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AL/凱歌02


『英雄は凱歌に酔う』


 第02話





※※※



「おや、誰かと思えば、ガイではありませんか」

マルクト帝国、水上都市グランコクマ。

王宮近くのマルクト軍本部の執務室にいたジェイドは、
憔悴しきった様子のガイを見て、一瞬だけ目を細める。
が、すぐにいつもの不敵な微笑みを浮かべると、ガイに席を勧めた。

ガイがソファに腰掛けるのを見て、向かい側にジェイドも腰掛ける。

「バチカルに行ってきたのでしょう?
毎度の事ながら、あのアッシュと友達になろうなんて無謀な考えには、
頭が下がる思いですよ。で?首尾はどうでしたか?」

ガイは沈黙したまま、視線を床に落としていた。

「ガイ、何かありましたか?」

暫く沈黙が続くのかとジェイドは溜め息をつきかけたが、
秘書官が2人分の紅茶を運んできて退室してから、ガイがようやく重い口を開いた。

「ディスト…いや、ネイス博士に会わせて欲しい」

「サフィールに、ですか?
あなたの物好きは知っていましたが、あれと友達にでもなりたいのですか?
お勧めはしませんよ。あれと友達になるくらいなら、陛下のペットの方が、」

「大爆発現象について、聞きたい事がある」

必死なガイの声を聞き、ジェイドは目を細める。

「あなたも、御存知の筈ですが?」

「ネイス博士は、以前チーグルのスターを使って、完全同位体を造り、
大爆発現象さえも実証した。…そうだったな?」

ガイの言葉を聞き、彼が何を考え、何を知りたいのか、ジェイドは理解した。

「えぇ、大爆発が完了した結果、生き残ったのは被験者。
レプリカは記憶だけを残して消滅しました。
それは、被験者スター自身の証言によって、裏付けされています」

ゆっくりと言い聞かせるように、ジェイドは答えた。

生き残ったのはアッシュ。ルークは記憶だけを残して消滅した。
わざと、その意味を言外に含めた。

ガイは表情を歪め、今にも泣き出しそうな顔になったが、
やがて、肩を落とすようにして俯く。

「……ジェイド、俺の事は、最低だと罵っても構わない。
でも、考えちまうんだ。
アッシュに会う度に、あいつは本当はルークなんじゃないか、って…」

ふぅ、とジェイドは息を吐き出した。

「あの子供が、アッシュのフリをして生きているとでも?」

やれやれ、とジェイドは言葉を続ける。

「そんな器用な嘘をつけるような子供ではない事くらい、あなたが一番よく知っているのでは?」

「……っ!」

ガイが拳を握り締める。
手袋をしていなければ己の爪で手を傷つけてしまうような、容赦のない力の籠った拳だった。

ジェイドは眼鏡のブリッジを僅かに押し上げ、

「1ヶ月に一度、私がアッシュの後保護の為に、
バチカルを訪ねている事は御存知でしょう?」

と声を幾らか和らげて話を切り出す。

ガイはそれに頷いた。

2年前、多くのレプリカが誕生した時、
事前に多くの被験者からレプリカ情報が抜き出された。

その時、レプリカ情報を抜かれた数割の被験者が突然死するという問題が起こり、
最近では、体調不良を訴え始める被験者が急増していた。

その為、レプリカ保護とフォミクリー被害者の後保護の下、
ジェイドとサフィールは、フォミクリー研究を再開している。

アッシュもまた、フォミクリー被害者の一人とされ、
ジェイド自ら、アッシュの診察を定期的に行っていた。

「完全同位体と大爆発現象の理論をまとめたのは私です。
それを、チーグルを使った実験で実証したのはサフィール。…ですが、」

緋色の目を細めて、天井を見る。

「あの子は、いつも、私の予想を裏切ってくれる」

ガイは眉を顰めて、ジェイドの表情を窺った。

「…いえ、正確を期するなら、
サフィールの実験では、実証できなかった事が一つだけあった、という事でしょう」

「どういう事だ?」

「覚えていますか?アッシュは帰還した時、
『自分がどちらなのか分からない』と言っていた事を」

「あぁ。アッシュとルークの記憶が混同して、混乱していたんだろう?
そう言ったのはジェイドだぞ」

「サフィールの実験で、チーグルの被験者スターには、その混乱が起こらなかった。
スターは、自分をレプリカか被験者なのかなどとは、微塵にも疑ってもいなかったのです」

「………!!」

「何故か、分かりますか?」

ガイは視線をさ迷わせて、考えを巡らせる。
衝撃で考えがまとまらない内に、
ジェイドは目を伏せて、答えを告げた。

「スターの場合、被験者とレプリカの間には、
記憶の総量に天と地ほどの決定的な差があったのです」

「記憶の総量…?」

「スターの大爆発は、レプリカ作製後すぐに起こりました。
実験の為、サフィールが故意に起こさせたのですが」

「…つまり、……」

ジェイドは頷く。

「スターのレプリカには、経験らしい経験もなければ、記憶も少ない。
自我の発達もなかったと考えられます」

「じ、じゃあ、ルークとアッシュの場合は…」

「7年と17年では大きな差があるとは言え、
ルークには自我を形成するだけの経験と記憶がありました。
私がまとめた大爆発の理論は、レプリカ個人の自我や意思を想定してはいません。
当時の私が、レプリカを一人の人間として考えてはいなかったせいです。
そもそも、当時は、8年近くも長生きしたレプリカの実例がありませんでしたから」


『8年近くも長生きしたレプリカ』


その言葉に、ガイははっとする。

フォミクリーという技術がまだ不完全で、
しくじれば、乖離しやすいレプリカが生まれると聞いた事があった。

そもそも、レプリカという存在は不安定で、乖離しやすく、短命なのだ。
ジェイドは最初から、それを知っていた。
だからこそ、ルークがレプリカだと判明し、ジェイドがルークと合流した直後から、
突然、ルークの健康管理を始めたのだ。


ルークは『たった8年近くしか生きなかった』のではなく、
レプリカとして生まれながら、『8年近くも長生きした』のだ。



たったの8年足らず。


レプリカの平均に比べれば、長い。しかし、被験者の平均に比べれば、儚い。



ガイはその事実に愕然としながらも、ジェイドの言葉の続きを待つ。

「人間が人格を形成する時に必要なものは、経験と記憶。
そのルークの8年近い経験と記憶を、アッシュが引き継いだ。
帰還当初は、記憶の混乱どころの話ではありません。
彼の中で折り合いがつかず、精神崩壊の一歩手前でした」

そこで、ジェイドは一つだけ息をついた。

「アッシュは自分が死んだものだと思っていましたし、
ルークもアッシュの死を受け止めていました。
逆に、音素乖離によるルークの消滅をアッシュは知らず、
大爆発によって生き残るのはレプリカの方だと勘違いし、
その結果、
帰還した直後は、自分はアッシュの記憶を持つルークだと考えていたようです」

ガイの表情が再び歪む。

「あいつがそう思ってたのなら、…それでも、ジェイドは、あいつがルークじゃないと言うのか?」

「さぁ?実の所は、私にも分からないのですよ」

さらりと言われた言葉に、ガイは目を丸くした。

「そ、それは、どういう…」


「その人を、その人たらしめるモノとは、一体何だと思いますか?」


「………」

ガイには分からなかった。


『精神』や『魂』だと言う事は容易い。
だが、精神も魂も、その存在を証明する事は出来ない。


「分からないでしょう?私も同じです。…情けない事にね」

ジェイドは然程ずれてもいない眼鏡のブリッジを押し上げる。

ガイは混乱していた。

では、彼が精神崩壊の一歩手前だったと言うならば、
アッシュは一体どんな理由で、「自分はアッシュだろう」という結論に至ったのか。

本人にしか分からない何かがあったと言うのだろうか。

「帰還した後、私は彼に大爆発について説明しました。
最初、彼は混乱しましたが、理論を理解した後は落ち着きました。
自分がアッシュである可能性に気付いた後は、不思議なほどに取り乱す事もなくなりましたね」

「取り乱す?」

ジェイドにしては珍しく、視線が泳ぐ。

ほんの一瞬の事ではあったが、ガイは見逃さなかった。

ガイは、記憶の混乱については知っていたが、
取り乱すと言う程の事が起こった事実は知らない。

「ジェイド、あいつが取り乱した理由に何かあるのか?」

ジェイドは、やれやれ、と呟くように言って、観念したのか答える。

「帰還した直後の彼はそれほど取り乱してはいませんでした。
自分を構成する音素が、被験者と同じであると知るまではね」

被験者を始め地上のあらゆる生物は、第一から六までの音素で構成されている。
それに対し、レプリカを構成する音素は第七音素のみ。

それが、被験者とレプリカの決定的な違いだった。

「検査の結果、彼の身体は被験者と同じであると判明した。
つまり、アッシュのものだと、彼は理解したのです。
直後、彼は取り乱して喚いていましたよ。
『アッシュの命を奪って、俺が生き残るのはダメだ』と」

「……っ!!」

ガイは目を見開く。息が詰まりそうだった。叫び出したい衝動に駆られた。

「大爆発現象については、レプリカは記憶だけを残し、
その記憶には感情を伴わないと考えてきました。
ですが、その考えには、自我の発達していないレプリカは、
記憶も感情も被験者に比べて乏しいという前提があります。
……彼を診察する度に、その前提が当てはまらない事に、気付かされましたよ」

どこか遠くに向けられていた視線が、ゆっくりと、ガイの方へ向けられる。

「前回の診察…と言っても、最近は近況を話すだけですが、
ふと彼が成人していた事を思い出しましてね、
気の済むまで宿で飲み明かす事を提案したんです。
存外アルコールに弱いらしくて、すぐに彼は酔い潰れて眠ってしまいましたがね」

ジェイドが何を言いたいのか計りかねて、
ガイは恐る恐る顔を上げ、不安そうな視線を返した。

厳しい表情をしたジェイドが、暫くガイの表情を窺った後、諦めたように息を吐く。

「酔い潰れて眠った筈なのに、彼は魘されていたんですよ。
アクゼリュスの事で悪夢に魘されていたルークと同じように」

「それは……」

やっぱりルークじゃないか。
…という言葉を、ガイは寸での所で飲み込んだ。

ジェイドの表情は厳しいままだ。

ジェイドは何が言いたいのだろうかと、ガイは考えた。


帰還した彼はルークだと結論付けたいのだろうか。
ならば、何故、彼をアッシュとして扱うのだろうか。

今度は別の根拠を持ち出して、ルークではない事を証明しようとするのだろうか。


ジェイドは厳しい表情のまま、一つだけ息を吐いた。


「……ガイ、もう止めましょう。彼がルークなのかアッシュなのか、考える事は」


予想外の言葉に、ガイは息を飲む。

「な…んで……?」

喉が渇いて、上手く声が出せなかった。

「もし、アッシュの命を奪ってルークが帰還したならば、
それはルークにとって、生きながらも、地獄と同じです」

ジェイドは目を閉じる。

「……彼はアッシュだ。それで良いではありませんか」

ガイは何も言えなかった。


ルークにとって、生きながらも、地獄。


その言葉の重みだけが、妙な現実感を伴って、心にのし掛かる。

ただただ悔しくて、噛み殺しきれなかった嗚咽が、ガイの喉を突き上げた。



『俺が…幸せにならないこと…とか?』

『そりゃ違うだろうよ』


『そうなのかな』


あの時、

『あーあーあーあー。後ろ向きなのはやめろ。うざいっての』

どうしてルークの言葉を真剣に受け止めて聞いてやらなかったのだろうと、ガイは後悔した。

『とりあえず人助けしろ』

どうしてあんな風にしか言えなかったんだろうと、後悔した。

『残りの人生全部使って、世界中幸せにしろ』

どうして「お前はお前で、ちゃんと幸せになってもいいんだ」と言わなかったのだろうと、後悔した。



後悔しても遅かった。



あの時、

既に、ルークはもう戻れない所へと向かって、たった独りで歩き始めていた。


レプリカの持つ儚い命、残りの短い人生を全部使って、自分以外の世界中を幸せにする、



名も無き英雄となる為に。





※※※続きます※※※


Nobody knows his abyss of loneliness.
(※正確かどうか分かんない英語。いつもテキトーなので。笑)
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