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AL逆行itsbetween1and0/12


アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0

第.12話・ガイ編02「当たり前の言葉を知らなかったから」です。






第.12話・ガイ編02




多分、状況は、マズイ方向へ転がっている気が、する。


ルークが記憶を失い、赤ん坊のようになってから、ほんの数ヶ月の間で10人のナニーメイドが入れ替わった。

ナニーメイドの方も、可哀想と言えば、可哀想だった。相手は赤ん坊と同程度の知能しかないのに、身体だけは、10才児だからな。一度、癇癪を起こして暴れ始めたら、か弱いナニーメイドには、制止する事など出来なかった。

俺はいつもナニーメイドに助けを求められ、部屋に駆け付け、暴れるルークを抑える事になる。毎日、ルークともみくちゃになりながら乱闘して、ルークが暴れて泣き疲れてしまったら、ベッドに寝かせて、蓄音機から音楽を流してやる。

そんな事を繰り返していたら、
どういう訳か、ルークはナニーメイドよりも俺になついてしまった。

いつも突然癇癪を起こすルークに疲れ、ナニーメイドは次々と辞めていき、遂には、ナニーメイドを雇う事すら諦めたようだ。そうして、俺に与えられた役目は、ルークの世話係。

普通に考えれば、光栄至極なんだろうさ。
だがな。俺は一族の復讐の為に、潜り込んでるだけなんだ。

ま、その事に関しては、復讐相手の信頼を得て懐に入れたって事で、納得した。


しかし、世話係と言えば聞こえは良いが、俺がしなければいけない事は、ナニーメイドの代わり。しかも、ルークを持て余していた他の使用人たちは、面倒な役目が俺に回って、安心したって感じだ。

俺、泥沼にハマってる気がしなくもないんだが…。



「1、2、1、2、1、2、…ほら、しっかり」

今日も、中庭でルークの歩行訓練。

ルークの世話係になって一ヶ月目。
いつのまにか、どのナニーメイドよりも長く仕えている。
俺は自分の努力に、涙が出そうになっていた。

ルークは足元を見ながら、俺に手を引かれて歩く。足取りはまだまだ覚束ないが、昨日よりは確かな足取りを見て、何故か俺は満足していた。

いや、自分でも分かってるよ。確実に俺は泥沼にハマってるってな。

「ぅあっ!」

ルークが転びそうになった。転ぶ直前に受け止めて、とりあえず一安心。
転びそうになって怖かったのか、俺の服を掴む手に、ぎゅと力を入れている。

「大丈夫ですか、ルーク?」

中庭のベンチに座って見守っていた奥方が、蒼白色の顔で、声をかけてきた。

「ん、だいじょうぶ」

ルークが俺から手を放し、一人で歩き始める。
その姿を見て奥方は更に顔を青ざめさせたが、ルークには分からない。

医者じゃないから俺にもハッキリとは分からないが、多分、ルークは、バランス感覚が悪い。まるで目眩でも起こしたかのように、ふっと身体が傾いて、倒れてしまう事がある。

言葉は、思い出すというより、すぐに新しく覚えていった。記憶がなくても頭は良いんだな、とちょっと驚いたが。

しかし、歩くという事だけは苦手だった。屋敷の中を移動するだけの生活だからだろうか?

「ルーク様、無理はなさらないで下さい」

俺が敬語を使うと、ルークは怒る。でも、今日は奥方の前だから、我慢しているようだ。
ルークは、不思議と奥方の言う事はよく聞く子だった。
こいつ、マザコンか。

「…がい、うぜぇ」

拗ねたように言ってから、歩いていく。

「まぁ、ルーク、そのような言葉遣いをしてはなりません」

奥方がたしなめると、ルークはしゅんとなった。

「はい、ははうえ」

そこでまた転びそうになったので、慌てて俺が支える。
奥方はベンチから立つと、まだ俺にしがみついているルークの傍に寄り、頭を撫でた。

「ねぇ、ルーク、歩く練習はこのくらいにて、お茶にしましょう。美味しいケーキを用意させるわ」

あぁ、また甘やかして…。
そんな風に思うが、仕方ない事だと諦める。

ルークはケーキと聞いて、顔を輝かせていたからだ。「けーき!」と声を出してご満悦だ。俺から離れて、覚束ないながらも、しっかりと立つ。

「では、すぐに用意させましょう」

そう言って、奥方が侍女の方へ振り返った。


その時だった。


「…ぁ、あああ、うわぁああああぁぁあんっっ!!!」

ルークが癇癪を起こした。いつものように泣きわめきながら、地面を転がる。

それには、奥方も驚いたようだった。
多分、癇癪を起こす息子を、初めて間近で見たのだろう。

「ルーク、一体どうした?!」

「ぅああぁああっ!っや、やだ、やだやだやだっっ!」

俺はルークを抑えようとするが、暴れ出したら、抑えるのも一苦労だ。
こういう発作的な癇癪はいつもの事だが、一体どうしたと言うんだ?
さっきまではケーキを喜んでいた筈なのに、一体何が気に障ったんだ…?

奥方の侍女たちは嫌悪の色も隠さず、
「また癇癪を…」
「奥様、こちらへ」
「近付いては危険ですわ」
そんな事を言いながら、奥方を避難させようとする。

しかし、奥方が、侍女たちの手を振り払った。

「ルーク、どこか痛むのですか!?」

その言葉を聞いた瞬間、
俺、いや、俺だけじゃない、その場にいた奥方以外の全員が、誤解に気付いたんだ。

「ルーク、どこか痛いんだな!?」

「…ぁあああ、やだ、やだ、やだやだっ!」

地面に転がるルークを抑え、俺はルークを抱き締める。
すると、すがるように、俺の服を掴む手に、ぎゅっと力を入れてきた。

「……がいぃ、は…はうえ、…ゃだ、やだよぉ…」

ルークは苦痛に顔を歪め、ぼろぼろと涙を溢す。

何故、この姿を見て、癇癪を起こしていると思っていたんだろうか。
発作のように、何の脈絡も起こる癇癪は、
突然襲ってくる何かの痛みによるものだったんだ。

「やだ…やだよぉ…もうやだよぉ…ぁ、ああぅぁあぁあん!」

ルークは記憶をなくし、『痛い』という言葉さえ忘れてしまっていたんだ。
そして、これが『痛い』という事だと教えられないまま、今まできてしまっていた。そんな当たり前の言葉を知らなかったから、拒絶を表す『やだ』という言葉を叫ぶしかなかったんだ。

ルークの苦痛を、誰も理解できなかった。

初めから、関わる事を放棄していたから!

いつか記憶が戻る。
そうすれば、ルークは元に戻る。

そんな言い訳をしながら、今のルークを見ようとしなかった!


復讐ばかりを考えて、ルーク自身を見ていなかった俺が、最も罪深い。
ルークは赤ん坊同然になっていて、『助けて』という言葉さえ、知らなかったのに。

一番長く一番近くにいた、俺が気付くべきだったのに!

「……ごめん、ごめんな、今まで気付いてやれなくて…!」


その時、


『復讐』という言葉が、俺の中で、大きく揺らいでいた。




翌日、ルークは身体の検査を受けた。
もちろん、使用人の俺は、検査結果を知る事も出来ない。…そう思っていたが、俺は奥方に呼び出されて、検査結果を教えられた。

頭痛が起こる時に脳波がひどく乱れるらしいが、概ね異常はない、という事だった。

「でも、異常はないという事でしたけれど、何かの後遺症ではないかとも、医師は言ったそうです…」

後遺症?もしかして、誘拐時の?

「…あぁ、可哀想なルーク!誘拐されている間に、何か酷い実験を受けたのだわ…!」


え?


俺は驚いて、目を瞬かせた。


今、この奥方は『実験』と言わなかったか?『暴力』でも『虐待』でもなく、『実験』と…。


俺が驚いている事に気付き、奥方は、口を滑らせてしまったという気まずい表情になる。

「実は、お前に頼みたい事があって、今日は呼んだのです」

頼み?

「ルークはとてもお前の事を頼りにしていますわ。お前は一番ルークと年も近いようですし、だから、ルークのお友達になって下さらないかしら?」

一瞬、頭の中が真っ白になった。

「私では、暴れるあの子を抱き締めてあげられません。でも、あなたは違いました」


ちょっと…、


ちょっと、待って、くれ。


そう言いたくても、喉が渇いて、声が出てこない。

「ガイ・セシル、これは、ルークの母親としての頼みです。あの子を傍で見守ってあげて下さい。宜しく頼みましたよ」


多分どころじゃない。


状況は、確実に、マズイ方向へ転がっている。





※※※ 続きます ※※※



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