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AL逆行itsbetween1and0/06


アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0

第.06話・アッシュ編01「この時の為に用意していた答え」です。



※今回から、アッシュの一人称です※






第.06話・アッシュ編01



俺が『前』の『記憶』をはっきりと思い出したのは、
10才の時、俺のレプリカが造られた瞬間だった。


ローレライが残してくれた大切な『記憶』を思い出し、
俺は自分の『望み』を、手に入れた。


その為に、再び生きられる喜びを、噛み締めた。


俺は『ルーク・フォン・ファブレ』の名前を棄て、『アッシュ』という新しい名前を与えられた。
『ルーク』の名前の意味は『聖なる焔の光』。
『アッシュ』の意味は『灰』……『聖なる焔の燃えカス』だ。
燃えカスという名を俺に与えたヴァンの意図は、単純だ。
レプリカに対する俺の憎しみを煽り、万が一にも、俺とレプリカが馴れ合う事を避ける為だ。
だが、名前の事など、『前』の『記憶』を思い出した今は、どうでも良い事だ。
むしろ『アッシュ』という名前は、俺の『望み』を思い出させ、喜びすら与えてくれる。

俺のレプリカが造られた時、装置の不具合で起こった偶発的な事故の結果、
完全同位体のレプリカルークが誕生したようだった。
たった一度の製造で完成した完全同位体に、誰もが驚き、奇跡と呼んでいたらしい。

ディストの馬鹿に吐かせて、後で知った事だが、
それまでにも、完全同位体を造る実験は何度も行われていた。

ただ、音素振動数が同じレプリカが造れたとしても、劣化具合が酷く、人とは呼べない肉の塊だったり、すぐに音素解離を起こして、消滅したりしていたようだ。ディストが俺のレプリカ製造に直接関わっていたなら、装置の不具合も起こらず、事故も起きず、完全同位体は完成していなかったかもしれない。そう考えると、皮肉だと思う。

音素振動数など気にせず、見せかけだけ同じレプリカを造るなら、当時でも、そう難しい事ではなかったらしい。だが、ヴァンが求めていたレプリカは、音素振動数も同じ完全同位体。

『超振動』を使う事が出来るレプリカドールだった。

その為、俺のレプリカが造られた後、ほんの少しの間だが、問題の『超振動』が使えるかどうかの検査が行われていた。

その頃に、一度、俺はあいつを見た事がある。
まだ起き上がる事も出来ず、まだ怯える事も知らず、何の感情もない翡翠色の瞳で、俺の顔を見つめ返してきた。
俺はヴァンに気付かれないように、あいつを『ルーク』と呼んだ。あいつが何も応えなかった事に、ひどい衝撃を覚えた。造られたばかりのレプリカは、生まれたての赤ん坊と同じ。名を呼ばれて応える術を知らないのも、無理もない話だった。その事を俺は理解していた。

だが、

それでも、

俺は怒りを覚えて「この屑が!」と言ってしまっていた。





「……この屑が!」

俺がルークを前にして、胸の内に溜まった苛立ちと共にその言葉を吐き出すと、

「えー?なんだよー、せっかく苦労して用意したってのにー」

屑と呼ばれたこいつは、へらへらへらへら笑いやがった!
この俺と同じ顔で!!!締まりのない顔しやがって!!!

「調理場でくすねて来たんだぜ。すっげぇドキドキした」

俺と同じ声…いや、こいつの声の方が少し高い気もするが、
とにかく、ドキドキとか言うんじゃねぇ!!!
…などという俺の考えを無視するかのように、この屑は、

「紅茶はちょっと冷めちまったかなー?」

慣れた手つきで、二人分の紅茶を淹れ始める。ベッドの上に乗せたトレイには、二人分の紅茶と茶菓子。ベッド脇のワゴンの下から出てきた時には、心底、驚いた。

「アッシュとこうやってお茶会するの初めてだよな」

ベッドに腰かけて、へらへら笑う。
先程、剣を片手に俺と対峙したヤツは、どこに消えやがった!

「俺は茶を飲みに来た訳じゃねぇ!」

「それくらい分かってるっつーの!」

とか言いつつ、紅茶を味わってんじゃねぇ!!!

「わぁーったよ!んな殺気丸出しで睨むなよ!俺だってちゃんと話を聞きたいんだ。まぁ、とりあえず、これでも飲んで落ち着け」

俺は紅茶のカップを手渡される。
確かに、俺は少し冷静ではなかったようだ。
我知らず、紅茶の優しい香りに、目を細める。

「って、何飲ませようとしてんだっっ!!!」

危ねぇ!!!こいつ、こんな油断ならねぇヤツだったか!?

気を取り直し、ドア近くにあった椅子を引き寄せて俺は腰かけた。

「アッシュも夢を見たのか?」

ルークの神妙な声を聞いて、俺は顔を上げる。

「夢?何の話だ?」

「…えーと、俺がお前のレプリカで、ヴァン師匠と戦ってて、色々あって…、最後に、ローレライを解放するっつー夢だよ」

「夢じゃねぇ。現実だ。『前』の『記憶』だ」

一瞬、ルークの瞳は、怯えの為に揺れた。
受け入れるしかない。これを避けては通れないんだ。思い出してしまったのなら。

「…そっか。やっぱ、現実か。…うん、納得、した」

そう言って無理に笑った顔には、見覚えがあった。
先程までの空元気は、不安を隠すための虚勢だろう。

俺が『前』の『記憶』を思い出した時、俺は、俺の『望み』を叶える機会を得たと歓喜した。

……だが、こいつは、やはり、違うのか。


取り返しのつかない事をした罪を思い出し、恐怖した。…そんな所だろう。


「最後の記憶はあるか?ローレライを解放した時の記憶だ」

俺が聞くと、ルークは頷く。

「あれは、多分、死ぬ直前…かな。最後に、ローレライが俺の名前を呼んでた。お前は既に死んでて、俺たちは一緒にいた」

「…俺が既に死んでいた、か」

俺は、ルークには悟られないように注意しながら、安堵した。
やはり、こいつは俺の『望み』を知らない。あの時、…俺がローレライと取引した時、大爆発が完了した後だったから無理もない、が。

『前』の『記憶』をこいつが思い出さないままなら、俺は、こんな風に、こいつを巻き込む事はしなかっただろう。


だが、悪いな、ルーク。

こうなったら、最大限、お前を利用させてもらう。


「あれが現実って言うなら、今の俺たちは何なんだ?」

ルークの質問は尤もだ。だが、俺は真実を答えるつもりはない。
こいつには、この時の為に用意していた答えしか、くれてやらねぇ。

「ここは『過去』と言った方が、お前には分かりやすいだろう。ただ、あの時の俺たちが経験した過去とは、若干異なる。俺たちに『記憶』があるせいで、僅かに歪みが生じている。尤も、歪みの原因は、俺たちだけじゃねぇけどな」

「…歪み。……あぁ、成程な。あれは、そのせい、か。俺、本なんて興味ねぇのに、なんか知識が欲しくて焦ってて、けっこう本とか読んでたし。他にも色々勉強してたし。『前』はさ、本なんてうざいだけだったのになぁ…」

「へぇ。古代イスパニア語も習得したんだろうな?」

俺が冗談半分で聞くと、ルークは不適にもニヤリと笑った。

「俺、けっこー優秀だぜ?」

どこがだ劣化レプリカと返そうと思った時、ルークがおもむろに手を上げる。
その指の先には、いつの間にか、譜陣が展開していた。

「……癒しの力よ、」

ルークの紡ぐ詠唱は…!

「治癒術だと!?」

「ファーストエイド」

第七音素の光が収束し、俺の左肩に降りかかる。光の霧散と共に、痛みが消えていった。

「お前、ちょっと左肩を痛めてただろ?」

ルークが悪戯が成功した子供のように無邪気に笑う。

「譜術を学んだのか…」

俺が驚きながら呟くと、ルークは盛大に溜め息をついた。

「本当は、攻撃譜術を教えて欲しかったんだけどさ、母上にすっっげぇ反対されて、それでもごねたら、第七音素の素養があるって事で、治癒術だけ教えてもらった」

攻撃譜術は独学で勉強中、とルークは続ける。

「フン、どうやら今回は俺の足を引っ張る事もないようだな」

「何だよ、その言い方はっ!」

ルークは続けて、

「だいたい、お前に協力するなんて、俺はまだ言ってねぇ!」

などと言いやがる。俺はまだ「協力」の「き」の字も言ってはいない。
…が、まぁいい。

「俺たちを『過去』に戻したのは、ローレライだ」

ルークが僅かに目を細めた。
何も聞き返さないという事は、薄々感付いていたんだろう。

「何故ローレライがこんな事をしたのか、俺は知らない。だが、ローレライの『望み』は、『前』と同じ。地殻から解放され、空の音譜帯の一つとなる事だ」

一つ呼吸を置く。

「俺は『ローレライの解放』をしなくてはならない」

俺の言葉を聞いて、ルークは頷く。

「だが、その為には、ヴァンの野郎を倒す必要がある」

今度は、ルークは頷かなかった。

「…あのさ、ヴァン師匠を倒さなきゃダメ、か?」

ある意味予想通り、だが、予想したくもなかった言葉を聞いた瞬間、
俺の中で、怒りが一気に沸き上がる。

「何寝惚けたこと言ってやがる…!」


また『止める』なんて言い出すつもりじゃねぇだろうな!?


「俺、師匠を止めたい」


……やはり、こいつには苛々させられる!!!

まだヴァンの事を『師匠』なんて呼んでやがる!!!
こいつの馬鹿は、死んでも治らねぇのか!!!


「辞めろと言われて辞めるようなヤツじゃねぇだろ!」

「それでも、止めたいんだ!」

「止めたいなんて、俺の前で二度と言うんじゃねぇ!」

「何度でも言ってやる!俺はヴァン師匠を止めたい!」

「俺たちがするべき事は、止める事じゃねぇ!」

……倒すんだよ!!!!

その言葉を言おうとしたが、息が詰まって、言えなかった。


ルークの翡翠色の瞳に、射抜かれたからだ。


「俺じゃあ力不足で、師匠を止められないかもしれない!でも、最後の最後まで足掻きたい!師匠を救いたいんだ!」


……『救いたい』だと?


こいつは、一度死んでも、馬鹿なままのルークだ。
だが、俺だけじゃなくヴァンでさえ、こいつに敵わなかった理由が、今、ようやく分かった。


認めてやる。

こいつは、誰よりも、強い。剣術でも譜術でもなく、魂の力ってやつが。






※※※ 続きます ※※※



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