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AL逆行itsbetween1and0/11


アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0

第.11話/ガイ01編「何が良かったと言うんだろう」です。


※※ 今回からしばらくの間は、ガイ編です ※※




第.11話・ガイ編01



ファブレ公爵家のエントランスに飾られた、雄々しくも美しい宝刀。
15年前のホド戦争時に公爵が手に入れた、戦利品。

銘は『ガルディオス』。

その宝刀は、かつて、ファブレ公爵によって一族郎党皆殺しにされた、ガルディオス伯爵家が代々受け継いできた家宝だ。俺の父上の宝刀だった。


俺は、ホド戦争を生き残り、ガイラルディア・ガラン・ガルディオスの名を隠した。
そして、ガイ・セシルと名乗り、ファブレ公爵家に使用人として潜り込む事に成功した。


全ては、復讐の為に。


俺はファブレ公爵家のエントランスで、宝刀を見る度、いつも同じ事を考えていた。

『ファブレ公爵に復讐してやる!俺と同じ思いを、あいつに味わせてやる!あいつを殺す前に、あいつの目の前であいつの家族を殺してやる!俺と同じ絶望を味わせてやる!』

子供なりに殺気を抑えているつもりだが、俺の愛想笑いは、どこまで隠してくれているものか…。
…ま、今までバレていないんだから、俺の仮面は、屋敷中の者に通用しているんだろう。



ファブレ公爵家は、誰もが羨む完璧な家族だった。

国王の信頼もあり、発言力も絶大なファブレ公爵。
優しげな笑みをいつも絶やさない、美しい妻。
眉目秀麗、文武両道、国王の一人娘と婚約し、次期国王の座を約束された一人息子。

非の打ち所がないというのは、こういう事を言うのだろう。

そんな幸せな家族を、俺がいつか全部ぶち壊してやると、いつも考えていた。
いつも、その機会を窺っていた。


だが、ある日を境に、そんな事を考える余裕さえないほど、俺は忙しくなった。



ファブレ公爵の一人息子であるルークお坊っちゃんは、10才の年に誘拐され、神託の盾騎士団の首席総長であるグランツ謡将の手により、帰還した。
ただし、『無事』に帰還した訳ではなかった。

医師の診断によると、重度の記憶障害を患っているらしい。

自分自身の事は元より、歩き方も話し方も忘れ、まるで赤ん坊のように癇癪を起こしては、泣きわめく。記憶は戻る気配もなく。毎日毎日、癇癪を起こして泣きわめくの繰り返し。

その息子の様子を見て、公爵は失望して溜め息をつき、屋敷を離れる日も増え、奥方は悲しみにくれて、病床に伏しがちになる。


あの誘拐事件があった日から、ファブレ公爵家は、幸せな家族ではなくなった。




「おい、ルークお坊っちゃんよ。情けなくて涙が出るぜ?」

ルークは毎日のように癇癪を起こして暴れる。そのお坊っちゃんが散らかした部屋を片付けるのが、いつの間にか、俺の日課になっていた。
ルークを前に、俺は溜め息をつく。
公爵じゃないが、溜め息くらいつきたくなるさ。

ルークの部屋は、中庭の一角に、新しく建てられていた。どの部屋とも繋がらず、独立、いや、隔離するように建てられた『鳥籠』だ。公爵家には客人も多い。その客人の目に触れさせないようにする為だろう。あるいは、自分たちの視角に入れないようにする為か。
ま、俺にとっては、どっちでも良い事だ。


泣き疲れ、部屋の隅で小さく丸まって眠っているルーク。
そんな姿を見て、俺は更に溜め息。

野良猫でも、もうちょっとマシな場所で眠るぞ。


目を覚ますとやっかいなので、ルークを起こさないように気を付けながら、部屋中に散らかったものを、一つ一つ片付けていく。

表紙を裂かれ、ページが紙屑になった本を手に取る。

この本は、ルークが記憶を失う前、公爵から贈られた誕生日プレゼントの哲学書。
10才の誕生日プレゼントに哲学書って、どんなチョイスだよ。と思ったが、当時のルークは本気で喜んでいた。いや、喜びなんていう感情を表現するガキじゃなかったが、あれは本気で喜んでいたと思う。ちょっと恥ずかしそうに、本を穴が空くほど見てたからな。

そんな大切な本も、今は、ただのゴミになった、と。

ゴミ箱に投げ入れる。


思わず、ゴトン、という大きな音をさせてしまい、俺はちょっと嫌な予感を覚えた。


顔だけ振り返って見ると、ルークは起きていて、その場にぺたんと座っていた。最初はきょとんとしていたが、俺の視線に気付き、怯えて肩を震わせる。

ルークは、記憶をなくしてから、人に怯えるようになった。そもそも記憶障害の原因が、何か忘れたいほど恐ろしい体験をした、という診断だから、怯える理由もそこにあるんだろう。
ま、本当にただ怯えるだけなら、可愛げもある。
こいつの場合は、癇癪を起こして暴れるから問題なんだ。
まだ言葉を思い出さないので、何に気が障って、癇癪を起こしたのか、誰にも分からない。
『あー』だの『うー』だの喚き散らしながら、とにかく、毎日、何かを拒絶しているようだった。


泣き出すか?と思って様子を見ていたが、ルークが泣く事はなかった。

ただ不思議そうに、俺を見ている。その瞳にあるのは好奇心だけのようだった。

泣かないに越した事はない。俺は無視して、部屋の片付けを続けようと思った。


けれど、


多分、


魔が差したってやつだな。


その好奇心に輝くルークの瞳を、試してみたくなった。

俺は、部屋に置かれていた蓄音機を思い出して、蓄音機に音盤をセットする。
蓄音機は、音盤から情報を読み取り、音を奏でる譜業の一種。この部屋の中にある物で、俺が唯一気に入ってたものだ。

蓄音機から音楽が流れ始めた時、ルークはぎょっとして、大きな目を更に大きくしたが、
すぐに不思議そうな表情に変わり、蓄音機を見つめる。
まるで、不思議な物を生まれて初めて見たって感じだ。

まだ歩き方さえ思い出していなかったので、四つん這いになって、ぺたぺたと、蓄音機に近付いてくる。蓄音機に触り、自分も「あー」と声を出し始めた。

「それ、面白いか?」

独り言のように聞いてみる。応えてくれるなんて、期待していなかった。

けど、ルークは俺の方を見た。

まだ言葉を思い出していないから、言葉はなかった。

それでも、瞳が語っていた。これは面白い、と。


「そうか。良かったな」

俺は思わず微笑んで、そう答えてしまっていた。



何が良かったと言うんだろう。



短い曲が終わる。すると、またルークは不思議そうにする。
そこで、俺は音盤を変えようと、蓄音機に近付く。
ルークは俺が近付いた事に対して、身構えたようだった。でも、泣きわめく事はない。じっと、俺の動きを観察している。再び音楽が流れ始め、ルークは俺の方に顔を向けた。

「お前も譜業好きになったら、楽しいだろうな」

そんな事を何気なく呟いて、俺は微笑む。

するとルークは、赤ん坊が笑みを溢すように、無邪気に笑った。

「…ルーク、お前……」

ルークの笑顔を初めて見た気がした。



その瞬間、

心の中に、得体の知れない不安が生まれた。


その不安の正体を知ってはいけない。


頭のどこかから、そんな警告が聞こえてくる。

何故なら、復讐という俺の生きる意味を、根底から覆しそうな、そんな不安だったから。


俺は焦って、この部屋から逃げ出したくなった。
ルークの傍にいるのは危険だと思った。

ゴミ箱がいっぱいになっていた事を思い出し、慌ててゴミ箱を掴むと、


部屋から逃げるように飛び出す。


「おや? お前は、確か、ガイ…だったかしら?」

中庭に、何故か、公爵の奥方シュザンヌがいた。
侍女を2人ほど引き連れていて、こちらに向かってくる。最近、奥方は中庭を避けるように生活していたのに、何故こんな所で出会したのか、理解できなかった。そもそも、俺みたいな雑用しか出来ない下働きの子供の名を、何故知っているのか。

侍女の一人が「奥様の前ですよ」とたしなめる。俺は我に返ると、慌ててゴミ箱を置き、奥方の前に膝をついて頭を垂れた。

「申し訳ありません、奥様。俺はガイ・セシルと申します。ルーク様のお部屋の掃除をさせて頂いております」

「…ねぇ、ガイ。ルークの部屋から、音楽が聞こえてくるのは……」

僅かに声が震えているのは気のせいか…?

「はい、奥様。ルーク様は音楽を楽しまれておいでです」

「…まぁ……!」

その声に驚いて顔を上げて見ると、奥方が瞳に涙を溜めて、小さく肩を震わせていた。

「ルークが…、あのルークが音楽を…!」

奥方はドレスの裾を摘まんで駆け出すと、
侍女が止めるのも聞かず、ルークの部屋へと入っていく。侍女と一緒に俺も追いかけ、

そして、

奥方がルークを抱き締め、泣いている姿を見てしまった。

ルークの方は、相変わらず、きょとん、と言った表情だ。それでも、優しく抱き締められ、頭や背を撫でられる事を、拒絶しない。不思議そうに、母親の表情を見つめていた。
ルークと目が合った時、思わず俺は、微笑み返してしまう。すると、ルークがまた笑った。

ルークは笑い方を思い出した。
いや、まるで赤ん坊のように、初めて笑い方を知ったようだった。



復讐の事しか考えていなかった俺は、

その日、

復讐の為には、ファブレ公爵家を幸せな家族に戻さなければいけない、

…などという馬鹿な事を考えてしまっていた。





※※※ 続きます ※※※




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