AL逆行itsbetween1and0/10 AL長編/it's between 1and0 2012年07月22日 アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0 第.10話・アッシュ編04「左手は使わない」です。 ※※ 今回はアッシュ編です ※※ 第.10話・アッシュ編04 ガイが治癒師を連れて戻ってきた。……予想より早くて助かった。 「お前、自分で治癒術を使ってはいないだろうな?」 ガイが俺の顔を覗き込む。 俺はルークじゃねぇから、自分で治癒できるはずねぇよ。と言い返したいが、黙っておくか。 とにかく、今はルークのフリをするしかない。…ちっ、面倒な事だな。 「…おかげで痛みがひかねぇよ」 ガイは俺の頭をくしゃくしゃ撫でてから、 治癒師に「頼む」とだけ言って、部屋を出て行った。 治癒師が治療を終えてすぐ、俺はルークにチャネリングした。 力いっぱい怒鳴りつけて、うさを晴らしてから、俺は自分が考えていた事を、ルークに伝えた。ルークは素直に喜び、『ありがとう』と応えた。顔を見なくても、ルークがどれほど喜んでいるのか、手に取るように分かった。 だから、良心が、痛んだ。 あいつをダアトにあるレプリカ研究所に案内するつもりはない。俺は、あいつを違う場所へ誘導し、あいつ自身の目で確認させ、研究所は引き払った後だと説明し、イオンレプリカ救出を諦めさせるつもりだ。 俺が掴んだ情報が正しければ、既に、被験者とレプリカの入れ替えは完了している頃だ。 研究所にさえ近付かせなければ、危険はないだろう。 単純なあいつを騙すのは簡単だが、 もしも、俺に騙されたとあいつが知れば、…怒るだろうか。 それとも、泣くだろうか。そして、俺を軽蔑するだろうか。 だが、ルークの怒りは大きければ大きいほど良いのだろう。そうすれば、俺に文句を言いに、すぐ帰って来る筈だ。騙したなとか最低だとか喚き散らしながら。そこで、烈破掌でも崩襲脚でもいいから叩き込んで、取っ捕まえてやる…! そんな考えを悟られないように注意しながら、ルークに、昼間に取っていた宿の位置を伝え、チャネリングを一度終了した。あいつが宿に着いたら、譜術を教えて、髪の色を変えさせなければならない。 ……あぁ、面倒だ。 ……ん?外が騒がしいな…。 部屋を出ると、 中庭には、数名の白光騎士とガイ、そして、ガウンを羽織った父上がいた。 ……あぁ、懐かしいな。 かつて畏怖すら覚えた父上の背中が、今日は何故か、小さく見える。 「賊はまだ見つからぬのか!?」 その父上の言葉を聞き、俺は、はっとした。 ……あぁ、くそ!またルークの尻拭いか!! 「父上」 小さなステップを降りて、父上の前まで歩を進める。 「おぉ、ルーク、身体はもう良いのか?」 全面に広がる安堵の表情。賊に倒された失態を罵られるかと考えていたが…。 レプリカのルーク…いや、記憶を失った憐れな息子には、こんな表情を見せるのか……。 「ご心配をおかけしました、父上」 「お前が無事で何よりだ。今、賊を追わせている」 「そうですか。では、これより一切の捜索を打ち切って下さい」 「…な……っ!」 俺の言葉に驚いたのは、父上だけではなかった。 事の成り行きを見守っていた白光騎士やガイも驚いている。 「いえ、言葉が過ぎました。申し訳ありません、父上。捜索打ち切りをお願いしても、差し支えありませんか?」 一番の被害者である筈の『ルーク』の言葉を聞き、真意を理解できずに、誰もが息を飲む。 「何を言う?捜索は続行だ。公爵家の威信にかけてな」 「威信に関わるならば、尚の事、打ち切って下さい」 父上が目を細めた。俺は構わず、言葉を畳み掛ける。 「精鋭揃いである白光騎士団の警備を突破され、しかも、このルーク・フォン・ファブレが、たかが賊一匹に後れを取り、負傷した。その事実は、ファブレ公爵家の威信を損ないます。まだ白光騎士が捜索しているだけの今ならば、噂は立てられても、揉み消す事くらい可能でしょう」 「…しかし……」 不意に、驚くガイと目があった。 …しまった。この言い方では、ルークらしくなかったか。 だが、今は、大事の前の小事。 らしかろうがなかろうが、続けるしかない。 「この騒ぎの原因は、これで充分でしょう」 俺は片手を上げ、譜陣を展開させた。 誰もが驚く中、俺は注がれる視線を無視して、 「……雷雲よ、我が刃となりて敵を貫け」 譜術を発動させる。 「サンダーブレード!!!」 青白い稲妻が落ち、辺りが真っ白になるほど輝いた。 乱れた前髪を掻き上げ、その場の全員を睨み付ける。 その後で、これもルークらしい動作ではないと思ったが、……もう遅い。 まぁ、譜術の威力に驚く今は、誰も気にしないだろう。 「公爵子息が譜術を独学で勉強中、誤って暴走させ、自ら負傷。白光騎士は、賊が侵入したと誤認。捜索開始直後に、真相が明らかとなり、捜索を打ち切り。多少、無理はあるでしょうが、筋は通ると考えます。……いかがでしょうか?」 もはや、脅しに近いな。 だが、何としても、俺の提案を受け入れさせるしかない。 下手にルークに追手がかかっても困る。 警備していた白光騎士やガイたちの落ち度を追求され、処分されても困る。 …尤も、処分されようがどうしようが、俺は困らない…が。 「先程の譜術…。まさか、昼間の騒ぎはお前の仕業か?」 昼間?何の事だ?………まぁ、いい。 「そのように周知される事で、穏便に片付くなら、そのように解釈して下さっても俺は一向に構いません」 何の事か分からないが、こう言っておけば問題ないだろ。 「…ふむ、お前がそこまで言うならば……」 「我儘をお聞き下さり、ありがとうございます。今回の騒動は、俺が賊ごときに後れを取った為に起こった事。責を負うべきは俺一人。どのような処分も覚悟の上です。その代わり、他の者への処分は、何卒ご容赦願います」 俺が父上に頭を下げ、父上は俺の意を汲んでか、うむ、とだけ応えた。 「夜遅くにお前達にも手間をかけさせた。すまない」 ガイと白光騎士たちに謝る。 僅かに動揺する彼らを見て、……しまった、と、後悔した。 今は、ルークを演じなければいけない時だった。 ルークならば、このように言わなかったかもしれない。 ……あぁ、もう、グダグダだ。 俺にルークを演じるのは無理に決まってるだろうが、あの屑が!!!! 「では、俺はこれで失礼致します。おやすみなさい、父上」 開き直って手短に挨拶し、俺は部屋に退散した。 ルークからコンタクトがあった。 宿屋に着いたらしい。 チャネリングで、ルークの髪の色を変えようと、ガキでも分かるくらい懇切丁寧に譜術を教えてやったのに、あまりにも不器用すぎるルークに呆れる。ルークは『疲れた』と言っていたが、疲れたのはこっちの方だ、あの劣化野郎…! チャネリングを終え、俺はベッドに突っ伏して、これからの事を考える。 これから毎日ルークを演じなければならない。 ……前途多難な響きだ。 先程の数々の失敗を考えると、自己嫌悪に陥った。 ルークと近しい人物には、近づかないようにしなければ。 その中でも、ガイは特に注意しなければいけない。 『前』と同じならば、ガイはまだヴァンの同志だ。ホド島を攻撃しガルディオス家を滅ぼした父上を憎んでいる。ガイは、ルークを監視している筈だ。もし、少しでも異変を悟られ、ヴァンに報告されれば…。危険なのは、間違いなく、あの馬鹿の方だ。 「…ガイ…か……」 要注意人物だ。細心の注意を払わなければ。そう言いかけた時、 「俺の名前を呼んだか、ルーク?」 ガイが窓から顔を出した。 驚いて体を起こすと、当たり前のようにガイが窓から入ってくる。 「まだ起きてたのか。お前にしちゃ珍しいな」 ルーク、それに、ガイ…、お前らの主従関係は『前』と変わらずという訳か…。 俺としては、主従の線引きは、大切だと思うぞ。 あぁ、忘れていた。ルークのフリをしなければ。面倒な事だ。 「どうしたんだよ、ガイ?何か用か?」 「いや、ちょっとな」 ベッドの上に座る俺の傍に寄ると、目線を合わせる。 昔と変わらない、秋の穂のように金色に輝く髪。 晴れた日の海のような青い瞳。人懐っこい笑み。 この人の良さそうな青年のどこに、復讐などという激しい狂気が隠れているのだろう。 「ルーク、お前さ、」 「何だよ?」 「記憶を取り戻したのか?」 俺は驚いて目を見開いた。やはり、既に疑われていた。 言動がいつもと違う、おかしい、そんな事を言うつもりか? だが、それくらいならば、いくらでも言い逃れ出来るんだよ。 「…いいや。どうして、そう思うんだ?」 いきなりガイに左腕を掴まれる。ガイが引き寄せる力の強さに、思わず、眉を寄せた。 「何するんだ…っ!」 「お前は譜術を使う時、左手は使わない」 ガイの顔からは、笑みが消えていた。 認識を改める。 ガイ・セシルは、最も危険な人物だ。 ※※※ 続きます ※※※ 次回からは、ガイ編です。少しだけ過去に遡ります。 ※ PR