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AL逆行itsbetween1and0/41



アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0”


第41話・ガイ編07「ルークが俺を拒絶するなんて」です。




it's between 1 and 0 第41話


※※※



「……ぁ、ご…め…なさ……」

ルークが喉から絞り出したような必死な声で言った後、
「…っぐ!」と息を詰まらせ、また酷い咳を始めた。

「ルークッ!」

俺は慌ててまたルークの背中を擦ったが、咳が止まらない。

訳が分からなかった。
ルークが『ごめんなさい』と言った理由も、酷い咳が止まらない理由も。

「このままでは不味い。まずは落ち着かせて下さい。呼吸困難に陥ってしまっては大変ですから」

咳がようやく落ち着き、ルークがひゅうひゅうと浅く早い呼吸を繰り返し始めた。
カーティス大佐がルークの頬を撫でて、目を覗き込む。

「ルーク、落ち着いて、ゆっくり呼吸をしなさい」

ようやくルークの呼吸が落ち着いてきて、俺は大佐の方へ顔を向けた。

「大佐、さっきの咳は…」

「肺がウイルス感染を起こしているのかもしれません。…いえ、確証がない事は、言わない方が良いでしょう。とにかく、まずは検査が必要です」

ルークが地につけていた手を握り締め、拳を作る。
その手元には、雪と泥に混じって鮮やかな赤があった。

「ガイ殿、ルークを天幕まで運んで下さい。シンクは私と共に来て手伝って貰えますか?」

「…分かった」

シンク少年は離れ難そうにしていたが、すぐに頷くと、カーティス大佐に従って行ってしまった。

俺はルークを天幕へ連れていこうとして、抱き上げ、その軽さに驚く。

事前に、シンク少年から、食欲がないとは聞いていた。
だが、こんなに体重を落としていたなんて…。

なるべく揺らさないように注意しながら進む。


天幕で話していた時、隠れていたルークの気配に気付いたのは大佐だった。
慌てて追いかけると、雪の中、咳き込んでいるルークを見つけた。

ルークはどこまで俺達の話を聞いたのだろうか?

聞いて確認したかったが、こんなに衰弱しているルークに聞く事なんて出来なかった。

ルークだって、俺に聞きたい事が多い筈だ。


何故、俺がここにいるのか…とか、俺が使用人としてファブレ家にいた理由、とか…。


「なぁ、ガイ…」

拳を固く握り締めたままルークが呟くように言う。

「なんだ、ルーク?」

俺はなるべくいつもの調子で応えた。何を聞かれても、俺は冷静に答えようと心に決める。

「……もしかして、俺、病気なのか?」

予想外の質問に、俺は一瞬、戸惑う。
ルークは大佐が話していた事を覚えていたのだろう。

「あ、あぁ、検査してみないと分からないが、多分…」

「…ガイ、降ろせ」

「えっ?」

「降ろせっつったんだよっ!」

突然ルークが暴れだした。
俺は落とさないように慌てて腕に力を込めるが、
ルークは俺の腕を振り払い、落ちるようにして飛び降りると、走り出した。

「ルークッ!どこに行くんだっ!?」

慌てて追いかけて行くと、ルークは自分の天幕の中へ駆け込んでいく。
俺も天幕に駆け込むと、簡易ベッドの上で毛布を被って丸まっている姿を見つけた。

「おい、ルーク…」

「ガイの馬鹿野郎!入って来んなっ!!近寄んなっっ!!」


ルークに近寄るなと言われ、足が地面に縫い付けられたかのような感覚を覚える。


俺は、アッシュから聞いた言葉を、思い出した。



あの日、アッシュが俺に自己紹介から始めた時の言葉だ。

『俺は10年前に誘拐された「ルーク」だ。今はアッシュと名乗り、神託の盾騎士団に属し、ヴァン・グランツのもとで働いている。その意味が、お前になら、分かるだろう?ガイ、いや、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス?』

アッシュは知っていた。俺が復讐者である事を。

そして、

『お前がガルディオス伯爵家の遺児である事は、今はダアトにいる、あのルークも知っている。最近…、あの侵入者騒ぎの前日に知ったばかり、だがな』

ルークも、俺の正体を知っている。

俺はずっとルークを騙していた。

そんな俺に、ルークを迎えに行く資格があるのだろうか?

ずっと、そう疑問に思っていた。

ただ、あのジュースの秘密を知ってからは、一刻も早く迎えに行きたいと願うようになり、機会を今か今かと待ち続けていた。
だが、そもそも、俺に資格があるとかないとかいう問題じゃなかったんだ。
俺は、自惚れていた。ルークが俺を拒絶するなんて、考えもしなかったんだから。



毛布の下から、ルークの苦しそうな咳が聞こえ、俺は目の前の現実に引き戻された。
慌てて駆け寄り、多分、背中だろうと当たりをつけた所を、なるべく刺激しないように擦る。
咳が治まると、

「バカガイっ!!早くっどっか行けよ!!」

ルークは毛布を被ったまま叫んだ。
呼吸が続かないのか、その声も苦しそうで、俺は胸が締め付けられる。

どんなに拒絶されても、俺は、傍から離れたくなかった。

『騙していたな』『最低だ』『顔も見たくない』『大嫌いだ』
どんな言葉を浴びせられる事になっても、
こんな風に苦しんでいるルークを、独りにしたくはなかった。

「…ルーク、俺は、どこにも行かない。ここにいたいんだ。俺は復讐する為に、ファブレ家に潜り込んだ。だがな、お前を失ったと勘違いした時、分かっちまったんだ。俺が本当に何をしたかったのか…。俺がガルディオス家の遺児である事実は、変えられない。だが、」

「何言ってんだよ!バカガイっっ!!」

言葉を遮られて、俺は目を丸くする。

バカはないだろうと言いかけた時、ルークが毛布ごと俺から離れ、少しだけ顔を出した。

「ガイがガルディオスだとか、そんなの今は関係ねぇだろ!早くどっか行けよっ!俺の病気が感染ったらどうすんだ!!」


……は?

ガルディオスは関係ない?病気が感染る??


「ルーク、一体何を…?」

「俺、病気なんだろ!?だったら、俺に近寄るなよ!!」

それだけ言うと、ルークはまた毛布に潜り込んだ。


……まさか?

まさか、俺に感染さないように、隠れているだけなのか?


「馬鹿だなぁ、お前…」

本当に馬鹿なのは、勘違いした俺の方かもしれないが、俺は苦笑するしかなかった。
俺は一歩を踏み出し、ルークの毛布に触れる。
ルークはびくりと震え、身体を強張らせた。

「病気の主人を看病するのも、使用人の務めなんだぞ」

毛布を剥ぎ取り、蹲っていたルークの背を撫でる。すると、更に身を縮ませた。

「俺は、お前の事、ただの使用人なんて、思ってねぇよ。看病なんて、いらねぇ。ガイに、病気を感染す…なんて嫌だ」

ルークが浅い呼吸をし始める。
大佐の『呼吸困難』という言葉を俺は思い出し、落ち着かせようと必至に背中を擦った。

「…バカガイ、本当に、感染っても、知らねぇからな…」

「俺は大丈夫さ。どこかのお坊っちゃまみたいに、ヤワに出来てはいないからな」

「…悪かったな、ヤワで」

ようやくルークが俺の方に顔を向けてくれた。
俺は微笑みかけたが、ルークは俺を睨み付けたままだ。いつものルークだった。
そんな風に思って、俺は安心する。

そこへ「失礼しますよ」と言って大佐が天幕に入ってきた。
後ろにいるシンク少年が、大きな荷物を抱えている。

「軍医から検査器具を借りてきました。さっそくですが検査します。良いですね、ルーク?」

言葉だけは了承を伺っているが、大佐の迫力には、絶対に否と言わせないものがあった。
ルークは顔を青ざめさせながらも頷き、すぐに検査は始まった。


検査の結果、大佐の見当通り、ルークの咳の原因はすぐに分かった。
免疫抑制剤を使用している者や免疫力が低下した者がかかる、ウイルス性の肺の病気だった。投薬での治療だけで、安静にしていれば2週間ほどで完治するものらしい。ただ、他の病気も併発している可能性もあり、ケテルブルクに戻って、すぐに精密検査をした方が良いと、大佐は付け加えた。

その話を最後まで聞いたルークが、呟くように聞く。

「…他のヒトには、感染んねぇの?」

「えぇ、もともと感染力が低いウイルスですし、通常の免疫力があれば、ウイルスを取り込んでも、身体の中で簡単に退治されます。体力自慢の軍人には、まず感染しないでしょう」

大佐はルークにも分かるよう、簡単な言葉に言い換えて、説明してくれた。

「……じゃあ、なんで、俺は、病気になったんだ?」

「あなたがレプリカで、免疫能力が劣化しているからです」

大佐が何の感情も乗せずに冷静に言い放った。
ルークが驚いて息を飲み、顔を青ざめさせ、手の震えを治めようと拳を握り締める。

「カーティス大佐、その言い方はいくら何でも…!」

他に言い方ってモンがあるだろう!

「事実です。彼には、今まで、自覚がなさすぎました。ちょうど良い機会ですから、知ってもらいましょう」

大佐は言うと、表情を隠すように眼鏡を指で押し上げた。

「…で、でも、『前』は、こんな事、俺、なかった…」

ルークが反論すると、

「今まであなたが健康だったのは、薬のおかげです。その薬を断てば、子供でもかからないような病気で、あなたの命は危険に晒される」

ぴしゃりと大佐に返される。

「でも、薬って、俺、そんなの、今まで飲んだ事なんか…」

「定期的に飲んでいたでしょう?赤い『ジュース』を」

ルークは「え…?」と呟き、それから俺を見上げた。

本当は、ルークには知られたくなかった。だが、知らなければ、ルークはまた無茶をするだろう。大佐の言う通りだ。それが、どんな辛い真実を示そうとも、伝えなければ。

「俺も、アッシュに言われるまで知らなかったんだ。あの赤い『ジュース』が、お前の『薬』だったとは…」

「……ジュースが…?」

ルークは視線をさ迷わせていたが、やがて何かを理解し、そして、顔を歪めて俯いた。

「…そっか。父上は、俺がレプリカだって知ってたから、だから、薬を……」

ルークは続けて「…やっぱ『前』と違うんだ」と、溜め息に似た声で呟く。

「ルーク…」

俺は思わず声をかけたが、何と言葉を続けて良いのか、分からない。
シンク少年も、悔しそうに顔を歪めて拳を握り締めるだけで、かけたい言葉を見つけられないようだった。

暫くの沈黙の後、大佐は膝をつくと、ベッドに座るルークに視線を合わせる。

「ダアトから離れている今なら、良い機会です。あなたはガイ殿と一緒に、バチカルへ帰りなさい」

反射的にルークは顔を上げた。
何か言いた気な、苦痛に耐えるような顔をして、しかし、すぐに項垂れて、こくり、と頷いた。

「…でも、この任務はアッシュとしてやり遂げる、から。アッシュに迷惑かけたくない…」

「……本当なら、一刻も早く検査を受けて欲しい所ですが、確かに、アッシュが怪しまれるような行動は避けた方が良い。検査や入れ代わるタイミングは、こちらで考慮しましょう」

大佐は溜め息をつくと、立ち上がる。

「…ごめん、ジェイド。迷惑かけて」

「そう思うなら、少しは自重して下さい」

ルークに背を向け、検査器具を片付けながら大佐は言った。
俺はルークの頭をぽんぽんと軽く叩く。

ルークが僅かに肩を震わせ、拳を握り締めた。

「……俺、ほんと、役立たずで、ダメなヤツだな…」

悔しそうに呟いた声が、痛々しかった。






※※※続きます※※※

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