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AL逆行itsbetween1and0/02


 アシュルク逆行長編/it's between 1 and 0

第02話・ルーク編03「……数百…数千……、いや、数万の」です。


第02話・ルーク編03



『未来の出来事』?

そんな考えが頭ん中に浮かんだ瞬間、吐き気がした。
気持ち悪くなって、思わず口許を押さえながら、必死に考える。


気のせいだろ?

昔、似たような事があって、それを思い出しただけだろ?

未来の出来事なんて、馬鹿げてるだろ? 何なんだよ、これ……!?


だんだん混乱してきて、壁に手をついた時、

「坊っちゃま、いかがなさいましたか!?」

いつもは淡々としている執事のラムダスが、駆け寄ってきた。
いいかげん、その『坊っちゃま』は止めろよ。
そう言ってやりたかったが、今回は言わないでおく。
ラムダスが思考を中断させてくれたおかげで、楽になったし。

「もしや、いつもの頭痛ですか?」

心配そうに聞いてきたので「何でもねぇよ」と応える。

そこで、ふと、悪戯に似たアイディアが思い浮かんだ。
母上は「何か欲しいものがあれば、すぐにラムダスに」と、いつも言ってくれていた。
俺にもっと物欲とか趣味とかあれば色々頼んでいただろうけど、
今まで頼んだ物と言えば、剣くらいだった。

「あのさ、欲しい物があるんだけど、頼まれてくれねぇかな? その店に無かったら、手に入れる必要ねぇからさ」

ラムダスはちょっと疑問に思ったっぽい表情をしたけど、いつもの畏まったって感じの礼をする。

「坊っちゃまのお望みとあれば、すぐに遣いを出しましょう」

「その坊っちゃまっての、いいかげん止めてくれよ」

あ。つい言っちまった。

「…あ、えっと、その、欲しい物なんだけど、」

俺の言葉を聞くラムダスは、神妙に頷いてたけど、
内心は「何故そんな物を?」って思ってるんだろうな。

「もし、その店にそれがなければ、手に入れる必要ねぇからな」

最後に念を押しとく。

「かしこまりました。その店にあるならば、午後には、お届け出来るかと思います」

「あぁ、頼んだぜ」

続けて俺は「じゃあ、ちょっと図書室に用事あるから」って、何気ないフリして、緊張を隠す。
まぁ、上手く隠せたかどうかなんて、分かんねぇけど、とにかく早足で、ラムダスの傍から離れる。

ラムダスが後ろから「では図書係の者を呼びましょう」とか、
何かそんな事を言ってた気もするけど。
それに対して反応する余裕なんて、俺にはなかった。

とりあえず、これで分かる筈だ。

俺の『記憶』の詳細が、正しいかどうか。

もっとも、その『記憶』が『未来の出来事』かどうかは、ガイの帰りを待たなければいけない…けど。

「あー…くそ、なんでこんな考えなきゃいけねぇんだよ…」

考えながら歩いていたら、うっかり、図書室の前を通り過ぎてしまう所だった。

無駄に厚くて重いドアを開こうとした所で、
「ルーク様、お探しの物があれば、お言い付け下さい」
深々って感じに頭を下げた使用人が、声をかけてきた。
すっかり見慣れた、いつもの図書係だ。

…ん?今、何か引っ掛かったけど…?

まぁ、いいか。

「ジェイド・バルフォア博士の本…あ、ついでに、サフィール・ワイヨン・ネイス博士の本も探してる。フォミクリー研究の本…えーと、とりあえず、全部。探すの手伝ってくれるか?」

図書係はちょっと驚いた感じだった。驚く気持ちは分かる。
俺自身、ジェイドの名前もそうだけど、ディストの本名もスラスラ出てきた事に、驚いてたりする。

図書係はすぐに「かしこまりました」って返事した。

それから数分後、俺は、図書室のソファの上であぐらをかいて、
目の前にある、図書係が積み上げた本の山を睨んでいた。

バルフォア博士の本は、そりゃもう、うぜぇくらいあったけど、
一行目から既に、何が書かれてるのか訳分からなかった。
図書係が言うには、「同位体複写技術に関する専門書の中でおそらく最も難解」…だとか何とか。
要するに、研究者向けのものらしい。
そういえば、夢の中でも、ジェイドが説明してくれる事は、いつも難しくて、頭ん中がエクスプロード状態だった。

俺が諦めかけようかと思っていた時、図書係が、更に、本の山を抱えてやってきた。
「もーいいよ」って言おうと思ったら、
「こちらは、ネイス博士の著作になります」なんて言うから、ちょっと興味が沸いた。
自分の事を『薔薇のディスト』とか言ってた変人が、どんな本を書いてるのか、気になる。
まぁ、どうせ、ジェイドの本みたく、意味不明なんだろうけど。

「ネイス博士の著書は、バルフォア博士とは違って、入門者向けに書かれた音機関研究書もありますので、世間では、読みやすいと評判なんですよ」

…すげぇ意外。でも、それなら、俺でも読めそうか?

「で?この中で一番簡単で分かりやすいヤツって、どれ?」

「こちらでしょうか」って言われて、一冊の本を渡される。
明らかに分厚い本。本当にこれが一番簡単なのかよ。
俺が「俺でも読めるかな…?」って呟くと、図書係が、眉をひそめて首を傾げた。

え?何その反応?もしかして…?

「…もしかして、これって、俺には難しすぎ?」

聞くと、慌てて図書係が首を横に振る。

「いえ、まさか!そちらは、ルーク様にとって、いささか物足りなく感じるかと思いまして!もっと踏み込んだ内容のものも揃えてありますので、よろしければ、そちらを…」

…はぁ?!

「何言ってんだよ。さすがに子供向けはヤだけど、俺、あんま知識ねぇから、一番簡単なヤツが良いよ」

「…そんなご謙遜を…。ですが、その本は……」

ご謙遜をって、…おい。馬鹿にされるのはヤだけど、持ち上げられるのもキモいだろ。
いくら調子に乗りやすいって言われた俺でも、さすがにこれは乗れねぇわ。

図書係を無視して、俺は本を開く。
目で文字をなぞる。

「……あ」

俺はパタンと本を閉じ、図書係に顔を向けた。

「俺、これ読んだことあった」

図書係がほっとしたような顔で、「では、こちらなどはいかがですか?」とか言って、別の本を薦めてくる。俺は、その本を受け取りながら、首を傾げていた。

あれ?なんでだ?
さっきまで忘れてたけど、確かに、読んだ覚えがあった。今なら、内容も思い出せる。


…んん?やっぱり何か変…じゃないか?


図書室を見回す。

見慣れた書架に、座り慣れたソファ、…見慣れた図書係。


…いや、そーだよ…。そーだ、そーだった!
俺、読書なんて、好きじゃねーけど、図書室には、よく来てたじゃねーか!
とにかく知識が足りないって思ってた!
それって、誰かに言われて、思ってた事だったっけ?
父上とか?家庭教師とか?ガイとか?

……いや、違う。俺が思ってたんだ。俺には知識が足りないって焦ってた。

なんでだ?

そんな当たり前の事を忘れてたなんて。
昨日までの事、それも、夢の中の内容と違う事だけ、俺はうっかり忘れていて、
少しずつ、違いに気付いて、思い出してる感じだ。


俺、変じゃないか?

……いや、確実に変だろ、これは。


これは現実の中なのか?

どっちが現実なんだ?

こっちが夢なのか…?


とさっ、と本の落ちる音がして、心臓が跳ね上がる。手が震えていた。

「ルーク様、いかがなさいましたかっ!?」

そんな声がどこか遠い所から聞こえてきた気がしたけど、妙に現実感が薄れていく。


……血の臭いがする。気持ち悪ぃ…。

立ち上がると、体がふわふわして、上手く姿勢が保てない。
でも、今はそんな事、どうでもいい。ここが現実だっていう確証がほしかった。


あれは夢に決まってる…!

あれが現実だなんて嫌だ!


……絶対嫌だ…!


だって、俺、たくさん人を殺してた…!



……数百…数千……、いや、数万の人を!



俺の思考は、突然襲ってきた頭痛のせいで、中断された。






※※※※
続きます。



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