はルークを殺せるようになった。


俺は迷って、むしゃくしゃしているってのに、復讐実現に向かって、また一歩進んでしまったんだ。


その頃には、
ヴァンデスデルカ…ヴァンが、ルークの剣術指南役として、ファブレ邸を訪れるようになっていた。

今は、ヴァン・グランツと名乗っているが、ヴァンは、俺と同じホド島出身。かつて俺が兄のように慕っていた、ガルディオス伯爵家に仕える騎士の息子だった。以前、ファブレ邸で再会した時、復讐を誓いあった仲だ。

ルークへの剣術指南のおかげで、頻繁にヴァンと連絡を取れるようになった。

復讐実現に向かって、さらに一歩進んだようだった。

ただ、ヴァンは、俺が考えている復讐計画よりも、もっと大きな事を計画しているようだった。
俺は、それがどんな計画なのか、知らない。
積極的に協力しようという気がなくなっていたからだ。


だが、エントランスに飾られた宝刀ガルディオスを見れば、いつも心が冷たく、黒くなっていく。


復讐を忘れた訳ではない。

だからこそ、迷っていた。


時が来たら協力し合おうと、ヴァンはよく言った。
次第に俺の返事が、曖昧になっていく事を、ヴァンも気付いているようだった。


俺は曖昧に日々を過ごしながら、心のどこかで、その時が来なければ良いと思い始めていた。

そうして、気付けば、いつのまにか、俺は18才の誕生日を越えていた。

俺の誕生日は、家族が殺され、伯爵家が滅びた日。
誕生日は、俺にとって、復讐心を煽られる特別な日だった筈なのに。




「……ん?」

気付いて顔を上げて見ると、ルークが中庭を通り抜けて、自分の部屋へ戻っていく所だった。

俺がペールじいさんの仕事の手伝いをしていて、花壇の向こう側に腰を下ろしていたから、ルークは俺に気付かないようだ。

「…あいつ、裏庭で剣術の稽古をしてたな?」

腰に横一文字に佩いた剣を見て、俺は苦笑した。

今日は午後に、ヴァンが稽古をつけにくる。また隠れて型の復習でもしていたんだろう。
本人は隠しているつもりらしいが、バレバレだ。

ルークは隠れ努力家だし、馬鹿じゃないんだが、ちょっと間が抜けていると言うか…。

「しかも、あの格好で図書室に寄って来たのか…?」

ルークの手にある本を見て、くくくっ、と笑いが漏れる。

そんな格好で歩いて、奥方にでも見つかったら、危ないから剣術をやめろと、また騒がれちまうぞ?
ま、最近は頭痛の回数も減ってきたみたいだし、奥方も以前ほどは心配しないだろうけど…。
一応、後で忠告しといてやるか。

「ん?」

ルークが頭を押さえて、立ち止まった。

まさか、頭痛か?

そう思ったが、どうやら頭痛ではなさそうだ。

早足で歩きながら剣帯ごと腰から剣を外すと、
部屋に行く途中で立ち止まり、すぐ近くにあったベンチに、ごろんと横になる。

あぁ、いつもの昼寝か。

ルークは勉強熱心なんだか面倒くさいのか時々分からなくなる。本当は冒険小説が好きなくせに、難しそうな専門書を読み漁り、その割りに「たりぃ」だの「うぜぇ」だの文句を言い続け、気付いたら、いつのまにか居眠りしていたり。家庭教師の話を熱心に聞いていたかと思ったら、いつのまにか途中で抜け出してて、木陰で昼寝をしていたり。

ま、剣術稽古だけは、頭痛が起こっても続けたがって、ヴァンに中断させられたりしていたが。

好き嫌いが強いってヤツか?
単に寝汚いのか?

「あいつ、ほんと寝汚いよなー…」

今日も二度寝したってのに、まだ寝足りないのかよ。幼児か、お前は。

「おや。ルーク様は日向ぼっこですか。最近多いですね」

ペールじいさんが、のほほん、と目を細める。

「最近多い?そうなのか?」

「よく裏庭でもお見かけしますよ」

「…ふぅん。あぁ、ペールじいさん、そっち持つよ」

ペールが抱えていた道具類を俺がもぎ取ると、ペールは申し訳なさそうな顔をした。

そんな顔するなよ。バレるだろ?

「さぁ、さっさと次の花壇に取り掛かろうぜ」

俺は次の花壇に向かう。
ルークの近くを通らなければいけないので、起こさないように、足音に気を付ける。

二度寝を無理に起こしたら、一日中不機嫌になるヤツだしな。

「……っ………」

ルークの声が聞こえた気がした。

…まずい。もしかして、起こしちまったか?

ルークの方をこっそり窺ってみると、まだ眠っているようだ。
安心して息を吐きかけた所で、俺はルークの異変に気付いた。

「おい、ルーク?」

ただ昼寝してるだけのヤツが、そんな脂汗かくか?

抱えていた道具を投げ出し、ルークに駆け寄る。

「おいっ、ルーク!一体どうした!?頭痛か!?」

肩を揺すると、ルークは眉を寄せたまま、薄目を開いた。

「…がい、うるせ…、だまれ……」

「うるさいって、お前、一体何言って…」

ルークは意識を失ったようだった。

「すまん、ペール。ルークを連れていかなきゃならん」

「え、えぇ、ちゃんとした場所で寝かせてあげねば…」

俺はルークを抱き上げると、部屋に向かう。

ベッドに寝かせ、靴を脱がせ、襟を開いて楽にしてやった。
汗で額に貼り付いた前髪を、撫でるように払う。

昼寝していたように見えたのに、一体どういう事なんだ…?
最近、ひどい頭痛は減ってきたってのに…。


…ちょっと待てよ。


ルークが昼寝している姿を見て、確か、ペールは『最近多い』と言わなかったか?

「……おいおい、まさか…」


そこで、俺は、数か月前のやり取りを思い出した。

『ルークが苦しむ姿を見るのは、苦しいからな』
『見ている人は、心が痛くなって苦しくなる』
『ルークの事が心配だからだ』


俺の『模範回答』を聞いて、ルークは何と言った…?


『痛い…。俺が痛いと、ガイは痛いのか…』
『……分かった。ガイ、俺はもう痛くねぇからな』


何が『分かった』んだ?

『俺はもう痛くねぇからな』の本当の意味は…。


俺は、息が詰まりそうになった。


「…頭痛を隠してやがったのか、馬鹿野郎が…!」

何が『模範回答』だ!!
それを聞いてルークがどう思うのか、俺は考えていなかった!
頭痛の回数が減った訳じゃなかったんだ…!
ルークは、他の誰かが自分を見て苦しまないように、周りに隠し通すつもりだったんだ…!!


「…あんな事、教えるべきじゃなかった……!!」


痛い時は痛いと泣き叫んで良いんだ。
隠れて一人で苦しまなくて良いんだ。
手をのばして助けを求めて良いんだ。


今すぐ、そう伝えてやりたいのに、ルークはなかなか目覚めてくれなかった。





※※※ 続きます ※※※





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