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AL/凱歌01


『英雄は凱歌に酔う』


 第01話





夜にしか咲かないというセレニアの花は咲き乱れ、
月光を反射し、白銀色に輝きながら、風に揺れていた。


音律士の女性が、
祈るように、捧げるように、夜空へ向かって歌い上げた時、


彼の人は、姿を現した。


「……どうして、ここに?」

音律士の女性が聞けば、

「ここからなら、ホドが見渡せる。それに、約束したからな」

彼が静かに応えると、

女性の白い頬に一筋の涙が伝う。

その涙は、歓喜の涙か、哀別の涙か。

それは、彼女自身にも分からなかった。


2年前のあの時、多くの約束が交わされた。

彼が言った「約束」とは、
誰が、誰と交わした約束なのか。

答えを確かめる為に女性が駆け寄れば、彼は苦笑を溢す。


「聞きたい事は、解る。……あの時、俺は、どっちも死んだと考えたからな」


目の前にいる者達が、息を飲んだ。

彼らを見回し、それから、青年は居心地悪そうに視線を反らす。


「すまない。まだ、よくは分からないんだ…」



自分はルークなのか、アッシュなのか。


と彼が言葉を続けなくとも、周囲の者達は、意味を理解したようだった。





世界を救った英雄ルーク・フォン・ファブレが、2年の時を経て、無事に帰還した。


その報せには、彼の祖国だけでなく、世界中が歓喜した。

彼らの墓碑に刻まれた『英雄ルーク・フォン・ファブレ、ここに眠る』という碑文からは、
『ルーク・フォン・ファブレ』の名が削り取られ、



そうして、



未だ帰還しない、名も無き英雄の墓碑となった。





すっかり見飽きた自分の部屋で目を覚ました彼は、
上体を起こすと、後ろ頭を掻きながら、

「やっぱ、いっそのこと切るか」

という帰還してから何度目になるか分からない言葉を呟いた。

切る、と言ったのは、長く伸ばした深紅色の髪の事である。

しかし、寝惚けた思考が次第にハッキリしていく内に考えが変わり、

「…馬鹿馬鹿しい」

と忌々しそうに吐き捨てて、ベッドから出た。



彼が帰還してから、既に1年の月日が流れていた。




彼が帰還したばかりの頃、僅かに周囲は混乱した。

完全同位体間特有の「大爆発」という現象が起こった結果、
レプリカであるルークの意識は、記憶だけを残して消滅し、
ルークの記憶を持つ被験者アッシュが復活する…筈だった。

だが、帰還したばかりの頃の彼は、

「自分がどちらなのか分からない」

と何度も呟いた。


それが、混乱を呼んだ。


フォミクリー発案者であるジェイドが、彼に「大爆発」現象について説明を繰り返し、
彼の記憶の混乱がようやく治まってきた頃、

ようやく彼は「自分はアッシュなのだろう」と納得した。

そして、周囲…特にルークに親しかった者達は、絶望に打ちのめされた。

ルークは消滅し、
「必ず帰る」という約束が果たされない事を知ったからである。


その僅かな混乱の間に、
英雄ルーク・フォン・ファブレの帰還が公式に発表され、墓碑に刻まれた名は削られた。


アッシュ本人の意思に関係なく、

彼は「ルーク・フォン・ファブレ」として生きる道に、立たされていたのである。





その日、

光の王都バチカルの最上階にあるファブレ邸の応接間には、
居心地悪そうにソファに座るガイの姿があった。

使用人として過ごした記憶の残るファブレ邸で、賓客として扱われる事は今でも慣れない。
ガイはそんな事を考えながら、久々に再会した顔見知りのメイドと雑談を交わしていた。

そこへ、アッシュが姿を現し、メイドは慇懃にお辞儀をして主人を迎える。

「ガルディオス伯爵は、よほど暇と見える」

不機嫌そうなアッシュの言葉を聞き、ガイはいつものように苦笑した。

「久々に訪ねて来てやったのに、友達甲斐のない奴め」

「誰がてめぇの友達だ」

アッシュの視線が動く様子を見て、ガイもまた視線を動かす。

「行くんだろ?いつもの所に」

「…あぁ」

彼らの視線の先にあるテーブルの上には、
ガイの庭師が大切に育て上げた切り花が置かれていた。




目的地に向かって歩きながら、

ガイは、隣に並ぶアッシュの横顔を見る。

下ろした前髪が歩く動きに任せて揺れ、
時折、紅い髪の間から、翡翠色の瞳が垣間見える。

退屈する事にも飽きたようなアッシュの瞳を見たガイは、
不意に込み上げる懐かしさで、胸が潰されそうになった。

脳裏に『なんか面白ぇ事ねぇかな』というルークの声が蘇るが、
軽く頭を振って、沈み込みそうになった気分を切り換える。

「最近、どうだ?何か変わった事は?」

自らの気持ちを誤魔化すように、なるべく明るい声色で聞くと、

「…別に。いつも通りだ」

視線を合わせないまま、素っ気なくアッシュが答える。
いつものやり取りだった。

「お前、屋敷に引きこもってるんだって?ナタリアが心配してたぞ?」

ガイが聞くと、アッシュは、ちっ、と軽く舌打ちした。

「引きこもってる訳じゃねぇ。外に出るのが面倒なだけだ」

その言葉に、ガイは少なからず同情する。

ルーク・フォン・ファブレは、成人すれば軟禁から解放されて、自由が手に入る筈だった。
しかし、世界を救った英雄となった今、
その存在は国内外に大きく影響を及ぼす事を知り、自らその行動や発言に制限をかけ、
結果「外に出るのが面倒」になってしまったようだった。

尤も、
アッシュが「外に出るのが面倒」と感じる理由は他にもあると、ガイは考えているのだが。

「…まぁ、同情はするが、ナタリアに心配はかけるなよ」

ガイが冗談混じりに言うと、

「うっせぇな。分かってるよ」

アッシュは応えながら髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜた。

そこで、ふと、ガイはアッシュの左手にある物を見る。

「ところで、気になっていたんだが、それ」

ガイの視線に気付いたアッシュは、口の端を上げて微笑し、
手に持つ物を僅かに上げて見せる。

「ワインだ」

「…そりゃ見れば解る。何の為に持っているのか、聞いても構わないか?」

「先月、ジェイドが来た時、みやげにと渡された物だ。
成人したのなら法律的には問題ないでしょうとか言って置いて行きやがったんだが…」

不意にアッシュの目が、遠くを見るように細められた。

「ルークが、お前らと旅をしていた時、
好奇心で『酒って美味いのか?』と聞いた事があるだろう。
お前らは、子供の飲酒はダメだと言って、一度も味見さえさせなかった。
…覚えているか?」

あぁ、そんな事もあったな、とガイは思い出して頷く。

ガイにとって、ルークとの思い出は、
どんな些細な事であってもかけがえのない大切なものだった。

『ずるいぞ、ガイ!いつまでも子供扱いしやがって!』
その時のルークの声が、鮮やかに脳裏に蘇る。

3年経っても色褪せない思い出に、
嬉しいような、悲しいような、泣き出したい気持ちになった。

「…ははは、味見くらいさせてやれば良かったな」

「ま、そういう事だ」

アッシュはそう話を締め括ったが、ガイには何が「そういう事」なのか理解できなかった。

アッシュは瓶に貼られたラベルに視線を落としながら、

「いつもは胡散臭いメガネだが、こういう趣味は悪くない」

などと満足しているらしい笑みを浮かべている。


ガイが聞き直そうと考えて顔を上げた時、

2人が目的地へ辿り着いた事に、ようやく気付いた。



名前のない墓碑の前。

ガイは立ち止まり、青い空を背にした墓碑を見上げる。



『英雄/////////////////////、ここに眠る』



この墓には、遺体が眠っている訳でもなければ、名前の刻字すらもない。

ただの自己満足だと自嘲しながらも、
ガイは、ここに来る事を止める事は出来なかった。

ここに足を運ぶのは、ガイ自身の為でるという事を、ガイははっきりと自覚している。
どれほど自分は身勝手なのかと、吐き気を覚える程だ。

(…すまないな、ルーク)

墓前に花束を供え、胸元に手を当てて黙祷を捧げる。

妙な音…瓶からコルクが抜ける音だったが…を耳が拾い、
ガイは目を開けて、音がした方向へ顔を向けた。


アッシュが瓶の口を地に向け、紅い液体を地面に溢している姿が、ガイの目に映る。


「な、何をしてるんだ、アッシュ?」

「あいつに酒の味見をさせてやってる」

「味見って…」

「あいつの御子様な舌には、合わねぇだろうがな、
てめぇの持って来る花よりは気が利いてるだろ?」

墓前に瓶を置くと、ガイに向き直って不適に微笑んだ。
ガイは目を伏せて苦笑する。

「…そうだな。ルークが、俺の持ってくる花を見たら、」

「いい加減、花なんか見飽きたっつーの!」

突然聞こえてきた声に驚いて、ガイは反射的に顔を上げた。

「…と言うだろうな」

続いて聞こえたアッシュの声を視線で追うと、

既にガイに背を向けて歩き始めていたアッシュの背が見える。

「おい、アッシュ…」

「あの馬鹿の言いそうな事くらい、俺でも分かる」

背を向けたまま、アッシュは答えた。


瞬間、ガイは底の知れない恐怖を、感じる。

目の前を歩く彼は一体誰なのだろうかと、疑問が浮かぶ。


お前はルークじゃないのか!?

そんな風に叫びたい衝動を、必死に、抑える。
それだけは言ってはならないと、自分に言い聞かせる。


俯けば涙が零れそうになる。だから、空を見上げる。

あの日、エルドラントから空へ昇って行った一筋の光は、もうない。


ただ、空があるだけだ。


ルークが生まれてからずっと憧れるように眺め続け、最後に昇って行った、ただの空が。



「なぁ、アッシュ」

動揺を隠しながら、なるべく平静な声で問い掛ける。

「魂って、死んだら、どこに行くんだろうな?」

ガイが問うと、アッシュは足を止めないまま、

「今日は随分と感傷的じゃねぇか」

嘲るような声色で返す。

「アッシュは、どう思う?」

「さぁ、興味はねぇが、天国とか地獄なんじゃねぇか?」

アッシュが適当に答えている事くらい、ガイにも理解できていた。
それでも、続きを聞かずにはいられなかった。

「……今、ルークの魂は、どこにあるんだろうな?」

アッシュは足を止めると、青い空を見上げ、
それからゆっくりと目を閉じる。

「馬鹿だろ、お前…」

口元を歪めて笑う。


「天国か地獄かで言ったら、地獄に決まってるじゃねぇか」


ガイが驚きで言葉を返せないでいる内に、アッシュは再び歩き始めていた。

「そうじゃねぇと、浮かばれねぇヤツらがいるだろ。それくらい、あの屑でも理解している」

アッシュの後ろ姿、その長い髪を見ながら、ガイは表情を歪めた。



ガイがルークをアラミス湧水洞まで迎えに行った時、
髪を短くしたルークは償いについて悩み、相談してきた事があった。

『アクゼリュスのこと、どう償ったらいいんだろう…』と。

その途中で、ルークは、確かに、言っていた。

『俺が…幸せにならないこと…とか?』

ガイはすぐに『そりゃ違うだろうよ』と否定したが、ルークはそれに何と応えたのか…。



『そうなのかな』



ガイは呟くように言ったルークの声色を思い出し、

先程感じた、底の知れない恐怖の正体に、気付く。



ルークは天国を選ばない。安息や幸福を選ばない。



「アッシュ!」

声を荒げて呼び掛けると、不審に感じたアッシュが眉を顰めて振り返った。

「アッシュ、ルークは死んだんだ!」

「…あぁ、知ってる」

「お前は、ルークじゃない!」

アッシュの眉間に寄せた皺が深くなる。
ガイはそれに構わず、言葉を続けた。

「だからって訳じゃないが!…でも、お前だって、幸せになってもいいんだぞ!」

目を見開いたアッシュの表情が、ガイには、ルークの表情に重なって見えた。


2年前の決戦前夜、ガイは、ナタリアに言った事がある。

『俺は俺なりに過去にケリをつけたつもりだ』
『人間アッシュと人間ガイラルディアとして、一から始める事になる』

戦いが終わり、お互いに過去にケリをつけられたなら、
一人の人間としてアッシュに向き合おう…と、思った。


今、お互いに一人の人間として向き合えないのは、
ガイもアッシュも、ルークという過去の記憶に対して、ケリをつけられないからだ。


それをガイは自覚していたが、
アッシュにルークを重ねて見る事を、止められなかった。



ガイが献花を続けるのは、自分の為。

ルークは死んで、アッシュが生きている。

そう自分に知らしめる為。



アッシュが生き続けるのも、自分の為であるべきだ。

ルークが死んでも、アッシュは生きている。

そう自分に知らしめて。



「何を言い出したかと思えば…」

アッシュは溜め息をついてからガイに背を向けると、

「…馬鹿だなぁ、お前」

小さく呟くように言葉を続けた。



ガイは固く目を閉じて、堰を切りそうになった嗚咽を飲み込む。



今、目の前を歩く彼は、一体誰なのだろう。


ただ、その頼りなく、今にも消えてしまいそうな後ろ姿は、
ガイの知るルークのものでも、アッシュのものでもないような気がした。





※※※続きます※※※

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