AL逆行itsbetween1and0/41 AL長編/it's between 1and0 2012年09月16日 アシュルク逆行長編“it's between 1 and 0” 第41話・ガイ編07「ルークが俺を拒絶するなんて」です。 it's between 1 and 0 第41話 ※※※ 「……ぁ、ご…め…なさ……」 ルークが喉から絞り出したような必死な声で言った後、 「…っぐ!」と息を詰まらせ、また酷い咳を始めた。 「ルークッ!」 俺は慌ててまたルークの背中を擦ったが、咳が止まらない。 訳が分からなかった。 ルークが『ごめんなさい』と言った理由も、酷い咳が止まらない理由も。 「このままでは不味い。まずは落ち着かせて下さい。呼吸困難に陥ってしまっては大変ですから」 咳がようやく落ち着き、ルークがひゅうひゅうと浅く早い呼吸を繰り返し始めた。 カーティス大佐がルークの頬を撫でて、目を覗き込む。 「ルーク、落ち着いて、ゆっくり呼吸をしなさい」 ようやくルークの呼吸が落ち着いてきて、俺は大佐の方へ顔を向けた。 「大佐、さっきの咳は…」 「肺がウイルス感染を起こしているのかもしれません。…いえ、確証がない事は、言わない方が良いでしょう。とにかく、まずは検査が必要です」 ルークが地につけていた手を握り締め、拳を作る。 その手元には、雪と泥に混じって鮮やかな赤があった。 「ガイ殿、ルークを天幕まで運んで下さい。シンクは私と共に来て手伝って貰えますか?」 「…分かった」 シンク少年は離れ難そうにしていたが、すぐに頷くと、カーティス大佐に従って行ってしまった。 俺はルークを天幕へ連れていこうとして、抱き上げ、その軽さに驚く。 事前に、シンク少年から、食欲がないとは聞いていた。 だが、こんなに体重を落としていたなんて…。 なるべく揺らさないように注意しながら進む。 天幕で話していた時、隠れていたルークの気配に気付いたのは大佐だった。 慌てて追いかけると、雪の中、咳き込んでいるルークを見つけた。 ルークはどこまで俺達の話を聞いたのだろうか? 聞いて確認したかったが、こんなに衰弱しているルークに聞く事なんて出来なかった。 ルークだって、俺に聞きたい事が多い筈だ。 何故、俺がここにいるのか…とか、俺が使用人としてファブレ家にいた理由、とか…。 「なぁ、ガイ…」 拳を固く握り締めたままルークが呟くように言う。 「なんだ、ルーク?」 俺はなるべくいつもの調子で応えた。何を聞かれても、俺は冷静に答えようと心に決める。 「……もしかして、俺、病気なのか?」 予想外の質問に、俺は一瞬、戸惑う。 ルークは大佐が話していた事を覚えていたのだろう。 「あ、あぁ、検査してみないと分からないが、多分…」 「…ガイ、降ろせ」 「えっ?」 「降ろせっつったんだよっ!」 突然ルークが暴れだした。 俺は落とさないように慌てて腕に力を込めるが、 ルークは俺の腕を振り払い、落ちるようにして飛び降りると、走り出した。 「ルークッ!どこに行くんだっ!?」 慌てて追いかけて行くと、ルークは自分の天幕の中へ駆け込んでいく。 俺も天幕に駆け込むと、簡易ベッドの上で毛布を被って丸まっている姿を見つけた。 「おい、ルーク…」 「ガイの馬鹿野郎!入って来んなっ!!近寄んなっっ!!」 ルークに近寄るなと言われ、足が地面に縫い付けられたかのような感覚を覚える。 俺は、アッシュから聞いた言葉を、思い出した。 あの日、アッシュが俺に自己紹介から始めた時の言葉だ。 『俺は10年前に誘拐された「ルーク」だ。今はアッシュと名乗り、神託の盾騎士団に属し、ヴァン・グランツのもとで働いている。その意味が、お前になら、分かるだろう?ガイ、いや、ガイラルディア・ガラン・ガルディオス?』 アッシュは知っていた。俺が復讐者である事を。 そして、 『お前がガルディオス伯爵家の遺児である事は、今はダアトにいる、あのルークも知っている。最近…、あの侵入者騒ぎの前日に知ったばかり、だがな』 ルークも、俺の正体を知っている。 俺はずっとルークを騙していた。 そんな俺に、ルークを迎えに行く資格があるのだろうか? ずっと、そう疑問に思っていた。 ただ、あのジュースの秘密を知ってからは、一刻も早く迎えに行きたいと願うようになり、機会を今か今かと待ち続けていた。 だが、そもそも、俺に資格があるとかないとかいう問題じゃなかったんだ。 俺は、自惚れていた。ルークが俺を拒絶するなんて、考えもしなかったんだから。 毛布の下から、ルークの苦しそうな咳が聞こえ、俺は目の前の現実に引き戻された。 慌てて駆け寄り、多分、背中だろうと当たりをつけた所を、なるべく刺激しないように擦る。 咳が治まると、 「バカガイっ!!早くっどっか行けよ!!」 ルークは毛布を被ったまま叫んだ。 呼吸が続かないのか、その声も苦しそうで、俺は胸が締め付けられる。 どんなに拒絶されても、俺は、傍から離れたくなかった。 『騙していたな』『最低だ』『顔も見たくない』『大嫌いだ』 どんな言葉を浴びせられる事になっても、 こんな風に苦しんでいるルークを、独りにしたくはなかった。 「…ルーク、俺は、どこにも行かない。ここにいたいんだ。俺は復讐する為に、ファブレ家に潜り込んだ。だがな、お前を失ったと勘違いした時、分かっちまったんだ。俺が本当に何をしたかったのか…。俺がガルディオス家の遺児である事実は、変えられない。だが、」 「何言ってんだよ!バカガイっっ!!」 言葉を遮られて、俺は目を丸くする。 バカはないだろうと言いかけた時、ルークが毛布ごと俺から離れ、少しだけ顔を出した。 「ガイがガルディオスだとか、そんなの今は関係ねぇだろ!早くどっか行けよっ!俺の病気が感染ったらどうすんだ!!」 ……は? ガルディオスは関係ない?病気が感染る?? 「ルーク、一体何を…?」 「俺、病気なんだろ!?だったら、俺に近寄るなよ!!」 それだけ言うと、ルークはまた毛布に潜り込んだ。 ……まさか? まさか、俺に感染さないように、隠れているだけなのか? 「馬鹿だなぁ、お前…」 本当に馬鹿なのは、勘違いした俺の方かもしれないが、俺は苦笑するしかなかった。 俺は一歩を踏み出し、ルークの毛布に触れる。 ルークはびくりと震え、身体を強張らせた。 「病気の主人を看病するのも、使用人の務めなんだぞ」 毛布を剥ぎ取り、蹲っていたルークの背を撫でる。すると、更に身を縮ませた。 「俺は、お前の事、ただの使用人なんて、思ってねぇよ。看病なんて、いらねぇ。ガイに、病気を感染す…なんて嫌だ」 ルークが浅い呼吸をし始める。 大佐の『呼吸困難』という言葉を俺は思い出し、落ち着かせようと必至に背中を擦った。 「…バカガイ、本当に、感染っても、知らねぇからな…」 「俺は大丈夫さ。どこかのお坊っちゃまみたいに、ヤワに出来てはいないからな」 「…悪かったな、ヤワで」 ようやくルークが俺の方に顔を向けてくれた。 俺は微笑みかけたが、ルークは俺を睨み付けたままだ。いつものルークだった。 そんな風に思って、俺は安心する。 そこへ「失礼しますよ」と言って大佐が天幕に入ってきた。 後ろにいるシンク少年が、大きな荷物を抱えている。 「軍医から検査器具を借りてきました。さっそくですが検査します。良いですね、ルーク?」 言葉だけは了承を伺っているが、大佐の迫力には、絶対に否と言わせないものがあった。 ルークは顔を青ざめさせながらも頷き、すぐに検査は始まった。 検査の結果、大佐の見当通り、ルークの咳の原因はすぐに分かった。 免疫抑制剤を使用している者や免疫力が低下した者がかかる、ウイルス性の肺の病気だった。投薬での治療だけで、安静にしていれば2週間ほどで完治するものらしい。ただ、他の病気も併発している可能性もあり、ケテルブルクに戻って、すぐに精密検査をした方が良いと、大佐は付け加えた。 その話を最後まで聞いたルークが、呟くように聞く。 「…他のヒトには、感染んねぇの?」 「えぇ、もともと感染力が低いウイルスですし、通常の免疫力があれば、ウイルスを取り込んでも、身体の中で簡単に退治されます。体力自慢の軍人には、まず感染しないでしょう」 大佐はルークにも分かるよう、簡単な言葉に言い換えて、説明してくれた。 「……じゃあ、なんで、俺は、病気になったんだ?」 「あなたがレプリカで、免疫能力が劣化しているからです」 大佐が何の感情も乗せずに冷静に言い放った。 ルークが驚いて息を飲み、顔を青ざめさせ、手の震えを治めようと拳を握り締める。 「カーティス大佐、その言い方はいくら何でも…!」 他に言い方ってモンがあるだろう! 「事実です。彼には、今まで、自覚がなさすぎました。ちょうど良い機会ですから、知ってもらいましょう」 大佐は言うと、表情を隠すように眼鏡を指で押し上げた。 「…で、でも、『前』は、こんな事、俺、なかった…」 ルークが反論すると、 「今まであなたが健康だったのは、薬のおかげです。その薬を断てば、子供でもかからないような病気で、あなたの命は危険に晒される」 ぴしゃりと大佐に返される。 「でも、薬って、俺、そんなの、今まで飲んだ事なんか…」 「定期的に飲んでいたでしょう?赤い『ジュース』を」 ルークは「え…?」と呟き、それから俺を見上げた。 本当は、ルークには知られたくなかった。だが、知らなければ、ルークはまた無茶をするだろう。大佐の言う通りだ。それが、どんな辛い真実を示そうとも、伝えなければ。 「俺も、アッシュに言われるまで知らなかったんだ。あの赤い『ジュース』が、お前の『薬』だったとは…」 「……ジュースが…?」 ルークは視線をさ迷わせていたが、やがて何かを理解し、そして、顔を歪めて俯いた。 「…そっか。父上は、俺がレプリカだって知ってたから、だから、薬を……」 ルークは続けて「…やっぱ『前』と違うんだ」と、溜め息に似た声で呟く。 「ルーク…」 俺は思わず声をかけたが、何と言葉を続けて良いのか、分からない。 シンク少年も、悔しそうに顔を歪めて拳を握り締めるだけで、かけたい言葉を見つけられないようだった。 暫くの沈黙の後、大佐は膝をつくと、ベッドに座るルークに視線を合わせる。 「ダアトから離れている今なら、良い機会です。あなたはガイ殿と一緒に、バチカルへ帰りなさい」 反射的にルークは顔を上げた。 何か言いた気な、苦痛に耐えるような顔をして、しかし、すぐに項垂れて、こくり、と頷いた。 「…でも、この任務はアッシュとしてやり遂げる、から。アッシュに迷惑かけたくない…」 「……本当なら、一刻も早く検査を受けて欲しい所ですが、確かに、アッシュが怪しまれるような行動は避けた方が良い。検査や入れ代わるタイミングは、こちらで考慮しましょう」 大佐は溜め息をつくと、立ち上がる。 「…ごめん、ジェイド。迷惑かけて」 「そう思うなら、少しは自重して下さい」 ルークに背を向け、検査器具を片付けながら大佐は言った。 俺はルークの頭をぽんぽんと軽く叩く。 ルークが僅かに肩を震わせ、拳を握り締めた。 「……俺、ほんと、役立たずで、ダメなヤツだな…」 悔しそうに呟いた声が、痛々しかった。 ※※※続きます※※※ PR