AL逆行itsbetween1and0/13 AL長編/it's between 1and0 2012年07月26日 アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0 第.13話・ガイ03編「模範解答」です。 第.13話・ガイ編03 奥方に「ルークのお友達になってほしい」と言われ、 その時は、かなり混乱してしまったが、何の事はない。 息子の信頼だけでなく奥方の信頼も得られた、という事。 より深く、敵の懐に入り込めた。復讐実現に向けて、一歩前進、という訳だ。 そう考える事にして落ち着いた。切り換えは早い方だ。 いつもの愛想笑いを浮かべて、復讐の機会を窺う。そんな日常が戻ってきた。 だが、ある日、いつものようにルークが頭痛で苦しみ、痛みが治まった後、 まだ苦痛に歪む顔を俺に向けた。 「ガイ、も、どこか痛い、のか?」 ルークが不思議な事を聞いてきたので、俺は首を傾げた。 痛がっていたのは、ルークの方だろうと思った。 我儘を言ったり、癇癪を起こして暴れる事はまだ多かったが、13才になったあたりから、頭痛の痛みが激しくても、ルークは泣かなくなっていた。声を押し殺して耐える姿の方が余計に痛々しかったが、俺は傍にいて、それを見守る事しか出来なかった。 「どうして、そう思うんだ、ルーク?」 俺が聞き返すと、 「だって、痛そうな顔、してる」 とルークが答えた。 痛そうな顔? …いつもの演技で、俺は、ルークを心配している表情を作っていたんだろう。 俺の仮面は、無意識の内に、ここまで演じられるようになっていたのか。 「…そうか。ルークが苦しむ姿を見るのは、苦しいからな」 俺はいつものように模範回答を答えた。 「苦しい?」 「身体が痛んだり、心が痛んだりする事だ。ルークが頭が痛くて苦しむと、それを見ている人は、心が痛くなって苦しくなる。ルークの事が心配だからだ」 心が痛いっていうのは、この辺りが痛む事かな。と続けて教え、俺は胸の辺りを押さえた。 これも、何かの本で読んだ事のある、模範的な答え。 笑顔付きで優しく言い聞かせれば、完璧だ。 「痛い…。俺が痛いと、ガイは痛いのか…」 ルークは暫く考えた後、 「……分かった。ガイ、俺はもう痛くねぇからな」 そう言って、無理矢理に笑顔を作った。 その瞬間、軋んだ。 俺の身体とか心とか、復讐という信念とか、全てが。 軋んで、苦しくて、どうして良いのか分からなくなった。 俺はルークを殺す事が、本当に出来るのか? そんな風に、はっきりと疑問を持つようになった。 そんな事があってから、俺は、長い間、むしゃくしゃしていた。 うさ晴らしに参加していた闘技場で、決勝戦まで進んでしまい、我に返って、目立つのはマズイと考え、決勝戦でわざと負けた。それでも、公爵家の使用人が準優勝したと噂になってしまい、俺は、ルークの世話係兼護衛剣士になった。 護衛剣士に相応しいようにお仕着せを与えられ、警護の為に、屋敷内での帯刀を許される。 腰には愛刀。 いつでも、俺はルークを殺せるようになった。 俺は迷って、むしゃくしゃしているってのに、復讐実現に向かって、また一歩進んでしまったんだ。 その頃には、 ヴァンデスデルカ…ヴァンが、ルークの剣術指南役として、ファブレ邸を訪れるようになっていた。 今は、ヴァン・グランツと名乗っているが、ヴァンは、俺と同じホド島出身。かつて俺が兄のように慕っていた、ガルディオス伯爵家に仕える騎士の息子だった。以前、ファブレ邸で再会した時、復讐を誓いあった仲だ。 ルークへの剣術指南のおかげで、頻繁にヴァンと連絡を取れるようになった。 復讐実現に向かって、さらに一歩進んだようだった。 ただ、ヴァンは、俺が考えている復讐計画よりも、もっと大きな事を計画しているようだった。 俺は、それがどんな計画なのか、知らない。 積極的に協力しようという気がなくなっていたからだ。 だが、エントランスに飾られた宝刀ガルディオスを見れば、いつも心が冷たく、黒くなっていく。 復讐を忘れた訳ではない。 だからこそ、迷っていた。 時が来たら協力し合おうと、ヴァンはよく言った。 次第に俺の返事が、曖昧になっていく事を、ヴァンも気付いているようだった。 俺は曖昧に日々を過ごしながら、心のどこかで、その時が来なければ良いと思い始めていた。 そうして、気付けば、いつのまにか、俺は18才の誕生日を越えていた。 俺の誕生日は、家族が殺され、伯爵家が滅びた日。 誕生日は、俺にとって、復讐心を煽られる特別な日だった筈なのに。 「……ん?」 気付いて顔を上げて見ると、ルークが中庭を通り抜けて、自分の部屋へ戻っていく所だった。 俺がペールじいさんの仕事の手伝いをしていて、花壇の向こう側に腰を下ろしていたから、ルークは俺に気付かないようだ。 「…あいつ、裏庭で剣術の稽古をしてたな?」 腰に横一文字に佩いた剣を見て、俺は苦笑した。 今日は午後に、ヴァンが稽古をつけにくる。また隠れて型の復習でもしていたんだろう。 本人は隠しているつもりらしいが、バレバレだ。 ルークは隠れ努力家だし、馬鹿じゃないんだが、ちょっと間が抜けていると言うか…。 「しかも、あの格好で図書室に寄って来たのか…?」 ルークの手にある本を見て、くくくっ、と笑いが漏れる。 そんな格好で歩いて、奥方にでも見つかったら、危ないから剣術をやめろと、また騒がれちまうぞ? ま、最近は頭痛の回数も減ってきたみたいだし、奥方も以前ほどは心配しないだろうけど…。 一応、後で忠告しといてやるか。 「ん?」 ルークが頭を押さえて、立ち止まった。 まさか、頭痛か? そう思ったが、どうやら頭痛ではなさそうだ。 早足で歩きながら剣帯ごと腰から剣を外すと、 部屋に行く途中で立ち止まり、すぐ近くにあったベンチに、ごろんと横になる。 あぁ、いつもの昼寝か。 ルークは勉強熱心なんだか面倒くさいのか時々分からなくなる。本当は冒険小説が好きなくせに、難しそうな専門書を読み漁り、その割りに「たりぃ」だの「うぜぇ」だの文句を言い続け、気付いたら、いつのまにか居眠りしていたり。家庭教師の話を熱心に聞いていたかと思ったら、いつのまにか途中で抜け出してて、木陰で昼寝をしていたり。 ま、剣術稽古だけは、頭痛が起こっても続けたがって、ヴァンに中断させられたりしていたが。 好き嫌いが強いってヤツか? 単に寝汚いのか? 「あいつ、ほんと寝汚いよなー…」 今日も二度寝したってのに、まだ寝足りないのかよ。幼児か、お前は。 「おや。ルーク様は日向ぼっこですか。最近多いですね」 ペールじいさんが、のほほん、と目を細める。 「最近多い?そうなのか?」 「よく裏庭でもお見かけしますよ」 「…ふぅん。あぁ、ペールじいさん、そっち持つよ」 ペールが抱えていた道具類を俺がもぎ取ると、ペールは申し訳なさそうな顔をした。 そんな顔するなよ。バレるだろ? 「さぁ、さっさと次の花壇に取り掛かろうぜ」 俺は次の花壇に向かう。 ルークの近くを通らなければいけないので、起こさないように、足音に気を付ける。 二度寝を無理に起こしたら、一日中不機嫌になるヤツだしな。 「……っ………」 ルークの声が聞こえた気がした。 …まずい。もしかして、起こしちまったか? ルークの方をこっそり窺ってみると、まだ眠っているようだ。 安心して息を吐きかけた所で、俺はルークの異変に気付いた。 「おい、ルーク?」 ただ昼寝してるだけのヤツが、そんな脂汗かくか? 抱えていた道具を投げ出し、ルークに駆け寄る。 「おいっ、ルーク!一体どうした!?頭痛か!?」 肩を揺すると、ルークは眉を寄せたまま、薄目を開いた。 「…がい、うるせ…、だまれ……」 「うるさいって、お前、一体何言って…」 ルークは意識を失ったようだった。 「すまん、ペール。ルークを連れていかなきゃならん」 「え、えぇ、ちゃんとした場所で寝かせてあげねば…」 俺はルークを抱き上げると、部屋に向かう。 ベッドに寝かせ、靴を脱がせ、襟を開いて楽にしてやった。 汗で額に貼り付いた前髪を、撫でるように払う。 昼寝していたように見えたのに、一体どういう事なんだ…? 最近、ひどい頭痛は減ってきたってのに…。 …ちょっと待てよ。 ルークが昼寝している姿を見て、確か、ペールは『最近多い』と言わなかったか? 「……おいおい、まさか…」 そこで、俺は、数か月前のやり取りを思い出した。 『ルークが苦しむ姿を見るのは、苦しいからな』 『見ている人は、心が痛くなって苦しくなる』 『ルークの事が心配だからだ』 俺の『模範回答』を聞いて、ルークは何と言った…? 『痛い…。俺が痛いと、ガイは痛いのか…』 『……分かった。ガイ、俺はもう痛くねぇからな』 何が『分かった』んだ? 『俺はもう痛くねぇからな』の本当の意味は…。 俺は、息が詰まりそうになった。 「…頭痛を隠してやがったのか、馬鹿野郎が…!」 何が『模範回答』だ!! それを聞いてルークがどう思うのか、俺は考えていなかった! 頭痛の回数が減った訳じゃなかったんだ…! ルークは、他の誰かが自分を見て苦しまないように、周りに隠し通すつもりだったんだ…!! 「…あんな事、教えるべきじゃなかった……!!」 痛い時は痛いと泣き叫んで良いんだ。 隠れて一人で苦しまなくて良いんだ。 手をのばして助けを求めて良いんだ。 今すぐ、そう伝えてやりたいのに、ルークはなかなか目覚めてくれなかった。 ※※※ 続きます ※※※ ※ PR