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AL/凱歌03


『英雄は凱歌に酔う』


 第03話





※※※


口遊む子守唄を止め、
眠るアッシュの傍にいた彼は、立ち上がった。


『……ごめんな、アッシュ。
俺さ、俺の事、みんなに覚えていてほしかったんだ。
記憶の中でだけでも生きられたら…って、思ってた』


そっと瞳を伏せ、


『でも、そんな俺の我儘のせいで、みんな苦しんでるんだよな。
…はは、俺、最低だよな。いつも自分の事しか頭になくってさ…』


微笑む。


『ローレライがさ、力を貸してくれるって言ってくれたんだ。……だから、』



右手で、鍵を握る。



『……これで、終わりにするよ』



淡い光がアッシュを包み、溜息のように漏れた言葉が降り注ぐ。



『響け』


光が、跳ねる。


『集え』


まるで歌うように。


『全てを滅する……』



失われた筈の慟哭が、



『……刃と化せ』




世界を、巡る。




そうして、一つの意思が、世界に浸透していった。


『…でも、俺は我儘だから、いつか情けなく喚いちまうのかな』


零れた涙が、光の屑になる。



『ここにいるよ、忘れないで、って……』





アッシュは夢から目覚めると、僅かに視線をずらし、
見慣れた自分の部屋の天井を、暫くぼんやりと眺めた。

しかし、

「………?」

ベッドの中で、まるで抱き締めるように抱えていた剣に気付き、眉を顰める。

「……ローレライの鍵…?」

軽く目を閉じると、
鍵は光の屑となって、アッシュに吸収されるように消えた。

コンタミネーション現象を利用して身体に収納していたのだが、
眠っている内に、寝惚けて取り出してしまったのだろうか。

そんな風に考えて決着をつけ、アッシュはあまり深く考えなかった。


柄を握る手が右手だったという事にも、気付かなかった。




昼過ぎにナタリアが尋ねてきて、
アッシュはテーブルに置かれた紅茶を前に、
くどくどと続くナタリアの説教を聞いていた。

「……ですから、大佐…ではなくて、もう中将ですけれど、
カーティス中将自ら調査に出向くらしく、ティアも同様にあなたも……、
……ルーク、わたくしの話を聞いていまして?」

「…あぁ、聞いてるよ」

本当は途中から聞いてはいなかったのだが、
ナタリアの『わたくしの話を聞いていまして?』には、
いつも条件反射する事ができた。


ナタリアが続ける言葉を聞き流しながら、
ふと、一週間前にも訪ねてきたナタリアに説教されていた事を思い出す。

一週間前の説教の内容は、先月のケセドニアでの一件だった。

レプリカの人身売買をしている組織があるという噂を聞いたアッシュは、
その噂の出所を『漆黒の翼』を使って調べさせるつもりで、
その段取りをつけにケセドニアへ行った。
しかし、ケセドニアに入ってすぐ、ひょんな事から事件に巻き込まれ、
レプリカ売買の現場を自ら押さえる事となり、
結局、当地の捜査機関による売人の引致にまで協力してしまったのだ。

その事がナタリアの耳に入り、

『アッシュ、あなたはもう神託の盾騎士ではありませんのよ。
あなたがレプリカ問題について必死になるお気持ちも理解できますけれど、
やはり、そのような危険な場に自ら出向くなど、軽率に過ぎますわ』

…といった調子で、延々と一時間近くも説教されたのである。


朝、食堂で顔を合わせた母に、
『ルーク、今日はナタリア殿下がいらっしゃるそうよ』と聞いた時から、
何かの説教が始まるとは覚悟していたのだが、
正直な話、朝から憂鬱で仕方なかった。


「………?」


アッシュは違和感を覚えて、眉を顰める。
しかし、暫く考えても、違和感の正体は分からなかった。

気のせいだろうと考えながら溜息をつき、

「まぁ、ルーク。わたくしの方が溜息をつきたいくらいですのよ」

ナタリアの言葉を聞き流して、紅茶のカップの取っ手を摘まむ。

「……あ?」


無意識にカップに伸ばした手は、右手だった。


帰還して以来、利き手は左になっていた筈。

ルークと同じ左効きに。


「………『ルーク』…?」

何気なく左手を見つめて、ようやく違和感の正体に気付く。


「どうしましたの、ルーク?」


ナタリアの言葉を聞き、愕然とした。



何故、今までナタリアから『ルーク』と呼ばれて、
違和感を覚えずに受け答えしていたのだろう。
朝、母も自分を『ルーク』と呼んでいた。

確かに、アッシュの公的な名前は『ルーク』となっているが、
ルークと親しかった者は、帰還後も、自分をアッシュと呼んでいた。

公式な場では、アッシュは『ルーク様』と呼ばれる事がある。
しかし、両親やナタリア、ファブレ家の使用人などは、
常に自分を『アッシュ』と呼んでいた筈なのだ。


昨日までは。


不意に、脳裏に蘇る。


『……ごめんな、アッシュ。
俺さ、俺の事、みんなに覚えていてほしかったんだ。
記憶の中でだけでも生きられたら…って、思ってた』

『でも、そんな俺の我儘のせいで、みんな苦しんでるんだよな。
…はは、俺、最低だよな。いつも自分の事しか頭になくってさ…』

『ローレライがさ、力を貸してくれるって言ってくれたんだ。……だから、』

『……これで、終わりにするよ』


夢の中でルークが言っていた言葉。


あの時、ルークはローレライの鍵を使って、一体何をしていた?



『終わりにする』?



………何、を?



『…でも、俺は我儘だから、いつか情けなく喚いちまうのかな』

『ここにいるよ、忘れないで、って……』



ルークは、泣いていた。



がたんと音をさせて、アッシュは立ち上がる。

「おい、ナタリア、」

「と、突然どうしましたの、ルーク…?」

「その『ルーク』だが、何故、」


その時、コンコン、と部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。


アッシュはぐっと言葉を飲み込んで、
「……入れ」と、乾いて枯れた声を絞り出す。

一人のメイドが入室し、洗練された動作でお辞儀をした。

「お話中の所、大変申し訳ございません。
マルクトからカーティス様方がお出でになりました」

「…は?」

アッシュが声を上げたと同時に、

「まぁ、鳩の報せが来たのは昨日だというのに、
随分と早くいらっしゃいましたのね。
すぐに、こちらへお通ししてちょうだい」

ナタリアがまるで安心したような笑顔で立ち上がった。

ジェイドが来るという予定を知らなかったアッシュは混乱して、
ナタリアの方へ視線を向ける。

「ナタリア、ジェイドが来る予定など、俺は知らない」

「本当にわたくしの話を聞いていらっしゃらなかったのですね。
先程、お話しましたでしょう?
マルクトからジェイド、そしてダアトからティアが、
最近観測された第七音素の乱れを調査する為に来る、と」

「第七音素の乱れ…?」

「先月から少しずつ観測され始めたそうですのよ。
収集と拡散が繰り返されているらしいのですが…」

そこで言葉を切ったナタリアがじっと見つめてきて、
言いたい事を理解したアッシュは、首を横に振る。

「俺は何も…」



ナニモシテイナイ?



本当ニ…?



朝、目が覚めた時、ローレライの鍵を手にしていた意味は…?


ナタリアや母が自分を『ルーク』と呼び、自分もごく当たり前のように応えていた意味は…?



不安が心の扉を叩く。



ガチャリ、と扉が開かれる音がして、アッシュの肩がびくりと跳ねた。

アッシュの異変に気付いたナタリアだったが、
来客を迎える為、開かれた扉の方へと視線を向ける。

「お久しぶりですわ、ジェイド。まぁ、ガイも。先月ぶりですわね」

ナタリアの言葉を聞いて、弾かれたように顔を上げたアッシュは、
僅かに驚いたような表情を浮かべるガイと目があった。

「ガイ…ッ」

不安で押し潰されそうな喉を絞って声をかけると、ガイはいつものように微笑み返す。


「久しぶりだな、ルーク」


『アッシュ、ルークは死んだんだ!』
『お前は、ルークじゃない!』

そう言ったのは、ガイだった筈。


「…っお、俺は、ルーク、じゃない…っ!」

身体が震えるのを止められず、それでも言葉を紡ぐ。

「…っ、お前ら…っ、一体何なんだっ!!??
っな、なんで、俺を『ルーク』と呼ぶんだっ!!???」

ガイが咄嗟にジェイドの方へ視線を向けると、

「…全く、最近は落ち着いていたというのに、
またレプリカの記憶を混同して混乱しているのですね…」

ジェイドが静かに言い放った。

今、ジェイドは、ルークの事を『ルーク』と呼ばず、『レプリカ』と言った。

「くそ、またレプリカの記憶か…!」

忌々しそうにガイが眉を顰める。

ガイでさえ、ルークを『レプリカ』と呼び、『ルーク』と呼ばなかった。



まるで、あのルークの事など全て忘れてしまったかのように。



「ガイ…ッ、ジェイド……お前ら、一体なんで…っっ!?
お前らっ、ルークの事を、忘れてしまったのか…っ!?」

「何を言ってるんだ、ルーク。気をしっかり持て。ルークはお前だろう」

「…ち、違うっ!違う!!違う!!!違うっっ!!!!」


埒が明かない。とアッシュは感じた。


みんな、アッシュにレプリカがいた事は覚えていても、
あのルークの事、ルークとの思い出を忘れてしまっている。


この状況は異常だ。
夢の中でルークが何かをしたのか?

何とかして、ルークの存在を思い出させなければ。


アッシュはそう考えて、不意に、ルークの日記帳を思い出した。


ルークの思いが綴られた日記帳を見れば、彼らも思い出すかもしれない。



ルークとの思い出を。



「…くそっ、確か、日記帳は……」

遺体の代わりに、墓碑の下に埋めたと聞いていた。
豪奢な箱に密閉したとも聞いたので、経年劣化は免れている筈。

「日記を持ってくる!日記を見れば、お前達も思い出す筈だ!」

アッシュは部屋を飛び出し、廊下を走る。

ガイが「ルーク、待つんだ!」と叫んでいたが、構っていられなかった。

走っていると、

「引き留めてしまってごめんなさいね、ティアさん」
「そんな、奥様…。私もすぐにご挨拶をと思っていましたし…」

廊下を曲がった先から、声が聞こえてくる。

「ティア…ッ!!」

叫んで駆け寄ると、ティアも母シュザンヌも驚いた顔をしていた。

「ティア、どうして、ここに…っ」

「ナタリアから聞いていなかった?私は第七音素の調査に来たのよ。
第七音素の研究はダアトが一番進んでいるから、カーティス中将に協力を…。
…ねぇ、それより、一体何があったの、ルーク?」

「……ティアまで…っ!」

詰まりそうになった息を、必至に整え、アッシュは再び走り始めた。

「ちょ、ちょっと、ルーク!?」

「ティア、ルークを止めてくれ!」

「えっ?ルークを?ガイ、一体何があったの?」


背後から聞こえてきた声を無視して、アッシュは走り続けた。



屋敷から裏庭に出て、ルークの墓碑がある場所へと真っ直ぐに向かう。


墓碑の前で両膝をつき、日記帳を埋めた場所を探ろうとしていると、
追いついたガイが「ルーク、何をしているんだ!」と叫んだ。

「あいつの日記を探している!」と応えれば、
「あいつの日記…って、まさか、レプリカの…?」と不思議そうに聞かれる。

「レプリカじゃない!ルークだ!!」

必至に訴えても、埒が明かなかった。

「ルーク!落ち着いて!!」というティアの必死な声を耳が拾う。
しかし、構っていられないとばかりに、アッシュはローレライの鍵を取り出した。

まずは上部の墓碑を破壊しようと考え、剣を振りかざす。


「お止めになって、ルーク!!日記はもうないのです!!」


そのナタリアの声を聞き、アッシュは動きを止めて、振り返った。

「…もう…ない……?」

「あの日記には、世間に公表してはならない事も、沢山書かれていました!
ですから、盗掘を恐れて、墓碑の下に埋める前に燃やされたのです!!」

「燃…や………、燃やしたのか!?あの日記を……!?」

カラン、と手から落ちた剣が、乾いた音を立てた。

その音と同時に、ジェイドが剣を拾うとアッシュから離れて距離を取り、
ガイがアッシュを抑えるように肩を掴む。

「ルーク、落ち着け。お前はちょっと混乱しているんだよ。
よく考えれば分かる筈だ。
どれがレプリカの記憶で、どれがお前の本物の記憶なのか」

「…俺の記憶は本物………、レプリカの記憶は……偽物?」



身体の内側で、ガラスの割れるような音がした。


「…ぃ、嫌だっ!!やっぱり、こんなの嫌だっ!!」

「ルーク…?!」

「やっぱり忘れられるなんて嫌だ!!
なぁ、ガイ!!一緒に何度もここに来ただろう!!ルークの墓碑の…」


咄嗟に墓碑を見上げた瞬間、



『英雄//////////////////////、ここに眠る』



目に飛び込んできたのは、醜く削り取られた痕。



ルークの名前がない。


思いを綴った日記がない。


みんなの記憶の中に、ルークがいない。



世界のどこにも、ルークの生きた証が、ない。



「……っあ、ぁああ……ああああああ!!!」

頭を抱えて絶叫を上げ始めた姿を見て、

「まずい…!ティア、ルークの味方識別を外して第一譜歌を!」

ジェイドが指示を飛ばす。


子守唄が聞こえてきて、

「っく、…い、嫌だ…っ、ティア、歌うな…!!こんなの嫌だ…っ!!」

強い酩酊感を覚え、姿勢を保てず、ガイに支えられる。

「ルーク、お前はちょっと疲れてるんだよ。今はゆっくり眠るんだ」

「……がぃ…、ぉれ……っ、…ーく、じゃな……」

「ルーク、その話は目が覚めた後で聞いてやるから。な?」

瞼の上にガイの大きな手が重ねられ、



闇が広がった。




『ここにいるよ』


『忘れないで』




※※※続きます※※※





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