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AL逆行itsbetween1and0/05



アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0

第05話・ルーク編06「誰も傷付けない、最強の剣」です。




第05話・ルーク編06


俺は、多分、あれがただの夢じゃないって事を、もうすっかり受け入れてしまってたんだと思う。

ガイと話した後、裏庭での騒ぎを聞き付けた母上が、俺を私室に呼び寄せて、
「何があっても母が守ってあげますからね。安心なさい」って言いながら、
ずっと俺の手を握っていてくれた時、俺は、申し訳ない気持ちでいっぱいになってた。

俺は本当の息子じゃないのに。心配させて、ごめんなさい。
そう言いたくても、言えなかったし、やっぱり、心のどこかでは、言いたくない気持ちがあった。

俺は、この優しい人の本当の息子だったら良かったのにって、夢の中でも、思ってたから。


午後、ヴァン師匠に会った時も、こんな気持ちの俺が、普通にしていられる訳なんかなくて。
普通にしていよう。冷静でいよう。
そう決心してヴァン師匠の前に立ったのに、
あんな風になるなんて、自分でも想像してなかったけど、

「久しぶりだな。元気にしていたか、ルーク」

ヴァン師匠が微笑んで、俺の頭を撫でてくれただけで、俺は、涙が止められなくなっていた。

いきなり俺が泣き出したから、ヴァン師匠も慌てたみたいだった。

「どうしたのだ?何かあったのか?」

ちょっと慌てた声だったけど、それでも、ヴァン師匠の声はすげぇ優しくて。
そんな声を聞いてしまったから、嬉しかったり、懐かしかったりで心がいっぱいになって。
耐えられなくなって、声を上げて泣いてしまった。
色んな記憶とか、混乱のせいで、頭ん中がぐちゃぐちゃになってたのに、
ヴァン師匠の声を聞いたら、また会えて嬉しい、って気持ちしかなくなってたんだと思う。

『また会えて嬉しい』なんて、思っちゃいけないのに。

そんな風に思う資格なんてないのに。


だって、師匠を殺したのは俺なのに。


泣き喚いた後からどうなったのか、ちょっと記憶が曖昧だけど、
泣きすぎて呼吸が出来なくて。苦しかった事は覚えてる。
ちょっと周りの事が分かるようになった時には、俺はベッドの中にいて、ガイが心配そうにしていた。

もっとガキの頃、俺が癇癪を起こした後で、疲れてベッドでふて寝してると、
ガイはいつも、蓄音機から音楽を流してくれた。
その時も音楽が流れてたって事は、あれは癇癪と思われたらしい。

「一体どうしたんだ、ルーク?」

ってガイに聞かれたけど、俺は答えようがなかった。
すげぇ疲れてたし。その時は、泣いた理由が、はっきりと分かってなかったし。

「お前、何度も『ごめんなさい』って言ってただろ」

ガイに言われて、初めて知った。そんな記憶はなかったけど、どうやら言ってたらしい。
言ってた記憶はないけど、理由なら、なんとなく分かった。
だから、答えた。

「だって、俺、師匠の為に、何も、出来なかったから…」

ガイは何の事か分からないって顔をした。


俺は師匠の為に、本当に何も出来なかったんだ。


師匠の計画通りに鉱山の町で死ぬ事も、
師匠を説得して計画を止めさせて、みんなで生きていく事も。






時計を見て、確認する。

夜9時になるまで、まだ少し時間がある。

「…眠ぃ……。…つーか、今日は疲れすぎた…」

午前の炎上騒ぎと、午後の号泣騒ぎのせいで。…まぁ、その、うん、どっちも自業自得なんだけど。
泣きすぎたせいか、頭が重いし、鈍痛がする。でも、今日はまだ眠る訳にはいかない。

ガイが自室に下がった後、夜着を着替えて、お気に入りの白いコートを羽織った。

日記に残された『A』の文字。でも、日記に残されていたのは、それだけじゃなかった。
隣のページに書いてあった『9』と『夜』の字が、丸で囲われていた。
昨夜まではなかった、見覚えのない印。

「……何考えてんだ、あいつ。フツーに書けば良いのに」

アッシュが残した印の意味は、多分、『夜』の『9』時。
きっと、今夜9時に、……………。

……むー…ヤバい。本気で眠くなってきた…。
ここで眠ったら、あいつの事だし、すっげぇ怒り狂う。
俺だって、あいつに会って、聞きたい事が山ほどある。だから眠ってなんていられない。

……ハズなのに。

「…もぉ、無理。ただ待つだけとか無理……」

だいたい、なんで9時なんだよ…。遅すぎるだろ…。俺、毎日10時には眠ってんのに…。
何か眠気を紛らせる事をしよう。…あー……読書無理。多分即行爆睡。読書却下。
…そだ。剣の手入れしとこう。

立ち上がったついでに、蓄音機の前へ向かった。

少しボリュームを下げるよう調節して、音盤をセットする。
蓄音機から流れてきたのは、オペラ。

しかも、戦いのオペラ。
オーケストラの勇ましい演奏を援護にして、テノール歌手とバリトン歌手が、競うように交互に歌う。
お気に入りの曲だ。
それに、今日みたいな日には、ちょうど良い。

飾ってあるお気に入りの剣を手に取って、ベッドへ戻って腰かける。
柄を引くと、シャンッ。と、剣と鞘が摩擦する音。

これが、俺のお気に入りの剣。

剣と言っても、刃はない。模造品ですらない、偽物。

剣術の稽古を始めて、少し上達した実感が湧いてきた頃、俺は、剣が欲しいとねだった。
母上は危ないからと言って、俺が剣を持つ事を反対した。
でも、ヴァン師匠が、刃を潰したものなら危なくはないって言って、くれたんだ。

剣の名前はソウルクラッシュ。
刃があれば、間違いなく、最強クラスの名剣。
でも、この剣では、何も斬れない。ただの金属の塊だ。
偶然にせよ、ヴァン師匠が意図したにせよ、皮肉だな、と思わなくもない。


能力を落とした劣化品。本物に限りなく近い偽物。

……この剣は、俺と同じ、だ。


でも、俺は、卑屈になってるつもりはない。この剣は、お気に入りなんだ。
矛盾かもだけど、この剣のようになりたいと思ってる。


誰も傷付けない、最強の剣に。


かたん、と窓の方から、音楽とは異質な音が聞こえてきた。
剣を手に、窓の方へ振り返る。

戦いのオペラは、ちょうど山場を迎えていた。

「……よぉ、アッシュ」

俺が声をかけると、窓から現れた少年は、口許を歪めて笑う。

「レプリカのくせに、良いツラするようになったじゃねぇか」

黒の法衣には似合わない態度と口調。
神託の盾(オラクル)騎士団、特務師団、師団長。鮮血のアッシュ。


……俺の被験者(オリジナル)。


長い深紅の髪を揺らし、一歩、俺の方へ向かって踏み出す。

「オペラとは随分と良いご趣味だな」

「内緒話をするには必要だろ」

「……フン、盗聴防止か?」

「そんな大袈裟なものじゃねぇよ」

屋敷の中には、まだ起きて働いている使用人がいる。
万が一にも、話し声を聞かれたくはなかっただけだ。

「お前が教えてくれるんだろ?」

俺は剣を鞘に戻し、俺と同じ顔を持つアッシュを睨む。
アッシュは不適にも、笑った。


「どうやら、今度こそ俺の役に立ちそうだな、劣化レプリカ」


…俺の頭は、やっぱり、おかしくなってきてるみたいだ。

アッシュに『劣化レプリカ』って言われて、その響きが懐かしすぎて、嬉しかったんだから。






※※※※
続きます。次回からアッシュ編です。



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